輪違屋糸里(文藝春秋)
★★★★☆:90点
文句無し。抜群の面白さ。
さながら「女たちの新選組」といった趣がある異色の新選組ものである。
~Amazon 内容(「MARC」データベースより)~
島原の芸妓・糸里は土方歳三に密かに思いを寄せていた。
二人の仲を裂こうとする芹沢鴨には、近藤派の粛清の夜が迫りつつあった…。
浅田版新選組異聞。芹沢鴨暗殺を描いた話題作!
**************** 【注意】ストーリーについての言及あり **********************
元々、図書館の予約本待ちの狭間で急きょ借りた本なのだが、読み始めてすぐに夢中になり、どっぷりとつかってしまった。新選組は、司馬遼太郎原作で何度もTV放映された「新選組血風録」や「燃えよ剣」のイメージがあまりにも強かったのだが、作家の描き方の違いによってこれほど異なった小説になることに驚いた。
島原の天神・糸里と吉栄、菱屋の妾(陰の妻)お梅、前川のお勝、八木のおまさ。5人の女と新選組の隊士たちが様々に絡み合い、幕末の混沌とした京都の町にはかなくも美しい人間模様を織りなす。その構成が卓抜。
浅田次郎は、清朝末期の中国を描いた直木賞候補の超大作「蒼穹の昴」では、気宇壮大なスケールの大きな物語を構築してみせた。しかし、そこでは多すぎる登場人物の扱いと史実と虚構のドッキングに失敗したように思う。国・時代・スケールは異なるのであるが、本作では1つの時代の終焉に向かっていく同様の物語で冴えを見せつけてくれた。天晴れである。
司馬新選組の影響か悪役のイメージの強い芹沢鴨が、ここでは真の武士として、また憂国の闘士として好意的に描かれている。元々が武士である「神道無念流」 の芹沢鴨。百姓の出である「天然理心流」の近藤勇。二人は案外気が合うようなのだが、芹沢を取り巻く新見錦、平山五郎らと近藤を取り巻く土方歳三、沖田総司、斉藤一、藤堂平助、山南敬助、井上源三郎らは決して心許して交わることはない。双方に関係の深い永倉新八はそれ故に微妙な立場に置かれる。そして、新選組は当然のように血なまぐさい分裂の道へと進んでいく。
新選組隊士の中では、芹沢が永倉が土方が語り部となるのであるが、同じ事件でも言い分が異なり、誰の言葉が真実であるのか分からない。これも絶妙。まるで、黒澤明の「羅生門」(原作は芥川龍之介の「藪の中」)である。
そんな中で芹沢・新見・平山らに心ひかれたのは、浅田次郎の魔力に見事にはまったせいだろう。
”フォーサイス、見てきたような嘘を書き” とすると
”次郎はん、見てきはったような話書き” だろうか。
しかし、心地よいのである。芹沢と運命を共にしたお梅の哀れさ、平山に「おゆき」と言ってもらえた吉栄の喜びと悲しみが胸をうつ。女性たちについては、実はいくら書いても書き尽くせない。皆、生きることに懸命で、ひたむきで、隊士たちには憎しみと親愛という相反する感情を抱いている。新選組と共に、あるいは新選組に反発して泣き、笑い、怒る。
女性陣を代表して糸里について少しだけ。
「男はんはええなあ」「もいちど生まれ変われるのやったら、どないしても男がええ。おなごに生まれて得なことなど、何ひとつもあらへん」と考えていた糸里。だが、吉栄と新しい生命の行く末を会津の殿様に約束させた糸里は、それと引き替えるかのように土方と決別し、島原の大夫として歩む決心をする。
「輪違屋桜木大夫、逢状うけたまわりまして、ただいままかり越しますえ」
エピローグ的な終章はしみじみとした味わいと生き抜く覚悟を決めた女の強さが見事に表れていた。ある程度予測できた内容かもしれないが、輪廻転生も感じさせる素晴らしい終幕であった。