日本語学校からこんにちは ~水野外語学院~

千葉県市川市行徳にある日本語学校のブログです。日々の出来事、行事、感じたことなどを紹介しています。

「休んでしまって…」追いつけない時は。

2008-08-16 11:11:19 | 日本語の授業
 天気予報を見ている限り、今日は雨が降る確率が、いつもにも増して高いと思ってしまうのですが…本当に台風が近づいているのでしょうか。

 昨今は、「手に取れるもの」、「実際に見聞きできるもの」が、圧倒的に少なくなりました。臨場感はあるものの、テレビやインターネットなどで映し出されたり、語られたりするもののうち、どれほどが、「自分の耳や目で確認したこと」と同じだけの「真実」に近いのかと疑ってしまいます。

 もちろん、人間とは「自分に都合よく出来ている生き物」ですから、無意識に「自分の見たいもの」、「聞きたいもの」を選別しているそうで、何が真実かと申しましても「真実などない」としか、言いようのないのが、「本音」だそうですが。

 しかし…台風のことです。今ここで取り上げているのは、何も難しい政治のことではなく、伊豆地方に近づきつつあるという台風のことです。

 本当でしょうか、台風が、たとえ今海上であろうとも、近づきつつあるというのは。窓の外は「カンカン照り」なんですけど。ここ、行徳は、雨が降りませんねえ。100年ぐらい前でしたら、きっと、「アメノウズメノミコト」ばりに、雨乞いの踊りをしていたことでしょう(彼女がしたのは「アマテラスオオミカミ」を「天の岩戸」から出すためであって、雨を降らそうとしてではありません…念のため)。

 いつも、朝来てすぐに、一階の教室の前の花にだけは、水をやっているのですが、もう土が硬くなって、なかなかしみ込んでいきません。どうしてでしょうね、慈雨が欲しくて、あえいでいるはずですのに。花だけではなく、人もそうですもの。

 さて、昨日は、学生も来ないこともあって、静かな一日を過ごしました。来週からは、休み明けの授業が、「初級(1)」と「初級(2)」のクラスで始まります。その打ち合わせも、しておけねばなりませんし、まずなんといっても、月曜日の授業です。ちょっと計画をしておいて…と。どうせ、まず復習から始めなければならないでしょうが。

 今日は、朝、プライベートレッスンが一つ入っています。彼は既に去年教えて、「一級試験」にはパスしているのですが、やはり日本で働くには、それだけでは不十分であるということで、もう少し「会話」をやりたいと通っているのです。

 去年、一年近く教えていましたので、彼のだいたいの「人となり」もわかっていますし、それ故、計画も立てやすく、教える身としては、楽な相手です。まじめで、なんといっても、週1の授業の時のディクテーションをほとんど間違えないのです。上級に入っても、一日一課のペースは崩しませんでしたが、それにもついてきました。そうしなければ、「一級合格」が難しいといことが理解できたので、がんばれたのでしょう。

 しかも、約束を守れる(時間や、やるべきことなどです)。ふわついていない。何よりも、「己の至らざる所を知っている」というところが、教師にとってはありがたい。

 ただし、今はよく脱線しています。日本で生活していく上では、いろいろな知識が必要になります。知識欲があるので、江戸時代の話をしたり、話が自由民権運動」に話が及ぶこともありますが、あまりいやな顔は見せません。それで、ドンドン話が脱線していってしまうのです。

 けれども、「一日一課」のペースは崩していません。そのために通っているのですから、毎日会社で仕事をしながら。けれども、「上級」の教科書を勉強していた頃に比べれば、雲泥の差と言ってもいいくらい、楽です。内容も、語彙も自由自在とまではいかなくても、それに近い。説明が日本語で出来ると言うのは、いいですね。やはり、日本のものは日本語で伝えるのが、いちばんふさわしい。

 ところで、在日の人を教えていく時、いま一つ計画が立てられないのです。「せっかく日本に来たのだから、日本語を少し囓っておこう」くらいなら、それはそれはいいのですが(「初級」だけ、せいぜい「三級レベル」くらいなら、それでもいいのですが)、先が全然見えないので、彼らなりのカリキュラムを、当方が立てられないのです。

 就学生ではありませんから、「ここまではこの段階で教えておかなければならない」ということも、確としたものは決められず、しかも、夏休みや春休みなどに、家族と一緒に帰省してしまうこともありますから。

 「漢字圏」の人なら、一・二週間であれば、それほど苦労せずに追いつけるのですが、「非漢字圏」の人が、一度帰省して、何週間か休んでしまうと、なかなか追いついくことができなくなるのです。いえ、「追いつけない」のではなく、「追いつける」ことは「追いつける」のですが、その、「追いつく」までの時間に、耐えられないのです。

 「初級の段階」では、まだ「定着した」どころではなく、病気で二・三日休んだだけでも、次に来た時に、もう「違う惑星に来てしまった」と不安げな顔をする人もいるくらいですから。授業の内容が「重くなってしまう」のです、休んだ身にとっては。それで、せっかく何ヶ月もがんばってきたのに、日本語の勉強を、その、わずか「一・二週間」のために、あきらめてしまうという人も出てきます。

 残念ですが、それぞれ家庭の事情もあることですし、しっかりとした社会人が大半ですから、無理強いもできません。当方としては、がんばってきた姿を見ていますから、「惜しいな」、「残念だな」とは思うのですが、詮方なく、それきりとなってしまいます。

 しかしながら、お子さんをお持ちの方の場合、お子さんが、小・中学校などに行くようになると、「学校との連絡がうまくできなくて困る」ということにもなりかねません。間に人を立てても、日本語が不十分であるために、言いたいことも言えず、「あのときあきらめなければよかった」と後悔してしまうことも「なきにしもあらず」なのです。

 大変かもしれませんが、我慢してじっと勉強を続けていただきたいのです。必ず、どこかで、何度も復習を入れますから(「三級試験」や「二級試験」の前にも、「試験対策」として「まとめ」をします)。日本語が分からなければ、日本で暮らす楽しさも半減してしまいます。それに、何より、日本人にとっても困るのです。日本に来ているのに、日本語が分からないという相手とは、どうやって、意思の疎通をはかったらいいのか、がわからないのです。

 どんなに大変でも、せっかく始めたことですから、少なくとも、日常生活ができるレベル、「三級試験」までは、がんばってほしいものです。

 もちろん、これは「非漢字圏の人」です。「漢字圏の人」のことではありませんからね。

日々是好日
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