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吉村青春ブログ『津屋崎センゲン』

“A Quaint Town(古風な趣のある町)・ Tsuyazaki-sengen”の良かとこ情報を発信します。

〈日記〉535・「にしてつストア津屋崎店」改装閉店へ

2014-02-20 22:19:49 | 日記

写真①:2月28日で一時閉店する「にしてつストア津屋崎店」

      =福津市宮司2で、2014年2月19日撮影

福津市の「にしてつストア津屋崎店」

2月28日で一時閉店、秋ごろ再オープンへ

  福津市宮司2の「にしてつストア津屋崎店」(3階建て)=写真①=が、2月28日で一時閉店します。店舗改装のためで、今年秋ごろ再オープンする予定という。

  すでにテナントでは、売りつくしセールで陳列棚の商品が品薄になっている店もあります。宮司地区の市民には、最も近いスーパーだけに、高齢の買い物客から「福間地区のスーパーまで車を運転できない年寄りには、肉や魚、野菜などの購入が不便になる」との声も聞かれます。

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2013年12月17日/〈日記〉534・「津屋崎干潟」を守ろう

2013-12-17 07:19:04 | 日記

写真①:「津屋崎干潟」の東岸に設置された干潟の解説や生き物たちの保護を呼び掛ける表示プレート6点

      =福津市渡で、2013年12月16日撮影

「津屋崎干潟」の大切さと生き物保護を呼び掛け

東岸の護岸壁面に表示プレート6点設置

 福津市渡の「津屋崎干潟」東岸のコンクリート製護岸壁面に12月15日、同市うみがめ課とボランティアグループの「干潟みまもり隊」が、同干潟の解説や生き物たちの保護を呼び掛ける表示プレート6点を設置しました=写真①=。

 このプレート6点のうち、北側には「津屋崎干潟」の地図・航空写真と、面積約50㌶、周囲約5㌔など干潟についての解説の2点=写真②=を設置。

 

写真②:「津屋崎干潟」の地図・航空写真と干潟についての解説の表示プレート

 護岸壁面の中央には、「津屋崎干潟の生きものたち」「代表的な生きものたち」の表示プレート=写真③=があり、クロツラヘラサギ(トキ科)やカブトガニなどのカラー写真付きで分かりやすく解説。

 

写真③:中央に設置された「津屋崎干潟の生きものたち」「代表的な生きものたち」の表示プレート

 護岸壁面の西側には、「生きものたちからのお願い」の表示プレート2点が設置され、「3cm以下のアサリは獲らないでください! 子孫が残せなくなって絶滅してしまいます」などと「津屋崎干潟」の生き物たちの保護を呼び掛けています=写真④=。

 

写真④:「津屋崎干潟」の生き物たちの保護を呼び掛ける「生きものたちからのお願い」の表示プレート

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2013年11月20日/〈日記〉533・「光明禅寺」の紅葉見物

2013-11-20 20:08:49 | 日記

写真①:「一滴海之庭」の見事な紅葉

     =太宰府市宰府2-16-1の「光明禅寺」で、2013年11月20日午前11時20分撮影

紅葉見物に行きました

――太宰府市・「光明禅寺」庭園

 太宰府市宰府にある臨済宗寺院・「光明禅寺」(こうみょうぜんじ)の紅葉見物にと20日、ドライブしました。

 青苔で大陸と島を、白砂で水と大海を表現した「一滴海之庭(いってきかいのにわ)」という九州唯一の枯山水の庭園があり、〝苔寺〟の名で親しまれています。

 拝観料2百円を本堂入り口で納め、縁側から眺めた「一滴海之庭」の紅葉が優雅です=写真①=。3月2日に訪れた際は拝観できなかっただけに、苔庭の風情もゆっくり楽しみました。タイから来た若い夫婦が、庭を背に記念撮影しており、外国人観光客に紅葉狩りも魅力になる時代と知りました。

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2013年11月2日/〈日記〉532・旧船津饅頭屋の跡地囲う黒塀

2013-11-02 10:00:41 | 日記

写真①:跡地が黒塀で囲われた旧「船津饅頭屋」(左は「金刀比羅神社御旅所」)
     =福津市津屋崎天神町で、2013年11月1日撮影

 福津市天神町の旧「船津饅頭屋」跡地

黒塀で囲われ、〈津屋崎千軒通り〉の風情が繋がれました

 福津市天神町の新川に架かる「天神橋」西詰め北西にある旧「船津饅頭屋」の建物(木造平屋藁葺きにトタン屋根)が、老朽化のため6月に解体され、10月までに跡地が黒塀で囲われました=写真①=。

 西隣の「金刀比羅神社御旅所」寄りの〈津屋崎千軒通り〉から見ると、こんな感じです=写真②=。福津市は市景観計画を策定、景観まちづくり活動を推進していく計画で、〈津屋崎千軒〉の風情を守り育てるために、「津屋崎千軒まちなみガイドライン」を策定、〈津屋崎千軒〉地区に冊子『町並みづくりの道しるべ』(202㌻)を4月に各戸配布しています。旧「船津饅頭屋」跡地を囲った黒塀は、〈津屋崎千軒通り〉の町並みを繋ぐ風情に合っているように思えます。

 

写真②:「金刀比羅神社御旅所」寄りの〈津屋崎千軒通り〉から見た旧「船津饅頭屋」黒塀(右側に「天神橋」がある)

   建物の解体工事は、6月23日から始められました=写真③=。

写真③:旧「船津饅頭屋」の解体工事(手前は「天神橋」)

     =6月23日撮影

  旧「船津饅頭屋」は、私が津屋崎小学生だった昭和20年代は焼き立てのホカホカ饅頭を買いに行って、美味しくいただいた記憶が舌先に残っています。その後、クリーニング取次店に転業され、平成になって閉店されました。船津さんの自宅は店舗北側にあります。

 

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2013年10月4日/〈日記〉530・〈倉敷・町歩き〉5:全国町並みゼミ第4分科会

2013-10-04 05:00:21 | 日記

 

写真①:旧柚木家住宅・「西爽亭」(国登録有形文化財)

     =岡山県倉敷市玉島3丁目で、2013年9月21日午前11時45分撮影

 〈倉敷・町歩きスポット〉5

 :全国町並みゼミ第4分科会

  倉敷市玉島の町歩きは9月21日昼前、「第36回全国町並みゼミ倉敷大会」(主催・同大会実行委員会、特定非営利活動法人全国町並み保存連盟)第4分科会会場の「西爽亭(さいそうてい)」=写真①=到着で終わりました。

  「西爽亭」は、江戸時代中期・天明年間(1781~1789年)の建築とされ、備中松山藩主に諸役として仕えた玉島の庄屋、旧柚木家の住宅で、国登録有形文化財です。藩主が玉島領内にお成りの際、宿泊される屋敷でもあり、薬医門=写真②=のある風格ある造りです。

 

写真②:藩主お成りの時にだけ利用される薬医門

  幕末の慶応4年(1868年)、鳥羽伏見の戦いで幕府方が敗戦し、大阪城で護衛の任にあった藩老熊田恰(くまた・あたか=通称)矩芳(のりよし=名)が帰藩しようと、隊士150余名を率いて海路玉島港に上陸したが、備前藩軍兵に包囲されます。熊田恰は、部下の助命と藩の安泰、戦火の回避を嘆願して「西爽亭」で切腹、玉島は戦火を免れました。玉島文化協会が「西爽亭」前に掲示した同邸の解説板=写真③=には「本邸は玉島人にとって忘れ難い維新史の悲壮な一頁をそのまま残している」と記されています。

 

写真③:玉島文化協会が掲示している「西爽亭」(柚木亭)の解説板

  「第36回全町ゼミ倉敷大会」第4分科会は、「まちなみを活かし、暮らし続ける~歴史・くらし・ひとのつながり~」をテーマに、午後1時半から「西爽亭」1階で開催されました。「玉島分科会実行委員会」の赤沢雅弘・玉島商工会議所産業観光推進アドバイザーと、兵庫県たつの市の柏山泰訓・「嶋屋」友の会事務局長、同県豊岡市の福岡隆夫・「出石城下町を活かす会」事務局長のパネリスト3人が、活動事例を報告。

  このあと、藤本英子・京都市立芸術大学教授がコーディネーター、前野まさる・特定非営利活動法人全国町並み保存連盟理事長(東京芸大名誉教授)がアドバイザーとなり、第4分科会参加者約70人とのワークショップ、質疑応答を行いました。会場には、伊東香織倉敷市長(同大会実行委員会名誉実行委員長)=写真④=も駆け付け、歓迎と「お・も・て・な・し」の挨拶をされ、参加者の拍手を浴びました。福岡市生まれで東大法卒、総務省出身の若い女性市長の元気なエールに感心しました。

  

写真④:歓迎の挨拶をする伊東香織倉敷市長(左)

     =「西爽亭」で、9月21日午後4時25分撮影

  「第37回全国町並みゼミ鹿島・嬉野大会」は、2014年11月7日(金)から9日(日)まで佐賀県鹿島・嬉野両市を会場に開かれます。第4分科会参加者は、鹿島・嬉野大会での再会を約して解散しました。〝山陽の小浪華(こなにわ)〟と呼ばれ、岡山県西部を代表する港町・玉島での分科会に、〝博多の外港〟・津屋崎から参加し、町興しのヒントを得られた今回の倉敷大会は楽しく学べ、来年の佐賀大会も期待できそうです。

                                             (おわり)

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2013年10月3日/〈日記〉529・〈倉敷・町歩き〉4:港町・玉島の町歩き

2013-10-03 04:29:35 | 日記

写真①:2階に虫籠窓のある町家

      =岡山県倉敷市玉島西町で、2013年9月21日午前9時25分撮影

 〈倉敷・町歩きスポット〉4

 :港町・玉島の町歩き

  9月20日夜は、倉敷市内のホテルに宿泊。翌21日朝、「第36回全町ゼミ倉敷大会」全体会会場の市芸文館前から貸切バスに乗り、第4分科会に出席するため、同市玉島へ向かいました。玉島は、かつて北前船の寄港地で備中地方の拠点として栄えた瀬戸内海屈指の港町です。江戸時代に備中松山藩主の水谷氏が新田を開発、港を開いたことから高瀬舟の発着場としてにぎわいました。

  バスは、約20分で玉島中央公園に到着。ここから玉島観光ガイド協会のボランティアガイドの案内で町歩きです。公園そばを流れる里見川に架かる「大正橋」を渡ると、西町に入ります。2階に虫籠窓のある町家=写真①=が、建ち並んでいます。

  次に、仲買人が蔵を構えた通りの「仲買町」へ。この通りにある「白神紙商店」=写真②=は、江戸時代から「むろや」の屋号で商いをしてきた老舗紙問屋です。ご当主の案内で、商品の紙類を保管している蔵の中も見せてもらえました=写真③=。

写真②:江戸時代から営業の老舗・「白神紙商店」、写真③:蔵の中に保管されている商品の紙類

     =倉敷市玉島仲買町で撮影

  「白神紙商店」前にあるレトロな造り酒屋・「菊池酒造」=写真④=は、明治11年に創業。酒造王国として知られる備中玉島の伝統を継ぐ名門の酒蔵で、社長杜氏の菊池東(きくち・とう)氏が、〝伝統を育み、未来に伝えるこだわりの美酒づくり〟をモットーに、モーツアルトの音楽が流れる蔵の中で醸す清酒「燦然」は、全国新酒鑑評会で平成24,25年連続で金賞を受賞しています。

写真④:レトロな造り酒屋・「菊池酒造」

     =倉敷市玉島仲買町で撮影

 備中杜氏の酒造りなどについて観光客に説明する蔵=写真⑤=の中には、池田勇人元首相が揮毫した「酒造王国」の書=写真⑥=も掲げられています。

写真⑤:観光客への説明場所の蔵、写真⑥池田勇人元首相が揮毫した書

     =「菊池酒造」で撮影

 「菊池酒造」近くにある「玉島味噌醤油」=写真⑦=は、江戸時代から伝統の仕込み技法で味噌、醤油を醸造している老舗。ご当主が醤油の作り方を説明している最中に、味噌を買いに来店した常連客の主婦に応対する場面もありました。このほか、「仲買町」には畳屋、鍛冶屋など伝統的なものづくりを営む職人さんの家も残っているのが、羨ましく思えました。

写真⑦:江戸時代から味噌、醤油を醸造している老舗「玉島味噌醤油」

     =倉敷市玉島仲買町で撮影

 かつて問屋街として栄えた倉敷市玉島新町には、廻船問屋・旧「大国屋(おおくにや)」の二階建て町家が建っています=写真⑧=。江戸時代中期の1800年ごろの建物で、幕末の漢学者・川田甕江(かわた・おおこう)の生家でもあります。

写真⑧:廻船問屋・・旧「大国屋」

     =倉敷市玉島新町で撮影

  倉敷市玉島中央町にある「豊島屋(てしまや)」=写真⑨=は、ソースや酢、だし、昆布醤油など調味料の製造販売店。かつお節、昆布、みりん、醤油のうま味を生かした「料亭だし」が、寄せ鍋、おでん用に人気で、ネットショッピングでも販売しているという。

 

写真⑨:だし、酢、昆布醤油などを販売している「豊島屋」

     =倉敷市玉島中央町1丁目で撮影

  玉島町歩きのボランティアガイドさんは、案内コースの要所で簡明に説明、各商店訪問後はご当主自らが店の歴史や営業の苦心談を話されるので、大変面白く、感心しました。玉島商工会議所では、ものづくりのまち玉島の「産業観光」ツアーを始め、人気を呼んでいるといい、津屋崎千軒の観光ガイドにも参考になります。

 

 

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2013年10月2日/〈日記〉528・〈倉敷・町歩き〉3:全町ゼミ倉敷大会

2013-10-02 03:54:27 | 日記

 

写真①:第36回全国町並みゼミ倉敷大会全体会が開かれた市芸文館

     =岡山県倉敷市中央1で撮影

 〈倉敷・町歩きスポット〉3

 :全国町並みゼミ倉敷大会

  倉敷市の観光町歩きを楽しんだ後、9月20日午後1時から同市中央1の市芸文館=写真①=大ホールで開かれた「第36回全国町並みゼミ倉敷大会」(主催・同大会実行委員会、特定非営利活動法人全国町並み保存連盟)に出席しました。

  「全町ゼミ倉敷大会」は、22日まで3日間の日程で開催。大会のテーマは「つながる地域文化の伝統と創造~備中の風土力の発信~」で、この日の「全体会」開会式では、主催者を代表して前野まさる・特定非営利活動法人全国町並み保存連盟理事長(東京芸大名誉教授)が挨拶しました=写真②=。

  

写真②:挨拶する前野まさる・特定非営利活動法人全国町並み保存連盟理事長

      =倉敷市芸文館で、2013年9月20日午後1時5分撮影

  基調講演では、神崎宣武・旅の文化研究所所長が「町並みと旅の文化」の演題で話しました。続いて、兵庫県豊岡市城崎町の「城崎温泉町並みの会」や、佐賀県鹿島市の「肥前浜宿 水とまちなみの会」など各地で伝統的町並みの保全に取り組んでいる5団体から活動報告がありました=写真=③。

  

写真③:檀尻が走る温泉町の町並みを守る「城崎温泉町並みの会」の活動報告

  午後7時からは、歓迎交流会に出席。会場は、倉敷市の旧倉敷紡績倉敷工場を再開発、ツタ(アイビー)のからまる赤レンガ造りの建物にホテル、レストランなどが入居した複合交流施設・「倉敷アイビースクエア」のフローラル・コートです。アトラクションで、岡山県備中地方に伝わる「備中神楽」(国指定重要無形民俗文化財)=写真④=が披露されました。

  

写真④:歓迎交流会で披露された「備中神楽」

      =倉敷市の「倉敷アイビースクエア フローラル・コート」で、9月20日午後7時10分撮影

 交流会では、参会者と地酒を酌み交わしながら懇談。2012年12月1日、福津市文化会館で開いた「第35回全町ゼミ福岡大会」の第5分科会に出席いただいた中村泰典・第36回全町ゼミ倉敷大会実行委員会委員長(特定非営利活動法人倉敷町家トラスト代表理事)や、2008年に「津屋崎千軒 海とまちなみの会」が同会館で開催した町づくり講演会で「〈津屋崎千軒〉まちおこしへの提言」の演題で講演いただいた西村幸夫東大教授(現副学長、特定非営利活動法人全国町並み保存連盟理事)にも再会し、お礼のご挨拶をしました。

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2013年10月1日/〈日記〉527・〈倉敷・町歩き〉2:倉敷美観地区

2013-10-01 05:58:21 | 日記

 

写真①:白壁の屋敷や柳並木が美しい倉敷川沿いの「倉敷美観地区」

     =岡山県倉敷市で、2013年9月20日午前11時50分撮影

 

〈倉敷・町歩きスポット〉2

 :倉敷美観地区

  倉敷は江戸時代、天領として栄えた商人の町です。中でも、倉敷市の観光スポット・「倉敷美観地区」の町並みは、白壁の屋敷が美しく、倉敷川沿いの柳並木がそぞろ歩きを楽しくしてくれます=写真①=。

  倉敷川沿いの歩道脇の路地も、石畳の小道の両側に白壁の町家や板塀が続き、落ち着いた風情です=写真②=。

  

写真②:石畳の小道の両側に白壁の町家や板塀が続く路地

  倉敷川の東岸の歩道に面した「倉手工布」店=写真③=に入り、特産品の帆布の雑のう=写真④=を購入しました。〈津屋崎千軒〉観光ガイドを行う際に、肩から掛けた雑のうの外袋から、昔の町家や津屋崎の交通機関として活躍していた馬車鉄道、西鉄宮地岳線の電車の写真を取り出し、観光客の皆さんにご覧いただくのに重宝だと思ったからです。中学生時代にカバン代わりに使っていたのが、懐かしく思い出されます。

 

写真③:「倉手工布」店、写真④:帆布の雑のう

  倉敷川河畔の西岸の歩道脇にある「アトリエ 倉敷デニムハウス」=写真⑤=の店頭に飾られていたデニムのバッグ=写真⑥=が目に付き、細君と娘の土産にと求めました。江戸後期から繊維産業が発達した倉敷市児島地区は、国産ジーンズ発祥の地として知られるだけに、お目当てのジーンズを買いに訪れる観光客も多いようです。

  

写真⑤:「アトリエ 倉敷デニムハウス」、写真⑥:ハンガーに掛けられていたデニムのバッグ(手前の二つを購入)

  「倉敷デニムハウス」の近くには、「星野仙一記念館」=写真⑦=がありました。岡山県立倉敷商業高校出身で、プロ野球セントラルリーグで今年初優勝した「東北楽天ゴールデンイーグルス」の監督・星野さんの投手時代から「中日」、「阪神」の監督までの球歴や、ユニフォーム、表彰カップ、写真、語録を記した色紙など約3百点が展示されています。

 

写真⑦:星野監督の胸像が入り口で迎える「星野仙一記念館」

  20日夜、ライトアップされた「倉敷美観地区」を訪ねると、十六夜の月が白壁の町家の屋根を照らして綺麗でした=写真⑧=。この夜間景観照明は、夜も「倉敷美観地区」を楽しんでもらおうと、2005年から行われています。

  

写真⑧:ライトアップされた白壁の町家の屋根を照らす十六夜の月

     =20日午後8時25分撮影

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2013年9月30日/〈日記〉526・〈倉敷・町歩き〉1:大原美術館

2013-09-30 20:03:06 | 日記

写真①:JR山陽本線の「倉敷駅」

     =岡山県倉敷市で、2013年9月20日午前10時25分撮影

  きょう9月30日から、〈倉敷・町歩きスポット〉シリーズを掲載します。

 

〈倉敷・町歩きスポット〉1

 :大原美術館

  9月20日朝、福津市津屋崎の拙宅から岡山県倉敷市へ1泊2日の旅行に出かけました。第36回全国町並みゼミ倉敷大会に参加するためで、博多駅から新幹線「のぞみ」に乗り、午前9時48分に岡山駅到着。岡山駅かららJR山陽本線快速に乗り、倉敷駅=写真①=には同10時12分に付きました。

 倉敷駅前の倉敷中央通りを歩いて、「大原美術館」に行きました。昭和5年、倉敷の実業家大原孫三郎が設立した日本初の私立西洋美術館で、西洋美術や近代美術の作品を展示しています。私は昭和42年に訪れて以来、入館は46年ぶりです。入館料1,300円で、ギリシャ神殿風の本館=写真②=や分館、工芸・東洋館へ入館できます。

 

写真②:ギリシャ神殿風の「大原美術館」本館

     =倉敷市中央1で、20日午前11時45分撮影

 本館前にあるロダンの彫刻「洗礼者ヨハネ」の像=写真③=を観て、入館しました。クロード・モネの「睡蓮」や、ポール・ゴーギャンの「かぐわしき大地」など著名な画家の絵画が展示されています。

  

写真③:ロダンの彫刻「洗礼者ヨハネ」の像

  日本の近代洋画が展示されている分館では、林武の代表作とさされる「梳る女」=写真④=と、「大原美術館」の礎となる西洋絵画を収集したことでも知られる画家・児玉虎次郎作の「姉妹」、「和服を着たベルギーの少女」=写真⑤=の絵はがき3点を記念に買いました。

  

写真④:林武作の「梳る女」(左)と児島虎次郎作の「姉妹」、写真⑤:児玉虎次郎作の「和服を着たベルギーの少女」の絵はがき

  20日夜、ライトアップされた「大原美術館」本館は、綺麗でした=写真⑥=。

 

 写真⑥:ライトアップされた「大原美術館」本館

     =20日午後4時35分撮影

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〈日記〉525・〈四国・町歩き〉8:特別名勝「栗林公園」

2013-09-09 04:10:15 | 日記

 

写真①:日本を代表する回遊式大名庭園・特別名勝「栗林公園」

     =香川県高松市で、2013年8月30日午前11時30分撮影

 

 〈四国・町歩きスポット〉8

 :特別名勝「栗林公園」

  8月30日午前、香川県高松市にある特別名勝「栗林公園」(県立公園)=写真①=を訪ねました。江戸時代初期・讃岐高松藩の歴代藩主が百年がかりで整備、下屋敷として利用してきたという日本を代表する回遊式大名庭園です。

 東門(入園料4百円)から入った所に、「特別名勝栗林公園案内図」の掲示板が建っていました=写真②=。「日本一の回遊式庭園」として、松の緑が濃い「紫雲山」を借景にした広大な公園(「紫雲山」を含めると75㌶で、東京ドーム16個分)の地図が描かれています。雨が降ってきたのと、時間的に余裕がなかったため、南側の庭園を巡ることにしました。

写真②:「特別名勝栗林公園案内図」

     =「栗林公園」で、8月30日午前11時25分撮影

 まず、日本古来の建築様式を生かした豪壮な2階建ての「商工奨励館」(延べ床面積1,260平方㍍)=写真③=前へ。明治32年(1899年)、旧藩主の「檜御殿」跡に香川県博物館として建てられ、今は県特産品の展示即売や製作実演の場に利用されています。

 

写真③:明治32年建築の「商工奨励館」

     =「栗林公園」で、8月30日午前11時25分撮影

 次に、近くに配された池・「北湖」を巡る園路を、傘をさして反時計回りに散策。「北湖」にある築山・「芙蓉峰」から北を眺めると、小雨に毛ぶる「紫雲山」を背景に、中央に紅の「梅林橋」がくっきりと映え、その右に3百年以上の手入れで枝ぶりを整えたという箱のような形をした「箱松」と背丈の高い「屏風松」が重なるように見える絶景です=写真④=。

写真④:小雨に毛ぶる「紫雲山」を背景に中央に紅の「梅林橋」が映える「北湖」

       =築山・「芙蓉峰」から、8月30日午前11時45分撮影

  散策の最後に、一休みしようと茶店に立ち寄ると、「さぬきうどん」のメニューが目に止まりました。「ぶっかけさぬきうどん」を注文、腰のある本場のうどん麺を美味しくいただき、〝うどん県〟への旅の締めとしました。

                               (終わり)

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