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 ♪ラジオ放送・文字版「世の光」

   1952年以来、キリスト教会が協力して全国民放ラジオで放送して73年、
PBA『世の光』を文字で 

■偶然起こった? / 福井 誠

2016年06月09日 | Weblog
2016/6/9放送

 世の光の時間です。いかがお過ごしでしょうか? 福井 誠です。今日のバイブル・メッセージは「偶然起こった?」です。それでは第一サムエル記6章9節から読んでみましょう。

 「あなたがたは、箱がその国への道をベテ・シェメシュに上って行けば、私たちにこの大きなわざわいを起こしたのは、あの箱だと思わなければならない。もし、行かなければ、その手は私たちを打たず、それは私たちに偶然起こったことだと知ろう。

 先週は、ペリシテ人が戦利品として持ち帰った神の箱がペリシテ人に災いをもたらし、神ご自身の存在を知らせようとしたお話をいたしました。その神の箱は依然としてペリシテの地にあり、ペリシテ人を悩ませていました。そこで彼らはついにまことの神の存在を悟ることもなく、災いをもたらす箱を除き去ってしまおうと、それをイスラエルの陣営に返すことにしたのです。しかしただ返すのではありません。彼らは事の真偽を定めようとしました。面白いですねえ。一つの実験をした訳です。一台の新しい車を仕立てて、神の箱や神をなだめるための品々を載せて、それを今まさに乳を飲ませている二頭のお母さん牛に曳かせることにしました。もしお母さん牛が引き離された子牛を残してイスラエルの地に上っていけば、この大きな災いはまさに神の箱にその臨在を象徴される神によるものであることを確認できる。一方、そうでなければ偶然に起こったと考えよう、という訳ですねえ。すると子牛を離れるはずもないお母さん牛がまっすぐにイスラエルの陣営を目指して進み続けたのです。ペリシテ人はもう明らかに神の介入を認めざるを得ませんでした。彼らの地を荒らしたのはイスラエルの神であることを悟らされていくのです。

 けれども彼らはそこで悔い改めた訳ではありません。信仰と言うのは信仰を持とうという気持ちがなければ、どんなに証拠を突きつけられたとしても、人は信じないものです。たとえ誰かが死人の中から生き返って、神は本当にいるのだと証言する仰天ものの出来事が起こったとしても、聞き入れることもない頑なな心が人間にはあるものですねえ。それは神を信じてからも同じです。人間というのはつくづく不信仰の塊だなあと思いますねえ。ぜひ不信仰の心を捨てて、神を信頼し、信頼し続け、神の祝福に与るものでありたいものですね。

(PBA制作「世の光」2016.6.9放送でのお話より )

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 さて、この番組を制作しているPBAの「世の光」の係りでは分りやすい聖書通信講座を用意していて、初めての方には無料の入門コースがお勧めとの事。詳しくはPBAに案内書を申し込みましょう。日曜日に教会を覗いてみるというのはお勧め。こっそり覗きたければ一人で。それとも友だちをけしかけてつるんでもいいし。日曜日は大抵、朝10時か、10時半頃からお昼頃まで集まっていて誰が行ってもオーケー。事前の連絡なしでもちょっとのぞかせてくださいと言えばいいでしょう。PBAに聞くと近くの教会を紹介してくれるので、気軽に問い合わせるといいでしょう。問い合わせ先は、mail@pba-net.comです。

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