本日のタイトルは、「ちりとてちん」ではありません。
「てんつるしゃん」ですのでお間違いなく。
大学生のとき、「邦楽研究会」というクラブに入っていたことがある。
そこで、尺八を習った。あの、時代劇で虚無僧が吹いている尺八である。
今はホラを吹くが、昔は尺八を吹いていたのだ。(なにを言わすねん!)
尺八は、唇を剃刀のように薄くしてヒューっと吹かなければ、音が出ない。
なかなか、最初は難しいけれど、音が出始めると面白いものである。
西洋音楽は七音階で日本音楽は五音階だと、むかし学校で習ったことがある。
具体的に言うと、尺八は「ドレミファ…」ではなく「ハチレツロ」で表す。
たとえば、尺八の音階で宮城道雄の「春の海」をあらわしてみると、
♪ ハロー ツーロハチー レチー というふうになる。
さて、その「邦楽研究会」には、尺八の部とお琴の部があった。
男子学生は尺八で女子学生はお琴、というふうに分かれていた。
別に、そう決められていたわけでもなかったが、まあ自然な形だった。
そして練習は、尺八の部とお琴の部で、いつもいっしょにした。
あるとき。
僕が尺八の練習の合間に、となりのお琴の先生(女の人です)に冗談で、
「僕にも、お琴、教えてください」
といったら、その先生は
「ほんと? いっぺん弾いてみる?」と本気で言った。
それがきっかけで、僕はお琴まで習い始めた。
お琴のほうは、大学のクラブではなく、先生が一般のお弟子さんを教えている会に入会して、そちらで習うことになった。
母に「琴を買うから、お金出してや」と言うと
「あんた、女みたいなもん習うねんなぁ」と不思議な顔をされた。
当時の写真を引っ張り出してきました。
2枚とも、演奏会での写真です。
1枚目は、お琴の後ろで尺八を吹いています。右側が僕です。
右端で黒い着物を着ているのが、僕のお琴の先生だった人です。
2枚目は、右隅の方で小さく写っているのが僕で、お琴を弾いています。
モノクロのなつかしい写真です。
僕もこの時は19歳でした(そんな時代があったんや!)。
ところで…。
NHKの「ちりとてちん」は、三味線の音をあらわしたものだった。
お琴の場合は、「てんつるしゃん」とか「ちんとんしゃん」とか言う。
お琴と尺八の合奏の練習のとき、先生が、みんなに、
「いいですか、いきますよ~。はいっ、てんつるしゃん!」
とオーケストラの指揮者のように音頭を取りながら指導していく。
だんだんノッてくると、
「てんつるしゃん てんつるてんつる てんてんつるつる つるてんしゃん」
と、声も大きくなり、テンポもだんだん速くなってくる。
一度、こんなことがあった。
お琴の人たちと尺八の人たちが合同で練習していたとき。
前に5人ほどのお琴の女性たちがいて、後ろに尺八のおじさんが2人。
そのおじさんの一人は、ピカピカの禿げ頭だった。
女の先生が、
「いいですか、いきますよ~。はいっ、てんつるしゃん!」
と威勢のいい掛け声で練習は始まった。
そのうち、
「てんつるてんつる、てんてんつるつる」
と、先生も熱を帯びてきた。
「てんてんつるつる つるてんつるてん ハイッ つるてんつるてん」
「つるてん つるてん つるつるてんてん つるてん つるてん…」
先生の掛け声はますます大きくなってきたそのとき、
尺八を吹いていた禿げ頭のおじさんが、急に吹くのをやめ、
「センセイ、ええ加減にしなはれ」と声を上げた。
みんな、演奏をやめておじさんのほうを見た。
先生も「はぁ?」と、口をあけたまま。
その場が、シーンと、異様に静まった。
「…なんでんねん。さっきから黙って聞いてたら、つるてんつるてん…て、ワシの頭のことを言われてるみたいでんがな! ワシの頭がつるてんピカピカで、えらい悪ぅおましたな!」
おじさんは涙を浮かべんばかりに抗議し、そのまま帰ってしまったのである。
…いかがですか?
このお話は、ホラではありません。
すべて事実であることを、つるてん大明神さまに誓います。
では、おあとがよろしいようで。 てんつるしゃん!
僕は昨日は1日中どこへも出ず、引きこもりでした。
yukariさんのお話も、お聞きをすると、高知や鶴見区の話やKKRの話もそうですが、いろいろとつながりますね。お琴も、yukariさんの幼少の頃から縁があったのですね。
尺八を聴いて寝んようにしてくださいな。
僕は歌謡曲が好きでしたから、ある演奏会の時、先輩の許可を得て、エレキギターを弾く友達を呼んで一緒に舞台に上がってもらい、美空ひばりの「真っ赤な太陽」を吹いたことがあります。だいたい、しんきくさい古曲よりも、好きな流行の歌を吹くほうが好きでした。
お笑いブームに乗って寄席クラブを作って舞台で漫才をしたとはねぇ…。
では、僕が仕事を退職したら漫才コンビを組みましょう。
「海原ゆかり・中田のぼる」…みたいな感じでどうでしょうか?
異色コンビで人気が出るかもね。
耳鳴りはどうですか?
僕はまったく変わりなくじんじん続いています。
土曜日に、かかりつけの内科で、また別の睡眠薬をもらってきました(マニアになりそ~)。
レンドルミンという薬で「わしも飲んでまんねん」と医師が言っていました。
お琴といえば、我が家は神教で小さいころ教会で(キリストではなく金光教で)そこでお琴を教えていて、幼稚園のころ、何度か習いかけましたがすぐ飽きてしまったようです。。今では、ちゃんと弾けるようになってたらかっこよかったなぁ~と思いますが。。。
和楽器屋さんですか~、そういえば入ったことないです。今は三味線やら和楽器もはやってますから、一度除いてみたいですね。
早朝の鶴見緑地に前によくジョギングしに行っていた時に、尺八を吹いてる老人がいました。
結構、聞き入ってしまう深い音色です
そうそう、私の小・中時代は空前のお笑いブームで私も署名を集めて「寄席クラブ」なるものを設立し、修学旅行の余興やら、やれお楽しみ会などは、舞台の上で漫才を披露していたもんで(今では考えられませんが)とにかく人を笑わす事に全てをかけていたのです。。。ん~、今年はのんさんとM-1にでますか!?
今日は、家でまったりた休日です。のんさんはもみぃちゃんとお出かけかな?
今から、皐月賞でも買います☆
今の連続テレビ小説は、前回の評判が良すぎた反動か、イマイチのようですね。
ところで、僕は学生時代は法学部だったので、
「何を専攻しているの?」と聞かれたら「ホーガクです」と答えます。
「何かクラブへは入っているの?」と再度聞かれても、
「ホーガク」ですと答えるので、「勉強一筋だねぇ」と感心されたものでした。
邦楽クラブを、法学クラブと思ったのでしょうね~。
なぜか琴や尺八のクラブに入って、とうとう卒業後は和楽器屋さんに就職しました。
3ヶ月間は、近鉄百貨店に出向して、店員として琴や尺八を売っていましたが、暇なときに売り場で尺八を吹いたら、前を通る客人たちが手を叩いてくれたりしました。
でも結局、3ヶ月で辞めて、近くの市役所の途中採用に応募して、8月からそちらに転職することになるのですが…。
ホーガク部にいてホーガク倶楽部に入ったばかりに、
人生のホーガクも変わってしまいました。
女性は着物で男性も本当は紋付なのですが、僕は学生だったし、あの童顔で紋付なんか着たら「七五三」と間違われる恐れがありましたので(あはは)、自分の意志で洋服にさせてもらいました。
あの頃は落語にも熱中していて、校内の落研にもよく顔を出しました。
僕の十八番は「子ほめ」でした。
「君は楽器より落語の方が絶対に向いている」な~んて言われたり。
こんなことばっかりしていたから、勉強なんかする暇もなく、
今日の不出来な「のん」ができてしまったのです。とほほ。
呼ばれたかと思ってしまいました(笑)。
もちろん、間違ったりはしませんけど。
「ちんとんしゃん」って言うのは聞いたことありましたけど、
「てんつるしゃん」って言うのは、
以前のんさんに教えていただいてはじめて聞きました。
なんだが「つるつるてん」みたいだなあ、と思っていたので…(失礼)
今回のおじさんの話は、ありそうな話だなあ、
と思っちゃいました。かわいそう、おじさん。
でも、のんさんはほんとにいろいろなさっていたんですね~。
尺八とお琴だなんてかっこいいです。
会社に入ってから狂言等に興味を持ち出した私は
私も大学時代に和の習い事をしておけばよかったな、と
常々思っているのです。
女性はお着物なのに、男性は違うんですね。
ちょっと意外でした。紋付とかなのかなあと思ったので。
またお邪魔します!