僕のほそ道   ~ のん日記 ~

  
これと言ったテーマはなく、話はバラバラです。 つい昔の思い出話が多くなるのは年のせい? 

早くお店でビールを飲みた~い

2021年06月12日 | 日常のいろいろなこと

前回、マスク生活も1年以上経過し、顔の上半分しかわからないのが当たり前になると「一目惚れ」は成り立たないのでは、という三谷幸喜さんの文章を紹介しました。でも今はいろんなマスクが登場し、「顔見えマスク」というのも出てきているようです。

こんな感じのものです。

  

でもこれはもう「マスク」と呼べるものではありませんね。

マスクというのは、「タイガーマスク」じゃありませんが、顔が見えなくなるように覆うもの、というイメージもあるので、こんな透明で顔が丸見えでは、もはやマスクと呼べないのでは、な~んて思ってしまいます。

さて
新型コロナの感染拡大の影響で、もう1年以上、ウオーキングと買い物以外はほとんど外出をしない日が続いています。世間では今や「家にいること」が最大の美徳とされていますが、これもなんだかヘンだなぁ、という気がしてなりません。これまでなら「ずっと家にいるのが好きです」という人は、ちょっと変わった人、と思われたりしていましたしね。

まあ、僕はもともと家にいるのは嫌いではなく、本を読んだりテレビを見たりするのが好きな人間なんですが、それでも、やはりこうして「不要不急の外出は自粛!」という生活になると、イマイチ気持ちに弾みがつきません。

たとえば本を読んでいても、何となく落ち着かない。家でやることがいろいろと浮かんでくる。つまり家の中は集中力が緩むのです。

以前、スポーツジムに通っているとき、ヨガ教室で顔見知りの奥さんが、みんなでストレッチなどをしているとき、
「こういう体操は家でも出来そうなものやけど、家やったら、ほかの用事をせなあかんと思うてしまうから、なかなかでけへんねん」
と横で言っていたことを思い出します。だからこういう教室へ通うのだと言われていました。

で、僕も同じようなもので、本を読むにしても、家の中で読むよりも、図書館の自習室へ行って読むほうが集中できるんですよね。まず図書館に入って本棚を前をブラブラしながら眺め歩き、そのあとは自習室に入って本を読む、というのが以前の日課のひとつにもなっていました。ここへ来ると本当に落ち着きました。

しかし、今は緊急事態宣言下でどこの図書館も休館しているので、それができない。なら自宅で読めばいいじゃないか、と言われるかも知れないけれど、それが違うんですよね。家にいると、前述の奥さんのように、やることがいっぱい思い浮かんできて集中できない。「やること」というのは、家事のような仕事だけではなく、娯楽も含んでのことです。

本も読みたいけどテレビも見たい、スマホやパソコンもやりたい、片付けやいろんな雑用もしなけば、というふうにあれやこれやと頭に浮かんできます。

で、結局ゴロゴロしてテレビを見ながら居眠りをしてしまうなんてこともあります。そんなふうに、家にいなければならない、と決めつけられると、日常のリズムも微妙に狂ってくるんですよね。

早くウィルスが収まって、制約のない生活を送りたい。大阪市内や京都や奈良あたりの街並みを、自由気ままにウロウロと歩き回りたいし、外食先でビールも飲みたい。

この夏が過ぎればコロナは収まるか、と思いたいのですが、東京でオリンピックが開催されたら、またそれが元で感染拡大が起きるかも知れませんしね。
まだまだ、一寸先は闇、と言ったところでしょうか。

早く早く、普通の生活に戻りた~い。
ですよね。

 

 

 

 

コメント (2)
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