ポポロ通信舎

(旧・ポポロの広場)姿勢は低く、理想は高く。真理は常に少数から・・

「ポポロ通信」1号の時の挿入写真

2006年06月29日 | Weblog

1988年・・ベルリンの壁、ソ連崩壊も天安門事件も起きる前。

 

わたしは、懐疑的ながらも平々凡々としたサラリーマン生活を送っていた。

 

一枚の写真、弁当を食べる健康的な働くオバさんの写真にひかれた。

 

深刻になることはない、楽天的に行きましょう。なんとかなるがね~

 

 

 

 

 

 

 

 

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「マイ・リトル・タウン」誌廃刊

2006年06月24日 | 研究・書籍
約30年間、群馬県太田市を中心とした地域(タウン)誌「My Little Town」
が遂に姿を消しました。

70年代、中央集権から地方・分権の時代が叫ばれ、全国各地に竹の子のように
タウン誌が創刊さました。東京の八重洲ブックセンターでは全国地域誌展が、
開催されたこともありました。80年代から90年代に入り、100%広告に依存しな
い個性を持つ硬派なタウン誌は、編集者の情熱とは裏腹に次々に幕を閉じまし
た。かつて、わがタウン誌を訪ねた反公害市民運動家の宇井純氏(沖縄大名
誉教授)は「実に長期間良く頑張っているめずらしいタウン誌だ」と評され
ました。
私は22年6カ月、同誌にスナップ写真連載、通算270回、写真数で1000枚以上に
なります。
諸行無常です。せめて「地域主義」の気持ちだけは持ち続けてたいと思います。
結局5月号が最終となりました。以下コンテンツを記念に残していきます。

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2006.5月号(「マイリトルタウン」誌)
平成18年5月5日発行(毎月1回・5日発行)第30巻5号・通 巻327号

★芽吹いたばかりの里山で“春の集い”オオムラサキの森にて
カラッ風通信
 夢・舞台芸術プロデュースVol1『パンドラの鐘』
 渡良瀬遊水池自然観察会
 わたらせ未来プロジェクト「足尾(安蘇沢)植樹デー」5/28
 いま日本に必要なのは、論理よりも情緒、英語よりも国語.

★私のスナップ No.270 桂 一郎

再・面白かんべェ上州弁 No.19「塩加減をみる」
ペットの診察室から 獣医師金子 茂「狂犬病予防注射の往診」
「僕さ、ボクサー」第31回 斎藤哲也
わたくし紀行127「安物買い」青山ハルナ
★街角コレクション
 きものの話 カッコいい若き伝統芸能のプレイヤーたち 高橋広子
 手づくりのヌクモリが心に響く、キルト作品
映画情報/イヴェントスケジュール
★とうみたかゆきの上州B級Cooking「タイのアラ炊き」
占い・今月のあなたの運勢 気学吉方位研究所主宰 山崎求易
★編集雑話 遠藤達也


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「ポポロの広場」オープン!

2006年06月23日 | エスペラント

2006年6月23日。ブログ「ポポロ広場」を開園します($^^)/~~~。

当初は、1988年2月10日に発刊した「ポポロ通信」のWeb版としての再出発を
考えていましたが、ここGooのBlog群には、すでに同名の「ポポロ通信」と
いうサイトがあることがわかりました。Blog上では当方のが後発になります
ので、混乱を避け、双方性をも期待して「ポポロの広場」といたしました。

以下は、18年前、紙媒体(B4サイズ)の「ポポロ通信」第1号の拙文です。
今、読み直しスピリットは、このときといささかも変わっていないことを
改めて再認識しました。参考までに掲載し、本広場スタートの挨拶に代え
させていただきます。奇しくも「広場」という言葉も出ていました。

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≪ポポロ通信発刊のことば 1988.2.10≫
みなさん お元気ですか。
80年代も終盤となりました。世相は繁栄と飽食の中ですべてが一見
「順調」のように見えますが、本質的に果たして好転しているので
しょうか。現象形態は確かに刻一刻と激変してはいるのは明らかで
はありますが・・
「自由」ひとつを取ってみても本当に「自由」が保障されているで
しょうか。建て前の「自由」は、限られた許容範囲での「自由」で
しかありません。
新聞の投稿欄は比較的人々の本音が出ていますが“社論”の制約が
徐々に強くなり、正義の良い主張がボツになる傾向が表れています。
「ポポロ通信」は超ミニコミではありますが、右も左も、上も下も、
軟も硬も、すべてを包含した自由な発言を認め合う「広場」にした
いと思います。
ポポロは国際語エスペラントで「人々」の意味です。
松田聖子のファンクラブは3万人。ヤングアイドルのファンクラブは
少ないところでも数千人はいるといいます。
60年代、70年代とマジメな人たちはコチコチになりすぎていました。
「気分はファンクラブ」!
肩の力を抜き、長距離を走るイージーライダーの調子で行こう・・(以下略)

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