河童メソッド。極度の美化は滅亡をまねく。心にばい菌を。

PC版に一覧等リンクあり。
OCNから2014/12引越。タイトルや本文が途中で切れているものがあります。

669-トリスタンとイゾルデ MET 1984.1.11

2008-09-08 00:10:00 | 音楽

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1983-1984シーズン聴いたコンサート、オペラから書いてます。

左欄のシーズン別、過去ログのリンクもご覧くださいませ。

さて、このシーズン、年も明け音楽会も佳境です。

今日はオペラです。

1984111()7:00-11:45pm

メトロポリタン・オペラハウス

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ワーグナー/トリスタンとイゾルデ

(同演目第342回公演)

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ジェイムズ・レヴァイン指揮

アウグスト・エヴァーディンク演出

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水夫の声:カーク・レッドマン

イゾルデ:ヨハンナ・マイヤー

ブランゲーネ:ローナ・マイヤーズ

クルヴェナール:アンソニー・ラッフェル

トリスタン:エドワード・スーター

メロー:ティモシー・ジェンキンス

マルケ王:マルティ・タルヴェラ

牧童:ポール・フランク

舵手:ジェイムズ・コートニー

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当シーズン前月の12月に続く2回目に聴くトリスタン。

トリスタンはマンフレート・ユングが出られず、替ってエド・スーター。

キャストは前回観た時とガラツと変わった。

その日の感想はこんな感じ。

こうも毎日立て続けにオペラをやっているとどうしてもベストキャストというわけにはいかない日がでてきてもしかたがないのだろう。実際、イゾルデはまあまあとしてもブランゲーネはよくなかった。精一杯やっている姿が逆に痛々しい。

レヴァインの指揮がいいだけになおさらである。イゾルデにしてもレヴァインの指揮にはこの前のようにベーレンスのような歌い手こそふさわしい。

とはいえ、こちらの当面の目的はオペラを視覚的にとらえることであり、短い期間に同じオペラ、重要な作品を2回観るというのは意味があること。視覚的にとらえることによりこの5時間におよぶ作品の部分部分がそれぞれ深く印象づけられることになり、このあとレコード等、音のみによる演奏を聴いたときでも、それなりの考えはめぐらせることができるであろう。

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今日は譲ってもらったチケットで聴いた。

席がファミリー・サークルということで、ホールの天井の方であり、あいにくオケピットはみえず舞台のみとなるが、音は断然素晴らしく、弦のきしむ音や金管のブラッシングが素晴らしい。アンサンブルも申し分ない。

このようなアンサンブルをもったオーケストラなら一度はステージの上でシンフォニーを聴いてみたい。レヴァインの意思は完全にオーケストラのものとなっている。

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基本的には、この前の演奏とは変わるところがないが、やはり第2幕の空中に浮くようなトリスタンとイゾルデ、それに伴って寄り添うようなワーグナーの音楽、この一体感は誠に素晴らしく、聴衆全て釘付けとなる。

また、第3幕。愛の死、この舞台効果も満点であり、歌い手がいまいちであっても、これは観ながら聴かなければならない作品だ。

愛の死が、愛の死の音楽が荒れ狂うとき、イゾルデは何と静かにたたずんでいることか。愛の死の音楽は心の中のものを音にした、心の中にある荒れ狂うばかりの心情を表現したものなのかもしれない。

タルヴェラのマルケ王は音楽に安定感を与えるが、活躍の場面が多くない。この劇はあくまでも二人のもの。

おわり

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