親の家でいろいろとやることもひととおり終わったし、今日の大阪は快晴となったので出かけてくる。快晴はよいが、気温も高い。
大阪は大学進学前までしかいなかったので、離れてからもう35年になる。若いときに離れたから、知らないところ、一度も足を運んだことがないところは多い。今日はそういうところへ行ってみる。なんか、ほとんどよそから来た観光客のようだ。
まずは大阪南港ポートタウンへ行く新交通システム・ニュートラムに乗る。
この乗り物は初めてではない。開通したのは1980年代初めだが、その頃、大学の夏休みか春休みのときに一度、乗っている。この種の乗り物は、いまは東京だとゆりかもめとか、各地にあるようだが、30年余り前は珍しく、未来的な乗り物に思えた。当時から無人運転、ホームドア装備など、時代を先取りする部分も多かった。でも、当時は終点まで行って帰ってきただけで途中では降りていない。
今日は途中の中ふ頭という駅で降りる。そばにあるのがインテックス大阪。
東京ビックサイトや幕張メッセと同様の国際展示場。名前は知っていたが、見るのは初めて。
新交通システムや大規模展示場などがあるわけで、東京の臨海副都心と同じコンセプトで作られたエリア。こちらのほうは1980年代初めごろからだから、かなり早い時期から作られたものだが。
海側にあるのがATC(アジア太平洋トレードセンター)。
上の写真を写した歩道橋上から振り返ると、超高層ビルが並ぶ。
30年前にはおそらくなかったと思う。
ATCはトレードセンターという名前からビジネス向けだけの施設と思いきや、複合商業施設ということ。そして、すぐそばがふ頭。
そこの停泊しているのはさんふらわ。
1970年代初めごろに就航した豪華フェリーで、当時のメディアでは相当に取り上げられた。船体に太陽を描いたのが、実に斬新だった。自分が小学校高学年のころだけど、よく覚えている。でも、実物を目にしたことがあったかどうかはほとんど覚えがない。ということは、就航45年ぐらいたってようやく生で見ることができたということになる。
ATCはそんなに混んではいなかったが、海のそばでファミリー向けにステージイベントも行われていたようだ。
ふたたびニュートラムに乗り、地下鉄に乗り換えて大阪港駅で降りる。駅からは人が続々と歩いていく。
その人たちが向かうのは水族館の海遊館と、となりのレジャー施設。
自分は海遊館は何年か前に妹一家と一緒に来たことがあるし、今日は別の目的地があってそこへ向かう。それは天保山。まず、天保山公園へ。
天保山は日本一低い山がウリの場所。ここも聞いてはいたがまだ来たことがなかった。最初、写真の土盛りが天保山かと思った。
ところが登ってみても、そこが天保山であることを示す看板一つない。下って少し先へ進むと、この看板。
天保山は川のそばの記念碑がたっている場所。
さっきの展望台のほうが高いのだから、なんか冗談のように思えた。
天保山から安治川の対岸・桜島へは渡し船で渡る。
上空は高速道路が通っているが、人が通れる歩道などない。下流側はもう少し先が海。そして上流側を見ても見通せる範囲に橋はない。
大阪市内には似たような条件の場所が数か所あって、市が渡し船を運行している。ここもその一つ。そして無料で利用できる。
出航1分ぐらい前から乗船。
出航。船の最後部から。
バイクはだめらしいが、自転車で乗ることは可能。しかも船内に座席はまったくない。そして、ゴールデンウィークだからだろう、自転車で大阪を回る観光客が目立った。また、自転車観光客の半分弱が外国人だった。
対岸の桜島へ着いてから。
桜島はJRの大阪環状線から分かれる桜島線の終点がある。この電車にも乗ったことがない。湾岸の工場への通勤の人が乗る電車で、桜島は人など住んでいないだろうという先入観を持っていたが、ちゃんと家があって人も住んでいるようだ。めし屋もある。
このめし屋、看板や軒に英語表記もしていた(今日は休みだったようだが)。
桜島はユニバーサルスタジオジャパン(USJ)が15年ぐらい前に作られた場所。さっきの渡し船に乗っていたような外国人観光客が足を延ばすのを期待したか、それともUSJで働いている外国人が来るのを当て込んだのかもしれない。実際に店がやっているときに、外国人が来て一杯やっているかどうかまではわからなかったが。
少し歩くと、USJの裏側。そしてJR桜島線(今はゆめ咲線という愛称で呼ばれている)の終点・桜島駅。
工場や倉庫が並ぶエリアの支線の終点だから、もっとみすぼらしい駅かと思っていたが、わりと最近の時代に改修されたのだろう、立派な作りの駅だった。
ホームへ向かおうとすると電車が着いて思ったより大勢、人が下りてくる。USJの玄関口は桜島の一つ手前に、USJオープンの頃に新しく作られたユニバーサルシティ駅。桜島駅へ来ていったいどこへ行くのだろうと不思議に思えた。
でも、USJ沿いの道に出たところに、従業員専用の通用口があった。電車から降りてきたのは若い人間が大部分。ということは、遅番でいろいろなショーに出たり、裏方をやったりする従業員だったのかもしれない。
上の写真のオレンジの電車は回送だった。着いて折り返すのはUSJ向けの塗装、いやラッピングを施した電車。中は内装、広告も他の電車と変わりない。
次は大阪環状線で大阪の一つ手前・・福島で降りる。この駅で降りるのも初めて。環状線は高架線だが、駅を出てすぐそばにいきなり踏切。
反対側。
これは大阪港など湾岸エリアからの貨物列車が東海道線に入るための線路。大阪駅のような線路の数も列車の本数も多い駅では、反対向きの列車が走る線路を横切っていくなんてことは無理だから、こういう線路を通っていくように作られたようだ。そして、今は貨物はどのぐらい走っているか知らないが、関西国際空港への特急などが新大阪から大阪環状線を通って阪和線に入るルートとして使われている。
ちょっと写真を写しているうちに踏切の警報が鳴り始め、関西空港への特急が通過していった。
大阪環状線の車窓からすぐ下の線路を見ることはあっても、この踏切のそばで列車が走るのは、初めて目の当たりにした。
時間はもう昼飯時。踏切のすぐ先に食堂を発見。ヒマワリ食堂という店。チェーン系という感じではないところが興味をそそられたので、ここで昼飯にする。
食べたのはビフカツ定食(800円)。
ビフカツとはビーフカツのこと。つまり牛肉のカツ。関東で見かけることは少ない。ビフカツと縮めた呼び方が大阪的。
この店、日本酒は焼酎もいろいろ置いていて、夜は居酒屋になるようだ。
次は中之島へ向かうが、歩いていくといろんなものが目に留まる。わき道を見ると飲み屋街。休日昼間にしては意外に人通りがある。
休日昼間でもところどころにランチをやっている店、昼間でも酒を出す店があったりする。通り抜けて、また別の道で大通りへ戻る。
さらに進むと、建物の間に鳥居。神社があるようだ。
お参りしていく。
表参道へ出て、どういう神社かと思って石柱の銘板を見ると、福島天満宮。
福島は大阪駅の一つ隣で小さな駅だと思っていたが、降りて歩くといろいろなものがある。
いや、大阪駅のある梅田はかつての名前が埋田で、低湿地を埋めて田んぼにした場所だったという。大阪の中央駅を作るのには広い土地がいるからそういう場所が選ばれたのだろう。逆に、一つとなりの小さい駅あたりのほうが、昔から人が住んでいた地域としての名残を残していたりする。
東京の中央駅である東京駅、そして丸の内のビジネス街も元は何もないところに作られたという。かえって一つとなりの神田あたりのほうが昔からの土地としての名残があったりする。それと同じことだろうと思う。
堂島川を玉江橋で渡り中之島へ。ここは東西に長い中之島の西のほう。
中之島の東端(川の上流側)は、小学校高学年か中学の頃、父親に連れられて来たことがある。だけど、西端は知らないから行ってみようと遊歩道として整備された堤防を西へ向かう。
途中ではテントを設営して物産展、それにステージイベントも行われていた。
物産展のテントの一つに島根県隠岐のいわがきを発見。蒸しガキにして売っている。
一つ買って食べる。1個300円。店の人が、「少しくせのある味」と言っていたが、確かに少しくせがあった。
しばらく歩いて、ようやく中之島の西端に達したが、堂島川と土佐堀川の2本の川が合流する寸前のところに橋が架かっている。しかも、合流点そばへ渡る横断歩道がない。
どちらかの橋を渡ったところにある信号で反対側に道を渡り、橋をもう1回渡らないとだめという何とも酷い場所。とにかく土佐堀川に架かる端建蔵橋を渡り道の反対側へ。そこから見た中之島西端。コンクリートの護岸が突き出したところがそう。
もう一度、端建蔵橋を渡り、護岸の上から中之島西端を見る。
中之島東端は公園になっていた。今でも地図を見るとそのようだ。だけど、西端は行ってみると風情などまったくない場所だった。
道を渡るために今度は、堂島川に架かる舟津橋を渡る。橋の途中で振り返ると住友倉庫の建物が見えた。ずいぶんとレトロな外見の建物だ。
再び中之島の堂島川沿いを歩いて引き返す。中之島のあたりの高層ビルが林立している。これもこの20年、30年の間に変化した風景なのだろう。
さきほど、堤防上でイベントをやっていた近くまで戻ると、京阪中之島線の中之島駅がある。割と最近の時期に開通した線。でも、乗るのは初めて。
JR大阪環状線と接続する京橋で降りる。暑いからアイスコーヒーを飲める店がないかと探す。京阪京橋駅の改札内にはコーヒー1杯500円ぐらいしそうな昔ながらの喫茶店という感じのところしかなかった。ドトールとかスターバックスとかいったふうな店がないかと探すが、見つからない。
駅を出てJR京橋駅の反対側に出ると、すぐ目の前が串カツ屋や立ち吞み屋。
これが昔ながらの京橋の街。休日の昼間だが、こうした店では主にオッチャン達が飲んで盛り上がっている。浅草の伝法院通りの飲み屋街(何年か前に入ったら、雰囲気に吞まれて飲みすぎたことがあった)、有楽町から新橋にかけてのガード下、渋谷の井の頭線高架脇を入った裏道の焼き鳥屋etc.を思い出した。
アーケードの商店街へも入ってみる。
ドトールとかそういう店はないようだ。でも、セブンイレブンがあった。
そう、セブンイレブンなら今は100円でホットでもアイスでもおいしいコーヒーが飲める。それで、アイスコーヒー(100円のレギュラーサイズ)を買って飲む。
あとはJR線に乗って帰る。
親の家では今日がゴールデンウィークの打ち上げで、ちょっとご馳走。飲みすぎないようにそこそこ飲んで食べる。