安全問題研究会~鉄道を中心とした公共交通を通じて社会を考える~

公共交通と原発を中心に社会を幅広く考える。連帯を求めて孤立を恐れず、理想に近づくため毎日をより良く生きる。

日比谷線事故現場を初めて見る

2010-03-28 22:05:29 | 鉄道・公共交通/安全問題
3月8日の記事で予告したJR日比谷線事故現場への慰霊訪問を、事故10年目にして初めて行った。事故現場は、中目黒駅近くだということはわかっていたので、中目黒駅を下り、とりあえず線路沿いを恵比寿方面に向かって歩くと、目指す現場はすぐ見つかった。

<写真1>事故現場の入口。警備員が常駐しており、入場時間に制限がある

入口を入ると、突き当たりに記帳所があり、亡くなった5人の犠牲者ごとに関係者が記帳できるようになっている。この他、東京メトロ関係者用、一般用の記帳所があり、全部で7冊に分かれている。私は一般用に記帳を行った。

現場を管理している警備員は、元営団地下鉄職員で、現在は関連の警備会社にいるという。元営団職員ということもあり、「こんな記帳所が設けられるのはここを最後にしてほしい」と語っていたのが印象的だった。もちろん私も同じ思いだ。

<写真2>営団が建てた「安全の誓い」の碑

記帳所から左に折れ、階段を上るとそこが事故現場である。サムネイル写真はその一部である。慰霊碑の横を電車が通り過ぎていった。

慰霊碑に手を合わせ、再び階段を下りて記帳所を見る。そこには、2009年3月8日付け記事で紹介した、山崎さんの遺族がメッセージを刻んだ給湯器?が置かれていた。

今回、日比谷線事故の現場を訪問したことで、当ブログ管理人は、1986年以降、乗客・乗務員に死者を出した鉄道事故のうち、余部鉄橋列車転落事故、信楽高原鉄道事故、日比谷線事故、京福電鉄(現・えちぜん鉄道)正面衝突事故、土佐くろしお鉄道宿毛駅事故、尼崎事故、羽越線事故の現場を訪問したことになる。国鉄分割民営化後の事故現場で、未訪問は東中野駅事故(1988年)と関東鉄道取手駅事故(1992年)の現場を残すのみとなった。

それぞれの事故の背景にはそれぞれ違う要因が潜んでいるが、概して言えるのはJRには利益優先で列車を止めないことによる事故が多く、ローカル私鉄は施設・設備の不備による事故が多いということである。これらは、JRに対しては極度の甘やかしともたれ合い、私鉄に関しては施設整備のための資金拠出の枠組みをきちんと設けなかったことが作用しており、いずれも国の責任が大きいと当ブログは考えている。これらのことに関しては、また改めて機会を設けて述べることにしたい。
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