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JR西、人為ミス「処分せず」遺族には賛否両論

2015-12-06 23:24:07 | 鉄道・公共交通/安全問題
<JR西日本>人為的なミス 起きても「処分せず」(毎日)

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 ◇脱線事故受けて 報告促進で再発防止が狙い

 JR西日本は運転士らの人為的なミス(ヒューマンエラー)を、事故が起きた場合も含めて懲戒処分の対象から外す方針を固めた。ミスを確実に報告させ、再発防止につなげるのが狙い。2005年4月に兵庫県尼崎市で発生したJR福知山線脱線事故を受けた措置で、来春の導入を目指している。飲酒や故意など、悪質性が高い場合は従来通り処分する方針。同社によると、鉄道業界で初の試みだという。

 福知山線事故を巡っては、運転士に対する懲罰的な再教育「日勤教育」が背景にあったと指摘されている。JR西は事故後、停車駅を通過するオーバーランなどの比較的軽微なミスについては懲戒処分の対象から外した。人的・物的な被害があった場合や事故の危険性があった場合は処分の対象としていた。

 こうした方針に対し「依然として原因究明より個人の責任を追及する風潮がある」という批判が根強かった。事故の遺族とJR西、有識者でつくる「安全フォローアップ会議」は昨年4月の報告書で「『ヒューマンエラー非懲戒』の方針を決定し、社員に周知・徹底すること」と提言していた。

 非懲戒の制度はミスの責任を現場の社員に押しつけず、会社組織の問題として捉える考え方に基づく。航空業界では既に導入されている。同社のある幹部は「ヒューマンエラーは一定の確率で必ず起こる。そこを叱っても問題は解決しない。正直に状況を話してもらい、その背後にある問題に対処することが大切だ」と話した。人命が失われた事故で処分しないことが社会的に許容されるのかという疑問もあり、JR西は線引きの基準作りを進めている。

 福知山線事故で長女容子さん(当時21歳)を亡くした兵庫県三田市の奥村恒夫さん(68)は「ヒューマンエラーは誰にでも起こり得る。当然の措置だと思う。気の緩みにつながらないよう、JR西は人の命を運んでいるという自覚をしっかり持ってほしい」と語った。【戸上文恵、田中謙吉、生野由佳】
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尼崎事故から今年で10年。節目の年も終わりを迎えようという頃になって、JR西日本がヒューマンエラー(故意以外)を社内処分の対象にしないという新方針を打ち出した。記事にあるとおり、安全フォローアップ会議の提言を受けての措置だ。当ブログは、ようやくここまで来たかという思いと、この程度のことを決めるのになぜこれほどまでに時間がかかるのかという思いが交錯している。懲罰的「日勤教育」が事故の背景であることは当時から言われていた。また、処分や責任追及が前面に出すぎることは、かえってミスが報告されず隠されることにつながるとして、ヒューマンエラーを免責にすべきだということも識者の間では事故直後から早々と主張されていたことである。

ただ、尼崎事故の刑事裁判(特に山崎社長裁判)が進行していく中で、当初は大半の遺族が、事故の原因究明と再発防止がきちんと行われるなら、刑事責任の追及はしなくてもよいという立場を取っていた。しかし、JR西日本の不誠実な姿勢、また事故調報告書の漏えい問題が起きるなどの事態が重なる中で、一部の遺族がJR西日本に対する不満を募らせた結果、「原因究明と再発防止の願いが叶わないなら、せめて刑事責任の追及を」と次第に立場を変えていったのがこの10年の歴史だったのである。

この事故を発生以来10年間、ずっと見続け、一部の遺族とは交流もしてきた当ブログとしては「原因究明と再発防止がきちんと行われるなら、刑事責任の追及はしなくてもよい」という遺族の気持ち、「原因究明と再発防止の願いが叶わないなら、せめて刑事責任の追及を」に変わっていった遺族の気持ち、どちらもよく理解できる。原因究明・再発防止を重視した場合、加害者が何らの社会的制裁も受けず安穏とした生活を送り続けることは、被害者からすれば心情的に受け入れ難い。だからといって責任追及を重視し過ぎると、加害者が制裁を受け被害者の心は晴れるかもしれないが、責任追及を恐れて原因究明・再発防止に必要な情報が報告されないようになり、次の被害者を生んでしまう可能性がある。

このように、原因究明・再発防止策の構築と責任追及は、両方追求できればそれに越したことはないが、ある意味ではトレードオフの関係にあり実際には難しい。どちらを重視すべきかについては遺族・被害者の間にも意見の違いがあり、JR西日本に対するこの10年間の評価(企業体質が変わったか変わっていないか)とも絡んで大きく遺族・被害者を隔てる原因になっている(参考記事:「JR人為ミス非懲戒 「運転士だけの責任では」「命預かる責任負うべき」事故遺族の賛否分かれる」12/4付「産経」)。ここ数年は、前者を重視する人と後者を重視する人との間で次第に共同行動が難しくなってきており、その意味からも10年という時の流れを感じる。

現時点で、当ブログのような部外者が今後を予測することは難しく、また遺族を差し置いてそのような予測は本来すべきでないのかもしれない。しかし、あえて今後を予測すると、時の経過とともに未収集の証拠が散逸するなどして加害者の責任追及は次第に難しくなるから、代わって遺族・被害者の活動は再発防止策の構築(原因がわからなければ再発防止策は構築できないから、これには原因究明が当然含まれる)と伝承活動に比重が移っていくだろう。公共交通の事故という意味で尼崎事故と共通点を持ち、20年先を行っている日航機墜落事故が今、まさにそのような状況になっているからである。

また、責任追及は「その事故限り」であるのに対し、原因究明・再発防止策の構築は将来の事故を予防することによって、それをはるかに超える人々に恩恵を及ぼし、社会的損失の発生をも防ぐことができる。事故発生から時間が経てば経つほど原因究明・再発防止策の構築のほうが責任追及よりも社会的価値が大きくなるといえる。ただ、日本の主要大企業がそうであるように、原因究明・再発防止策の構築をしようにもガバナンスが不在でどうにもならない場合がある。そのような場合のための「ベストではないとしてもベターな選択肢」として、責任追及というオプションも残しておくべきであろう。

尼崎事故から10年、日航機墜落事故から30年の節目の年であった2015年も、残すところ1ヶ月足らずとなった。今年を締めくくるにふさわしいニュースだと思い、久しぶりにこのブログで取り上げた。来年も、尼崎事故をめぐる3社長の裁判は最高裁に舞台を移して継続する。当ブログは、最後の瞬間までこの裁判を見届けるつもりである。

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【安全問題研究会コメント】日航機墜落事故から30年~空の安全をより高め、未来に引き継ぐために~

2015-08-12 20:08:34 | 鉄道・公共交通/安全問題
1.単独機の死亡事故としては世界の航空史上最悪となった1985年8月12日の日本航空123便旅客機墜落事故から30年の節目の日を迎えた。安全問題研究会は、亡くなられた520名の乗客・乗務員に改めて深く哀悼の意を表する。

2.御巣鷹の悲劇から30年の間に、日本と世界の空を取り巻く情勢は大きく変わった。日本航空は、事故当時の半官半民の国策会社、ナショナルフラッグから完全民営化された。JAS(日本エアシステム)との統合に見られる無理な拡大戦略を採り続け、2010年には経営破たんした。この過程で、会社に批判的な労働者を中心に165名の不当解雇が起きた。

3.スカイマークなど「第3極」として誕生した新規航空会社は、日本の空の寡占状態に風穴を開けたが、公共交通での競争政策の激化は多くのトラブルも生み出した。スカイマークは経営破たんし、全日空との経営統合により再建を目指すことになった。日本の空は、一部のLCC(格安航空会社)を除き、かつての2強による寡占時代に還りつつあるかに見える。

4.安全問題に目を転じると、この間、ボンバルディア製航空機や、B787型機による相次ぐ重大トラブル(発煙など)が発生した。これらの機体はいずれも、経費削減など経済優先思想の下に開発されたという特徴を持っており、こうした経済優先の航空政策や技術開発が安全に重大な影響を与える例が近年特に目立っている。

5.一方、この日航機墜落事故を最後に、30年間、日本国内で営業飛行における航空機の墜落事故がなく、また乗客にひとりの死亡者も出さずこの日を迎えられたことは、当研究会にとって大きな喜びである。これは、御巣鷹の教訓からしっかりと学び、各現場で奮闘してきた航空労働者が達成した偉業であり、当研究会は、日本国内におけるすべての航空労働者に最大級の謝意を表明する。

6.当研究会は、30年間、片時もこの事故のことが頭から離れることがなかった。80年代後半から90年代は、主として運輸省航空機事故調査委員会(当時)が発表した報告書の分析や文献調査を中心にこの事故の真相究明に取り組んできた。2000年代に入り、ボイスレコーダーの音声が流出して以降は、乗務員の会話の聴き取りや書き下ろし、また事故現場である「慰霊の園」への訪問などを行ってきた。30年もの長きにわたってこのような活動を続ける原動力となったのは、人生を最も悲劇的な形で断ち切られ、理不尽な最期を迎えなければならなかった犠牲者に少しでも報いたいとの思いであり、また事故調が発表した報告書への疑問と怒りであった。

7.節目の今年も、当研究会は現場となった御巣鷹の尾根への慰霊登山を行った。520人の悲しみをたたえた山は、30年の歳月を経てもなお鎮まることなく、慰霊登山を行うすべての人に安全とは何か、私たち全員がこれからの時代をどのように生きるべきかを問いかけている。この問いかけに答えることこそ、犠牲者と同時代を生き、悲劇を次の世代に継承する使命を背負った私たちの責務である。

8.最近では、鉄道や高速バスなど公共交通事故の遺族や関係者のみならず、エレベータ事故の遺族や東日本大震災の関係者などが、険しい登山道を相次いで上り、御巣鷹の尾根を目指している。当研究会が慰霊登山を行った当日には日本航空の客室乗務員の姿もあった。被害者・加害者の立場を超え、社会の安全のために行動する人々をひとつに結びつける存在として、御巣鷹の尾根は今、不可欠の場所となっている。

9.私たちの果たすべき課題は多く残されている。この事故の風化、幕引きを許さず、引き続きその真相究明と情報公開を政府に求めていくことが必要である。同時に、高齢化した遺族に寄り添い、遺族との共同の中から事故を次の世代に向け継承するための活動を強化することである。市民と航空労働者の奮闘で築いた「日本国内での30年間墜落ゼロ、乗客死者ゼロ」を今後も永遠の目標として続けていくことは、何にも増して重要な課題である。

10.当研究会は、こうした課題を達成するため、今後も全力を尽くす決意である。

 2015年8月12日
 安全問題研究会

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サムネイル写真=当ブログ管理人の自宅の本棚

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【管理人よりお知らせ】安全問題研究会が行った御巣鷹山慰霊登山の報告をアップしました

2015-08-09 23:27:07 | 鉄道・公共交通/安全問題
管理人よりお知らせです。

8月3日、安全問題研究会が行った「御巣鷹の尾根」慰霊登山の模様を、安全問題研究会サイト(こちら)にアップしました。

当初は当ブログの記事としてアップする予定でしたが、写真の枚数があまりに多く、手間がかかるため、申し訳ありませんがリンク先の安全問題研究会サイトでご覧ください。

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日航機事故遺族が文集「茜雲」出版へ

2015-08-02 12:05:04 | 鉄道・公共交通/安全問題
日航機墜落事故遺族が文集出版 30年の思いつづる(神戸)

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 520人の犠牲者を出した1985年の日航ジャンボ機墜落事故から8月で30年となるのを前に、遺族らでつくる「8・12連絡会」が、遺族の手記をまとめた文集「茜雲」(本の泉社)を出版した。事故では兵庫県関係者も100人以上が亡くなり、県内に住む5人も文章を寄せた。悲しみ、感謝、「空の安全」への願い…。亡き家族へさまざまな思いをつづっている。

 連絡会は、事故の4カ月後に発足。遺族の手紙をもとに年1度冊子を編んでいる。今年は30年を機に、10年前に続いて本にまとめた。

 41人の手記を収録。夫の会社員展明さん=当時(33)=を失った明石市の神林三恵子さん(60)は、娘の小学校教諭久美子さん(33)が2月に結婚式を挙げたことを報告した。

 「花嫁姿、本当にきれいでしたよ。きっと、あなたが見守ってくれていたから、ここまでこられたんでしょうね」

 久美子さんが式で読んだ手紙も紹介した。「私も33歳、お父さんが亡くなった歳と同じになりました。お母さんは3歳の私とおなかに大ちゃんを抱えて、本当に大変だったと思います」。大切に育ててくれた三恵子さんや祖母への感謝、事故現場の御巣鷹の尾根(群馬県上野村)に毎年登ったこと、式に父がいないさみしさもつづり、30年の歳月がにじむ。

 事故の年、東京農大二高(群馬県)の選手として甲子園大会に出場し、応援に向かっていた父元章さん=当時(48)=を亡くした宝塚市の竹下政宏さんは、今年初めて「白い機体」と題した詩を投稿した。

 「夏の日 山奥に宿泊したときのこと (中略)満天の星々が 静かに語りかけてきた ああ やっと、みんな 星になったんだね」。御巣鷹の自然に、事故の死者を弔う心の内を重ねた。

 本の後半部には、運輸安全委員会が2011年に事故原因を分かりやすく説明した「解説書」や、遺族からの質問と専門家の回答も詳しく掲載している。

 当時9歳だった二男健君を亡くした事務局長の美谷島邦子さん(68)=東京都大田区=は「事故を知らない若い世代に読んでもらい、次の事故や災害を防ぎ、被害を小さくすることにつながれば。発生10年の尼崎JR脱線事故被害者とも連帯し、『安全』を訴えていきたい」と話す。

 四六判312ページ。1600円(税別)。電子書籍の刊行も予定している。本の泉社TEL03・5800・8494

(山本哲志、中島摩子)
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日航機事故から30年の今年、遺族が文集を出すことになった。タイトルは「茜雲」。20周年だった2005年にも同じ名前で文集を発行している。遺族の様々な思いが込められたこの文集、安全問題に関心のある方にはご一読をお勧めする。

遺族も、30年の月日の中で高齢化しており、10年後の40周年を迎えられる人はそう多くないだろう。手記を集め文集として発行できるのも、30年の今年が最後になるかもしれない。

ところで、日航機墜落事故の遺族で作る「8.12連絡会」は、上で紹介した記事にも登場する美谷島邦子さんが発足以来ずっと事務局長を務める。JR尼崎事故の遺族会だった4.25ネットワークが機能せず、信楽高原鉄道事故の遺族会も吉崎俊三さんが退任して以来、後継者がおらず活動停止している中で、最も古い「8.12連絡会」がずっと機能し続けている背景には、美谷島さんの存在とその手腕によるところが大きい。

美谷島さんが、なぜ30年も事故への思いを持ち続け、事務局長を続けることができたのか。美谷島さんの、この原動力はいったいどこから来ているのか。やはり、その原動力はこの体験だろう。

写真=「息子よ さようなら」


この写真は、事故3日後の1985年8月15日、事故現場の「御巣鷹の尾根」に上った美谷島さん夫妻。同日の「読売」がスクープしたもので、事故20年後の2005年に出版された「御巣鷹の謎を追う」(米田憲司・著、宝島社)に掲載されている。

1985年、甲子園では桑田真澄、清原和博両選手(いわゆるK・Kコンビ)を擁するPL学園が、高校野球史上最強といわれ、快進撃を続けていた。高校野球ファンだった息子・健君(当時9歳)を甲子園での野球観戦に送り出すため、美谷島さん夫妻は事故機、123便に搭乗させた。

「123便、行方不明」のニュースを聞いて以降、「狂ったように時間が過ぎていく感覚」だったと美谷島さんは言う。事故3日後、「危険だから」と制止する周囲を振り切って御巣鷹の尾根に上った美谷島さんは、そこで残骸が散らばる絶望的な現場を目にした。現場を見るまで「健はどこかで生きているに違いない」と信じていた希望は、この凄惨な現場を見て打ち砕かれたという。遺体は焼けて消失し、結局、美谷島さんの元に戻ってきたのはわずかに欠けた指だけだった。

写真=ネット上に出回った、当時の123便の残骸 「JAL」の文字が見える


あの凄惨な事故から30年。日本の航空業界は、この御巣鷹以降、いくつもの「ヒヤリ」を経験しながら、ともかくも墜落事故による死者はひとりも出さずに30年の日を迎えようとしている。航空機事故による死者は、少なくとも国内では、この御巣鷹が最後でなければならない。

なお、当ブログ管理人は、安全問題研究会として、明日(3日)、御巣鷹の尾根への慰霊登山を敢行する予定だ。その模様は後日、改めて報告したい。

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信楽高原鉄道列車事故から24年

2015-05-16 20:39:09 | 鉄道・公共交通/安全問題
遺族会代表のなり手なく、事故の風化懸念 信楽高原鉄道列車事故から24年(産経)

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 死者42人を出した信楽高原鉄道とJR西日本の列車衝突事故から丸24年を迎えた14日、滋賀県甲賀市信楽町黄瀬の事故現場近くでは今年も追悼法要が営まれたが、遺族があいさつに立つ姿はみられなかった。

 遺族会の代表者が不在のためで、世話人代表を長年務めた吉崎俊三さん(81)は事故の風化を懸念しつつ、「遺族が参列しなくなっても、鉄道事業者は法要を続けてほしい」と話していた。

 健康面などを理由に、昨年の法要を最後に遺族会の世話人代表を退いた吉崎さん。「代表を務めていた頃は、事故調査委員会や鉄道事業者との対応などで忙しさに気を取られていた。辞めてからは、事故で妻がいなくなったつらさを改めて感じる」とこぼした。

 今年の法要は参列のみにとどめ、法要でのあいさつなど表には立たないようにしていた。それでも、詰めかけた報道陣から思いを尋ねられ、遺族会の代表者の引き受け手がいないことや、事故を語る遺族がいなくなることへの危機感を訴えた。

 今回参列した遺族は11人だったが、吉崎さんを含めて高齢者ばかり。吉崎さんは以前、遺族の子供や孫の世代にも参列を呼びかけたが、応じる遺族はなかった。「わざわざここへ来なくても、地元で供養できるのだろう。だが、この事故現場へ来てこそ、事故の悲惨さを認識できるのに」と話す。

 こうした状況から、吉崎さんは、遺族の参列がなくても法要を継続するよう、同鉄道やJR西に要請。両社とも「事故を二度と起こさないという誓いのため、続けていく」と回答している。

 吉崎さんも、体が動く間は参列を続ける考えで、「何としても事故を風化させたくない」との思いを強くしている。
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信楽高原鉄道事故:列車衝突24年 「事故なく走り続けて」 甲賀で追悼法要、遺族ら安全へ誓い新た(毎日)

 42人が死亡したJR西日本と信楽高原鉄道(SKR)の列車衝突事故から14日で24年。甲賀市の事故現場近くの慰霊碑前では追悼法要が開かれ、約120人が安全への誓いを新たにした。【村瀬優子、竹下理子】

 法要に参列した事故の遺族は6家族11人。妻を亡くした吉崎俊三さん(81)=兵庫県宝塚市=は、SKRが昨年11月に台風被害から1年2カ月ぶりに復旧したことを受け、「事故のない安全な鉄道として走り続けてほしい」と話した。吉崎さんは事故の遺族らでつくる「鉄道安全推進会議(TASK)」の会長を昨年引退しており、「事故があってから、がむしゃらに活動してきて、気が紛れていた。これからは家内がいないことの寂しさが募る」と語った。

 法要で、SKRの正木仙治郎社長は「安全確保の徹底を図り、健全経営のもとで未来に向かって走り続ける鉄道として地域に貢献できるよう努力を重ねていく」と誓った。また、JR西の真鍋精志社長は「安全の取り組みに終わりはない。たゆまぬ努力を続けていく」と述べた。

 一方、昨夏に就任した三日月大造知事も参列。自身は以前、JR西の運転士をしており、現在、TASKの会員だという。「SKRの存続や安全に、より力を入れないといけない。事故の教訓を忘れないためにも、風化させない取り組みを大事にしていきたい」と抱負を述べた。
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信楽高原鉄道事故から24年を迎えた。昨年、遺族会の文字通り中心だった吉崎さんが、80歳になったこともひとつの契機として遺族代表を離れた。年齢を考えるとやむを得ないといえるが、問題は次の代表を務める人物がいないことだ。

事故から24年も経っているから、遺族代表のなり手がいなくても仕方ないとは、当ブログは思いたくない。この事故より前に起きた日航機事故の遺族たちが、子供の世代へ慰霊登山をきちんと引き継いでいるからである。信楽事故の遺族会が、ほとんどのことを吉崎さんひとりに任せきりにしていたことと大いに関係があるだろう。

信楽高原鉄道が、水害による長期不通から脱し、開通にこぎつけたことは喜ばしいと思う。昨年の慰霊祭は列車の汽笛が聞こえない中で行われ、このまま廃線になるのではという不安が地元にもあったからだ。この復旧もまた、上下分離のひとつの成功例といえる。

三日月知事が慰霊祭に出席したこともよいニュースだと思う。あまり知られていないが、三日月知事は元JR社員で、西日本旅客鉄道労働組合(JR西日本労組)出身だ。国鉄時代「御用組合」と言われた鉄道労働組合(鉄労)を母体としており、JR西日本労組は信楽、尼崎のJR西「2大事故」でもほとんど動きらしい動きをしなかった。JR西日本労働者の8割以上を組織する最大組合として、JR西日本労組がもっと一生懸命安全問題に取り組んでいたら、尼崎事故はなかったかもしれない。

そのことを思うと、せめて三日月知事は、安全問題に取り組めなかった過去の自分自身の罪滅ぼしとして、慰霊祭には今後も万難を排して出席してほしい。

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【管理人よりお知らせ】ノーモア尼崎事故! 5.9集会が開催されます

2015-05-05 22:00:10 | 鉄道・公共交通/安全問題
管理人よりお知らせです。

例年、4月第4土曜日に開催している「ノーモア尼崎事故! 生命と安全を考える集会」は、今年は統一地方選の影響で延期されていましたが、いよいよ5月9日に、尼崎市内で開催されます。

今年は、尼崎事故から10年の節目の年ですが、特に「節目」を意識した内容はなく、セウォル号事故など、最近、公共交通の事故が相次ぐ韓国からゲストとして韓国鉄道労組代表団2名をお招きして、『分割・民営化に反対し、公共鉄道を死守する韓国鉄道労組の闘い』と題した講演を行っていただきます。

これ以外には、例年通り、JR西日本の現場実態に関する現役労働者からの報告、尼崎事故遺族の訴え、事故裁判の今後の見通しに関する報告が行われます。

と き:2015年5月9日(土)14:00~
ところ:尼崎市立小田公民館

会場、時間は例年通りですが、今年は、集会終了後、韓国鉄道労組ゲストとの交流会が予定されています。詳細はチラシ(サムネイル参照)をご覧ください。

なお、当ブログ管理人は、地元・北海道での某集会にコメンテーターとして参加しなければならないため、上記の集会には参加できません。関西地区で興味のある方々のご参加をお願いします。

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JR福知山線事故から10年 遺族、今なお区切りにならず

2015-04-25 23:42:43 | 鉄道・公共交通/安全問題
<尼崎脱線事故10年>風化を感じる遺族、再発への不安にも(毎日)

宝塚線事故、遺族4割が「光景思い出す」(朝日)

尼崎JR脱線事故から10年 6割が「区切りにならず」(東京)

JR福知山線脱線事故から10年が経過した。10年は大きな節目ということもあり、大手メディアはこぞって福知山線脱線事故の特集を行ったが、今さら事故原因に関する新たな事実・証言は出ず、もっぱら遺族、関係者のこの10年がどのようなものであったかという面からの報道がほとんどだったと言える。しかし、そうした報道の中からでも、遺族・被害者の悲しみ、苦しみや、再起への胎動・決意といったものが見えてくる。

とりわけ重要なのは、今なお遺族の4割が「事故の光景を思い出す」、また6割が10年を「区切りにならない」と答えたことである。事故風化への恐れも遺族・被害者に共通した傾向だ。10年を迎えても、関係者にとって事故は「現在進行形」なのだ。

安全問題研究会は、事故10年に当たって声明かコメントを出すことも検討したが、今年3月、JR西日本歴代3社長の強制起訴裁判の控訴審判決の際に声明でこの件に触れていることもあって、最終的に見送った。事故の被害者が10年を区切りにならないと回答している以上、当ブログと安全問題研究会もこれを区切りとするつもりはなく、引き続き、3社長裁判の動向、組織罰法制をめぐる遺族の動きなどを中心に、この事故と向き合い続けることになる。

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JR福知山線事故を巡る3社長裁判で指定弁護士が上告、最高裁へ

2015-04-08 22:57:26 | 鉄道・公共交通/安全問題
指定弁護士が上告=歴代3社長無罪で-福知山線事故(時事)

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 兵庫県尼崎市で2005年4月、乗客106人が死亡した福知山線脱線事故で、業務上過失致死傷罪で強制起訴されたJR西日本歴代社長の井手正敬(80)、南谷昌二郎(73)、垣内剛(70)3被告について、検察官役の指定弁護士が6日、大阪高裁の無罪判決を不服として最高裁に上告した。

 指定弁護士の河瀬真弁護士は同日、神戸市内で会見し、「高裁の判断は非常に狭い事情に基づいて即断している印象がある。もっといろいろな事情を取り込んで総合的に判断する最高裁の審理を仰ぎたい」と話した。

 一方、3人は弁護人を通じて「今後の裁判についても真摯(しんし)に対応したい」「事故の重さをしっかり受け止め、裁判に対応したい」などとコメントした。

 高裁は先月27日、一審神戸地裁に続いて、脱線事故の予見可能性を否定し、3人を無罪とした。指定弁護士が今月5日に開いた遺族らへの説明会では、出席したほぼ全員が上告を求めていた。
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JR福知山線脱線事故を巡るJR西日本歴代3社長の裁判は、2審・大阪高裁でも去る3月27日、無罪判決が言い渡されたが、指定弁護士は遺族・被害者の意向も受け、最高裁に上告手続きを取った。JR史上最悪の死亡事故の刑事責任を問う裁判はいよいよ最高裁に舞台が移る。検察が有罪は無理とみて不起訴にした事故だけに、もともと「無理筋」との意見も強かったが、当ブログが入手した情報によれば、指定弁護士側は、過失の予見可能性を広く認めたいくつかの判例を参考にして最高裁での裁判に備える模様だ。

すでに、当ブログの過去の記事で明らかにしているように、経営者個人の罪を問うことは難しくても、法人組織の罪は問われるべきだとする意見を裁判所が判決の中で述べている。このような判例、判示が積み重なれば、法制審議会などの機関もその意見を無視することは難しくなる。3社長を有罪にすることが目的の裁判ではあるが、遺族が裁判を続ける中で見据えるのは「その先」だ。最近、この裁判に関しては「続けても無理」「有罪になどできるわけがない」と短絡的、脊髄反射的な否定が目立つが、それらは遺族の心情をわかっていない。ある日突然、事故で身近な人を奪われた被害者がなぜ、遠くの知りもしない者たちから「仕方ない」などと言われなければならないのか。被害者だけが泣き寝入りさせられ、「仕方ない」で回ってきた戦後の日本社会を作り直すことがこの裁判の目的なのだ。

この裁判に関しては、強制起訴以降の6年間で、当ブログとして言いたいことはほぼ言い尽くしており、付け加えることはほとんどない。当ブログ、安全問題研究会のサイトにそれらはすべて掲載している。今後とも当ブログは裁判支援を通じて、日本社会から「仕方ない」を死語にするため全力を尽くしていく。

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青函トンネルで特急から煙、乗客が地上に避難

2015-04-04 21:06:02 | 鉄道・公共交通/安全問題
<青函トンネル発煙>進入前に異臭 異常なく走行継続(毎日)

<青函トンネル発煙>地上脱出まで6時間弱 JR北海道(毎日)

停車30分前から車内で異臭 海峡線は運行再開 青函トンネル特急発煙(北海道)

青函トンネル旧海底駅の機能生きる 北海道新幹線来春開業、安全確保課題に(東奥日報)

一昨年11月の減速減便ダイヤ以降、なりを潜めていたJR北海道の安全トラブル。ついに青函トンネルで、開通以来初の事態となる海底トンネルからの乗客避難に発展した。当ブログにとっては「とうとう来たか」の思いはあるものの特に驚きはない。2011年には石勝線トンネル内での発煙という重大事故も起こしているJR北海道の状況から見て、いつかはあり得る事態だと思っていたし、今までこの事態に至らなかったのがむしろ幸運だったというべきだろう。

世界初の鉄道海底トンネル、その上23.3kmの海底部分を含む全長53.85kmのトンネルは、特急でも通過に40分程度かかる。2016年春の北海道新幹線開通に向け、貨物列車を中心とする在来線列車(1067mm軌間)と新幹線列車(1435mm軌間)の両方が通過できるよう、3線軌道化する工事を終え、現在は新幹線の運転試験が行われている。今年3月のダイヤ改正で、人気列車にもかかわらず寝台特急「トワイライトエクスプレス」が廃止、寝台特急「北斗星」が臨時列車格下げになったのも、在来線昼間列車のダイヤを維持し、保線時間を確保した上で新幹線の試験列車を運転する時間を捻出するための意味合いが大きいといえる。新幹線列車がフルスピードで通過した場合、猛烈な風圧で対向線路を走る貨物列車が脱線する可能性が高いため、新幹線開業後も当分の間、青函トンネル内は新幹線列車も在来線の速度での運転になるとみられている。

そのような中、青函トンネルの2つの海底旧駅・・・竜飛海底(青森側)、吉岡海底(北海道側)はもともと、このような緊急時における乗客の避難設備としてスタートした。2014年の駅廃止後は竜飛定点、吉岡定点と呼ばれ、保線作業や乗客救出のための拠点としての機能のみを残した。世界最長トンネルだけに、このような設備が必要なことは論を待たないが、その性格上、設置が必要ではあっても必要とされる事態が来ないことが最も望ましい設備であることにも異論はないだろう。

今回、「必要とされる事態が来ないことが最も望ましい設備」が必要とされる事故が初めて起きてしまった。乗客に死者を出さず、全員が地上脱出に成功したことは不幸中の幸いと言えるが、各種報道を見る限り、当ブログと安全問題研究会は、今後に向け改善すべき点として現時点で少なくとも2つのことを指摘しておかなければならない。

1つは、列車が1km程度、竜飛定点を通過してから停車したことである。このため、乗客は避難時に1km近く余計に歩かされることになった。健常者にとっては取るに足らない距離でも、高齢者、障がい者、子どもたちにとっては厳しい距離である。車掌が火花を確認する30分ほど前(すなわち青函トンネルに入った直後)から異臭が確認できたとの報道もあり、なぜ竜飛定点に列車を停車させなかったのか。

2つ目は、竜飛定点から地上まで、乗客全員をケーブルカーに乗せて避難させたことだ。特急列車の乗客は数百人、新幹線が通るようになれば、満員の場合、1列車当たり乗客は1000人近くに達することもある。定員20名のケーブルカーだけで全員を地上に出すのは、避難中の2次災害(避難者がケーブルカーにはねられるなど)を防ぐために大事を取った結果なのだと思われるが、大規模な火災ではそんな悠長な避難では間に合わない可能性もある。「竜飛定点」から地上に脱出するためのトンネルには、ケーブルカーの線路に並行して歩行者用通路が設けられており、健常者など体力に自信のある人には通路を歩いて地上に脱出してもらうことも今後のひとつの検討課題ではないだろうか。

私がなぜこのような事実を知っているのか説明しておきたい。実は、竜飛定点から地上に避難するためのケーブルカーは「営業運転」されている。津軽海峡線は、津軽半島・龍飛崎のほぼ真下を通っているが、その真上に当たる「道の駅みんまや」内に「青函トンネル記念館」なる施設がある。青函トンネルの概要について展示した観光客向け施設だが、竜飛定点からの避難用ケーブルカーはこの施設に通じており、入館料とケーブルカー料金セットで1300円(大人料金)を払えば誰でもケーブルカーに乗車できるのである(ただし、冬季(11月10日~翌年4月25日)は青函トンネル記念館に至る国道が閉鎖されているため、記念館も閉鎖しており、乗車できない)。

私は、日本の鉄道全線乗車活動を兼ねた私的な旅行で2005年秋にここを訪れている。当時はまだ竜飛海底駅と呼ばれていた竜飛定点から地上に向かうケーブルカー車内で撮影した貴重な映像がある。興味のある方はご覧いただきたい。

青函トンネル体験坑道


ケーブルカーの線路の右側に、階段状の通路があることが確認できる。線路とは手すりで区切られており、照明設備によってある程度の明るさも確保できている。全長も800mしかなく、健常者であれば「数時間もケーブルカーを待たさせるくらいなら、歩いてもいい」と思えるだけの設備となっている。

今回、大手メディアはここまで詳しく報じていないが、避難した乗客が「青函トンネル記念館」経由で地上に出たことは間違いない。ただし、記念館が国道閉鎖を理由に休館している時期の救出劇であったため、ここから乗客を運ぶのにも苦労したであろうことは容易に想像できる。

ところで、ケーブルカーのような機械設備は、日常からメンテナンスをし、時々動かしておかないと、いざというときに動かず使い物にならないことが多い。今回、ケーブルカーが非常用設備であるにもかかわらず、問題なく動いたのは、保線作業員用設備として、また「営業運転」用として日々、手入れをしながら動かしていたことが大きいと思う(そういうわけなので、「非常脱出用の設備を遊びで動かし、料金まで取るのはけしからん」などと非難するのはやめてほしいと思う)。

それにしても、ご紹介した「東奥日報」(青森県の地方紙)の記事中、曽根悟・工学院大特任教授(鉄道工学)のコメントが掲載されているが、「緊急停車した位置は旧竜飛海底駅から青森寄りに約1キロの場所で、乗客が歩いて駅まで避難できたことは不幸中の幸いだった」としていることには同意するものの、「なぜ竜飛定点に列車を停車させなかったのか」と問題点を指摘できないような「専門家」は要らない。福島原発事故や「STAP細胞問題」以降の科学界全般に言えることだが、日本の「学者」「専門家」の劣化は目を覆うばかりだ。

いよいよ来年、2016年には北海道新幹線が新函館まで開業する。今回、突然の海底からの避難劇で大変な経験をした人にとって、大変申し訳ない言い方になるが、海底トンネルからの乗客救出について、新幹線開業前に問題点の洗い出しができたことは不幸中の幸いだったのではないか。「必要とされる事態が来ないことが最も望ましい設備」が必要とされるような事故が新幹線開業後に再び起きることがないよう、関係者は今回の事故の教訓を今後に活かさなければならない。

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<安全問題研究会声明>JR西日本歴代3社長への再度の「無罪」判決に抗議する

2015-03-28 16:53:18 | 鉄道・公共交通/安全問題
<安全問題研究会声明>JR西日本歴代3社長への再度の「無罪」判決に抗議する~司法も認定した組織罰法制整備の国民運動を

 2005年4月25日、JR福知山線で快速列車が脱線・転覆、107名が死亡した尼崎事故に関し、3月27日、大阪高裁は、業務上過失致死傷罪で強制起訴されていたJR西日本歴代3社長(井手正敬、南谷昌二郎、垣内剛の各被告)に1審に引き続き無罪の判決を言い渡した。再び国策企業JRを免罪した司法は、「これだけ多くの犠牲者を出しながら、なぜ誰ひとり責任を問われないのか」という遺族・被害者の疑問に今回も答えなかった。

 判決は、3社長が有罪となるためには「一般的な大規模鉄道事業者の取締役の立場にある一般通常人と同様の情報収集義務に基づいて、因果関係に基づいた具体的な予見可能性が証明されることが必要」と有罪のハードルを極めて高く設定。「単なる事故の不安等では足りない」と指定弁護士の主張を退けた。速度照査型ATSが設置されているカーブは危険だから安全対策を講じるべきだった、とする指定弁護士側の主張に対しては「ATS設置基準を満たしているからと言って直ちに危険とはいえない」、また普通鉄道構造規則での通常の基準に反する半径304mのカーブは違法とする指定弁護士側の主張に対しては「普通鉄道構造規則では、地形上等のためやむを得ない場合は半径160mのカーブまで認めている」「このようなカーブは全国至る所にある」とした。半径160mのカーブまで認められる「地形上等のためやむを得ない場合」とはどのような場合なのかの具体的基準も示さず、「同じような場所がどこにでもあるから違法ではない」とするのは司法の居直りだ。この論法を認めるなら、そもそも鉄道に関するすべての安全規制の体系が根底から崩れ去ることになる。

 1時間半に及んだ判決言い渡しのなかで注目すべきなのは、(1)「JR西日本は我が国を代表する大規模鉄道事業者であり、安全対策では他の鉄道事業者をリードすべき」とした指定弁護士側の主張を認めたこと、(2)「法人組織としてのJRの責任を問うのであれば(指定弁護士側の主張は)妥当する面がある」と裁判長が判決理由の最後にわざわざ判示したことだ。(1)は、今後相次いで判決を迎えることになる原発事故裁判の中で、原告側が「東京電力のような代表的企業は通常の企業の安全対策程度では責任を免れない」と主張する根拠を得たことになる。また(2)は、遺族の一部が求めている組織罰法制(一例として、企業に対する罰金刑を規定した英国の「法人故殺法」がある)が整備されれば企業を有罪に問える、との司法の見解を示すものだ。企業経営者個人の罪しか問えない現行刑法に対する問題意識が特定の一裁判官だけにとどまらず、司法内に広がりを見せていることを窺わせるものであり、今後に向け一筋の希望といえる。世界一企業が活動しやすい国を目指す安倍政権との対決姿勢を明確にしながら、グローバル企業の手を縛り、あるべき責任を負わせていく組織罰法制の整備に向けた運動展開が今後の課題であること、そのために運動側の構想力、組織力、行動力が問われていることを判決はいっそう浮き彫りにした。遺族からのこの問いに、私たちは全力で応えなければならない。

 尼崎事故から10年、日航機御巣鷹事故から30年を迎えた節目の今年、JR体制は崖っぷちに立たされている。安全問題が噴出する北海道、どの面から見ても先の見通しのないリニア中央新幹線の建設を強行する東海、経営安定基金を飲み込んだまま上場へ向けひた走る九州。華やかな北陸新幹線金沢延長のニュースが伝えられる中で、ついにJR在来線だけでは東日本各地から北陸に到達するのも困難なほど在来線鉄道ネットワークは引き裂かれた。新幹線だけが発展すればいいという風潮の中で、地方創生の掛け声とはうらはらに、地方はついにその最後の命脈を絶たれようとしている。事故遺族の心の傷はなお癒えておらず、節目の年を「風化に向けた通過点」ではなく、新たな闘いの結集点とすることが全国民的課題である。

 安全問題研究会は、組織罰法制こそ「責任社会ニッポン」に向けた突破口であるとの認識に立ち、その法制化を従来にも増して強く求めていく。地方切り捨て、東京一極集中を加速するだけの新幹線・リニアばらまき体制との対決をあらゆる機会を捉えて訴え続ける。限界に来た「命よりカネ」のJR体制から真の「公共交通」への転換に向け、今後もあらゆる努力を続ける。

 2015年3月28日
 安全問題研究会

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