ポポロ通信舎

(旧・ポポロの広場)姿勢は低く、理想は高く。真理は常に少数から・・

つまらないですね国会論戦

2019年01月30日 | エスペラント

将棋で言えば詰まれた王将が、負けを認めず試合をつづけている。
答弁の言葉だけはバカ丁寧でソフト、しかし決して心から発したものではない。
そんな無毛なやりとりで時間をつぶす国会中継・・。

議席の多数を握ってさえいれば、何度異議を唱えようが結局は不信任案もすっとんでしまう。
タッチしてアウトなのに走者が進塁して得点(悪法採決)までする、そらおそろしい国会だ。
こんなルールに従わないゲーム(論戦)など見るも聞く気にもなれない。

観衆も観衆だ。いかさまゲームをおとなしくただただ観戦している。声を上げているのはわずかに一部のリベラル爺さまだけ。アンケートをとれば、若い学生たちまで、よくもまあこんなペテン政権に満足仕切っている。

エスペラント語の創始者ザメンホフ博士の「種まく人」のねばり強い精神は凡人にはなかなかまねができない。

2019年正月(1月)もあと1日。ことしも閉塞した気持ちはつづきそう

 ワンスモアズのシノンさん(青森出身)のカーペンターズナンバーには癒されます♪


【木工さんの写真】矢嶋秀一作 フォト 田口大輔

I Need To Be In Love(青春の輝き) / ONCEMORES【カーペンターズ・トリビュート】

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フリカン ナビジャロン 2019

2019年01月02日 | エスペラント

Felican Novjaron Por vi !
(フリカン ナビジャロン ポー ヴィ)
(Popoloポポロのみなさん あけましておめでとうございます)

今年もエスペラントで新春のご挨拶を申し上げます。

恒例となりますが国際語エスペラントの創始者ザメンホフ博士の詩『道』の一節です。

 

うまずたゆまず
種をまき、種をまく
のちの時代を考えながら・・・
百の種は滅びても
千の種は滅びても
いつもかわらず種をまき、種をまく

「おい、やめろ!」
といって人々は笑う

「やめるな、やめるな」
と心に聞こえる

「がんばって進め!」
孫たちが祝ってくれるのだ
しんぼう強く、しのいだならば


日本の政治状況はひどいものですね。
政治家も経済界もスポーツ界も、リーダーの誰もが罪を犯しても責任をとらない、むしろそれを他者に転嫁して厚顔無恥。国のトップがモラルハザード状態なので、その悪例を見習ってかデタラ目がまんえん、偽証偽造がまかり通っている。

年末にご紹介した堤未果さんの新書『日本が売られる』でも一望できるように「水」「汚染土」「種子」「遺伝子」「牛乳」「農地」などなど・・自然も食も守られることなく目先の利益に目がくらみ背徳なセール合戦がとどまることなく進行中。

それを阻止して、正そうとする側の芽はなかなか育たない、開かない。エスペラント語の普及もしかりです。しかし、しかしあきらめず種をまきつづける努力、真理は常に少数派から、それが拓植者ザメンホフ博士の不断の精神でもあります。

本年も「ポポロ通信舎」へのポポロのみなさまのお越しをお待ちしています。よろしくお願いします。

【木工さんの写真】矢嶋秀一作 フォト 田口大輔

 

日本が売られる (幻冬舎新書)
堤未果
幻冬舎

 

初春の一曲は動画の乱れが今の時代に合っている?私の好きな歌詞です『Shining Road』。歌うは往年の内海利勝(元ロックバンド・キャロルのギタリスト)

内海利勝 Shining Road

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エスペラント反対論の現実

2018年07月29日 | エスペラント
ザメンホフ博士によって考案された国際語エスペラント。Esperantoは希望を持つ人の意味。国際エスペラント協会には116ヵ国の会員を有し本部はロッテルダム(オランダ)。しかし、思うようには広まりませんね。

きょうはエスペラント語への反対意見をみましょう。(「ポポロ通信」8号 1988年 参照)
(1)英語がすでに国際語である。なにをいまさら。
(2)大国の言語でなければこれを支持する政治的・経済的な力を欠くので成功しない。
(3)使用人口が少ないので非現実的。
(4)やさしいといってもやはりムズカシイ。
(5)背景に文化が無い二流言語。
(6)人工語では感情の機微、情熱の奔騰を表せない。
(7)しょせんヨーロッパ言語。アジア人のものではない。
(8)方言に分裂してしまう。
(9)言語を替えることはできない。
(10)エスペラントは完全ではない。新しい人工語をどれかに決めるのは不可能。

みなさん、いかがお感じでしょう。
当ブログのポポロ(popolo=人々)もエスペラント語です。
国際平和と平等の精神を持つエスペラント語ですが普及の歩みは遅いです。ザメンホフは互いの民族がぶつかり合い戦いが尽きない世の中の矛盾の解決を、共通の言語に求めました。言葉の標準化とでもいいましょうか。それも特定の強国の言語をベースにするのではなくて。この平等と相互理解の精神は大切にしたいと思います。

かつて日本社会党が政権構想の政策の一つにエスペラント語をローマ字教育のように義務教育の中に取り入れる案が提示されていたこともありました。
ITの世界でLinuxというOSがあります。オープンソースで皆で作り上げていく。コンピュータの世界ではこうした考えのもとに共同作業で創作されることはめずらしいことではありません。Wikipediaもそうですね。エスペラントにもこうした形が応用できないものでしょうか。
それにしても国際連合国際裁判所もそうですが「国際」と銘打ったものが理想通りには進んでいないのが現実ですね。

「理想と現実」のちがい、言語についても感じます・・。
 

【木工さんの写真】矢嶋秀一作 フォト 田口大輔

 

Esperanto《ザメンホフ物語》①

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フリカン ナビジャロン 2018

2018年01月01日 | エスペラント

Felican Novjaron Por vi !
(フリカン ナビジャロン ポー ヴィ)
(みなさん あけましておめでとうございます)

今年もエスペラント語で2018初春のご挨拶を申し上げます。

恒例となりますが国際語エスペラントの創始者ザメンホフ博士の詩『道』の一節です。 

 

うまずたゆまず
種をまき、種をまく
のちの時代を考えながら・・・
百の種は滅びても
千の種は滅びても
いつもかわらず種をまき、種をまく

「おい、やめろ!」
といって人々は笑う

「やめるな、やめるな」
と心に聞こえる

「がんばって進め!」
孫が祝ってくれるのだ
しんぼう強く、しのいだら

 

本年もポポロの広場への皆さまのお越しをお待ちしています。
いぬ年にちなみまして「Three Dog Night」の『喜びの世界』を聴きもやもやとした空気を吹き飛ばして行きましょう!!

 

【木工さんの写真】矢嶋秀一作 フォト 田口大輔

スリー・ドッグ・ナイト 喜びの世界 Three Dog Night Joy To The World

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広辞苑 新村出 エスペラント

2017年12月07日 | エスペラント

『広辞苑はなぜ生まれたか/新村出の生きた軌跡』新村恭著 世界思想社 を読みました。著者は新村出(1876-1967)の末孫。

わが家には広辞苑は第二版があります=写真。昭和48年発行、定価3600円。常用のカシオ電子辞書の方には第六版が収められていることもあり、分厚い第二版は今では本棚の置物のような状態で眠っています。

年明け1月12日に広辞苑第七版が1万項目を加えて発売予定。発行は不定期だけに久々の新版です。定価は8500円。電子辞書の普及が進み、広辞苑の利用もその中でなされ、実際に紙の辞書を買う人は少ないのではと思われますが・・。

広辞苑の編者、新村出にはいろいろなエピソードがありました。。

新村出の義母、八重さんは栃木町(現栃木市)の出身で日本で登録女医1号の荻野吟子とは医師を目指した者同士で親友だったといいます。

新村出=写真は1908年ごろ文部省から万国エスペラント大会があるから日本代表として出席するよう命令を受け参加している。会場にはエスペラント語創始者のザメンホフの姿もあったという。本書では「エスペラントの可能性については懐疑的であったが(新村出は)見学、勉強のため参加する心持ちだった」と記述。どうして「懐疑的」だったのかの詳細な説明はなく後世の著者の主観のようにも受け取れます。いずれにしても“国家命令“でエスペラント大会に行ったということは確かなわけで、今ではとても考えられないことですね。当時の政府は、なかなか国際感覚が豊かだったということでしょうか。エスペラントの精神を理解する当広場としては、意外な“発見”であり嬉しいお話でした。

 

 

広辞苑はなぜ生まれたか―新村出の生きた軌跡
新村恭(新村出の孫)著
世界思想社

 

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第二外国語群にエスペラントを

2017年06月09日 | エスペラント

大学における第2外国語教育の意義とこれからの展開と題して、6人の大学関係者による座談会の模様が『大学時報』2017年5月号(日本私立大学連盟発行・非売品)に載っています。

かつては大学に入ったら第2外国語は必修だった。しかし最近では大学教育の大衆化、厳しく言うなら「レベル低下」でそこまで学生に要求できなくなっているという。

英国の小学校では、1年でフランス語、2年でイタリア語を学ぶところもある。フランスでは第3外国語まで教える中学校まであるとの報告も。

日本では、私立は別としてふつう大半の公立の中学高校では第2外国語をまなぶ機会はありません。

私大の中では、第2外語がDNAの一部になっているともいわれるのが拓殖大学。同大の前身は1900年桂太郎が設立した台湾協会学校。台湾の発展に寄与する人材づくりを目的とした建学精神が今でも第2外語を10言語から選べるところにあらわれている。アラビア語、パキスタン語、マレーシア語などもある。しかしメジャーどころはドイツ語、フランス語、スペイン語、中国語、コリア語(韓国朝鮮語)のようだ。各大学とも共通しているのは第2外語は選択化にしても、その分、英語教育には特別に力を入れている。

座談会の中でもエスペラント語は一言も出てこなかった。過去、群馬では看護学校でエスペラント語の講座があったこともある。エスペラントはネイティブがいないので専門の外国人を無理に起用することは無い。それだけに簡単に講座として設けられると思うのだが・・コンピュータの世界、たとえばウィキペディアのように新語の採用・解説など「国際共通語」をみんなで創りあげ発展させて行くことも可能なのではないだろうか・・。

北一輝のエスペラントへの想い

二・二六事件の理論的指導者と言われている北一輝は「国民教育の権利」として、「英語を廃して国際語(エスペラント)を第二国語とす」とまで大胆に提言しエスペラントの意義を強調していた。(「日本改造法案大綱」から)
北一輝が現れたなら、今の日本の語学教育をどのように見るだろうか、座談会に入っていただき、ぜひそのご意見を拝聴したいものです。

日本改造法案大綱 (中公文庫)
北 一輝
中央公論新社

 

写真はザメンホフ(ポーランドの眼科医、国際語エスペラントの考案者1859-1917)

英語じゃなくて、エスペラント語

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こどもの日(Infana Tago:エスペラント)

2017年05月05日 | エスペラント

信じられない今の大人の世界をこどもたちはどう見ているでしょうか。

千葉の見守り隊長(保護者会長)が女児殺害の容疑者だったことは、とても驚きでした。
大人たちの中には、口で言うことと行っていることがまるで正反対なひとが少なくない。平和のためと言いながら着々と争うことの準備を強める政治家たち・・。

いっしょに話せて世界のみんなが仲良くなるようにと、ポポロ(popolo:人々)が平等に意思疎通ができるような共通言語を使用し合おうとポーランドの眼科医だったザメンホフ(1859-1917)が作ったのがエスペラント。

朝日小学生新聞2017年4月13日号に、紹介記事が出ています=写真


今年はザメンホフ博士が亡くなって100年目、エスペラント語が掲げた理想は
尊くて大きいものの、なかなか思うようには普及はしていません。それでもその精神は大事にしたいものです。

エスペラントより銃剣道か

1960年代に当時の日本社会党は政権構想要綱のなかで、義務教育の教科の一つにエスペラントの学習を提案していました。今ではそのことを記憶している人も少なくなりました。時代の流れは教科としては「エスペラント」ではなく「銃剣道」が再浮上してきていて、後者の方が近々にも実現するような気配です。

「英語は国際語と呼ばれることが多いですが、英語を母語とするネイティブな人とそうでない人のに間では大きな差が生まれます。エスペラントは母語としている人はいないため互いに平等な立場でコミュニケーションがとれるところがいいところ」(朝日小学生新聞の同記事)

大人たちが残酷な争いを一刻も早く止めて、お互いを理解し合うようになるためには何が必要なのでしょうか、こどもの日(Infana Tago)の今日、エスペラント語の存在にその願いの一端を感じ取ることができます。


Radio Ĉerizo Eduka - さくら教育放送 第1回【エスペラント】

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エスペラントの理想を忘れない

2017年01月01日 | エスペラント
Felican Novjaron Por vi !
(フリカン ナビジャロン ポー ヴィ)
(みなさん あけましておめでとうございます)

エスペラント語で2017年も明けました。
「一年の計は、元旦にあり。百年の計は教育にあり」
確か昨年も同じように抱負を書きましたが、思ったようには進みませんでした。
今年は酉年。良い年をトリ(鳥)たいものです。
国際語エスペラントの創始者ザメンホフ博士の詩『道』の一節です。

うまずたゆまず

種をまき、種をまく
のちの時代を考えながら。・・・・
百の種は滅びても
千の種は滅びても
いつもかわらず種をまき、種をまく

「おい、やめろ!」
といって人々は」わらう
「やめるな、やめるな」
と心に聞こえる
「がんばって進め!」
孫が祝ってくれるのだ
しんぼう強く、しのいだら

本年もポポロの広場でお待ちしています。

新春の一曲は『世界は日の出を待っている  』♪
 

【木工さんの写真】矢嶋秀一作 フォト・ 田口大輔

世界は日の出を待っている - レス・ポール&メリー・フォード

 
 
 
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迎春2016年

2016年01月01日 | エスペラント

Felican Novjaron Por vi !
(フリカン ナビジャロン ポー ヴィ)
(みなさん あけましておめでとうございます)

エスペラント語で今年も始まりました。

一年の計は、元旦にあり。百年の計は教育にあり。

今年は4月から電力自由化。7月には参院選、もしかしたら衆院選も同時?
どの電力会社を選ぶか、どの政党を選ぶか。真剣に考えようと思います。

今年こそ語学にチャレンジしたいのですが・・
世界共通語エスペラント、ブラジル・ポルトガル語、韓国・朝鮮語(ハングル)、学生時代の第二外語のフランス語・・。それぞれ辞書は用意してありテキストも持っているのですが毎年計画倒れで終わっています(笑)
一度、アラビア語のラジオ講座を聴き始めたことがありましたがまったく進まずでした。

猿年です。サルまねでいい。何かに挑戦しましょう。

本年もポポロの広場でお待ちしています。よろしくお願い致します。

新春の一曲は『Pretty World 』♪ 良い一年でありますように。

 

武器では地球を救えない―エスペラント語をつくったザメンホフの物語
和田 登(信州大講師)著

文溪堂

Sergio Mendes & Brasil '66 - Pretty World

 

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第二国語にエスペラントを

2015年12月09日 | エスペラント

北一輝は『日本改造法案大綱』のなかでエスペラント語を学校教育で第二国語(第一外国語)に、と記しています。
1960年代、日本社会党は政権構想の具体的政策の一つとして義務教育でのエスペラント語の実施を掲げていました。残念ながら今の日本の政党の中でエスぺラントに触れた政策は見たことがありません。

宮沢賢治も自訳のエスペラント詩集があります。YouTubeの動画では、東北、仙台の白百合学園小学校の生徒たちが、賢治の心を継承しているかのように歌っているのには驚きました。

川崎市の桐光学園小学校の合同授業「世界に響け、平和の願い」にも感激しました。きっと悲劇の革命家、北一輝も草葉の陰でにんまりされているのではないでしょうか。

群馬県内では、戦後1949年に看護婦さんの卵たち(前橋医専厚生女学部=現群馬大医学部保健学科)にエスペラントの授業が行われた記録があります。

 

武器では地球を救えない―エスペラント語をつくったザメンホフの物語
和田 登(信州大講師)著
文溪堂

 

世界に響け 平和の願い(エスペラントで歌う小学生)

 

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エスペラント/緑の星の理想

2015年12月06日 | エスペラント

世の中、何事も理想通りには行きません。
現実は矛盾に満ちていて険しい・・

だからといって理想を軽く見て、捨て去っては世の中は良くなりません。
この矛盾に満ちた現実を一つひとつ理想に近づける努力、これが大切ですね。

エスペラント語も「理想」です。なかなか普及しません。
文法は簡単とはいえ漢字圏の日本人にはとっつきにくい。


≪緑星旗(りょくせいき)のもとの祈り≫ ザメンホフ:詩
あなたは人類を完全に美しく創られた
しかし人類は戦いの中に分裂した
人民は人民を残酷に攻撃し
兄弟は兄弟をジャカルのように攻撃す


エスペラントの旗は緑の星です。
わが家のぐんまちゃんがそのバッチを付けています=写真
こんなエピソードがあります。

あるヨーロッパの地上戦でエスペランチストの兵士が傷ついた敵兵を抱き起こしたら、なんと彼の胸にも緑の星が・・「君もエスペンランチストか!」2人は敵味方を忘れて友情を感じた・・

 

武器では地球を救えない―エスペラント語をつくったザメンホフの物語
和田 登(信州大講師)著
文溪堂

Radio �・erizo Eduka - さくら教育放送 第1回【エスペラント】

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武器では地球を救えない

2015年12月04日 | エスペラント

今朝の新聞一面、「英、シリア領空爆 IS掃討、下院可決受け」・・
軍事・紛争の記事は必ず地球上では発生していて絶えることがありません。ため息が出ますが現実は、武力VS武力。

しかし武力では地球は救えないとして、言語に着目し民族相互の理解を国際共通語エスペラントで深めようとしやさしい新言語を作った人がザメンホフ博士です。

当広場の「ポポロ」もエスペラント語です。popoloは、国統治者に対して「国民」「人々」の意味です。私が高校生の頃、日立のテープレコーダーに「ベルソーナ」というネーミングがありました。belsona 、エスペラントで 「美しい音の」、同級生が愛用していました。ちなみに私が使っていた三洋のテレコは、ivy younger 「アイビーヤンガー」 こてこての米語(笑)

エスペラント Eaperanto の元々の意味(原義)は「希望の人」。

久しぶりにエスペラント関係の本、ザメンホフ物語、『武器では地球は救えない』を読みました。

自分の国の人同士は自国語で話し、他の民族や国家の人と話すときは国際語を使う・・。一つの民族語を持ってそれを国際語(世界語)とはしない。平等と平和の精神で共通言語を普及しようという試みです。

エスペラントの世界共通、相互理解の精神は今も支持しています。 

ザメンホフ1859-1917 ポーランドの眼科医、世界語エスペラントの創始者。異民族の反目の原因が言語の違いにあることを感じエスペラントを考案、1887年に公表、普及に努めた。

 

武器では地球を救えない―エスペラント語をつくったザメンホフの物語
和田 登(信州大講師)著
文溪堂

 

国際語エスペラントって何だろう?

 

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「集団的自衛権」焼身男性の場合は

2014年07月11日 | エスペラント

集団的自衛権の行使容認が閣議決定される直前の日に、抗議の焼身自殺未遂がありました。
さいたま市に住む63歳の男性が、新宿駅南口で拡声器を使って事前に演説。「70年間平和だった日本が本当に好きでした。集団的自衛権で日本がダメになる・・」そして与謝野晶子の「君死にたもうことなかれ」の歌を朗読し事に及んだという。(東京新聞7/8記事参照)

私はこのニュースを知り、はるか昔の2つの事件を思い出しました。
一つはエスぺランチスト(エスペラント語愛好家)の由比忠之進さん(73歳)のべトナム戦争への抗議。焼身自殺したのは、アメリカの北ベトナム爆撃を支持した佐藤栄作首相が訪米するのをきっかけに。由比さんのお顔は当時の私の日記(1967.11.15)に貼ってあった新聞写真から。

もう一つは、これもベトナム戦争に悲観し焼身自殺したフランスの少女フランシーヌ。これは『フランシーヌの場合』として彼女を描いた曲がヒットしましたね。

なお、集団自衛権抗議の焼身自殺報道については、あまりにもNHKを始め日本のメディアが報じなかった怠慢を在ベルリンジャーナリスト・梶村太一郎さんが自身のブログで詳しく述べています。ぜひご覧ください。 『明日うらしま』梶村太一郎の反核覚え書き』

 

フランシーヌの場合ー新谷のり子

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「群馬のエスペラント運動1906-2010」

2010年12月21日 | エスペラント

「群馬のエスペラント運動1906-2010」誌が今月発行されました。
ホリゾント出版 500円。

ポーランドの眼科医ザメンホフの創案した人工の国際語エスペラント。Esperantoは「希望する人」の意味。「言葉の違いが民族間の意思疎通を妨げ争いの原因だ」とするザメンホフ博士によって1887年に公表。わが国では1906年(明治39)に日本エスペラント協会が設立。協会発足時の群馬県の会員は、群馬師範学校の人たちなど9人。

私がエスペラントを初めて知ったのは、高校の世界史の教科書です。欄外に小さく国際共通語「エスペラント」がある、という一行を見落としませんでした。その後、子供たちが高校生になった時、世界史の教科書を見せてもらいましたが、残念ながらどこにもエスペラントのことは触れられていません。子供たちにエスペラントを問うても「知らない、習っていない」とのことです。

1960年代後半の日本社会党の政権構想案、今までいう"マニフェスト"では、義務教育の中でのエスペラント教育実施が挙げられていました。夢のような話だなと思っていましたが、実際、正課として採用された例が、身近な群馬に在ったことを、今回発行の「群馬の運動史」の中で知り驚きました。

1949年(昭和24)、前橋医学専門学校(現、群馬大学医学部)の大学病院附属厚生女学部(現、医学部保健学科)で、外国語としてエスペラントの授業が行われた歴史がありました。なぜ、エスぺラントを学ぶのか、「学生たちの興味を喚起するのに苦労した」と記されています。

当ブログ「ポポロ」はエス語(エスペラント)のpopolo(人びと)です。
なお、本書の中、1987年の項に私の氏名が載っています(笑)

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世界共通語エスペラント

2008年11月17日 | エスペラント

「世界共通語を普及させよう」と前橋の井上政夫さんの投稿が、きょうの上毛新聞ひろば欄に掲載されていました。
「英語重視の理由は・・アメリカが世界トップの座であるからなのか。共通語で書かれた本があれば語学の負担は減る。国際会議にも活用できる・・」という趣旨。
まったく同感です。私が最初に「英語が国際語」ということに疑問を感じたのは学校で英語を教わり始めた中学生の頃。英語は国際共通語だから覚えよ、という指導に納得できなかったらです。それなら英語圏で生まれた人は生まれながらに国際人、それ以外の人は英語ができて一人前の国際人、これってなんか不平等だ、と思いました。

中学の社会科教科書に、小さく一行「世界共通語としてエスペラントがある」と書かれていたのをはっきり覚えています。これだ!と思いました。
これまで子どもたちの教科書を注意して見ていましたが、今ではエスペラントにはどこにも触れていないようです。
英語を学ぶのは大切です。ただそれは外国語として理解し学ぶのであって一つの言語を世界語とまで断定することには、今も疑問を感じています。

1960年代、日本社会党は政権構想の政策の中で、義務教育でのエスペラント語の実施を掲げていました。
エスペラント者(Esperantisto)といいますと、2.26事件で連座して処刑された北一輝。無政府主義者の大杉栄、ベトナム戦争に抗議して焼身自殺を図った由比新之進さんらが思い浮かびます。

本ブログ、ポポロの広場のポポロ=popoloはエスペラントで「人々」の意味です。
単語の最後が「o」で終わるものはすべて名詞。「a」が形容詞、と規則正しく決められています。ただ創始者がポーランドの眼科医ザメンホフ氏であっただけにベースは漢字圏ではなく横文字アルファベット圏ではありますが。皆が同じ努力をして学ぶというのは意義あることではないでしょうか。

普仏戦争で、負傷した敵の兵士に近づき抱き上げると彼がエスペラントを話し、互いに敵味方を忘れ、友情を感じ合ったというエピソードも聞きました。
言葉の壁を乗り越えられれば、さらに人類の相互理解は進むと信じます

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