小説と映画とどちらが好きか、と聞かれたら、私の場合、一般論としては「小説」と答えることが多いかと思います。映画には、上映時間という制限がありますが、小説にはありません。想像力さえあれば、その世界はほぼ無限大です。
先日、メディア・ワークスから刊行されている、矢口史靖『スウィング・ガールズ』を読みました。映画を「観ました」ではなく、本を「読みました」です。実は、正月スペシャル「のだめカンタービレ」ヨーロッパ編で上野樹理演じる「のだめ」チャンを見て、あの「スウィング・ガールズ」の友子チャンを思い出した、という次第。決してシュトレーゼマンを見て小澤先生を思い出したわけではありません(^o^;)>poripori
ストーリーは、映画を見ていますので、頭に入っています。でも、「そうだったのか」的な発見がけっこうありました。微妙な心理のひだの解説は、小説の独壇場です。映画では、描き切れません。
しかし、です。しかし、小説は映画にかなわない面があります。それは、音楽を取り上げた作品の場合です。映画「スウィング・ガールズ」で、最後のほう、東北学生音楽祭の演奏シーンの楽しさは、小説『スウィング・ガールズ』では充分に描くことができません。これは、しかたがないことです。いくら言葉を尽くしても、空想の中の音ではだめ。小説や絵画を見ただけで脳内で音楽が鳴り響く方々も多分いるのでしょうが、私にとって音楽は、実際に音の響きを楽しむものです。機会があったら、劇場でまた観たい映画です。
先日、メディア・ワークスから刊行されている、矢口史靖『スウィング・ガールズ』を読みました。映画を「観ました」ではなく、本を「読みました」です。実は、正月スペシャル「のだめカンタービレ」ヨーロッパ編で上野樹理演じる「のだめ」チャンを見て、あの「スウィング・ガールズ」の友子チャンを思い出した、という次第。決してシュトレーゼマンを見て小澤先生を思い出したわけではありません(^o^;)>poripori
ストーリーは、映画を見ていますので、頭に入っています。でも、「そうだったのか」的な発見がけっこうありました。微妙な心理のひだの解説は、小説の独壇場です。映画では、描き切れません。
しかし、です。しかし、小説は映画にかなわない面があります。それは、音楽を取り上げた作品の場合です。映画「スウィング・ガールズ」で、最後のほう、東北学生音楽祭の演奏シーンの楽しさは、小説『スウィング・ガールズ』では充分に描くことができません。これは、しかたがないことです。いくら言葉を尽くしても、空想の中の音ではだめ。小説や絵画を見ただけで脳内で音楽が鳴り響く方々も多分いるのでしょうが、私にとって音楽は、実際に音の響きを楽しむものです。機会があったら、劇場でまた観たい映画です。
『スウィング・ガールズ』は映画を見みました。
そこでの上野樹理と『のだめ』での上野樹理が一致せず、僕の中で奇妙な違和感があります。
それはさておき、原作と映画であれば、基本的に原作が好きです。でもおっしゃるように音楽が中心のストーリーでは、実際に音が聞こえた方がいいですね。
BGMの作り方も製作者の腕の見せ所だと思います。
その点で映画の『スウィング・ガールズ』もTVの『のだめ』も十分音楽を楽しませていただきました。
ただ、藤沢作品のように先に原作読んでしまうと、、、、、映画は監督のものかもしれませんから。
映画「スィングガールズ」の演奏、素晴らしかったですね!?
上手い下手では無く音楽の”楽しさ”がスクリーン一杯に溢れていました。(このあたりは小説では描けない部分)
中学時代はブラスバンド部でトランペットとスネアドラムを担当してましただけに彼女たちの努力の凄さが理解出来ます。
どちらも音楽の役割が大きく、楽しめますね。
映画「スウィング・ガールズ」も何度か見ていますが、あの演奏シーンを見たいために、はじめの方はじっと我慢の子、みたいなところもありますね(^o^;)/