草莽隊日記

混濁の世を憂いて一言

菊のタブーに挑戦した者たちが怯えたのは右翼のテロだ!

2019年08月16日 | 思想家

今のところ「あいちトリエンナーレ」であそこまでやっても、森有礼のようなことにはならない。それだけ右翼も温和になったのだろうか。森は欧化主義者ということで、あらぬ疑いをかけられ、大日本帝国憲法発布の明治22年2月11日に国粋主義者の西野文太郎に刺殺されたのだった。当時の新聞が伊勢神宮で不敬を働いた大臣がいたというのを記事にしたことで、森がターゲットにされてしまったのだ▼もう一つ記憶に新しいのは嶋中事件である。昭和35年に「中央公論」に発表された、深沢七郎の小説「風流無譚」が物議を醸し、あまりにも皇室を愚弄した記述があったので、右翼団体に所属していた少年が、中央公論の社長宅に侵入し、家政婦を殺害するにいたった。衝撃的な出来事であったために、中央公論は膝を屈して、宮内庁に謝罪したのである▼津田大介や大村愛知県知事が逃げ回っているのは、右翼のテロを警戒しているからだろう。葦津珍彦はかつて「右翼ハイ・ティーン」という文章を世に問うた。嶋中事件や浅沼稲次郎を刺殺した山口少年のことが話題になっていたからである。少年たちがなぜそのような行動に走ったかを論じたのだ。「現代の頑迷な左翼民主主義のおしつけ教育に対する日本人の大きな反撥の中から生まれて来たものなのだ」と断じたのだった。その教育環境は未だに変わっていないのである。

にほんブログ村 政治ブログへ

にほんブログ村

応援のクリックをお願いいたします


政治ランキング

 

コメント

早くから日本国憲法のお花畑を見抜いていた和辻哲郎!

2019年08月16日 | 思想家

本当の意味で私たちは戦後から訣別しなくてはならない。敗戦から5年もせずに世界の情勢は一変した。朝鮮戦争が勃発し、北朝鮮の共産勢力が南朝鮮を席巻し、釜山が陥落寸前にまでいたったからである。かろうじて国連軍が食い止めたものの、武力によらずに平和を維持することの難しさを、多くの日本人が痛感した。アメリカも日本弱体化の手を緩めざるを得なかったのである▼そうした現実に直面して、オールドリベラリストの和辻哲郎は苦悩したのだった。『埋もれた日本』に収録された「われわれの立場」を読めば、日本国憲法のお花畑を和辻が見抜いていたことが分かる。だからこそ、「『武力による威嚇』は一層強まり、やがて『武力の行使』に発展して行くであろう。そういう武力に圧迫されながらも、なお依然として、『紛争は武力によらず道理によって解決すべきである』という立場を持続することができるか」との問いを自らに発したのである▼危機が迫っていることを痛感しながらも、国土防衛の組織が整備されていなかったがために、和辻は「防衛の手段は武力のみに限らない、武力的には無抵抗の態度を取っても、人格として全然屈服しないこともできる。それはただ意志の問題、気魄の問題である」と主張したのである。今の我が国には自衛隊がある。精神論ではなく、主権国家として何ができるかなのである。それこそが戦後レジームからの脱却なのである。

にほんブログ村 政治ブログへ

にほんブログ村

応援のクリックをお願いいたします


政治ランキング

 

コメント (1)