駒子の備忘録

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吉田秋生『BANANA FISH』

2021年05月01日 | 愛蔵コミック・コラム/著者名や・ら・わ行
 小学館フラワーコミックス全19巻。

 1973年、ベトナム。ひとりのアメリカ人兵士が「バナナフィッシュ」という言葉を残して、突然精神に異常をきたした。1985年、ニューヨーク。謎の言葉「バナナフィッシュ」を追うアッシュに、暗黒街のボス、パパ・ディノの黒い影が迫る…傑作ハード・ロマン。

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 テレビアニメ化の際に刊行されたボックスも買いましたが、そのときも結局再読はしなかった記憶…台詞の差別表現などがかなり修正されたとのことでしたが、やはり雰囲気は変わってしまったのでしょうかね? アニメの第一話を見て、台詞が丁寧にまんまなのに感心し、そして完全にソラで先に言えるほど記憶している自分に軽く引いた記憶もあります。この作家自体はそれ以前からも好きでしたが、この作品は3巻くらいまで出たときに読み始めて、そこからは毎回新巻が出るたびにドキドキと買って読み進めていきました。そういえば今度舞台化もされるそうですね。こちらもそれこそずっと第一線で描き続けている作家なので、新しい読者も入っているだろうし、かつてのファンが制作側に回るターンでもあるのでしょう。この流れで、改めて再読してみました。
 …が、改めて、特に言うことはないですね。名作だ! 読んでいない人は読んでくれ!! 以上、終了、です。
 ベトナム戦争、麻薬、マフィア、ストリート・チルドレン、児童買春、国際政治と軍隊と脱税と他国への内政干渉や戦争工作…と、およそ少女漫画らしからぬモチーフ多出の作品ですが、それでもやっぱり人間への視線が少女漫画のものだと思います。少年漫画や青年漫画は、人間をこういうふうには描かないと思う。愛や、神の描き方も。
 でも、少年愛漫画ではないしBL漫画でもないですね。ゆがめられて育った少年とまっすぐに育った少年との出会いと別れ、を描いているという点では『風と木の詩』と同じだし、片割れが死ぬというオチも同じと言えば同じです。アッシュはジルベールばりに犯されまくってもいますが、この物語ではそれは「性愛」なんてものではなくて単なる暴力であり虐待であり加害です。そういう意味では、彼は結局は「愛」を知らないままにその生を終えたのかもしれません。もう少し時間があれば、彼が初めて得た「友達」である英二から、彼とのつきあいの中から、もう少し愛を学べたのかもしれない。でも、彼にはそんな時間は与えられなかった。英二との友情だけで精一杯だった。彼の環境は過酷すぎました。
 もちろんブランカや、ショーターや、スキップや、アレックスたちや、マックスたちに、ある種の好意は持っていたことでしょう。彼らは「敵」ではなかったのだから。でも、そういう敵か味方か、といった区分とは全然違うところに、英二はいた。彼はそもそもチームの仲間としても認識されていなくて、ずっと外様のお客さんのままだったからです。その特異なポジションで、彼らは友達であり続けた。なんの見返りも求めない友、決して相手を怖れない友、いつも魂がそばにある友…もう少し平和な環境があれば、この友情からアッシュは愛を学べたはずで、より広く、深く、世界を愛していけるようになる余地がありました。彼にはそれだけの柔らかさ、しなやかさがまだあった。父親代わりの兄に優しく育ててもらった根っこがあるからです。けれど、あの死闘続きの日々の中で、英二の身を守ることだけに注力せざるをえなかった。だから彼の「愛」はずいぶんと偏った、濃いながらも小さいもので終わらざるをえなかった…でも、この友情のうちに、微笑んで死ねた。これはそんな友情のお話だった、と私は思っています。
 もちろんアッシュのキャラクターは強烈で、英二との関係性の特異さも新しくて珍しくてエモくて(連載当時この言葉はありませんでしたが)、熱狂的な人気を博した作品でした。多彩なキャラクターも、アクションも、ストーリーテリングも素晴らしい作品です。読み継がれるに足る名作です。漫画としてはわりとフツーというか、たとえばコマの中の構図とかがけっこう下手というか不用意なところは散見されるのですが、ものすごく読みづらいとかわかりにくいとかってことにはなっていないから、まあいいのかなとも思います。あまりそういう部分にこだわりがない漫画家さんなのかもしれません。ともあれ、他に似た例を見ない、これまた時代を画す金字塔的一作です。
 私は去年の春にニューヨーク旅行を計画していたのですが、ブロードウェイ観劇なんかはもちろんですが、フェリーに乗りたかったし市立図書館に行きたかったです。アッシュが生き、のちに英二が写真に収めた街を歩きたかった…コロナが収まったそれこそ暁にはぜひ、敢行したいです。そして夜明けの名を持つ人を偲んで、朝焼けを眺めるのです。40年越しの念願になってしまいそうですが、必ず叶えたいと思っています。それだけのパワーを今なお持つ名作です。





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