ランチは行徳駅近くのトラットリア オ・カステロへ行く。先週の土曜日はプレオープン営業だったからもう正式オープンしているだろうと踏んでいた。
席へ付いてから注文するときにまだプレオープン営業中と言われる。店内は以前と変わっていないが、季節の飾りつけのようなものはない素の状態。
メニューの冊子もちゃんとしたものはまだ作っていなくて、客席までボードに書いたメニューを持ってきた。当然、ランチメニューもまだない。メニューは前菜、サラダ、ピザ、パスタ、リゾット、肉料理、魚料理がそれぞれの数は少ないものの、ひと通り揃っていた。
それで、先週の土曜日は他の店だったがパスタを食べたので、今日はピザで行く。シェフの気まぐれピザにする。
上に載っているのは温泉玉子。これも気まぐれのうちか。この店のピザは薄めの生地を使っているとのこと。その代わり面積が大きい。出てきたときは
「これ、食べ切れるのか?」
と思ったが、食べ始めると生地が薄いだけになくなるのも早かった。
入るときはドアの前に先週あったような「御招待、御予約の方優先でプレオープン営業中」の黒板は置いていなかったと思ったが、帰るときに出てから振り返ると置いてあった。でも、入れてくれたのはその時間帯に招待や予約がなかったからだろう。
ランチの後、ぶらぶらと歩いて妙典まで行く。興味のあった公園へ行ってみる。塩焼三丁目にあるその名も神輿公園。
自分が住んでいるのが南行徳のバイパス・旧江戸川のほうだから、行徳~妙典間の海側は距離的にも一番遠くなり、自転車で足早に通ることはあってもゆっくりと歩くことは少ない。その一帯を地図で見ていたら「神輿公園」を発見。地域テーマのサイトをもう10年余りやっているのに、こんな名前の公園があることを知らなかった。今回は、自転車でなくぶらぶらと歩いてこの神輿公園を見に行く。
何か神輿に関係するものがあるのかと思ったが、地元の盆踊り大会がやれるぐらいの広場と遊具や藤棚、それに自治会の倉庫がある、ほかの小公園と全然変わらなかった。
公園の名前に「神輿」と付いているのは、行徳が神輿の生産地であることにちなんでだろう。だけどそれをなぜ、旧道沿いの地域-祭礼で神輿の渡御が行なわれる地域からかなり離れた、昔は蓮田や水路だった塩焼三丁目のこの公園に付けたのかは不明。
市川の歴史博物館で買った行徳の歴史についての資料に載っている、昔の字(あざ)名の地図を見ても神輿と関係するとか、ちょっともじれば神輿や関係する言葉になるようなものもない。また、郷土史関係の本で持っているものを調べても神輿公園に関して触れているものはない。ネット上で検索しても情報はなかった。
神輿公園に何か神輿に関するものがあればトップページのレポートにしようと思っていたが、名前がそうだというだけなので見送り、妙典中央通りで写した写真で季節物のレポートにする。神輿公園のことは謎と不思議のコンテンツにするのがいいと思うが、どういう載せ方にするか考えてからのほうがいいし、図書館などでもっと調べることもできるだろうから、すぐにはやらない。
神輿公園のすぐ近くに通りの名前を書いた標識。これは市が名づけた道路の名称ではなく地元の東行徳商店会が付けたもの。この商店会は他にも自分のところのエリアの通りに独自の愛称を付けていて、カリフォルニア通りやガーデナ通りはわりと知られている。でも、サンセット通りというのは聞いたことはあるが、はっきりどの道かは知らなかった。
カリフォルニア通りと新浜通りの中間を並行して通る道になる。
新浜通りに出て妙典中央通りとの交差点に来る。妙典橋の工事で何かもう始まっているかと思ったが、まだ何もやっていなかった。4月にサイクリングに行ったときに市川大橋で江戸川放水路を渡ったが、堤防のほうは通行止めにして工事をやっているのが見えた。だけど、それはどうも堤防の強化工事みたいで、橋脚を作るとかそういったことはまだ始まっていないようだった。
工事用に確保された土地は空き地の状態でシロツメクサが一面に咲いていた。こうした光景を見ることが出来るのも一時的なことだろうけど。
サティでちょっと買物をしてバイパスのほうへ行く。寺町通りの歩道工事はどうなっているか見てみるとまだ仕掛り中。3月下旬からずっとこうだから完成までは時間がかかるのだろう。
妙典駅まで戻ってくると寺町通りへ通じる道へ入るところに寺町の案内図が設置されていた。
行徳・妙典の寺町を中心にした地域巡りスポットの冊子を市のほうで作ったというから、そうした動きの一環だと思う。
帰ってから写してきた妙典中央通りの画像でトップページレポートを作ってUP。
晩飯は南行徳駅のメトロセンターへ行って、天善かつ壱番屋でヒレカツ定食。
健康診断間近だからこの週末はアルコール抜き。
昼間、歩いたときは日が差していて暖かだったが、夕方から涼しくなってきて、晩飯を食べに行ったときはシャツの上にブルゾンが必要だった。セーター類はみんなクリーニングに出してしまった。明日ぐらいからは予報で言っているように暖かくなるのか心配。
今日は、アニメ「超時空騎団サザンクロス」のDVDボックスが届く。発売はだいぶん前らしいから、今買えるのは中古のものしかなかった。
これは1984年に放映されたアニメ。
超時空××というタイトルのアニメには「サザンクロス」より前に、「超時空要塞マクロス」(1982年)とか「超時空世紀オーガス」(1983年)というのがあるということ。「マクロス」は立ち読みしたアニメ雑誌で取り上げられていたのを見た覚えがあるが、放映されたものはほとんど見ていない。「オーガス」はイメージさえ頭にない。アニメにはまったのは「機動戦士ガンダム」(1979年)、「伝説巨神イデオン」(1980年)の頃がピークで、そのあとは見ても入れ込んだり、はまることはなくなり、アニメ雑誌もたまに立ち読みするだけで買わなくなった。
「超時空騎団サザンクロス」は自分が大学を卒業して就職したのと同じ1984年(昭和59年)の4月に放映開始だった。日曜日の昼過ぎに放映されていたので、特に出かけたりせず、遅く起きて朝昼兼用の飯を食べ、独身寮の部屋でテレビを見ながらゴロゴロしているとちょうど始まるので、それで見ていた。
もちろん日曜日に朝から出かけることもあるから全話を見ていたわけではなくて、初回放映でリアルタイムに見たのは半分ぐらいだったと思う。全然見ていない作品なら興味は出ないが、中途半端に見ているのと全体をきちんと見ておきたいという気持ちになってくるので、それで今回、DVDボックスを購入。ケーブルテレビのアニメの放映が多いチャンネルでやらないかと思ったが、覚えている限りない。自分のチェック漏れかもしれないが。
今日はとりあえず第1話と第2話を見る。初回放映でもこの2回は見ていたのを思い出した。ボックスの絵を見て分かるようにこの作品は女性が主人公で、3人の女性が中心になる。1話を見て、「女の子が主人公のロボットアニメ!?」と驚いたのが、その後も見た動機だったと思う。
今からもう25年余り前に女性主人公のロボットアニメがあったというのは、考えて見ると驚くべきことだ。ロボットなどのメカを駆って戦うのは少年主人公が当然という時代だったし、女性の登場人物がメカを操っても主人公の補助的な役割ばかりだった。だから「サザンクロス」は戦うヒロインものの先駆的作品と言っていいと思う。
女性の登場人物で自分が気持ちが引かれるのは、ひとつはヒーローに守られる可憐でか弱きヒロイン。この場合は自分がヒーローに感情移入して、ヒロインに対してヒーローがある意味、支配的な立場にあることに男の本能を刺激されるわけだ。もう一つが戦うヒロインで、この場合はヒロインの凛々しさに対して女神様を崇拝するような感覚といってよい。戦いの女神というか戦う女神となる。自分が気持ちが引かれるヒロインはどうも両極端の女性だが。「サザンクロス」の主人公ジャンヌをはじめとする3人の女性は、女神様の側にいる存在になる。
それから1984年当時、このアニメを見ながら、「これなら女性たちにも受けるのではないか。」と思っていた。女性に受ける要素として、ヒロインに対してちゃんと王子様キャラもいる。
(↓これはオープンニングから)
この2人の恋は悲恋に終わってしまうが、ジャンヌの部下の少年と異星人少女の恋はうまくいった。
それに当時は女性がどんどん社会へ進出してきた時代で、男女雇用機会均等法が出来たのがこの翌年。1980年代に入った頃、雑誌(主に女性誌だったと思うが)の表紙や電車の中吊りにある広告、テレビ番組などで「80年代は女の時代」といったフレーズを何度も見聞きした覚えがある。それまで男が独占していた仕事に女性が進出するようになってきたのもこの頃。テレビでは、ニュースなどの堅い部分は男のキャスターが独占していたのが、この頃から女性ニュースキャスターが登場し、男に伍して活躍するかっこいい女性の代表として若い女性たちの憧れの存在になっていた。またその頃からキャリアウーマンという言葉が流行し始めた。(だけど、「サザンクロス」のDVDボックスに付いていたブックレットには、女性主人公の物語を作った背景などについての解説はなかったので、こうした時代背景からかどうかは分からない。)
だから、女性たちもロボットアニメの女性主人公に気持ちが引かれるのではないかと思っていたのだが、そうはならなかったようだ。人気が出た作品なら1年ぐらい続くが、「サザンクロス」はあまり人気は出なかったようで半年で終了となった。
女性にこういう作品が好きな人がいないわけではないだろうけど、大部分の女性は食指をそそられないようだ。女性が戦うヒロインを嫌いかといえばそうではない。その後、1990年代に大ヒットしたセーラームーンのような可愛く可憐なコスチュームに身を包んで、あまりメカメカしくない武器で戦うヒロインが女性の好みなのだろう。セーラームーンはどちらかというと、昭和40年代(1960年代後半~1970年代前半)に人気があった「魔法使いサリー」や「ひみつのアッコちゃん」のような魔法少女ものの延長にあると思う。魔法少女たちは戦うというより、魔法の力や魔法アイテムを(そういう力やアイテムを持つことは周りには秘密なので)ひそかに使って、ご町内のいざこざを解決したりする。セーラー戦士の必殺技は、メカから発射される武器というより、魔法少女たちが使う力やアイテムの能力に近いものだと思える。
女性が男が着用するようなバトルスーツを着たり、メカを操ったりする姿をを好むのは、やっぱり男の領分なのだ。
(↓これもオープニングから)
昔、ロボットアニメでまれにヒロインが主役ロボットに乗る話があると、妙に興奮を感じていた。「マジンガーZ」で重傷を負った主人公・兜甲児の代わりにヒロインの弓さやかがマジンガーZで出撃する話がその一例。さやかがそのまま敵を撃破することを期待したが、追ってきた兜甲児と操縦を交代してしまったのが残念だった。だけど、「ゲッターロボG」の最終回では行方不明になったゲッターチームの1人隼人(主役側は死んだものだと思っていたが、敵に捕らわれていた)の代わりに、ヒロインの早乙女ミチルがゲッターライガーに乗って、ついには敵を撃破する。これを見たときは「やった!」という気持ちになったのだった。