ポポロ通信舎

(旧・ポポロの広場)姿勢は低く、理想は高く。真理は常に少数から・・

映画『遺言~原発さえなければ』

2014年12月30日 | 映画・芸能

昨年見た映画で印象にあるのは『少年H』。今年テレビでも放映されました。できれば原作本をお読みいただきたい。本の方は映画を見た後から読みましたが、内容が深い。純真な曇りのない少年の目で、戦時中の社会の様子、学校、大人たちの動き、新聞の報道を観察しつづける。実話だけに心に訴えるものが強かった。

今年見た映画では『標的の村』。ここポポロの広場でも紹介させていただきました。沖縄の基地問題と住民たちの運動の険しさが提起されていて良い作品でした。

今年はもうひとつ、原発被災地の人々に焦点を当てたドキュメンタリー『遺言~原発さえなければ』が公開された。こちらの方は、まだ見る機会がありません。ぜひ来年は、と思っています。YouTubeに紹介動画がありますのでご覧ください。

原発震災から3年9カ月。放射能を逃れて避難している人は約14万人。原発から放出した核種は沢山ありますが、そのひとつセシウム137でも半減期は30年。放射線量が、3年4年でそう簡単に減ることはありません。ちなみにチェルノブイリ原発で被害を浴びたベラルーシでは、0.53マイクロシーベルト/時で立入り禁止区域に指定=写真。日本より厳しい措置を今もとりつづけています。

農業を続けたいがそれが叶わない現実、「原発さえなければ」と壁に遺言を残して絶命した酪農家の人の叫び。3時間45分の長編映画、これを見ないわけにはいきません。

原発に「ふるさと」を奪われて~福島県飯舘村・酪農家の叫び

長谷川健一(飯館村酪農家) 著

宝島社

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映画『遺言 原発さえなければ』ダイジェスト編4分

  

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『家族葬』は時代の流れか

2014年12月29日 | 研究・書籍

臨済宗のお坊さんの書いた『家族葬』を読みました。2007(平成19)年の発刊ではありますが、新しい形の葬式=家族葬は増えているだけに、次代を見据えたもの思いました。

私の周りでは、まだまだ寺檀家制度が崩壊してきているとは感じられませんが、地域によっては檀家の多くは郊外へ移り住むことで同制度が揺らいでいるようです。よって「死に方が一大変貌を遂げている」という様相も表れているという。

家族葬は、時代のニーズから誕生した新しい儀式。宗教は時代とともに変わってきている。インドではバラモン教→ヒンドゥー教に。そこでは仏教がすでに消えている。おおもとの宗教も人々のニーズによって変わるわけですから葬儀の形が変わるのも当然の成り行きといえなくはありません。

故人が好きだった愛唱歌を演奏した音楽葬やファミリー葬、リビング葬・・果ては僧侶を呼ばない家もあるといいます。

著者はキッパリ言う。「葬儀は今、家の柱となっている者の甲斐性であり褌(ふんどし)なのだ。キチッと締めて臨んだらどうか。信念のある家族葬は良いが、たんにケチだけでは・・」つまり葬式はしないが、その金で無駄遣いするようではいけない、それこそ「死に金」と言うものだ、と。

従来型葬儀の否定はなぜなのか、著者の核心を突く説明がつづきます。(興味をお持ちの方は本書で)
ご自身が現役の僧侶であるだけに言いにくいことと思われることもハッキリ述べていらっしゃる。それだけに説得力がありました。

葬式を「キチッと締めて臨む」。家族葬であってもそうでなくとも、それはすでに亡き故人ではなくそれは遺族の“任務”なのかもしれません。

著者:牛込 覚心(1940(平成15)年 浅草生まれ 牛次郎の筆名で作家活動も。
お寺:転法輪山 願行寺(がんぎょうじ)静岡県伊東市

 

 

新たなる葬式の波『家族葬』

牛込覚心 著

国書刊行会 

 

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脱原発で雇用は減るのか

2014年12月24日 | 経済

「脱原発では雇用が減る」という意見を述べる方がけっこういらっしゃいます。経団連も「雇用の安定には原発は不可欠、脱原発では経済や雇用は大きな損失を受ける」の見解で原発がなくなることでの雇用不安を懸念しています。

現状の日本経済は、確かに巨大で巨額な費用を要する原発の存在が大きく、それを前提としてエネルギー政策が進められていることは事実です。しかしこれからもこの流れの中で進むことが果たして人類の幸福に繋がることなのでしょうか。

新エネ需要で健全な雇用創出

太陽光発電、風力の導入で日本の電力の50%以上を担うことができるのは夢ではありません。設置コストだけでも百兆円規模になる市場が国内に転がっているのです。再生エネルギーの分野は成長市場で、新たな雇用が期待できるというものです。放射性物質と違って廃棄などの後始末や作業場も被曝の心配もなく、きわめて健全な雇用の誕生です。

原発、基地依存からの脱却を

「原発」と「米軍基地」、どちらも国策に基づく立地・推進政策、良く似ています。基地についても、基地維持派は基地の存在は雇用には欠かせない、現実には雇用を守るために基地は必要不可欠、という意見。しかし本当にそれは宿命的なものなのでしょうか。フィリピンの米軍基地も撤退前は、基地維持派の人たちは基地の無くなることで雇用不安を訴えていました。しかし結果はどうなったでしょう。今では基地の跡地に民間企業が続々進出し、基地時代以上の賑わいと雇用を生み経済的効果を獲得しています。同じように沖縄県でも1部、基地返還のあった跡地では、新たな産業地帯として経済発展を遂げています。当然、雇用も基地時代以上に十分創出されています。先見の明を持つ沖縄の有力経営者が基地依存から脱却しつつあるのもこれらの実証を目にしたためでしょう。

脱原発によって新たな雇用が創出します。しかもそれは健全でクリーンなかたちで。保革を問わず脱原発の世論とそれを主張する議員が増えることを願っています。

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「原発なしでも電力足りてる」 小出裕章(京都大・助教)  

 

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『100年後の人々へ』胸を張れるか

2014年12月18日 | 原発震災・原発問題

3.11原発震災後、真実を包み隠さず解説し続ける小出裕章氏(京都大助教)。彼の著書は何冊か読みましたが、『100年後の人々へ』は久々の新刊です。

100年後の子孫に恥じない生き方を

人類にとって放射能との付き合いは、いやおうなしに長くなります。セシウム137の半減期が30年、安全なレベルの1000分の1に到達するには300年かかる。プルトニウムの半減期は2.4万年、同1000分の1になるには24万年。著者は100万年後の日本がどうなるかはわからない、でも100年後なら想像がつく。暗い時代に向かおうとしている今という時代を、100年後の人々から2014年頃のお前たちはどう生きたのかと問われた時、しっかり答えを出せる覚悟をしなければ、と言う意味で「100年後」のタイトルにしたようだ。

昨年7月22日、参院選後に東電は海に地下の汚染水が流れていることを認めた。その後ひとつのタンクから300トンの汚染水がもれたことも発表(1リットル当8千万ベクレル)。今度も衆院選が終わるのを待っていたかのように、なりふり構わない原発の建て替え(リプリース)、さらに再稼働推進の動きが頭を持ち上げてきている。

今夏、原発なし電力OK

この夏、原発ゼロでも電力量は余裕でした。全国の各電力会社のなかで使用率が95%を超えたのはたった2日間だけ。関西電力で7月17日(96%)、中部電力で8月5日(95.1%)。国民の節電意識も高まり電力は安定して供給されました。つまり再稼働の必要はまったくないのです。なのになぜ再稼働を急ぐのでしょうか。著者小出氏は3.11以前から、電力不足で原発必要論の誤りを解説していました=動画参照。

食品に年齢別汚染表示を

著者は、食品汚染についてはその汚染度に応じて、成人映画などのように18禁(18歳未満禁止)、40禁、50禁、60禁などの表示を付けたらどうかと提案しています。これもたしかに名案です。お米は震災前は1キロ0.1ベクレルの基準が、いまでは子供、大人区別なく100ベクレルまでに許容されてしまっているわけですから。

原発政策、まさに7つの罪

ガンジーの7つの社会的罪を紹介しています。(1)理念なき政治(2)労働なき富(3)良心なき快楽(4)人格なき知識(5)道徳なき商業(6)人間性なき科学(7)献身なき崇拝・・
今の日本の政治状況、さらには核戦争に近づく世界の、人類の愚かさを先哲のガンジーが指摘、いずれも当を得ています。      

100年後の人々へ (集英社新書)
小出裕章 著

集英社   

「原発なしでも電力足りてる」 小出裕章(京都大・助教)  

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「新年あけおめ」は重複言葉です

2014年12月15日 | 教育・文化

今年も年賀状のシーズンになりましたね。

きょうは、TBSラジオ番組『荒川強啓Dキャッチ』で「新年あけまして」の重複語のことが取り上げられていました。私は小学生の頃、年賀状には「新年」か「あけまして」どちらか一方を書くことを母親から強く指導されました。しかし社会人になって世の中が年頭の挨拶、スピーチなどで「新年あけまして」を使用していることが多いことに最初は驚きでした。しかし次第に気にすることはない、と自分に言い聞かせるようにしてきました。ですが正しくは母親の言うとおりだったのです。

同番組では、目上の人への賀状文では「賀春」や「賀正」など2文字は失礼にあたり、「謹賀新年」「恭賀新年」などの4文字が好ましいとも指摘していました。

●「新年」と「あけまして」は重複しています。どちらかを使いましょう。

●複数の宛名を書くときは、それぞれに「様」をつける。

●家族写真は送り相手との距離感を踏まえて送る。

●1月1日よりも元旦と書くのが普通です。『知っておきたい年賀状のマナー』(郵便局かわら版 参照)

 

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知らないと恥をかく 年賀状マナーブック 上司に「賀正」はNGです!
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町式服委員会解散は残念!

2014年12月11日 | 地域・一般

群馬県大泉町には、「大泉町式服運営委員会」という全国的にも他の自治体ではみられないユニークな地域住民のための衣装貸し出しの制度があります。

その委員会での取り扱いは七五三、成人式振袖、江戸褄、訪問着、紋服、モーニング、お宮参り用など種類も豊富です。大泉町に転入された新住民が本町のこの制度を知ると驚きで、私ども古くからの住民には自慢できる事業の一つと誇らしいものでした。

「この度、諸事情により、平成27年3月末日を持ちまして、大泉町式服委員会は解散することとなりました。・・4月には即売会を行う予定・・」との告知が町公民館の通信だより『和』によって知らされました。

他の自治体にない自慢のサービス

残念です。諸事情によりの「事情」は大方察しがつきます。
採算を考えたら経費削減の対象になったということではないでしょうか。しかしこれまで長きに渡って住民への福利厚生の施しとしては、この制度は他の自治体にない先駆けた先進的な制度で、これを解消してしまうというのはもったいない気がします。単に住民サービスの後退という他に。

負担軽減で合理的な制度

先人のどなたさまが命名したのか「式服運営委員会」のネーミングも好感がもてます。制服愛用推進のアイドルグループの制服向上委員会のような響きでもありますね。おそらく発足当初の理念は、お葬式の「新生活」運動と同じようにきらびやかな式典において、町民が負担のかからないように少額で皆が式に参加し、利用が身近なものになるようにと願った合理主義からきたものではないでしょうか。その意義は今でも通ずるものだと思います。

わが家は、家族それぞれがずいぶん利用させていただきました。親切な応対と希望に叶った式服が備えてあって満足していました。先月も孫の七五三で利用=写真。気軽に借りられて本当にありがたい制度と感謝していました。突然の委員会解散には戸惑いを感じます。大泉町の他市町村に無い、誇って良い伝統の福利厚生制度がここで幕を閉じることは残念でなりません。

 

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内部被ばく測定が不活発なワケ

2014年12月06日 | 原発震災・原発問題

 

きょうの毎日新聞記事下で、「放射線測定」の広告を見ました。「北関東地区は福島第一原発でたくさんの地域が汚染されてしまいました。放射線が気になる方、家族の健康のため、食品選びの改善に」とあります。

やっと、このような広告が現れたかという感じです。食品以外に、土壌、セシウム尿検査もできるとあります。こうした研究団体には、これからぜひ頑張ってほしいと思います。

外部線量は、日本製の性能の良い測定器でも1万円以下のものも販売されほぼ行き渡りました。事故後、空間線量は落ち着いているだけに人々の放射線への関心は薄れています。次の課題は内部被ばく状態で、それを調べる段階にとうになっているのですが、こちらの方は一向に進んでいません。

測定後の対応が空しい

当方は、すでにベラルーシ製のベクレル測定のできるガイガーカウンター=写真=を2年前に購入しましたが、最初だけで今は使っていません。米や食品を測定するためにと入手したのですが、数値を出した後がなんとも空しい。(個人では厳密なベクレル測定は難しいこともあります)。それに高いベクレル汚染値が出た場合、その食品をどう処分するか悩んでしまうからです。低い適正な数値で当たり前。では高い結果の場合、それを捨てるしかないのだろうか・・。外部線量の時と違って測定結果が少しも楽しみにならず不愉快なのです。NGだからといってその食材を全部廃棄するほどの余裕はありません。

食品の測定は生産者段階で

食品の場合、ベクレル測定は末端の消費者でなく川上の生産者のレベルでしっかり測定するべきでしょう。すでに品物を購入した消費者が数値を確かめたところで悲しくなるだけです。武田邦彦先生が言われていたように「この国は汚れた食材を全国に薄く拡散し全国民がそれを受け入れる道を選んだ」のです。みんなで食べれば怖くない?

国土を荒らし、人体を傷つけた原発事故。その影響はこれからもずっとつづいていきます。原発震災以降、国政選挙の争点に「原発問題」が消えることはありません。ベラルーシ製カウンターをみつめながら総選挙のことが案じられます。

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PKC-107 放射線測定器 ガイガーカウンター
 
COLIY

 

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旧三洋保健センターの跡地は・・

2014年12月04日 | 愛しのオールディーズ

当広場9月5日付でもお知らせしましたが、三洋電機東京製作所の正面南側にあった保健センター(三洋電機連合健康保険組合・群馬)の跡地は、「関東いすゞ自動車㈱太田・大泉支店」として様変わりするようです。新築工事が始まりました。関東いすゞさんは本社、群馬県高崎市。

一方、旧ゴルフ場跡は「寿運輸倉庫大泉流通センター」として生まれ変わります。寿倉庫さんの本社は群馬県伊勢崎市。

マスコミの報道によりますと「パナソニックは三洋電機の全社員約7000人を2015年4月にパナソニックへ転籍させる。当面はアフターサービスなどのため三洋電機の法人格は維持されるが、しかしこの措置により事実上、三洋電機は消滅することとなった」と。いよいよ完全消滅が秒読みになった感じです。淋しい・・。

 

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きょうの愛しのオールディズはハンク・ウィリアムスの『泣きたいほどの淋しさだ』。高校2年頃ハンクの声を真似てレコードに合わせ、英語の辞書で意味を引き引き歌ったものです。

I'm So Lonesome I Could Cry - Hank Williams Live Performance

三洋電機 凋落と再生―井植ファミリー経営の終焉
山川 猛
文理閣
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