ポポロ通信舎

(旧・ポポロの広場)姿勢は低く、理想は高く。真理は常に少数から・・

独裁政権の歴史を教訓に

2015年01月01日 | 研究・書籍

Felican Novjaron ! (謹賀新年):エスぺラント語

『ポポロの広場』、今年もよろしくお願いいたします。


1930年代、ワイマール体制のドイツ。議席を減らしながらも解散を重ね、さいごは「全権委任法」成立まで強行したナチ党。その手口を再現させてはならないと思います。
元日のNHK BS1テレビ「世界のドキュメンタリー 戦争と平和を考える ヒトラーの権力掌握への道」を見ました。

今から約100年前、近代民主主義の模範とされたワイマール憲法(ドイツ共和国憲法1919年制定)の下で、ナチ党は合法的に誕生し肥大化していった。1928年は2.6%の得票ナチ党議員12名。1930年には107議席(野党第一党)、1932年、230議席。1年のうちに3回も選挙がおこなわれナチ党は196議席と微減となりながらも一党独裁の「全権委任法」を成立させ、それまでの政権党だった社会民主党をも非合法化し、ここにワイマール体制は崩壊させられたのです。
ナチ党の伸長の要因には、世界恐慌(1929年)を背景とした社会不安、失業者の増大、格差の拡大、そしてユダヤ系資本を敵視する民族資本家の強い支援、大衆の政党政治への失望などがあったとされます。

さて、ひるがえって今、私たちの日本。民主的な「ワイマール憲法」の部分が平和的な「日本国憲法」と入れ替わって読めるようなことにならないよう過去の人類の高い代償を払った貴重な歴史に学びたいものです。私たちポポロ(民衆)の力でより良い世の中を築いていきましょう。

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ワイマル共和国―ヒトラーを出現させたもの (中公新書)
林 健太郎
中央公論新社

        

コメント (4)
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