♪ラジオ放送・文字版「世の光」

   1952年以来、キリスト教会が協力して全国民放ラジオで放送して72年、
PBA『世の光』を文字で 

■神の手 / 福井 誠

2016年06月02日 | Weblog
2016/6/2放送

 世の光の時間です。いかがお過ごしでしょうか? 福井 誠です。今日のバイブル・メッセージは「神の手」です。それでは第一サムエル記5章11節から読んでみましょう。
 「そこで彼らは人をやり、ペリシテ人の領主を全部集めて、『イスラエルの神の箱を送って、もとの所に戻っていただきましょう。私たちと、この民とを殺すことがないように。』と言った。町中に死の恐慌があったからである。神の手は、そこに非常に重くのしかかっていた。

聖書にはペリシテ人という民族が出てきますねえ。ペリシテ人はその昔、パレスチナ沿岸に住んでいて、鉄の武器を所有し、高度に組織化され訓練された民族でした。しかも彼らは野心に溢れ、征服した地域一体の住民を奴隷にしていくのです。こうしてイスラエルに深く侵入したペリシテ人たちはイスラエルの人々が大切にしていた神の箱を奪って、それを戦利品として自分たちの町に持ち帰りました。そこには彼らの神ダゴンを祀る神殿があって、そこに神の箱を安置したのです。

 このあたりが何となく日本人に通じるものがあると思いませんか? 唯一まことの神を求めるのではなくて、あらゆる神を認め、つまり神棚もあれば仏壇もある、と言った宗教混交主義の考え方がありますねえ。

 まあそれは良いとして、彼らの神殿に神の箱を運び入れた後、実に不思議なことが起こりました。神殿に安置されていたダゴンの神が倒壊するのです。つまり神殿に運ばれたイスラエルの神がもともと安置されていた神を切り出すと言う、まるで喜劇のようなことが起こるのです。しかしこれだけでは悟りのないペリシテ人に、さらなる神の災いが起こりました。町中に疫病が発生するのです。聖書ははっきりとそれがまことの神の手によるものであると語っていますね。しかしペリシテ人たちは自分たちの神ダゴンが無力であることは認めてもイスラエルの神の力を認めることはできませんでした。けれどもそれは人間の現実をよく言い表していますねえ。いろいろと私たちの生活環境に直接働いて神様がおられることがはっきりしていても、人はそれを素直に認めることができません。信仰を持つには、素直な遜った心が必要です。神様は私たちに災いをも祝福をももたらすお方です。目に見えない神様を認めて、神の祝福こそ素直に受けていくものでありたいものですね。

(PBA制作「世の光」2016.6.2放送でのお話より )

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 さて、この番組を制作しているPBAの「世の光」の係りでは分りやすい聖書通信講座を用意していて、初めての方には無料の入門コースがお勧めとの事。詳しくはPBAに案内書を申し込みましょう。日曜日に教会を覗いてみるというのはお勧め。こっそり覗きたければ一人で。それとも友だちをけしかけてつるんでもいいし。日曜日は大抵、朝10時か、10時半頃からお昼頃まで集まっていて誰が行ってもオーケー。事前の連絡なしでもちょっとのぞかせてくださいと言えばいいでしょう。PBAに聞くと近くの教会を紹介してくれるので、気軽に問い合わせるといいでしょう。問い合わせ先は、mail@pba-net.comです。

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