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安全問題研究会(旧・人生チャレンジ20000km)~鉄道を中心とした公共交通を通じて社会を考える~

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<地方交通に未来を(14)>今後の地域交通のあり方示す2つの路面電車

2023-12-11 20:56:00 | 鉄道・公共交通/交通政策
(この記事は、当ブログ管理人が長野県大鹿村のリニア建設反対住民団体「大鹿の十年先を変える会」会報「越路」に発表した原稿をそのまま掲載しています。)

 2023年も残り3週間という年の瀬にこの原稿を書いている。今年はコロナ禍明けということもあり例年になく鉄道に乗った年だった。その中で印象深かった2つの事例について述べておきたい。どちらも地域公共交通の今後のモデルケースとなり得るからだ。

 富山ライトレールには7月に乗車した。JR西日本・富山港線時代に一度乗っているが、一部区間は道路上に付け替えられるなどして旧富山港線とまったく同じではない。少なくともルートが変わった区間には乗っておかなければならなかった。

 富山駅は、もともと駅南側を走っている市内電車と、北側を岩瀬浜まで走っていた旧富山港線転換路面電車を直通運転できるようにするため、富山駅をぶち抜き、線路を駅構内でつなげるという大胆なものだ。

 市内線からやってきた車両(鉄道は「列車」だが軌道では正式には「車両」と呼ぶ)に乗る。道路信号に従いしばらく路面区間を走る。「奥田中学校前」電停付近で車両が大きく左折して道路を外れると、旧富山港線のレールに乗る。ここで右側を見ると、道路の向かいに遊歩道のような細い道があり、これが旧富山港線の跡地だとすぐにわかった。

 旧富山港線区間に入ると車両は急にスピードアップする。60~80km/hくらいは出していることが速度計からわかる。停留所の数は旧富山港線時代より大幅に増えた。国鉄系気動車から床面の低い路面電車車両に変わったため、JR時代のプラットホームは廃棄され、新たに電停が作られている。

 岩瀬浜に到着すると、駅前のロータリー付近で待機していた「フィーダーバス」がロータリー内に進入してくる。列車とバスの乗換待ち時間をなくすためで、全駅ではないものの、主要駅では行われている。正直、「ここまでやるのか!」と驚かされるが、冷静に考えれば、列車の到着に合わせてバスを運行するというのは、乗客目線で考えれば当たり前のことだ。この「当たり前」が日本ではなかなか実現せず、近年ではできなくて当たり前というある種のあきらめムードが支配的だった。富山港線時代は乗れば必ず座れるほど空いていたのが、いまや始発駅でも座れないのが当たり前なほど車内は混んでおり、しかも休日のせいか、明らかに中高生とわかる若年層が多いことも特筆すべきだろう。

 国が地域公共交通活性化再生「優良事例」に挙げたくなるのもわかる。「当たり前」のことを当たり前にやることが実は最も難しいのだ。その当たり前のことを、当たり前に実現した富山市の努力を多としたい。

 同時に指摘しておかなければならないのは、日本中、どこでも富山市のようにできるわけではないということである。もともと、富山地鉄という地元に広く定着した有力な私鉄が長大な路線網を持っており、その会社にJRのローカル線を引き受けてもらうことができた。このような好条件が重なっている場所はほとんどない。国が、地域公共交通活性化再生の旗を振ることに反対はしないが、同じような条件が揃っているのかどうかを見極めてからでないと、単なる公共交通のコンパクト化、縮小だけに終わりかねない。そんな危惧も同時に感じた。

 宇都宮ライトレールには10月に乗車した。宇都宮市自体、訪れるのは十数年ぶりだ。「平石」電停から「清陵高校前」電停までは専用軌道区間。「清陵高校前」から「芳賀・高根沢工業団地」電停までの区間は道路上を走るが、道路と線路は区切られている。

 富山の路面電車と大きく違うのは、信号のコントロールが路面電車優先であることだ。富山は電車の前を横切って右折する自動車を含め通常信号と変わらないが、宇都宮では道路側の信号を「赤」+「直進・左折矢印」表示にして、自動車が電車の前を横切って右折できないようにし、定時運転を確保している。

 小さな子どもを連れた母親が、子どもの分の運賃もまとめて払うのではなく、子ども自身に現金を持たせ、払い方を覚えさせていたことが印象に残った。親がまとめて払うやり方だと、子どもは親と一緒のときしか公共交通に乗れない。だが自分で払えるようにきちんと教えれば、子どもが自分1人だけでも乗車できるようになる。次世代の公共交通の担い手をみずからの手で積極的に育てていこうという市民意識は、富山よりも宇都宮のほうが強いと感じた。

 気になる点もあった。家族連れが下車する際、大人はICカードで支払うが、子どもの分の半額運賃は現金でしか支払えないことだ。にもかかわらず、運賃箱に表示されている運賃が、大人表示のまま子どもに切り替えられない。たとえば150円区間の場合、子どもが現金払いをする際も表示は150円のまま、運転士が目視で80円(端数の5円は切り上げ)の投入を確認していた。これだと、大人2人に子ども1人がまとめて下車するような場合、いくら払えばいいのかわからなくなる。子どもが1人でも乗れるように育てようという意識がせっかく市民の側に生まれているのだから、せめて運賃表示が子ども用に切り替えられるよう、早急にシステムを改修すべきだ。

 富山も宇都宮も、私が乗りに行ったのが休日という点は考慮する必要があるものの、乗客に若年層が多かったのが特徴だ。2017年に内閣府が行った「公共交通に関する世論調査」で「あなたは、鉄道やバスがもっと利用しやすければ、出かける回数が今より増えると思いますか」という質問に対し、「増えると思う」「少しは増えると思う」と答えた人の比率が18~29歳までで最も高かった結果と符合する。いわゆる交通弱者といえば高齢者問題だと思う人が多いが、本当の交通弱者は運転免許を取れない若年層なのだ。

 路面を走る大都市中心部と、専用軌道を走る郊外区間を連結するという点では、富山も宇都宮も共通しており、今後のトレンドになる予感がする。既存の鉄道でこの形態を取るものには広島電鉄(市内線(路面)と宮島線(専用軌道)の直通)や筑豊電鉄などがある。特に筑豊電鉄は、乗り入れしていた西鉄北九州市内線の路面電車が1992年に廃止されている。どちらも現状維持が精一杯の状況の中、なんとか生き延びてきたのが実態だろう。そうしているうちにぐるりと時代が1周し、「都心~郊外直通運転」が脚光を浴びる時代が再び来たのだから、世の中わからないものだ。

 2つの路面電車の事例は、今後、地域公共交通を衰退から発展に転換するために何が必要かを示唆している。自治体が前面に出て住民の声を吸い上げ、どのような公共交通にしたいか、それをまちづくりにどう組み込むかのグランドデザインを描く必要がある。地域住民もどんどん自治体や鉄道会社に意見する。乗って支えるだけでなく、子どもにも乗り方を教え次世代の担い手を育てる。「住民参加と対話」がキーワードだという印象だ。

(2023年12月10日)

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<地方交通に未来を(13)>踏みつぶせ! オリンピックと新幹線

2023-10-12 22:31:21 | 鉄道・公共交通/交通政策
(この記事は、当ブログ管理人が長野県大鹿村のリニア建設反対住民団体「大鹿の十年先を変える会」会報「越路」に発表した原稿をそのまま掲載しています。)

 コロナ禍明けの影響もあり、9月以来、休眠していた諸々が動き出し、盆と正月とお彼岸がまとめてきたような多忙の中にいる。今回の原稿では、4月に成立後、約半年の周知期間を経て10月1日から施行された改定「地域公共交通活性化再生法」とこれをにらんだローカル各線の動きを取り上げると腹は決まっていた。だが執筆直前になって思わぬビッグニュースが飛び込んできた。2030年に予定されていた札幌冬季五輪の招致と、北海道新幹線札幌延伸が揃って延期されるという。

 五輪延期と新幹線札幌延伸延期はどちらも北海道新聞の1面トップを飾った。それはそうだろう。今や北海道内の政財官界は、道民生活も、輸入肥飼料の暴騰による農家の苦境もそっちのけで、熱病に冒されたように五輪、新幹線中心に動いてきたからだ。

 この日が来るという予感はかなり前からあり、驚きはなかった。新幹線工事は多くの区間で遅れており、羊蹄トンネル比羅夫工区では2021年7月、シールドが岩盤に突き当たったまま2年以上工事が中断している。工事は長万部~札幌間が最も遅れていると思われているが、意外にも函館~長万部間の遅れが目立っており、トンネル掘削の進捗率が6~7割程度の区間がまだ多く残されている。この状態で6年半後に開通させるのが無理だということは、土木技術に疎い素人の目にも明らかだった。誰もがそれを知りながら言い出せなかったのは、札幌五輪という「北海道最大のタブー」があったからだ。

 もちろん表向き、五輪と新幹線の間には何の関係もないことになっていた。しかし鉄道の歴史を少しでも知る人であれば、1964年東京五輪に間に合わせるため、わずか5年の突貫工事で東海道新幹線が建設されたこと、1998年長野冬季五輪に間に合わせるため、北陸新幹線東京~長野間の建設が急がれたことは知っているだろう。札幌延伸の延期を伝える10月7日の北海道新聞記事は、札幌五輪招致と新幹線札幌延伸が「水面下では連動している」との国交省幹部の発言を伝えている。五輪と新幹線が「セットで押し売り」されてきたことは周知の事実なのだから、この程度の発言で国交省幹部が「守秘義務違反」に問われることもなかろう。

 1997年の東京~長野間の開業の際、並行在来線のうち通常運転方式としてはJR最大の難所とされた信越本線横川~軽井沢間が廃止となった。在来線時代、名物駅弁「峠の釜めし」のホーム立ち売りが行われ、列車の発車時には販売業者「おぎのや」従業員がお辞儀で乗客を見送るこの駅の風物詩も歴史の1ページに消えたが、66.7‰(1000分の66.7)という急勾配の影響で、重量100tを超える補助機関車を何両も用意し、全列車に連結しなければならない特殊区間だった。この区間の廃止は異例中の異例であり、並行在来線の第三セクター分離を沿線自治体とJRの同意を得て確定する(=存続させる)とした政府与党合意の趣旨からしても、前例にならないとみられていた。それだけに、札幌延伸で函館本線の通称「山線」(長万部~余市~小樽)の廃線を聞いたときは、自分たちで「同意」したことさえ平気で破り捨てる政府与党に対し、はらわたが煮えくりかえる思いだった。

 地元以外ではほとんど報道されていないが、山線はバス転換協議も行き詰まっている。事の発端は廃線の「陰の主導者」とされる道庁が、転換バスの委託を想定していた北海道中央バスに根回しさえしないまま、先に廃線を決めてしまったことだ。5年間猶予されていた残業時間規制が運転手にも適用される「2024年問題」を直前に控え、ただでさえ運転手不足で既存の路線さえ減便せざるを得ない事態に追い込まれていた北海道中央バスは、廃線決定後になって初めて転換バスの運行を打診され激怒。「道庁からの要請は二度と受けない」とまで態度を硬化させている。山線のバス転換を話し合うための協議会は先日、ついにストップしてしまった。

 確かに沿線自治体は廃線、バス転換に調印した。新幹線の駅ができる倶知安町を除けば苦渋の選択だった。今回、札幌延伸延期で国交省は延期後の新たな開業時期を明言しなかった。工事遅延とバス転換協議の行き詰まりの両面から、山線廃止は前提条件そのものが根底から崩れたことになる。もう一度原点に立ち返り、函館本線の鉄路を最大限活かす方向で協議をやり直すときだ。

 北陸新幹線は2024年3月に敦賀(福井県)まで開業するが、その後、関西地方まではルート選定すら終わっていない。開業から1年を迎えた西九州新幹線(長崎~武雄温泉)に至っては、できもしないフリーゲージトレイン(軌間可変式電車)にこだわり、「在来線をそのまま活用できる」として佐賀県の同意を取り付けたが、フリーゲージトレインはあえなく失敗。今度は「フル規格格上げ」に佐賀県の同意取り付けを狙ったが「提案されてもいないものへの同意などあり得ない」と拒否に遭う。国・長崎県は性懲りもなく「フル規格格上げに伴って発生する佐賀県の工事費は全額肩代わりしてもよい」と佐賀県に提案したが、「タダでも要らない」「今でも福岡まで乗換なしで行ける県内の鉄道環境は悪くないのに、それをわざわざこちらから壊してまで、メリットのない新幹線を求めに行く理由がない」とする佐賀県を翻意させるには至っていない。武雄温泉から先の区間は整備のめどさえ立たないまま「離れ小島新幹線」状態が長期化しそうな雲行きだ。そして「ラスボス」格のリニア新幹線。どんな状況にあるか、本会報読者には言うまでもない。

 北海道も西九州も北陸もリニアも、今や全国の新幹線は総崩れ状態。これが旧国鉄工事局~日本鉄道建設公団の栄光と伝統を引き継ぐ組織――鉄道・運輸機構の実態だとは信じたくもない。だがこれを裏付けるように2020年12月、国交省は機構として初の事業改善命令を出す。北陸新幹線敦賀延伸工事を大幅に遅らせることになった福井県内のトンネル亀裂事故のためである。命令を受け、当時の北村隆志理事長が年明け後の2021年1月、引責辞任している。「100%親会社」として命運を握っているのがこの程度の法人なのだから、JR北海道・四国両社の経営など傾いて当然だろう。

 もう一度歴史を振り返っておこう。1964年東京五輪・東海道新幹線開業。この年国鉄決算は初めて赤字となった。国鉄諮問委員会が「歴史的使命を終えた」として赤字83線の公表に踏み切ったのは1968年のことだ。2016年、北海道新幹線が函館開業したまさにその年、JR北海道は維持困難10路線13線区を公表する。五輪と新幹線は、いつも「両輪」となって在来線を踏みつぶしてきた。そう考えると、札幌冬季五輪と北海道新幹線札幌延伸、揃っての延期は千載一遇のチャンスかもしれない。さあ反撃だ。切り捨てられてきた在来線沿線住民が今こそ立って、新幹線とオリンピックを踏みつぶせ!

(2023年10月10日)

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リニア中央新幹線事業認可取消訴訟(ストップ!リニア訴訟) 請求棄却の不当判決

2023-07-24 21:29:30 | 鉄道・公共交通/交通政策
(この記事は、当ブログ管理人が「レイバーネット日本」に寄稿した内容をそのまま転載したものです。)

 原告らの請求をいずれも棄却する――それだけを言い渡すと、3人の裁判官はそそくさと、逃げるように奥に消えた。判決理由の朗読すらないので、棄却の理由もわからないまま。裁判官が「消えた」法廷内では、何が起きたかわからず、呆然としたまましばらく動けない傍聴人もいた。行政訴訟など、国や自治体を相手にした訴訟ではしばしば見られる光景らしく、噂には聞いていたが、自分自身が体験したのはこれが初めてだ。249名の原告が、国にリニア中央新幹線の事業認可取り消しを求めていた「ストップ!リニア訴訟」の判決言い渡しが行われた2023年7月18日、東京地裁での出来事である。



 もともと、この日は朝から異例ずくめだった。朝10時過ぎにはすでに気温は35度近くに達した。訳あって前日から東京・立川駅前に宿泊していたため、筆者は横浜線で横浜市内に出た後、東京地裁を目指した。

 このルートを選んだのには理由がある。リニアの駅ができる予定の神奈川県・橋本駅の現状を、通過しながらの一瞬でもいいから見たいと思ったからだ。事前情報通り、リニアの駅らしきものは影も形も現れていなかった。用地買収すらまだ完全には終わっていない。こんな状況で「2027年開業」というJR東海の説明は寝言に等しい。何しろ4年後なのだ。公式の説明では大阪延伸が予定されている2045年に、当初予定の品川~名古屋間が開業できれば御の字というのが現状ではないだろうか。

 筆者は時折、大型書店の鉄道関連コーナーを見ているが、最近出版される書籍の中に、無邪気な「リニア礼賛もの」は全くといっていいほどない。代わりに並んでいるのは、リニアに疑問を呈するものばかりになっている。大手メディアがリニアについて全く報道しない現状でも、こうした書店の動向からは、大型事業の先行きを探ることができるのである。

 ●「飛行機の速度で地下鉄を走らせる非常識」

 判決に先立つ午後1時から、裁判所前で集会が行われた。





 川村晃生(あきお)原告団長は「2016年の提訴から、コロナによる中断を挟んで7年、ついに判決の日が来た。JR東海は私たちの主張に全く反論できず、法廷内では私たちが圧倒していた。しかし、裁判所もまた国の機関だ。日本では国を訴える行政訴訟に独特の難しさがあるが、裁判所が私たちを相手に真摯に耳を傾けてくれるなら、私たちの勝利は間違いないと確信している」とあいさつした。

 続いて関島保雄弁護団共同代表が発言した。「通常、この手の訴訟では、原告は事業が行われる周辺数キロの狭い範囲にとどまることが多い。しかしこの訴訟は、東京から名古屋まで、約300kmもの長い範囲に多くの原告を抱えるという意味で珍しい大型訴訟だと思っている」と訴訟の概要を説明。続いて「リニアは全区間の86%がトンネルだ。いわば、飛行機のような速度で地下鉄を走らせようという計画であり、非常識」だと国策事業を斬り捨てた。

 高山浩JR東海労働組合副委員長は「リニアをめぐって、何度も労使交渉を申し入れたが、会社は窓口でお茶を濁すような回答をするだけで応じなかった。労使関係が存在しない中で、会社と正面からぶつかり合う苦しい闘いだった」とこの間を振り返り、「引き続き、皆さんとともに闘っていきたい」と決意表明した。

 労働関係に詳しくない読者のために少し解説する必要があるが、企業と労働組合との間では、いきなり「本番」の労使交渉となることは少なく、その予備段階で「窓口協議」などと呼ばれる準備的打ち合わせが行われた上で労使交渉に進む場合がほとんどである。高山副委員長の「窓口」とはこの段階を指す用語である。広義では窓口協議を含めた全段階を労使交渉と呼ぶケースもあるが、それも「本番」あってのことだ。長年、労働組合役員を経験してきた筆者から見ても、会社の命運を左右するこのような根幹事業に関し、窓口協議で終わらせることはそもそもあり得ない。労働組合から交渉の申し入れがあった場合、会社には応諾義務がある。これにはJR東海労(JR総連系)が、JR東海内では少数派組合であり、労働者の過半数を組織していないという事情も関係している。

 ●ホールを埋めた判決後の報告集会

 判決後の報告集会には約150人が集まり、衆院第一議員会館多目的ホールをほぼ埋めた。本村伸子(共産)、山添拓(共産)、山崎誠(立憲)の各国会議員が連帯あいさつ。山崎議員は「コロナで休眠状態だった党の公共事業再点検を再起動させたいと考えている」と表明した。

 報告集会で配られた判決要旨は6ページで、ここで初めて棄却理由が明らかになった。これほどでたらめばかりの事業ですら認可は国土交通大臣の裁量の範囲内だという。これでは、いったん行政による認可を受けたら最後、どんなでたらめ事業でも司法の場で問うことは不可能になる。司法の事実上の「自殺」である。

 (1)鉄道事業法は、開業後の鉄道が継続的事業運営を行えるよう監督することが目的の法律であり、従って開業前のリニアには適用とならない、(2)認可はあくまで全国新幹線鉄道整備法に従って判断すればよい――という東京地裁の判断も責任逃れに他ならない。建設途中の鉄道に将来性があるかどうかは、周辺人口とその推移、沿線での経済活動の規模等を見れば相当程度わかる。JR東海の当時の社長みずから「採算に乗らない」と表明するような事業を行政が認可し、司法もそれを追認するならば、リニアが計画倒れに終わり、3兆円にも上る財政投融資が不良債権化したあげく、JR「倒壊」となった場合の責任は行政も司法も共に負うことになると警告しておこう。

 原告のひとり、天野捷一(しょういち)さんは、この日、裁判所の前で掲げた「不当判決」の旗のほかに、本来掲げるはずだった「勝利判決」の旗を開いて見せると「本当はこれを掲げたかったのですが、控訴審に向け取っておきます。控訴審ではこちらを使えると期待しています」と発言。事実上の控訴宣言だ。



 会場からは「司法はでたらめばかりで悔しい」という声が相次いだ。筆者もそれらに共感するが、原発訴訟で敗訴したときのような悲壮感はなかった。すでに稼働しているものを司法の場で勝って止めており、「負ければ翌日から即、再稼働」となる原発訴訟と異なり、まだ影も形も現していないものの建設工事の法的根拠を予防的に失わせることを目的としたリニア裁判の場合、負けたからといって、故障したままの工事用シールドが突然復旧し、明日から破竹の勢いで地下を掘り進めるようになるなどという事態は、およそあり得ないからである。

 この日、ストップ!リニア訴訟原告団、ストップ!リニア訴訟弁護団、同訴訟サポーター一同の3者連名で声明が発表された。「本判決は、国及びJR東海の主張を丸写しにしたものであり、現実に生じている実験線での環境被害を無視したもので、責任ある判断を放棄したに過ぎない。原告団・弁護団はこの不当な、詐取された認可処分を維持させることは、リニア中央新幹線という負の遺産を後世に残すことになると考え、上訴審で最後まで戦い続ける所存である」と結ばれている。

 安全問題研究会もこの訴訟を最後まで支援し続ける。リニア中央新幹線問題は、全国で同時進行するローカル線問題の深刻化と併せてJR体制を蝕み、揺るがさずにはいない。地域公共交通活性化再生法の小手先の見直し程度ですむほどJRの現状は甘くなく、民営JR7社体制が遠からず再編を迫られるという当研究会のかねてからの見通しを修正する必要は全くない。むしろその時期は予想より早く訪れると見越して、関係者は準備に入るべきだと当研究会は考えている。

<参考資料>
1.ストップ!リニア訴訟 判決要旨
2.ストップ!リニア訴訟原告団、ストップ!リニア訴訟弁護団、同訴訟サポーター3者連名の声明

<映像>ストップ!リニア訴訟 判決前集会/東京地裁前

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真夏の北陸の旅(第1日目)~「ノーモア尼崎事故!生命と安全を守る7.15集会」に参加、報告

2023-07-15 22:02:29 | 鉄道・公共交通/交通政策
JR福知山線脱線事故の翌年から、JR西日本の労働組合や関係者を中心に始まり、毎年4月に尼崎で開催されている「ノーモア尼崎事故!生命と安全を守る集会」は、統一地方選の年だけは4月を避けるという暗黙の合意がある。統一地方選の年は6月頃に開催されることが多いが、今年は諸事情で7月15日にずれ込んだ。

また、「ストップ!リニア訴訟」の判決が7月18日に東京地裁で言い渡されることはかなり早い段階でわかっていた。この両方に行くとなると、どうするのがいいのか考えていた。北海道から7月15日に大阪に行き、一度戻ってすぐにまた18日に上京なんてことをしていたら身体が持たないし、せっかく帰っても自宅でゆっくりできるのはほんのわずかな時間しかない。いろいろ考えた結果、15日の尼崎から18日の東京地裁まで遠征を続けることにした。

そうすると、7月16~17日の2日間が丸々空く。この2日間をどうすべきか。大阪から東京までサプライズで「サンライズ出雲・瀬戸」に乗り(サンライズは上り列車のみ、日付が変わってから大阪に停車するので乗車可能)、国立国会図書館(東京本館)で資料・文献の調査をすることも考えたが、あいにく3連休中は休館とわかった。

結局、以前から行ってみたいと思っていた富山地鉄、黒部峡谷鉄道に加え、今年4月に成立した「地域公共交通の活性化及び再生に関する法律」改正案の国会審議で、活性化再生の「優良事例」とされた富山ライトレールにまとめて乗るなら、2日間をフルに使えるここしかチャンスはない。ここを逃せば、おそらく次のチャンスは十数年後になるかもしれない――そう考え、思い切って行くことにした。なお、遠征自体は今日から始まっているので、便宜上、本日を遠征初日として扱う。初日は集会終了後、大阪市内中心部のホテルに投宿。

なお、この日、「ノーモア尼崎事故!生命と安全を守る7.15集会」における安全問題研究会の報告レジュメ「地域公共交通活性化再生法の一部改定について」 をアップしている。また、併せて集会資料も安全問題研究会サイトに掲載した。

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レイバーネットTV第187号 : どうする? どうなる? 今世紀最悪の国策事業「リニア」を斬る

2023-07-01 16:10:39 | 鉄道・公共交通/交通政策
管理人よりお知らせです。

安全問題研究会代表・黒鉄好が出演した「レイバーネットTV第187号 : どうする? どうなる? 今世紀最悪の国策事業「リニア」を斬る」が、6月28日に放送されました。以下、アーカイブで見ることができます。

放送終了後の速報記事はこちら。また、「レイバーネットTV「リニア特集」(6/28)を見て~公共交通とはどうあるべきものなのか」と題した、JR東日本輸送サービス労働組合・関昭生さんからの感想が寄せられました。

レイバーネットTV第187号 : どうする? どうなる? 今世紀最悪の国策事業「リニア」を斬る


なお、安全問題研究会代表も、放送終了後、この番組の企画に至る裏話や、時間切れで話せなかったことなどをレイバーネット日本に投稿しました。以下、全文をご紹介します。
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レイバーネットTV「リニア特集」を企画して思ったこと

自分で企画を立てたレイバーネットTVでしたが、無事終えてホッとしています。

この番組の準備も兼ねて、6月3~4日の週末、レイバーネットフィールドワーククラブで大鹿村現地交流を行う予定でしたが、思ってもみなかった台風接近による大雨のため中止になってしまいました。気象庁ホームページによれば、関東甲信の今年の梅雨入りは6月8日(速報値)。梅雨入りもしないうちから台風が来るなんてまったく予想もしておらず、こんなところにも最近の気候変動の深刻さを感じます。

それでも、レイバーネットメンバーの何名かは6/24に現地取材に入り、撮影や現地の反対運動関係者の聞き取りを行うことができました。ただ、私は北海道に住んでいるため、6/24に上京して大鹿村取材をした後、いったん戻って6/28にまた放送本番のため北海道から上京・・・なんてことをしていてはとても身体が持ちません。断腸の思いで6/24の取材参加は見合わせました。このため、結局、大鹿村現地を見ることができないまま放送本番に臨まざるを得ませんでした。自然相手なので仕方がないとはいえ、画面に映ったメインキャスト4人の中で、現地を一度も見ないまま放送本番に臨んだのは私だけです。

そんな経緯があったせいか、自分にコーディネーターの資格があるのか? 現地も見ず、本で読んだ付け焼き刃の知識で事が足りるなら、この役割は自分でなくてもいいのでは? という葛藤は、結局、直前まで消えることはありませんでした。「悩んでも仕方ない。リニア問題に関しては第一人者である樫田さん、天野さんに出演してもらうことができた時点でこの番組の成功は約束されたも同然なのだから、自分は大船に乗ったつもりで、2人の持ち味や知識を最大限、引き出す役割に徹しよう」と決心が固まったのは、東京入りした放送前夜のことです。インターネットTVに限ったことではありませんが、物事を成功させるにはやはり人選が大事だと再認識しました。貴重なお話をいただいた樫田さん、天野さんには、私からもこの場をお借りしてお礼申し上げます。

放送終了後、「本当はもっと話したかったんじゃないの?」と松原さんから本心を言い当てられ、付き合いが長い人はごまかせないな、と思いました。しかし、今回は「自分ひとりだけ現地を見ていない」という葛藤もあり、中途半端な自己主張は控えることにしました。若い頃の自分ならあたり構わず、ゲストそっちのけで話しまくっていたはずです。この変化を成長と呼んでもいいのか、それとも単に歳を取っただけか。判断は視聴者のみなさんに委ねます。

「無理無謀リニアやがて宙に浮き」という乱鬼龍さんの川柳のうまさには相変わらず脱帽です。鉄道も人間と同じで、地に足がついていなければ意味がありません。リニアは暗礁に乗り上げており、地に足を付けて走る日は来そうにありません。それ以前に、地に足がついてたらリニアじゃありませんが。

番組中でも放送後の懇親会でも時間が足りず、話せなかったことを何点か書いておきます。

懇親会では、こんな不合理だらけの事業がなぜ止まらないのだろう? という話になり「やっぱりゼネコンの利権のためだろう」という、ある意味日本的で無難(?)な結論に落ち着きました。しかし、ゼネコンの利権目的で税金垂れ流し、自然大破壊プロジェクトが強権的に推進されるのは、おそらくリニアが最後になると思います。番組中でも樫田さんからお話があったように、リニア自体、基本構想は1980年代後期で、「バブルの置き土産」的色彩が強いのです。

それよりもさらに大きな理由として、日本の土木・建築業界の弱体化がこのところはっきりしてきたことも見逃せません。国土交通省資料「建設業及び建設工事従事者の現状」によれば、日本の建設業従事者数は平成28(2016)年には492万人と、ピーク時(1992年、619万人)と比べて28.12%も減っています。一方、ローカル線の存廃(「地域公共交通活性化再生法「改正」案)が審議された先の通常国会で、日本の観光業従事者数が900万人にも上ることが明らかにされました。

もっとも、この900万人という数字は、東京23区内のコンビニ従業員まで「観光業従事者数」に含めるなど、かなり「盛った」ものだといえます。単なる販売店などは含まず、純粋に観光目的で事業を行っている人々の数だけを抽出した「673万人」(観光庁資料)が観光業従事者数の実態と見るべきでしょう。それでも建設業従事者数を大幅に上回っています。今や自民党にとって「ゼネコン利権公共事業」をやるよりも「GO TO キャンペーン」をやった方が多くの票が出る。そんな時代になっているのです。

コロナの流行は止まっていないものの、人々の意識の中ではコロナはとっくに後景に退き、ホテルも交通機関も今や政府のキャンペーンなど必要もないほど観光客でごった返しています。それにもかかわらず今も「全国旅行支援」がだらだらと続いているのは、誤解を恐れず言うと「観光業のみなさん、次の選挙も自民党をよろしく」という意味です。

地域公共交通活性化再生法「改正」は悪法ではあるものの、それでもいくつか前進面も持っています。国鉄分割民営化を決定的にした国鉄再建監理委員会答申(1985年)で、今後発足する新事業体は国に一切の財政支援を求めない、と決められました。答申に基づく国鉄解体(1987年)からちょうど20年後の2007年、この法律の制定で初めてJRローカル線への補助金投入の道が開かれました。さらに今回の改正で、まちづくり予算「社会資本整備総合交付金」まで鉄道に使えるようになります。

こんな法律を作って大丈夫なんだろうか、おらが町の「社会資本整備総合交付金」をJRに使うなんてけしからん、と自民党議員が青筋立てて怒りまくるのではないかと思い、はらはらしながら国会審議を見届けましたが、自民党議員から反発する声は上がりませんでした。それどころか、2011年の新潟・福島豪雨で不通になったJR只見線を復旧させるため、黒字会社には補助をしてはならないと決められていた鉄道軌道整備法を議員立法で改正してまで復旧に道筋を付けたのは、福島選出の自民党議員でした。そのときの「手柄話」を衆院国土交通委員会で延々、続ける自民党議員を見たとき「ああ、ゼネコンの時代、本当に終わったんだな」と思いました。

ゼネコン自身にも昔のプライドがなくなりました。税金垂れ流し、環境大破壊公共事業絶対反対の人がいることは昔も今も同じです。しかし昔のゼネコン(とその技術者)にはもっとプライドがあったように思います。「反対している人がいるからこそ、いいものを造って見返したい」「今は反対している人たちだって、完成すれば使うんだろ?」という、賛成反対は別として技術者にあるべき健全な職業的プライドです。

しかし今はどうでしょうか。沖縄・辺野古新基地、リニアは完成の気配すらありません。昨年10月に開業した西九州新幹線(旧「九州新幹線長崎ルート」)に至っては60kmの区間(武雄温泉~長崎)が完成しただけで、武雄温泉から新鳥栖(佐賀県)までは佐賀県の反対でまだルートすら決まっていません。60kmといえば、東京~平塚間とほぼ同じ。お正月の風物詩、箱根駅伝(1区が約20km)のランナーなら3人いれば走れる距離です。「始発駅を発車したら、15分後には終点で全員下車」という笑えない漫才のような状態が、この先何十年、場合によっては半永久的に続くことになるかもしれません。5000億円もの巨費を投じたあげくにこの結果です。

こんな馬鹿げたことを何十年も続けたあげく、国民に1000兆円もの借金を残した政府の下で、為替市場が円安になるのは当たり前です。私は、そう遠くない時期に日本円は紙屑になると考えています。すでにネット上ではいろんな「噂」が飛び交っています。2024年、つまり来年に迫った新紙幣発行のタイミングで「旧紙幣」(つまり現行紙幣)は使えなくなるのではないか……等々。1000兆円の借金を返す当てもなく、日銀総裁のなり手探しが難航する現状を見ていると、単なる「噂」と笑い飛ばす気になれません。それほど日本経済が深刻な状況になっていることも、この機会に知っておいていただきたいです。

そろそろこのあたりにしておきましょう。今後、リニア問題のパート2を企画する機会があるかもしれません。JRローカル線問題も取り上げたいと考えています。もう一度、番組枠を与えていただけるなら、今度は私から、こんな「ヤバい話」を思う存分、したいと思います。

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<地方交通に未来を(11)>戻り始めた日常と、小さな変化

2023-06-15 22:07:18 | 鉄道・公共交通/交通政策
(この記事は、当ブログ管理人が長野県大鹿村のリニア建設反対住民団体「大鹿の十年先を変える会」会報「越路」に発表した原稿をそのまま掲載しています。)

 2020年の年明け早々、クルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス号」から始まり、3年にわたったコロナ禍も一息つき、鉄道を含め急速に日常が戻りつつある。消えて喜んでいたはずの満員電車まで復活しているのは喜ばしいことではないが……。

 テレワークを全社員、全業務に拡大したNTTなどの動きがある一方で、緊急避難的にテレワークを導入したものの、働き方を改革するマインドのない企業を中心に、テレワークを取りやめ通常出社に戻す動きも拡大している。

 インバウンドも戻ってきている。正直なところ、戻ってきてほしいかと聞かれると諸手を挙げて歓迎とは行かない。子どもの頃の社会科の授業で、日本は「原材料を輸入して、製品を輸出する加工貿易の国」だと教わったのも遠い昔、今の日本は「サービスを輸出し、モノを輸入する」経済構造にすっかり変わってしまった。「いらっしゃいませ」「ありがとうございました」とお金持ちの外国人にお辞儀する以外に食い扶持がなくなりつつある日本として、こうした分野で「戻ってきた」感が出ているのは、いいことか悪いことかは別として、やむを得ない選択なのだろう。世界有数の観光地・京都では市営バスが観光客で占拠され、京都市民が乗れないというコロナ前の悪弊まで復活。忍耐も限界に達した京都市は、観光客だけ運賃を2倍にできないか、近く国交省と協議に入るという。

 鉄道運賃のダイナミック・プライシング制も検討が始まっている。混雑度合いに応じて運賃を柔軟に変更するもので、たとえば日中の閑散時間帯運賃を現行のまま据え置き、朝夕のラッシュ時間帯に2倍の運賃とするような制度の導入ができないかというものだ。企業も、労働者を閑散時間帯に通勤させるようにすれば通勤手当を安くできる。ラッシュの分散を狙ったものだが、そんなに上手くいくのだろうか。何でも「他社がやっているから、うちもやる」横並び文化の強い日本では、結局、多くの企業が同じところに通勤時間をずらした結果、「単にラッシュの時間帯が変わっただけだった」というきわめて日本的な結果になりそうな気がする。

 コロナ後の鉄道に乗客が戻るかどうかをめぐっては、「戻る」「戻らない」両方の予測があった。首都圏ではJR東日本や東京メトロを中心に、減便を推し進めるダイヤ改正が次々に行われた。一方、JR東海はコロナ禍でも、のぞみを1時間に12本のダイヤを計画通りに導入した。コロナ禍で人が乗らない時期にも臨時列車の削減でしのぎ、ダイヤの柔軟性を維持した上で、基本的な列車の減便はしない方針を貫いたという(注)。首都圏ではコロナ後に乗客は「戻らない」と考えていた鉄道会社が多く、一方、JR東海は「戻る」と考えていたことを物語っている(このためか、JR東海は他のJR5社が行った赤字路線の公表も唯一、していない)。

 このような考えに至った背景には地域性もあろう。コロナ後もテレワークを継続できるような企業は首都圏に多い一方、JR東海のお膝元の東海地方は製造業の比率が高く、コロナが拡大すれば休業、収束傾向を見せれば出勤再開しか手の打ちようがない。テレワークなど導入の検討すら行われなかったところがほとんどではないか。

 JR各社は、相変わらず乗客はコロナ禍前に完全には戻っていないことを理由に、輸送密度1000人未満のローカル線について、4月に成立した改定地域公共交通活性化再生法に基づく協議会入りを目指す考えのようだ。だが、この問題を考える上では、どんな旅客がどの程度戻ってきているのかも、単なる「数」以上に重要である。もう一度整理すると、「ほぼ完全に戻っている」のはインバウンド、長距離旅行客。「おおむね戻っている」のが通勤通学客、「思ったほど戻っていない」のが出張族や深夜の酔客といった感じだろうか。総じて、観光客など「客単価が高く歓迎したい」旅客ほど戻り、通勤通学客など「客単価が安く、歓迎したくない」旅客ほど戻り方が鈍いというふうに読み取れる。

 鉄道会社にとって、通勤通学客のほとんどは定期券だ。日銭が入らない上に、定期券の割引率が大きいため、戻ってきたとしても大した収入増加にはならない。定期運賃は通常運賃の半額を超えてはならないと定めていた旧「国有鉄道運賃法」により、特にJR各社は国鉄時代の大きな定期券割引率を引き継いでいる。改めて調べてみると、同一条件で比較可能な乗車距離3km区間(本州3社・幹線)では、普通運賃150円に対し、通勤1ヶ月定期でも4,620円(30.8回乗車分)。15往復、つまり月に半分も乗れば元が取れることになる。高校生用の6ヶ月通学定期券に至っては、13,370円(150円の89.1回分=45往復分)と、土日を含めなくても2ヶ月ほどの通学で元が取れる計算になる。あるJR東日本幹部が「JRの通学定期というのは、ほとんどボランティアのようなもんですよ」と話したという噂が私の耳にも聞こえてきたが、真偽のほどはともかく、6ヶ月定期の元がたったの2ヶ月で取れてしまうようでは、確かに「タダより少しまし。ボランティアで乗せてやっている」と言いたくもなろう。こんな儲からない客であっても、公共交通である以上、増えればコストをかけて増便しなければならないのだ。コロナ禍前までは「ありがた迷惑」で、通勤通学客は減ってくれてホッとしているのが正直なところではないか。「テレワーク? 定期券をお持ちのままでしたら、どうぞ続けてください」が鉄道会社の本音だろう。一方で、客単価の高い観光客、とりわけ円安ドル高の影響で、1~2割程度の値上げなら痛くもかゆくもなく、今まで通り日本にカネを落としてくれるインバウンドは、新幹線のグリーン車でおもてなしをしてでも取りこぼしを防ぎたいところだ。

 何人も法の下に平等であるというのが日本国憲法の基本原則とはいえ、鉄道会社にとって「おいしくない客」は完全には戻らず、一方で「おいしい客」は戻ってきている。鉄道会社にとって、コロナ禍前は望んでも決して手に入らなかった理想的な状況が実現しようとしているのだ。むしろ、鉄道会社の今後の経営状態はコロナ前より改善する可能性すらある。儲かる路線で儲からない路線を支える「内部補助」もコロナ禍でいったんは崩壊したかに思えたが、中長期的にはともかく、短期的には復活することは確実だ。

 こんな状態で「活性化再生法の改定が実現したのだから、ローカル線を廃止したい」などと言えば罰が当たる。JRはこのチャンスに悪乗りしていると思われても仕方ないであろう。公共交通の本旨、そして国鉄から引き継いだ路線は維持するとした国土交通大臣指針の精神に立ち返り、JR各社が、今ある路線をしっかり維持するよう望んでおきたい。

注)「コロナ後に乗客が「戻る」「戻らない」 鉄道会社の“読み”はどちらが正しかったのか」(ITmediaニュース)

(2023年6月12日)

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「ペテン師たちの国鉄つぶし~分割・民営化のウソ・ホント」をアップしました。

2023-05-13 19:13:38 | 鉄道・公共交通/交通政策
管理人よりお知らせです。

国鉄「改革」法案が国会審議入りした1986年9月当時、分割民営化反対運動に関わった「国鉄分割・民営化に反対する北海道共闘会議」が50万部制作し、頒布した「ペテン師たちの国鉄つぶし~分割・民営化のウソ・ホント」というパンフレットがあります。今回、関係者と思われる方から、このパンフレットの提供を受けましたので、急きょ、掲載しました。安全問題研究会ホームページの「国鉄分割民営化・JRを検証する」コーナーから見ることができます。パンフレットに直接飛ぶ場合はこちらからどうぞ。

政府が「改革」と大宣伝した国鉄分割・民営化の正体がよくわかります。当時、国鉄分割・民営化に賛成だった人も反対だった人も、まずはご覧ください。現在のJRグループの下で、ここに書かれていることのほぼすべてが現実になっていることがわかると思います。このパンフレットの「予言」の正確さには身震いがするほどです。北海道の市民団体が分割・民営化の行く末をここまで正確に見通していた以上、政府・自民党には「想定外だった」「モータリゼーションや東京一極集中がここまで進むとは思わなかった」などという言い訳はしてもらいたくありません。

「ペテン師たちの国鉄つぶし~分割・民営化のウソ・ホント」から 


自民党は、当時、『国鉄があなたの鉄道になります』と題した意見広告を出し、分割民営化しても「会社間をまたがっても乗りかえもなく、不便になりません。運賃も高くなりません」「ブルートレインなど長距離列車もなくなりません。」「ローカル線(特定地方交通線以外)もなくなりません。」などとバラ色の未来予測を振りまきました。

36年後の今日、どちらの主張が正しかったかを改めて確認していただきたいと思います。

当時の自民党の意見広告から

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<地方交通に未来を(10)>「点」路で暮らしは守れない

2023-04-13 23:25:08 | 鉄道・公共交通/交通政策
(この記事は、当ブログ管理人が長野県大鹿村のリニア建設反対住民団体「大鹿の十年先を変える会」会報「越路」に発表した原稿をそのまま掲載しています。)

 昨年7月25日、国交省に設置された「鉄道事業者と地域の協働による地域モビリティの刷新に関する検討会」によるローカル線問題に関する提言が公表されたことは、本連載第6回「騒がしくなってきたローカル線~鉄道40年周期説から考える」(本会報第29号掲載)でお知らせした。この提言を具体化するための法案を政府が国会に提出するのでは……との噂は昨年末くらいから聞こえてきていた。もし噂が本当なら、年明け早々に召集という通常国会のタイミングから逆算してすでに法案は完成しているはずだと考えた私は、年末に国交省鉄道局に電話取材。「検討中。それ以外は答えられない」が回答だった。

 国交省が提出したのは「地域公共交通の活性化及び再生に関する法律」(活性化再生法)の一部改定案。(1)輸送密度1000人未満の線区について、国が特定線区再構築協議会を設置して、鉄道事業者と「地域」との間で存廃の前提を置かず協議する、(2)従来は、持続が困難となった線区の沿線自治体側からのみ設置の申出が可能だった再構築協議会を、今後は鉄道事業者からも申し出ることができる――等を内容としている。

 活性化再生法は、地方の過疎化の進行により持続が困難になった地方交通を再構築するための特別法として、2007年に制定された。持続が困難となった公共交通の関係自治体が法定協議会を設置し、鉄道事業再構築事業の実施を含む「地域公共交通活性化再生計画」を策定、国土交通大臣の認可を受ければ関係自治体に補助金が交付されることになった。

 この制度は、持続困難な状態に陥った地域公共交通が手遅れになる前に対策を講じたいと考える自治体にとって、活性化の呼び水となるまったく新しいものであった。『抜本的な国鉄事業再建策を即刻実施し、これ以上国民の負担を増やさないように措置する必要』があり、そのために『毎年の赤字の発生をストップさせ、今後は赤字補填の借入金はもとより、財政援助をも国には求めない』(国鉄再建監理委員会答申、1985年7月26日公表)ことが国鉄分割・民営化(1987年)の最大の目標とされた。この答申を「丸呑み」して以降、「巨額の赤字を生み出したローカル線には今後、一銭の財政援助もしない」という方針を金科玉条のように守り抜くことが日本政府の既定路線だった。

 国鉄分割民営化からちょうど20年後、一定条件を満たせばローカル線に税を投入することを認める法律が活性化再生法の形で成立したことは、国鉄分割・民営化以来のローカル線切り捨て政策に重大な変更を迫るものとなった。今回の改定は、設置が沿線自治体の自由意思に委ねられていた法定協議会を、国が主導する形で輸送密度1000人未満の線区に「横展開」できるようにするものといえる。

 一方で、活性化再生法は重大な弱点も抱えていた。沿線自治体間で意見がまとまらず、法定協議会の設置ができない場合には、従来の枠組みのまま、地域公共交通が衰退していくのを座して見ている以外にない。バスと異なり、地域に大きな外部経済効果(間接的経済効果)をもたらす一方、輸送力が大きいため維持費も高い鉄道の再構築事業を行う場合であっても、予算措置されるのは輸送の「高度化」に関する部分のみ。最も肝心な鉄道の日常の維持管理費や運行費は財源化されなかった。このため、活性化再生法をもってしても、多額の運行経費がかかる鉄道の維持には消極的にならざるを得ない地域がほとんどであり、多くのローカル鉄道が消えていった。

 今回の改定案にも、運行経費の財源化は盛り込まれず、活性化再生法最大の弱点は解消されなかった。この状態のまま、国が主導し、鉄道事業者側からも協議会設置を求めることができるようになれば、各地域、とりわけ地方自治体の熱意や行政能力によって協議の行方は大きく左右されることになるだろう。熱意や行政能力の低い自治体しか持ち得ない地域では鉄道を存続させるのは難しくなるであろうし、財政力の小さい地方の市町村が、地場では有力企業である鉄道事業者に対抗するのは事実上難しいのではないだろうか。

 輸送密度1000人未満の区間について、協議会が認めた場合には別の運賃体系を設ける「認定運賃制度」も新たに盛り込まれる。認定運賃がどのように設定されるかは2通りの未来予測が成り立つ。ひとつは、初乗り運賃を2km以下の区間について100円に値下げした若桜鉄道のように大幅値下げとするケース。もうひとつは、地方交通線の運賃を幹線の1割増しとした旧国鉄~JRのように値上げとするケースである。その後の展開を見ると、若桜鉄道は大幅に乗客を増やす一方、旧国鉄~JRの地方交通線はさらに乗客の逸走を招き、それが今回の「提言」と活性化再生法改定を招いた。運賃引き上げは鉄道に代替手段がない大都市部では有効でも、地域鉄道では命取りになる。認定運賃制度により輸送密度が極端に低い区間のみ別の運賃体系が可能となると、極端な場合、遠くの駅に行くよりも、近くの駅に行くほうが運賃が高くなるような未来も排除できない。同じ会社の同距離であれば同運賃となるように設定されている現在の運賃秩序の崩壊は避けられないだろう。

 それでも、レールが残るならまだいい。最悪なのは、輸送密度が低い区間が廃線となり次々線路が断ち切られることだ。鉄道は、悪路でもハンドルを切り、ゴムタイヤで何とか乗り切れる自動車とは違う。たとえ1mでも線路が途切れていれば列車は先に進めずネットワークは途絶してしまう。報道によれば、「提言」が協議会入りを前提とする区間は全国で100カ所近くあるという。この100カ所で線路がすべて途絶した場合、日本の鉄道は全国どこに行っても行き止まりばかりになってしまう。

 鉄道はレールが線のようにつながっているからこそ「線」路と呼ぶ。全国100カ所もの区間で途切れて行き止まりになってしまえば、それはもはや「線」路と呼ぶに値しないだろう。「点」路とでも呼ぶ方が実態に合っているが、全国規模で運行されている貨物列車の中には、2泊3日かけて札幌から福岡まで走るものもある。この列車は今後、「点」路のどこを走ればいいのだろうか。

 ただでさえ日本経済は失われた30年で地盤沈下し、今やOECD(経済協力開発機構)加盟国の中でも労働者の賃金は下から数えた方が早いような状況になりつつあるのに、この上線路が「点」路になってしまえば生活物資の輸送すらままならなくなる。アジア諸国の経済成長は近年著しく、国民1人当たりGDPで日本は今年中にドイツに抜かれ、いずれインドやインドネシアにも抜かれるとする予測もある。「公共サービスである鉄道を民間企業の商売にし、儲からない区間を次々と廃止することで、物流をみずから崩壊させ、経済力を著しく衰退させた日本は、OECDから脱退させられることになりました」――アジア諸国の子どもたちの教科書に、いずれ、そんなふうに書かれる日が来るだろう。これが私たちの望む未来なのか。私たちは今、重大な歴史的岐路にさしかかっている。

(2023年4月10日)

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安全問題研究会が国土交通省へ要請行動を実施(その1;JRローカル線問題/鉄道局)

2023-02-24 22:50:34 | 鉄道・公共交通/交通政策
安全問題研究会は、2月24日、国土交通行政の重要課題をめぐって、国土交通省に要請行動を行った。とはいえ、要請行動のアポ取りを拒否されてしまったので、以下、要請内容のみ掲載する。コロナ禍も収まりつつあるというのに、市民の意見すら聞く場を設けないとは、改めて鉄道局の「三流」ぶりがわかるというものだ。

なお、印刷に適したPDF版を安全問題研究会ホームページに掲載している。

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                       2023年2月24日

国土交通大臣 斉藤 鉄夫 様

           平和と民主主義をめざす全国交歓会(ZENKO)
           安全問題研究会

  JRローカル線問題に関する請願書

 当会は、各公共交通機関の安全確保や維持・発展のための活動を行う団体です。これまで、国内各地の公共交通をめぐる安全問題、事故原因調査、ローカル線廃止問題などに関する活動を行ってきました。その結果を受け、本日、下記のとおり請願を行うこととしました。

 貴職におかれましては、本請願の趣旨をご理解の上、文書により回答を行われるよう要望いたします。



《請願内容》

1.国鉄分割民営化以降、最大の危機的状況にあるJRローカル線については、旧国鉄の全国鉄道ネットワークを引き継いだJRグループの公益性を踏まえ、国としてほとんど関与してこなかったこれまでの政策を根本的に転換するとともに、これを全面的に維持し発展させるための政策の方向性を示すこと。

2.昨年7月に公表されたモビリティ検討会の提言が示したような「地域」に対する費用負担の押しつけではなく、国が地方鉄道を全面的にバックアップする体制を整えること。特に、鉄道線路の保有・維持管理、災害復旧については費用を国の全面負担とすること。

3.政府として、JR旅客6社間に巨大な格差を生んだ国鉄分割民営化の誤りを全面的に認め、鉄道をはじめとする公共交通の役割を社会的共通資本として位置づけること。

【説明】
 昨年7月に公表された「鉄道事業者と地域の協働による地域モビリティの刷新に関する検討会」による「地域の将来と利用者の視点に立ったローカル鉄道の在り方に関する提言」は、もともと利用の長期低落傾向が続いていたところにコロナ禍が加わり、危機的状況に陥っているJRローカル線のうち、輸送密度が1000人未満のものについて地元地域とJRとの協議会を設け、その存廃について3年以内に結論を出すよう求めるものとなっています。この協議会とその決定に法的強制力を与えるための地域公共交通活性化再生法の「改正」案が今国会に提出されることを、国土交通大臣みずから記者会見で明らかにしています(1/23大臣会見)。

 しかし、ローカル線の利用が長期的に低落した原因は、極端な東京一極集中政策を進めてきた政府にあります。国鉄分割民営化によって、全国で83線ものローカル線が旧国鉄~JRグループの経営から「地方」に移管され、または輸送力の小さいバス転換とされたことも地方衰退の原因として見逃すことができません。

 国鉄改革関連8法案の1つとして制定された鉄道事業法では、鉄道事業の開設に当たって事業収支見積書の提出を求め、採算が取れる見通しがなければ事業認可を行わないことを定めています。道路や医療・福祉・教育などと同様の公共サービスであり、社会的共通資本である鉄道をここまで極端な形で市場原理に委ねたまま、政府が何らの関与もせず放置している国は世界でも日本だけです。鉄道を社会的共通資本として位置づけ、政府が全面的に関与する政策への転換を求めます。

 国鉄改革関連8法案が可決・成立した際の附帯決議(1986年11月28日、第107国会 参議院日本国有鉄道改革に関する特別委員会)では「各旅客鉄道株式会社及び日本貨物鉄道株式会社の輸送の安全の確保及び災害の防止のための施設の整備・維持、水害・雪害等による災害復旧に必要な資金の確保について特別の配慮を行うこと」「各旅客鉄道株式会社及び日本貨物鉄道株式会社は、地方公共団体に対し、地方財政再建促進特別措置法第二十四条第二項の趣旨を超えるような負担を求めないこと」を政府に対し求めました。政府はこの附帯決議の趣旨を尊重し努力する旨、答弁しています。

 現在、JR各社が、財政力の弱い沿線自治体にローカル線維持や災害復旧のための巨額の負担を求め、応じない場合に廃線を迫っていることは、これら決議に明確に反しています。政府は、JRによる沿線自治体へのこうした姿勢を直ちに改めさせなければなりません。

 現在、少子高齢化の中で、トラック運転手の高齢化が進んでいます。2019年の労働基準法改正による「年間残業時間960時間制限」の適用が、トラック業界には5年間猶予されていますが、この猶予期間が終わる2024年にはトラック輸送がさらに危機的状況に陥ることが懸念されています。こうした情勢の中で、定時性に優れ、大量輸送に適した鉄道貨物輸送の価値を正当に評価しないまま、目先の旅客輸送密度だけを基準に鉄道を次々と廃止することは、市民生活の安定と日本経済の発展の可能性をも閉ざしてしまいます。

 JR6社のうち4社までが、現在、国との間に一切の資本関係を持たない完全民営化企業となっています。利益の出ない鉄道線路の維持を、これ以上民間企業に委ね続ける政策は限界に達しています。道路・港湾・空港と同様、鉄道を社会的共通資本に位置づけ、国が全面的に関与して、維持する政策への転換が必要です。さしあたり、緊急的課題として、全国の鉄道線路を国または公的法人(鉄道・運輸機構など)が保有し、日常の管理や災害復旧を行うための制度の確立を求めます。

 現在のローカル線の危機は、国鉄分割民営化、とりわけ旅客事業を地域6社に分割したことに端を発しています。北海道から九州まで、各路線・線区にはそれに応じた役割があります。前述した貨物輸送のほか、観光輸送、環境対策など、鉄道以外の交通モードでは代替不可能なものです。麻生副総理兼財務相や、森昌文首相補佐官(元国土交通事務次官)などからも、国鉄改革の誤りを認める見解が示されるようになっています。政府として、その誤りを公式に認めるよう求めます。

(以  上)

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<地方交通に未来を(9)>日本共産党のローカル線再建案

2023-02-16 23:33:05 | 鉄道・公共交通/交通政策
(この記事は、当ブログ管理人が長野県大鹿村のリニア建設反対住民団体「大鹿の十年先を変える会」会報「越路」に発表した原稿をそのまま掲載しています。)

 2022年2月、国土交通省に設置された「鉄道事業者と地域の協働による地域モビリティの刷新に関する検討会」が同年7月に出した「提言」で、輸送密度(1日1kmあたり輸送人員)が1000人未満の線区について、存廃協議のための法定協議会を設置し、3年以内に結論を出すよう求めている。この提言に基づいて、法定協議会設置を盛り込むための地域公共交通活性化再生法改定案が、この通常国会に上程されるとの報道が年末頃から数度にわたって「赤旗」紙上で行われた。事実なら重大事態と思った筆者は2022年末、国交省に電話取材を行った。国交省は「調整中としか答えられない」(鉄道局鉄道事業課地域鉄道支援室)として否定しなかった(その後、2023年2月10日付けで閣議決定)。

 一方、日本共産党は2022年12月、田村智子政策委員長が「全国の鉄道網を維持・活性化し、未来に引き継ぐために~日本共産党の提言」を公表。2022年12月13日付け「赤旗」紙面にも掲載された。政府・JRの姿勢は、財政力の弱い地方自治体に「廃線か財政破綻かの悪魔の二者択一を迫るもの」だとして政府・JRを批判。地方再生、気候危機への対処のため環境に優しい鉄道を全面維持すべき、としている。その上で、(1)北海道、四国、九州は、もともと分割に経営上の無理があり、国が路線維持のために必要な財政支援を行う (2)巨額の内部留保をもち、黒字回復が見込まれるJR本州3社の鉄道路線を維持する (3)鉄路廃止を届け出制から許可制に戻す、と共産党の基本姿勢を説明。対案として、(1)JRを完全民営から"国有民営"に改革する――国が線路・駅などの鉄道インフラを保有・管理し、運行はJRが行う上下分離方式に (2)全国鉄道網を維持する財政的な基盤を確保する――公共交通基金を設立し、地方路線・バスなどの地方交通への支援を行う (3)鉄道の災害復旧制度をつくり、速やかに復旧できるようにする――を打ち出している。

 基本姿勢(1)~(3)については、いずれも筆者が国鉄分割民営化当時から40年近く主張してきたことと同じであり、評価できる。ただし(3)については、許可制当時も鉄道会社による路線廃止を運輸省が覆した例はほとんどない。許可制が歯止めになるとは考えにくく、廃線の前段階で住民投票を必須とするなど、より強い歯止め措置が必要だ。

 対案のうち(2)(公共交通基金の設立)と(3)(災害復旧制度)については、国鉄改革法成立当時の国会の附帯決議で、政府が約束したにも関わらず実行されていない項目であり、指摘はむしろ遅すぎるくらいだが、国会に議席を持つ公党から提案されたことに重要な意味がある。附帯決議を踏まえ、政府に40年前の約束の実行を迫っていかなければならない。

 また、対案の(1)(上下分離の導入)では、全国の鉄道線路を国が一元的に所有、管理する上下分離導入を提唱している。国による上下分離案は、1982年に小坂徳三郎運輸相の国鉄改革“私案”として作成された。国鉄を、列車運行を行う日本鉄道運行会社(上)と、線路や施設を保有・管理する日本鉄道保有公団(下)に分割するとの内容で、鈴木善幸首相も当初はこの案を支持したが、“自民党運輸族のドン”三塚博氏などの分割民営派に覆されたとされる。また、鉄道を一時完全民営化した英国でも、2000年の脱線事故後、線路保有が政府出資のレールトラック社に移されている。共産党の提案は英国型上下分離の「輸入版」とも呼ぶべきものだ。上下分離導入は、鉄道会社の経営基盤の安定化に寄与する。

 この提言には一方で問題点もある。最大の点は現行JR6社をそのまま維持するとしたことだ。コロナ前の各社の経営状態を見ると、JR本州3社で最も経営基盤が弱い西日本の黒字額(約1242億円)だけで、北海道、四国、九州、貨物4社の赤字額合計(741億円)を上回っており、3島会社と貨物の救済にはJR西日本だけでも足りる。JR6社の経営格差がこれほど拡大しているにもかかわらず、この部分に手をつけないのではせっかくの再建案も道半ばで終わりかねない。

 共産党が、JR6社を現行のまま維持するという不完全な再建案を出してきた背景について、筆者は年末年始を使って詳細な分析を試みた。その結果判明したのは、この再建案を実行する上で、現行の鉄道・JR関係の諸法令に抵触する部分がまったくないことである。つまり、1本の法律も改正せず、直ちに実行可能ということだ。

 立憲が維新との共闘を進めるなど、共産党が孤立を深めるなかで、国会での法改正が当面、不可能とみて「法改正できなくても政策を総動員することによって実現可能な最大限」を提案し、政府に実行を迫るつもりではないかというのが現時点での筆者の評価である。

 JR6社は国鉄改革法に根拠をおいて設立されており、その統合・経営形態の見直しには国鉄改革法の改正が必要である。そこに踏み込めない不完全さは共産党も理解しており、公共交通基金を通じてJR6社の収益を調整、格差是正につなげていくのが現状では精いっぱいだと考えているのだろう。

 公共交通基金の設立は単年度会計を採る国では難しいが、例えば、独立行政法人鉄道建設・運輸施設整備支援機構(鉄道・運輸機構)に「災害復旧・路線維持勘定」を設け、国が資金交付するなどの手法で実施できる。

 上下分離は、国または鉄道・運輸機構がJRから線路を買収すればよいが、より簡便な方法として、線路はJR保有のまま、JR各社が負担している保線費用を国や自治体が肩代わりすることで、上下分離と同様の効果をもたらすことができる「みなし上下分離」と呼ばれる手法もある(上毛電鉄(群馬県)が日本で最初に導入したことから「群馬方式」と呼ばれることもある)。津軽海峡線・瀬戸大橋線に関しても、保線作業はJR北海道・四国両社に任せたまま、鉄道・運輸機構が費用を負担するという形で2021年から導入された。ただし、このときは国鉄清算事業団債務等処理法の改正も行われている。

 「みなし上下分離」の利点としては、保線を今まで通り鉄道会社が行うため、上下分離の場合に比べ、列車運行部門とも連携を取りやすく安全上の心配が少ないことだ。欠点としては、上下分離が国や自治体の財政支援によって擬似的に実現しているだけのため、制度として不安定であり、財政支援がなくなれば直ちに上下一体の従来型経営に戻ってしまうことである。その場合、再び鉄道会社が経営危機に陥ることが予想される。

 安全問題研究会が提案しているJR全面再国有化(日本鉄道公団の設立)案については、夢物語との声をよく聞くが、筆者はそうは思わない。何よりも日本の鉄道は40年前まで実際に公共企業体(国鉄)により運営されていたのだ。国鉄失敗の要因を分析し、同じことが起きないようリニューアルした上で、公共企業体制度復活が提案されるのは自然なことだと思っている。共産党案と比較検討の上、切磋琢磨し改革実現をめざしたい。〔文中の肩書きや組織名はいずれも当時〕

(2023年2月12日)

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