電網郊外散歩道

本と音楽を片手に、電網郊外を散歩する風情で身辺の出来事を記録。退職後は果樹園農業と野菜作りにも取り組んでいます。

佐伯泰英『更衣ノ鷹(下)~居眠り磐音江戸双紙(32)』を読む

2010年05月28日 05時42分12秒 | -佐伯泰英
テレビの連続時代劇に取り上げられるくらいだから面白いのだろうと気まぐれで読み始めた佐伯泰英著『居眠り磐音江戸双紙』シリーズも、『更衣ノ鷹(下)』で第32巻となりました。なんとも長大なシリーズとなっていますが、関前藩の騒動が最初の山場とすれば、尚武館道場の佐々木玲圓の養子となり、田沼意次との闘争に巻き込まれる一連の話の中で、本巻がその山場でしょう。

第1章「誘い音」。尚武館佐々木道場の日常風景の中に、土佐の重富利次郎から書状が届き、霧子さんは密かに喜びます。今津屋や金兵衛さんもおこんさん誘拐の一件が落着したことを喜び、幸吉やおそめの成長ぶりも描かれるなど、平凡な日常を描写することでこの後の嵐と対比する意図と見ました。

第2章「田沼の貌」。この章では、吉原会所の四郎兵衛、将軍家治の御側御用取次の速水左近などを通じて、これまで描かれてこなかった首魁の田沼意次の経歴が描かれます。物語の都合上、実態以上に巨大な悪として描かれており(*)、ずいぶん極端ではあります。
ところで、

磐音が道場に出たとき、尚武館の朝稽古は真っ最中で、二百人以上の門弟衆が打ち込み稽古に精を出す光景は、いつものことながら壮観だった。
(ここがわが城だ)
と思いつつ磐音は、この暮らしが一日も長く続くことを願った。(p.122)

という描写がありますが、実はここですでに物語の結末が暗示されているようです。

第3章「違イ剣」。佐々木家の秘密の章です。佐々木玲圓が磐音を伴い訪れた先は、佐々木家が一子相伝としてきた累代の隠し墓でした。しかも、下谷茅町の料理茶屋にも累代の女系家族が住み、同様の言い伝えを守るとなると、出来杉君ですね~。

第4章「川越行き」。三味線職人の鶴吉が神田橋のお部屋様こと田沼意次の愛妾おすなに気に入られ、重要な情報をもたらします。このあたりも、鶴吉が店を出すに当たって磐音に世話になっていることは周知の事実のはず。あれほど細かくぬかりなく調べてくる敵方には考えられないほどの落ち度ですね。磐音は、旧藩主実高夫妻に別れを告げます。

第5章「生と死」。本書のクライマックスと言うかカタストロフと言うべきか、大きな挫折と犠牲の章です。せっかくですのであらすじは省略しますが、読後感はちょいと複雑。作家が増えすぎた登場人物をリストラするのは物語の都合上いたしかたないことと思いますが、平成の世に殉死とはいささか疑問です。なぜ?と理解不能。平岩弓枝さんも登場人物を簡単に殺しますが、佐伯泰英さんもずいぶん思い切った筋立てにしたものです。夢の中でも敵と戦えてしまうエンターテインメント(^o^)とはいいながら、登場人物のリストラ策としてもその理由と方法の点で、読者としては簡単には頷けません。

(*):時代小説における田沼意次の描き方~「電網郊外散歩道」2009年1月
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