駒子の備忘録

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よしながふみ『大奥』

2021年03月09日 | 愛蔵コミック・コラム/著者名や・ら・わ行
 白泉社ヤングアニマルコミックス全19巻。

 若い男だけが罹り、5人のうち4人が命を落とす「赤面疱瘡」はあっという間に全国に広がり、やがて男子の人口は女子のおよそ4分の1で安定した。男のあまりの生存率の低さゆえに、男の子は子種を持つ宝として大切に育てられ、女がすべての労働の担い手とならざるをえなくなった。あらゆる家業が女から女へと受け継がれ、わけてももとより官僚化していた武家社会では、男女の役割交替は比較的容易であった。唯一の天下人である公方様にのみ許される最高の贅沢、それは男子の少ないこの世で美男三千人を集めたと言われる女人禁制の男の城、大奥を持つことであった…

 私が持っているコミックスは13巻までジェッツコミックス扱いでしたが、掲載誌はずっと「メロディ」でした。白泉社の少女漫画コミックスのレーベルとしては「花とゆめコミックス」があるはずですが、「花とゆめコミックスLaLa」はあっても「花とゆめコミックスメロディ」はないのでしょうか? それともこの作品は単なる少女漫画ではないから、とか少女漫画の枠を越えるものだから、とか男性でも読めるものだから、とかの理由で今はなき青年誌の名前だったり縁もゆかりもないヤング誌の名前のレーベルに入れられたのでしょうか? だとしたらちゃんちゃらおかしいですね。それは少女漫画の、少女の、ひいては女性の蔑視に他なりません。そしてこの作品に対してそういう処置をするということは、この作品の意味も価値も全然わかっていないということです。反省せーよ、当時の担当者!!
 …それはともかく、16年の長きにわたり連載されていましたが、このたび無事に完結したことは実にめでたい、美しい。
 私はここでも何度か書きましたが、始めた話は終えるのが当然、かつ綺麗に終えてほしいし、長期連載においては最終回ひとつ前の回がとても大事、というのが持論です。この作品もまさにそれで、最終回ひとつ前の回でほぼほぼ本編の肝要な部分は語り終えていて、最終回は余韻あふれるエピローグ回みたいなものになっていました。実に素晴らしい! ここ数年は雑誌で毎回読んでいたのですが、本当に胸がすく思いがしました。
 また、少女漫画家にこの技能を持つ人材は残念ながら少ないのですけれど、似たような歳格好の女性を複数きちんと描き分けている画力があるのが素晴らしい。かつそのキャラクターが少女の頃から老婆になるまでをも、ちゃんとそのキャラらしく描けているのも実に見事です。なんせこの時代の女性たちのことですから、髪型を変えるとか特殊な服装をさせるとか特別な口癖をつけるとか、みたいなキャラの描き分けはできないわけじゃないですか。でもちゃんと、家光も家綱も綱吉も家宣も吉宗も家重も家治も家定も家茂も…その他あまた現れる女性たちが全部違う顔つきで描かれていました。見事なものです。もちろん男性キャラクターに関しても同様ですが。私はこの作家は画力というか絵の魅力というのはそこそこであって、あくまでも秀でているのはネーム力(コマ割りとか、コマの中の絵の構図とか、台詞とか、演出全般とでも言いましょうか)だと思っていたので、なかなか意外な発見でした。
 というか始まった当初は、「男女逆転設定までしてBLが描きたいのか…!」と思ったんですよね。美男三千人の禁断の苑での、逆ハーレムを描くのではなく、中の男同士の惚れた腫れた(イヤ腫れはしないんだけど、同性同士だから)を描くんでしょ?と早合点したからです。そうしたら、意外にも、むしろ、フツーの(という言い方がいけないのはわかっているのですが、ここは、あえて)、男女の、異性愛のドラマがメインの物語となりましたよね…もちろん歴史の物語でありジェンダー論の物語でもあったのですが、私はなんてったってラブストーリー大好きのナンパ者なので、本当に楽しく読んでしまいました。聞けば、赤面疱瘡のワクチン開発ターンで脱落した人が多いとのことで、もちろんまあまあ巻数が進んでいたこともあったでしょうが、舞台が大奥どころか江戸城からも出てしまって、一応源内さんとかはいたけれど基本的に男性たちがめっちゃ真面目にあれこれ奔走する展開の時期だったので、ラブがなくてつまらん(イヤ黒木夫妻とかあったけど)、となったんじゃないかしらん、とか推測したりします。
 ホントどのカップルもせつなく、ドラマチックでしたよねえ…本当の史実(という言い方もなんですが)ではどんなだったんだろう、こういう人となりとして語られていて、それがただ男女入れ替わってるだけなのかしらん!?知りたいわ!ともなりました。
 ところで話が戻るようですが、この平賀源内のキャラクターはちょっとおもしろかったですよね。この人はFtMのトランスジェンダーということなのではないでしょうか? 女性の身体に生まれたけれど、男装している方が楽で生き方に合っていて、性自認もほとんど男性で性愛の対象は女性…特にことさらに描かれていたわけではありませんが、メジャーの漫画にこうしたキャラクターが出てくることはあまりないですし(出てきてもゲイ男性がほとんどでレズビアン女性はかなり少ない、トランスジェンダーやトランスセクシャル、アセクシャル他はこれまではほぼ扱われていないでしょう)、ちょっと「おっ」となりました。そして逆に、この作家は出身は二次BLだったわけですけれど、そういうようなゲイ男性キャラクターはほぼ出てきませんでしたね。それもちょっと意外でした。私はBL作家の一部ないし大半にはたとえ無自覚にせようっすらしたミソジニーがあって(というか今の世では男女問わずうっすらしたミソジニーを植え付けられて育ってしまうんだと思うんですけれど)、それで女性が出てこないような男性同士のラブストーリーを描いているんだし、だから男女の異性愛ラブストーリーを描こうとしても上手くいかない場合が多いのではないか、と考えているんですけれど、この作家に関してはそういうことではなかった、ということですね。いや、彼女のBL作品に出てくる女性キャラクターを見るにそういうミソジニーは感じていなかったので、女性の物語も描ける人ではあろうなと思ってはいたのですが(例えとしてどうかと思うけれど、『フラワーオブライフ』とか)。でも、こんなふうにちゃんと、しかも深く、丁寧に、繊細に描くとは思っていませんでした。お見それしました。それとも、多少は歳をとって丸くなったとかオトナになったというのはあるのかしら…もちろん老化にともない了見が狭くなっていく残念な人間も残念ながら多いものですが、年を経るに従ってより多くの物事を容認していくことが出来るようになる、という豊かな人もいるのだと思うのですよ。そういう意味でも、この作家のひとつの到達点となった作品なのかもしれません。
 でも私は、個人的には、これがSFの傑作、とかは思わないんだよなあ…私のSFの定義は意外と狭いのかもしれません。
 すごいジェンダー論漫画だとは思います。人口比のアンバランスによる男女逆転、といったって、男の種で女が孕んで子供が生まれる、というのは変わらないのです。結局のところその非対称がしんどいわけであってさ…そして「子供にその家、家業、財産、職務を継がせる」ってシステムは変わらなかったわけでしょ、なら「家」のために十月十日も身体の自由を制限されて命懸けで出産する女たちのつらさ、苦しさ、しんどさはむしろ増しているようにも見えるんですよね。恐ろしい物語だ…(そしてそれならば、人工子宮の普及で男性も妊娠、出産が出来るようになった世界での男女のラブストーリーを描いた『四代目の花婿』の方が立派にSFだったと思う)まあしかし、ここから何百年か経っても未だしょーもない避妊手段と前時代的な中絶法しかないヘル・ジャパン、女のしんどさは全然変わっていないのかもしれません…男のつらさとかは知らん、それは別で主張して解決してくれ、女のつらさに乗っかるな。
 話を戻しまして、ところで慶喜ですが、私は以前はけっこうスマートなイメージを持っていてわりと好きだったのですけれど、近年ではけっこう人が悪かったみたいに描かれることも多く、そしてこの作品でもまあまあさんざんな扱いですが、今年の大河ドラマはサブ主人公扱いみたいなものですよね…大丈夫なのかしらん。
 しかし中澤がよかったよね…あんな立ち位置でのあんな登場だったしあの顔デザイン(笑)だったのに、いいキャラになったし最終回にまでちゃんといて、篤姫の面倒も見ていて、実にいじらしい…感動しました。
 そして津田梅子、さらに感動しましたよね。私立に行くお金がうちにあったら私も行っていたかもしれません津田塾…ところで今調べたら「女子大」とは名乗っていないんですね、でも別に共学になった、とかじゃないよね? そんなわけで私は公立の女子大出身です。受験科目が少なくてちょうどよかった、みたいな選び方だった記憶があり、ものすごく女子校に行きたいとか意識高かったとかそういうことはなかったとは思うけれど…無意識に男子との競争を避けていたところはあったかもしれません。だってめんどいもん。フツーに偏差値に合わせて東大とか東工大とか受験して男子と同じ点取っても落とされていたのかも、とか思うとぞっとします。
 …はっ、またまた脱線しました、失礼しました。まあでも、そんなわけで真実は闇に葬られ、けれどひっそりと人の口から口へと語られ続け、世を照らす灯火となっていくのでしょう。今を生きる私たちは、それを頼りに、一歩ずつ、微力ながらも、世を直していくしかないわけです。戦のない、飢えのない、平和で豊かな世を作ろうと命を削って働き、志なかばで死していった彼女たちに、そっと誓うことしか今はできないけれど…きっと、必ず。





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