駒子の備忘録

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溝口彰子『BL研究者によるジェンダー批評入門』(笠間書院)

2024年08月12日 | 乱読記/書名は行
 BL論を研究し、映画・アート・クィア領域研究倫理などについて執筆してきた著者と、映画・ドラマ・漫画・現代アートなどさまざまな「ビジュアル」作品をジェンダーの視点で読み解き、見てから読んでも読んでから見ても楽しめる作品批評を学ぶ一冊。

 中村明日美子のカバーイラストに惹かれてうっかり手に取りましたが、おもしろくてすぐ読めましたし、勉強にもなりました。
 著者はクィア・ビジュアル・カルチュラル・セオリストと名乗っている方で、早稲田大学文学学術院准教授だそうです。生まれ年の記載がありませんが、1990年代に青山のスパイラル/ワコールアートセンターで仕事をしていたそうで、そのあとのことのようですがアメリカの大学院にも行っているそうなので、年齢的には私と同じくらいかちょっとだけ上なまかな?と思います(私は16年間の学校教育を92年に終了)。子供のころや思春期、青春時代に触れてきた漫画やテレビ番組なんかが、似たところがあるのかな?と思えたので、初めて読む人でしたがとっつきやすかったです。というか『BL進化論』の著者なんですね、これも私はタイトルしか知らず、未読ですが、界隈では著名な方なのでしょうか。失礼いたしました…
 前半、というか本の大半が「あっこ先生」と「もえ」さんの会話形式で、ビジュアル作品の批評、つまり表象分析を学んでいくスタイルになっています。おっさんが若い女性にものを教えるスタイルにはムカつきますが、女性同士でも年長者が教える側なのはある種あたりまえなのだろうか…と思いつつ、そこはかとない違和感がないこともなかったのですが(私がネット記事なんかによくある、こういう対話スタイルの文章が苦手で嫌いだということもあります)、もえさんが教わる一方でなくけっこう鋭い意見を述べたり、もえさんの方がくわしい分野があることになっていたりもしたので、対等というほどではないですが、一方的ではない対話になっていて、慣れたらすらすら読めました。ふたりともレズビアンで、でも別に恋愛関係にはない…というようなキャラ立てに見えたのも、よかったのかもしれません。まあこれは私の勝手な解釈であり、ふたりのセクシュアリティについては特に言及されていませんし、そこは本質的な部分ではないのでしょうが…
 ただ、本の後半に、もとになったそもそもの論文や解説文が収録されていて、前半のある種のネタばらしになっているという、ちょっと変わった本でもあります。これらの論文を一般書として書き直すのに当たり、この形式の方がいい、と編集者とかと相談して決めたのかなあ? 普通にフラットにくだけた文章に書き直すだけでもよかった気もしましたが…
 でも、「学ぶ」ということを考えると、それこそ著者が一方的に読者に教える形になるよりは、この形式の方がよかった、ということなのかもしれません。
 表象分析では、複雑に関連する「ファンタジー:私たちが頭の中で考えていること」「表象:何らかの方法で表現されたもの」「現実:生身の身体でこの社会に生きていること」のみっつの関係を考えるんだそうです。お題に取り上げられている漫画や映画、アートは、私は知っているものやタイトルしか知らないもの、全然知らなかったものなどいろいろでしたが、どれについてもおもしろく読めましたし、納得できました。なのでこうした分野に興味がある方にはオススメの一冊です。この6月に出たばかりの本ですしね。

 なので以下は、この本での『おっさんずラブ』に関する論評についての感想です。章のタイトルは「モヤモヤを言語化する ホモフォビアとミソジニー」でした。私もこちらこちらこちらなどの感想日記を過去に書いてきましたが、改めて、なるほどここをこう評価すべきだったのか、とかここはやっぱり問題だったのか、など発見できたのです。
 もちろんできればこの本を読んでいただきたいので、あまりくわしく言及するのは避けますが、私がまず感心したのは、「『おっさんずラブ』前夜」として、それ以前のBLについてかなりざっとではありますが歴史的な解説が書かれていたことです。そういう視点が著者にちゃんとあるから、「LGBTをテーマにした映像コンテンツに関して、欧米の常識と日本の常識は大きくかけ離れている」という指摘もできるわけです。そもそもBLとはなんなのか、何故生まれどう変化してきたのかが追えていて、その上での『おさラブ』語りだ、ということです。
 ちなみに最初の単発ドラマと連続ドラマ第一期、映画版、および『-in the sky-』が論考対象で、『リターンズ』はおそらくこの本の締め切りには間に合わなかったんだと思います。『リターンズ』に関してこの著者がどう評したのか、まあ調べればネット記事とかで出てくるのかもしれませんが、まとまった論考が読みたいくらいに興味深いです。
 さて、まず「単発ドラマは単純に世間のホモフォビアを反映してい」るとし、連続ドラマ第一期については「ホモフォビアが軟化してほぼなくなっている」としています。ただ、作り手側にきちんとした意識はなくて、たまたまだったのではないか、また俳優陣の工夫や演技力でカバーされていた部分が大きいのでは、とも語られていて、「俳優・田中圭が徹頭徹尾『セクシュアリティが未分化な小学生のような人物』として春田を演じている」のがよかったのだ、という指摘には唸らされました。というか著者も単純にこのドラマのファンだったんだと思うんだけど、そこは出さずにきちんと論じていて偉い…とか思っちゃいました。イヤ学者さんに対して失礼ですんません…つまり愛があるのが感じられ、しかし愛に流されない論旨になっているのです。ま、学者さんですものね…そして実際、あのドラマに関しては役者の寄与がとても大きかったろうことはあちこちで語られる証言からも見えていますし、私もそう思います。
 だからこそ、「作品だけを批評するのではダメ」として、「制作側の意識」を厳しく追及しているターンが私にはとても印象的でした。私はわりと、このドラマの立役者である女性プロデューサーと男性脚本家の姿勢を、ナンパだなと思いつつ容認してきた意識があるからです。この姿勢の駄目さを、この本はちゃんと『おさラブ』前夜の歴史からきちんと説明しているのでした。なので、2018年の時点でエンターテインメントの作り手がこういう姿勢だったことに大きなショックを受けた、と著者は吐露していますし、著者のそんな真面目さに、広い意味でエンターテインメント業界にいるつもりでいる私は、いたく反省させられましたね…もちろんこのプロデューサーが若くて、過去のそうした歴史や経緯を知らないできた、というのは仕方がないことかもしれない、としつつ、「テレビ局に勤めてドラマ制作に長い間携わっているなら、本や論文は読む時間がなくても、せめて海外の映画やドラマを見たり、それらの作り手や出演者がどう語っているかなどはチェックした方がいいのではないでしょうか」というのも立派な提言だと思いました。ま、でも、学者さんはそれが仕事だから勉強するけど、フツーはそんな時間は全然取れないって人も多かろうよ、とまたつい擁護して考えてしまう私…でも、それじゃ駄目なんですよね。エンタメには、フィクションには大きな力があることを認めるからこそ、高い意識を持って作ってほしいし、安易に、なんとなく、ウケ狙いだけで作品を作ってくれるな、と著者は訴えているのでしょう。イタタタタ…
 そう、私は、プロデューサーの(そしておそらく脚本家も)「ただイケメン男優同士で少女漫画がやりたかっただけ」(ちなみにこのカッコはどこかからの引用という意味ではなくて、私が強調のために振っているものです。実際にはこの単語、この言い回しでのこのプロデューサーの発言はないと思います。でも総括すると私にはこう聞こえるので、私は再三この表現を使っています)、という制作姿勢は、わかるし、いいじゃん、と思ってきてしまったんですよね。この制作陣はBLという言葉もゲイも同性愛という言葉も使っていなくて、おそらく意図的に避けているんですが、それはつまりそこは狙っていないからだ、というのが彼女たちの理屈なんだと思うのです。私はそれもわかる気がしたんですよね、BLじゃなくて少女漫画がやりたかった、だから部長が「ヒロイン」なんです。
 でも、そこってやはり細かすぎることで伝わらない人には伝わらないし、一方で男性同士のラブコメドラマなことは誰が見てもわかるんだから、「現実のゲイとかは全然関係ない」では済まされない、という指摘は正しい、と思いました。「作り手ももちろんですが、受け手である視聴者も、社会的に進歩・進化して」「勉強していく必要がある」という指摘ももっともだと思いました。耳に痛いですけれどね…
 その上で「『新たなホモフォビアの装置』となった映画」版や、「寅さんスタイル」が成立しきれなかった、とする『its』についての論評も小気味良く、超納得のものでした。
 そうなんですよね、映画版の残念さって脚本のザルさももちろんあるけれど、なんといってもドラマ第一期ラストがなかったことにされていることなんですよね…(><)役者ががんばってあのラストシーンを作ったのに、映画の脚本家と監督は日和った。そんな関係性あるわけない、長続きしない、されちゃ困る、ってホモフォビアが顔出しちゃってるんですよ。それが、また仕事で離れ離れになるふたり、というラストにも出ちゃっているわけで、そら著者も「制作陣が男性同士で家庭を築くことを避けたかったのかなと思」うわけですよ…
 しかし、そこからの『リターンズ』だったわけで…うーん、やはり通しての論考が読みたいぜ! そして私もしつこいけれど再度考えてみるために、『its』を履修したいぜ! どんだけこだわるんだ、って話ですが、好きってそういうことだから…
 と、ことほどさように刺激的な読書だったのでした。



【私信】つーことで読んで! なんなら貸すから! そんでまた呑み語りにいらしてー!










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