ポポロ通信舎

(旧・ポポロの広場)姿勢は低く、理想は高く。真理は常に少数から・・

旧境町の意地?

2016年06月21日 | 地域・合併問題

道路の地名表示に「境町」の文字。
旧境町(群馬県)が伊勢崎市と合併したのが2005年1月もう、かれこれ10年以上経ちます。

今も掲げられている「境町」の標識に旧境町の人々の意地が見て取れるようです・・。というのはちょっとせんさく過剰でしょうか(笑)

私の知人の「境町」住民は、どうも合併に満足していません。これまでの私なりのヒアリングでは、吸収された町村の人たちは合併に否定的な傾向があります。一方、吸収した側の人たちは肯定的、・・というより合併そのものに鈍感なようにさえ感じます。

「境町」標識は、まだ傷みもなくきれいです。このまま長く置いていただきたいですね。いまなお健在の「ルート66」の標識のように。

 

Route 66 - The Rolling Stones (HQ)

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板倉町の合併意識調査(結果)

2010年12月01日 | 地域・合併問題
「上毛新聞」によりますと、10月に実施された邑楽郡板倉町(人口約1万6千人)の合併アンケートがまとまりました。全4525世帯中4037世帯の回収(約90%)、関心の高さが伺わます。

「合併」に賛成は46%、反対19%、どちらでも35%

期待の理由は、人件費削減、行政機能の効率化、防災、医療、観光振興など。

合併に「関心がある」「どちらかといえば関心がある」の小計66%


合併の選択肢(枠組み)としては、

①板倉町、明和町、館林市(1市2町)55%
②大泉町を含む邑楽郡5町と館林市(1市5町)21%
③板倉町と館林市(1市1町)17%

板倉町の皆さんの良識的な意向が感じとれました。
②と③が逆になるかと想像していましたが、同じ“邑楽郡民”としては嬉しい。
町長は「結果を慎重に」と受け取られているよう。
これからの板倉町の動き注目し、同町の発展を願います。

【写真】板倉町役場

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板倉町の合併選択肢

2010年10月12日 | 地域・合併問題
昨日の「上毛新聞」では、邑楽郡板倉町(人口約1万6千人)が、全町民、4525世帯に向けて、合併賛否調査を始めるという。結果は来月公表。

合併の選択肢としては
①板倉町と館林市(1市1町)
②板倉町、明和町、館林市(1市2町)
③大泉町を含む邑楽郡5町と館林市(1市5町)
④大泉町を含む邑楽郡5町(5町)
⑤その他

栗原実町長は、元々合併推進を掲げている。しかしまずは町民にアンケートを投げかけ民意を知ろうということのよう。この手順は好ましいと思います。直近の大泉町の苦しい教訓を、板倉町は十分参考にして、事を慎重に進めていただきたいと願います。

当方は、同じ邑楽郡の仲間として郡内5町で“大同団結”も痛快ではありますが、地理的、経済圏的には難しく、もし合併を選択するなら現実的には①か②が有力かと考えます。

ただ、西の大泉町から東の板倉町まで直線で測ると、合併で膨れあがった高崎市や藤岡市に比べればはるかに近距離。それに5つの自治体の境は連続しています。ふと④の邑楽5町も妙案に思いました。

果たして板倉町の皆さんがどのようなお気持ちか、結果が気になるところです。

【写真】板倉町役場

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国の合併推進課が解消

2009年09月03日 | 地域・合併問題
総務省は、来年4月に省内の2003年設置の「合併推進課」を
「市町村体制整備課」に改組することを発表しました。
平成の大合併は一区切り。
これからは、
市町村間の広域連携を支援し、合併推進の看板は外すことに。

きょう、旧尾島町内で「区民運動会」のポスターを目にしました。
「区民」という文字が目に入り、東京都ではないし区民とは・・
大泉町の場合は、町内にある区単位は多数あるだけに、何かなと
思いましたが、よく見ると、これは旧尾島町を指しているようだ。
旧尾島町が尾島地区、なるほど。
かつての町民体育祭が「区民運動会」に変わったのだろうな、と
察しがつきました。

尾島に住む友人と話しましたが、彼は太田市との合併には今も満足
していませんでした。
総務省の方針がどう変わろうが、合併進めるのも止めるのも大切なのは
そこの住民大衆の意思。
住民が求め、後悔しない市町村再編なら大いに歓迎です。



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合併を止めた大泉町(6)【将来】

2009年06月23日 | 地域・合併問題
地方制度調査会(中村邦夫Panasonic会長)が政府に「平成の大合併」の
最終答申を行った。(読売新聞2009.6/23青山彰久編集委員記事参照)
答申の要約は、
「▲機械的な合併続行論には疑問を投げかけた ▲合併や広域連携など、
市町村のあり方は地域で選ぶ道を残した」
「今後の市町村は①自主的に合併する②合併せずに広域連携する③都道府県に
一部の仕事を補完させるーから選ぶ」というもの。

太田市も7/1付で合併推進課を廃止するという。
この度の大泉太田合併劇は合併以前の「進め方」に大きな問題があった。
町議会などの強引な拙速に町民の多くが違和感を禁じえなかった。
また、長年ともに暮らしてきた“親族”の千代田町、邑楽町住民のことを
あまりに忘れ去っていたようにも受け取れた。

人の成長は保育所幼稚園、小学校、中学、高校大学と進むにつれその
行動範囲は広がる。
これは自治体も同じ。時代と共に生活圏は拡大し距離感は縮小される。

「隣町にあるからウチにも」とか「処理場は外、施設はウチに」と言った
ような地域エゴもこれからは許されない。
大泉町の中途半端な野球場やいずみの杜。邑楽町にあるタワーを真似た
ような必要ないミニタワーなど無駄な箱物造りは小規模な自治体による
貧困な発想の表れだ。
一方で商圏は着々と広域化が進んでいるのに行政区域が旧態依然で狭い。
これなども地方行財政の効率化が求められる。

では大泉町を例に見た場合どうのような将来像が望ましいのだろうか。
4/13の当ブログでも記述してみまたが、およそ以下のような選択肢に
なろうかと思われる。

(1)地域圏を重視した従来の延長での千代田町、邑楽町との合流
(2)行政圏・農を重視した館林市と邑楽郡との合流
(3)経済圏・工を重視した太田市と大泉邑楽千代田3町との合流
(4)今までどうり単独の道を歩む

自民党は道州制を目指す。自治体の単位は10万人以上とし全国を700~
1000に再編したい。民主党は道州制は掲げていないが700~800単位に
すると構想は似ている。
しかし「機械的な合併論に走ってしまえば自治が壊れることも十分に
考える必要がある」(読売・青山編集委員)の指摘は、しっかり肝に
銘じておかなければならない。
自治体の将来は、なんといってもそこに住む人びと(ポポロ)の意思を
十分に尊重して進めること。そうでないと、時には大声でNO!を発する
ことがあることを今回、わが大泉町が身をもって警鐘を示しました。

                         (おわり)


写真:邑楽、館林の合併を呼びかける横断幕(館林市内で)

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合併を止めた大泉町(5)【共存】

2009年06月15日 | 地域・合併問題





千代田町に住む友人と話しました。長い間、大泉町の事業所に勤めていたAさん。
「大泉と太田が合併しないでほっとした。自分たち千代田のことが忘れ去られているようで不安だった。突然、嫁入りする姉を想う弟の気分だね(笑)」

邑楽町の友人Bさんにも聞いてみました。
「3町(邑楽、千代田、大泉)合併を反故にさせてしまったのは邑楽町のせい。
邑楽の態度で、大泉が太田に向いてしまい大泉には悪いと思っているよ。もう一度3町合併を考えてもいいのではないかな」

近隣の事務組合の議員構成を見ても、さまざまな事業で周辺地域で協力し合っています。
「邑楽館林医療事務組合」「大泉町外二町環境衛生施設組合」「東毛広域市町村圏振興整備組合」「館林邑楽農業共済事務組合」「太田市外三町広域清掃組合」。
「西邑楽三町暴力追放推進協議会」など警察は大泉管内に近隣二町が含まれる。
消防の関連となると太田が中心となって推進。

もし大泉町は太田市と合併になった場合、事務組合の資産や負担金をどうするかの問題が控えている。大泉町外二町環境衛生施設組合にしても大泉町の負担金は5億9千万円(平成19年度)と多額。近隣市町とはいずれも深く共存共栄の関係で成り立っていることが伺われます。


写真:共同施設には「大泉町外二町」の文字。二町は邑楽町、千代田町を指す。





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新町長、邪悪発言をわびる 大泉町議会

2009年06月09日 | 地域・合併問題
きょうは、大泉町の定例議会を傍聴しました。
「一般質問」に立った一番手の町議から「当選挨拶での不適切な発言」が
追及された。
内容は、当選が決まった直後の群馬テレビでの「正義が邪悪に勝った」の
発言だ。

斉藤町長からは「義憤を感じての(当選決定勝利者インタビュー)高揚した
中での発言であった。ただ思慮を欠いた。このことで傷ついた人には心から
おわびいたします。決して町内の合併賛成派や太田市に対する中傷ではなく
政治に対しての信頼回復するという気持ちです。就任前の選挙期間中の言葉と
して容赦願いたい」
と述べた。

激しかった選挙戦(試合)は終わった。ラグビーでいう「ノーサイド」。
さあこれからが本題、斉藤直身町長の今後の行政手腕に期待したい。

きょうも体調はすぐれませんでしたが、ぜひとも定例議会は傍聴を、と
思っていただけに通院の時間をずらして町役場に行ってみました。傍聴席は
かなりの人数。新しい町政へ向けて、町民の関心の高さを感じました。


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合併を止めた大泉町(4)【理由】

2009年06月02日 | 地域・合併問題

合併を推進する理由として、前々回例に出した上尾市の場合をみると
大きな理由として①財政危機論②少子高齢化危機論③合併ばら色論
以上3点に集約されます。

大泉町の場合もよく似ています。
『合併を進める議員の会」2008年8月VOL1』を読みますと

「今なぜ合併なのか? 答= 市町村合併は地方分権という時代の潮流や
少子高齢化の進展、そして地方を取り巻く厳しい財政状況から、避けて
通れない重要課題、とし、キーワードは「少子化」「高齢化社会の進展」
「地方分権」「厳しい財政運営」としています。
財政的には、経済環境の悪化で企業からの税収は今後期待できなくなる、
ならば体力のあるうちに合併を、という考えになります。

では果たして、合併したなら財政は好転するのでしょうか?
企業からの税収は確保されるのでしょうか?
少子高齢化の問題も合併で解決に進むのでしょうか?
地方分権は合併で、より基盤が固まるのでしょうか?
どうも全国共通の課題を、合併に絡(から)めてはいないでしょうか。


上尾市以外の都市、私の知るところでは長野県の市町村合併パンフなどを
見てもまったく似た主張が列挙されていました。
しかし、合併で解決できる問題と、そうでないものがあります。
上尾市の場合「10年後を見据えて合併しないと・・(青年会議所)」と心配
されていましたが、2001年からもうすぐ10年になります。この間、合併しな
かったことが市の発展にマイナスになったという声は聞こえてきません。

推進派の主張は、上尾市の「合併ばら色論」に比べ大泉町の方は合併しない
ことによる悲観論を訴えていました。「少子高齢化時代を迎え、行政経費を
負担する納税者の減少と行政サービス受給者の増加のアンバランスが、今後
顕著に表れてくることが予想されます」(前掲 議員の会報)

きびしさを心配されることは、よくわかります。
ただ、それらの懸念が「合併」することで解決できるとは思えないのです。
日本国内の共通問題がそこにあると思われるからです。
過疎や少子化を理由に合併した例は少なくありません。しかしそれらが合併後
果たして、その問題がクリアできているのかどうか、どうも解決したという話
は残念ながら伝わってきません。

「ゴミ出し」「納税額」「保育料」など細部についての疑問もありましたが、
大きなテーマでの財源、少子高齢化、将来について、振り返ってみました。
実際に合併を検討するに当たっては、国政レベルの難題でなく、中規模の内容
そこの地域固有の課題を中心にすえた方が現実的な理解が進むと思われます。


写真:農業団体は邑楽地域と館林地域が共に。(大泉町内)


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合併を止めた大泉町(3)【史学】

2009年05月27日 | 地域・合併問題
「過去の町村合併の歴史に学びたい」

 
 大泉町長選を受けて、大泉、太田の任意合併協議会は
解散になりました。首長間で先行約束した合併話を大泉
町民の多くが拒否反応を示したことによります。

 大泉町が旧小泉町と旧大川村とで合併し発足して半世紀
以上になりますが、当時も小泉町と大川村では住民感情に
かなりの差があったと聞きます。

 商業中心の小泉町に対して、大川村は農業主体ながらも
中島飛行機の後は、米軍キャンプの所在地で財政源は確保
されていました。村内では小泉町合併派、太田市合併派、
存続派と三つ巴。
なかなかまとまらず住民投票で決したと記録にあります。

しかし町名は双方から一字とり「大泉」。大字は残す。
議員数は同数など対等合併に当時の人たちが随分苦心した
跡がみてとれます。

 それに比べ、今回の市町合併は対等とはいうものの出
された項目をみると太田市に準ずるもの多く、大泉町民には
どうしても「吸収」としか映りません。

 新市の名称にしても「太泉市」や「泉田市」にするという
ような検討さえ町民には聞こえていませんでした。
 当時は連合国軍のシャウプ勧告、それ流れで県の強い要請
で合併は避けられ状況でした。
今はそのような外からの圧力はありません。

町の将来は、ここはじっくりソロバンでいう
「ご破算で願いましては~」で良いと思います。

-------------------------------------
以上、
本日の上毛新聞「ひろば」欄に掲載の同主旨の拙稿原文です。


(写真説明=旧大川中学校の文字)
今も大泉町立南中学校 南門に残る懐かしい旧校名。

筆者は、中学1年の2学期に前橋一中から同校に転校しました。
母に連れられ、不安な気持ちでこの門を通ったことが
昨日のように思い出されます


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合併を止めた大泉町(2)【審判】

2009年05月21日 | 地域・合併問題
きょうから裁判員制度がスタート。
司法の場が法律専門家から「国民主役」の動きになってきました。
先の市町合併についても町の行政専門家から「町民主役」の形で審判が
示された感じです。

私は合併問題が浮上してからは、さいたま市との合併に反対した上尾市の
過去の運動に着目してきました。
上尾市は、全国で初めて住民投票条例を制定。2001年7月に「上尾市と
さいたま市の合併を問う住民投票」を行いました。

○上尾市
反対 6万2382票(58.3%)
賛成 4万4700票(41.7%)

今回の大泉町の町長選挙は、直接的な住民投票ではありませんでしたが
しいて合併賛成(前町長得票)と合併反対(新町長得票)として見ると。。

○大泉町
反対 1万1953票(59.0%)
賛成   8310票(41.0%)


実に似た%数値となりました!
しかしこの間の選挙戦を取り巻く状況は上尾市とは大きく異なっていました。

上尾市の場合は
①上尾市長が合併に反対
②市議会議員も反対派が過半数
③市職員の労働組合も反対

ちなみに上尾では賛成・推進派のリーダーは商工会議所・会頭。

大泉町の場合は、上記①②③すべて期待できず。
少なくとも町職労組の態度は、どうであったのか一般町民には何も
伝わってきませんでした。上尾の場合は市職労が随時、独自に市政
分析をし、「“ア”すへの“ゲ”んき“オ”くります」報告書を市民
へ発信していました。

条件的にはとても厳しい中、大泉町では、反対の流れが見えにくく
このままでは「尾島、新田、藪塚と同じ運命になるかな」との声が
当初、巷では聞こえてきました。
しかしさいご頼りは、

正義感から立ち上がった候補者! そして審判するは町民大衆!

主権在民の「裁判員制度」発足の日、町の将来を最終審判するのは
そこに住む「町民」の力であることを改めて知る思いでした。

(写真:大泉町役場玄関)



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合併を止めた大泉町(1)【正義】

2009年05月18日 | 地域・合併問題
群馬県大泉町と太田市との任意合併協議会が解散になりました。

当選直後のテレビ放送で、斉藤候補が「正義が邪悪に勝った」との
発言が波紋を呼び、当ブログでもシニカルなコメントをいただきました。

昨年5月、町民にとっては晴天のへきれきのように市町長トップ間の
合併約束が、町広報紙で大々的に報じられました。この発表の仕方は
決して正しくはありません。

その後の町側の説明会では、常に冒頭はまず町長のお詫びから始まる。
が、白紙に戻すことはしませんでした。もし対立候補が出なければ、きっと
このまま合併になってしまうのだろうな、というあきらめ感は、私を含め
多くの町民が抱いていました。おそらく斉藤直身氏も同じ気持ちであったと
思います。そうした流れの中で強い正義感から出馬を決意されたものと
察せられます。

「邪悪」は高揚した勝利者インタビューの中での義憤の気持ちの表われで
あったのです。町民不在で始まった今回の「合併劇」は、最初から正しとは
言えないものでした。
そこのところを十分に理解し、斉藤町長を支援したいものです。


「合併を止めた大泉町」と題して連載で何回かにまとめたいと思います。
写真は、7日の斉藤新町長の初登庁「太田タイムス 5/16号」


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ブログ、一カ月連続投稿

2009年05月13日 | 地域・合併問題
「ポポロの広場」の一カ月連続投稿は、自身の新記録になりました。

特に市町合併問題を機に、「ブログみたよ」との反響が意外にも寄せられ
これは疎かにできないものであることを改めて認識したことが、発信増に
つながりました。

毎回アクセスをしてくださっている広場の人びと(ポポロ)さま。
ありがとうございます。

「継続は力なり」

これからもがんばります
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斉藤直身大泉町長、初登庁(各紙)

2009年05月08日 | 地域・合併問題
太田市との合併反対で初当選し注目度の高まった斉藤町長。
7日の初出勤を各紙が報じています。

「主役は町民 心掛ける。任期の合併はないだろう」(上毛新聞5/8)

「町職員への就任あいさつで『公私の区別をつける』『自分の命を大切にする』
『あらゆる差別をなくす』『大事なことに命がけで取り組む』『ありがとうと
言われ、ありがとうと言うことを大切に』の5項目を守り一致結束して課題に
取り組むよう呼びかけた」(読売新聞5/8)

「町のかじ取りに一身をささげる。激しい選挙戦だっただけに発言には協調姿勢
がにじんだ」(朝日新聞5/8)

「10時からの訓示、5項目と近隣市町と友好関係をたもちながらやっていきたい」
(毎日新聞5/8)


当プログへも今度の町長選に関しては貴重なコメントをいただきました。

賛否両意見ございますが、人びと(ポポロ)にとって何が最善なのか
これからも勉強していきたいと思います
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落選続出、合併推進派市長

2009年04月29日 | 地域・合併問題
「4月のミニ統一選 現職17人落選 声届かぬ旧町村部反旗」
「今年1月以降、平成の大合併経験市で74市の現職落選率は
3分の1」(朝日新聞4/28)

旧町村の積もり積もったうっぷんが選挙戦で示された市もある中
太田市長選は2位以下を圧倒する得票で現職が勝利しました。
新田、藪塚、尾島の3町と合併した太田市のこの選挙結果は、
全国的にみて特異なケースで驚きでした。

当初、太田市長選挙は大泉町長選の後、5月の予定であったのを
繰り上げて4月12日の大泉町長選と同日に設定。この辺の読みは
さすがに“選挙巧者”でした。
もし、大泉町の後の日程の選挙であったなら旧3町からの批判票が
もっと顕在化したのではないかと思われます。

やはり市中心部が栄え、周辺部の住民サービス低下が多い傾向。
マスコミ論調もここにきて「平成の大合併離れ」を感じます
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「斉藤効果」で当訪問者数アップ

2009年04月14日 | 地域・合併問題
投開票日の翌日が新聞休刊日に当たり、合併論議を争点に
行われた大泉町長選結果はきょうの新聞各紙に報道された。

当ブログ、昨日は多くの訪問者が急増。過去「ハンカチ王子
早稲田実の斉藤佑樹投手」の記事をアップした時以来の
閲覧数に及びブログランキングが久々4ケタ台に入りました。
奇しくも斉藤佑樹、斉藤直身と「斉藤」つながりとなりました。

それにしても新しく町長に決まった斉藤直身さんの意気込み
情熱は立派です。
「汗と涙と感動のドラマが終わった」と斉藤直身さんの言葉。
早稲田の斉藤祐樹君の優勝直後インタビューを思い出すよう
でもありました

読売新聞の人物紹介記事によりますと、斉藤直身さんは朝10分
の座禅。「反省すれども後悔せず」が信条。「私が降りれば
大泉の自治権がなくなる」・・まさにその通りでした

今後の議会運営は、困難も予想されますが合併賛成派の町議
とはいえ同じ大泉の町民。大泉町の将来を思う気持ちに違いは
ないはず。これは退かれる現町長のお気持ちとて同じことだと
思います。

新体制スタートは少数与党でご苦労もありましょう。しかし斉藤直身
さんのバックには町民多数の熱い支持があります。存分に頑張って
いただきたい。
万が一にも議事が混乱するようでしたら住民に応援を求めてください。
「住民投票」に問えばはっきりします。
来年3月末迄の合併特例恩典を残念がる賛成派の意見はありますが
このような「馬の目前の人参」に惑わされることはありません。
できることなら、この1年はじっくり現状分析に充てるのが賢明かと。

昨年来からの当ブログの「STOP!」シリーズ、
気がつけは発言は20を越えていました。
「地域・合併問題」のカテゴリーにまとめ閲覧し易くいたしました。
ご参考にしていただければ幸いです
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