ひろの東本西走!?

読書、音楽、映画、建築、まち歩き、ランニング、山歩き、サッカー、グルメ? など好きなことがいっぱい!

製鉄天使(桜庭一樹)

2010-02-06 23:32:08 | 12:さ行の作家

Seitetsutenshi1製鉄天使(桜庭一樹)
東京創元社
★★★★:75~80点

あの衝撃作「赤朽葉家の伝説」に出てきた赤朽葉毛鞠(けまり)と穂積蝶子。本作の赤緑豆小豆(あずき)と穂高菫(スミレ)。2つの物語が見事に重なる。

内容に関して殆ど予備知識なしで読んだので、「赤朽葉家~」での毛鞠と蝶子の物語と本作における2人の物語が大筋で同じなのに驚いた。双子のような作品かなとか、似ていても、いずれどこかで異なった形になるのではと想像していたら、まるで「赤朽葉家~」の追体験をしているようであったことに更に驚いた。。。「赤朽葉家~」のスピンアウト作品(既存の作品(本編)から派生した作品)のようだが、桜庭一樹が本作を書いた意図・目的は何だったのか?

Amazonのカスタマーレビューを見ると賛否が大きく分かれていたが、私は「赤朽葉家~」でも毛鞠の物語を最も面白く感じたので、追体験的とはいえレディースたちのハチャメチャで元気な物語を再び味わえるのは嬉しかった。当然のことながら前作よりもディーテールの書き込みが多く、会話の面白さも含めてそれを楽しんだ。私の解釈は、赤朽葉毛鞠が赤城山の山中で出会った男に、名前などを少しずつ変えて自らの物語を語ったといったところか。

新聞評で重松清氏が書かれていた”レディースの疾走感 荒く切なく”に、この作品の魅力が凝縮されていると言える。あるいは”女の心意気と純情”や”疾走する喜びと悲しみ”とも言えるだろうか。特に悲しみについては、スミレに裏切られた悲しみ、スミレを失った悲しみ、大人になってしまうことの悲しみ。。。総番のタケルがプロボクサーを目指して先に大人になっていく部分も印象的だった。

ただ、重松氏は「赤朽葉家~」との関連性のことを書かれていないが、これは意図してのことだったのか?

**************** Amazonおよび「BOOK」データベースより **************** 

レディース〈製鉄天使〉を結成し、中国地方にその名を轟かせた伝説の女、赤緑豆小豆の唖然呆然の一代記。里程標的傑作『赤朽葉家の伝説』のスピンアウト長編、全貌を現す!

辺境の地、東海道を西へ西へ、山を分け入った先の寂しい土地、鳥取県赤珠村。その地に根を下ろす製鉄会社の長女として生まれた赤緑豆小豆は、鉄を支配し自在に操るという不思議な能力を持っていた。荒ぶる魂に突き動かされるように、彼女はやがてレディース“製鉄天使”の初代総長として、中国地方全土の制圧に乗り出す―あたしら暴走女愚連隊は、走ることでしか命の花、燃やせねぇ!中国地方にその名を轟かせた伝説の少女の、唖然呆然の一代記。里程標的傑作『赤朽葉家の伝説』から三年、遂に全貌を現した仰天の快作。一九八×年、灼熱の魂が駆け抜ける。

*********************************************************************************

鉄に愛された小豆。愛機の赤いバイクや鉄製武器が生き物のように動き、彼女の意のままに操られる。その不思議な面白さ。道に迷った山中の暗闇の中でも進むべき道が分かる小豆の能力。最後にはその能力を発揮して。。。荒唐無稽であるが、「赤朽葉家~」も不思議な不思議な作品であったので、私はそれらは全く気にならず。コミカルというかファンタジーと感じた。赤いバイクが”うぉん”と返事をするかのような音を出す忠義さが微笑ましい。

赤いリボン、赤い特攻服、鮮血・・・。やはり”赤”が印象的。また、総長・小豆がなかなかの美貌の持ち主であるのは「少女七竈と七人の可愛そうな大人」とも相通じると感じた。

真の中国地方統一を成し遂げた直後に忽然と姿を消した製鉄天使が赤城山の徳川埋蔵金発掘をしているのは痛快!サブキャラも良し。悪の花・スミレは別格としても、特攻隊長・花火、詩人&書家である(?)親衛隊長・ハイウェイダンサー、理論派の参謀・レディ。緑が丘中学の総番・大和タケルの最強にしての純情ぶり。その伯父でかつての伝説の総番・イチたち。

読み終わって新たに心に深く残るものは少ないが、元々そういうことを意図しての作品ではなかったのだろう。小豆の元気さを味わえれば十分であった。

◎参考ブログ

    苗坊さんの”苗坊の徒然日記”


少女七竈と七人の可愛そうな大人(桜庭一樹)

2009-10-01 22:24:33 | 12:さ行の作家

Nanakamado1少女七竈と七人の可愛そうな大人(角川文庫)
★★★☆:70~75点

終盤までは桜庭一樹ワールドともいうべき不思議な不思議な物語の味わいに唸り、それを堪能していたのですが、7話のあとの「ゴージャス」(かつての異色アイドル・乃木坂れなの語り)には七竈が出てこないし、しかも唐突に終わってしまったので、何か拍子抜けしてしまいました。元々この文庫本は2006年に角川書店から刊行された単行本に加筆したものとのことで、「ゴージャス」は野生時代07年2月号掲載のものに加筆となっていました。つまり本来は(?)第7話で終わりだったということみたいで、「ゴージャス」に違和感を感じたのも当然かもしれませんね。最後の方まで80点ペースはキープしていると感じていたのが、結局70~75点までダウンしてしまい、それが惜しまれます。「ゴージャス」は必要だったのですかねえ。「ゴージャス」の章はあるとしても、もうちょっと違った書き方をして欲しかったなあ。

********************* 内容(「BOOK」データベースより) *********************

「たいへん遺憾ながら、美しく生まれてしまった」川村七竃は、群がる男達を軽蔑し、鉄道模型と幼馴染みの雪風だけを友として孤高の青春を送っていた。だが、可愛そうな大人たちは彼女を放っておいてくれない。実父を名乗る東堂、芸能マネージャーの梅木、そして出奔を繰り返す母の優奈―誰もが七竃に、抱えきれない何かを置いてゆく。そんな中、雪風と七竃の間柄にも変化が―雪の街旭川を舞台に繰り広げられる、痛切でやさしい愛の物語。

*********************************************************************************

七竈と雪風。とてもよく似た”かんばせ”の2人は実は異母きょうだいであったようで・・・

七竈と雪風の2人に共通のしかも唯一の(?)趣味が鉄道模型。その静けさがある意味で心地よかったです。七竈と雪風が離ればなれになることを悲しむ普通の女の子・緒方みすず。彼女は雪風を好いていたのだが、七竈にまとわりついているうちに七竈と雪風の不思議な関係と世界に引き込まれてしまったのだろう。面白い役回りでした。

七竈の古風で丁寧な話し方も妙に印象的。”かんばせ”という言葉も耳から離れません。

P27の挿し絵(セーラー服を着て?鉄道模型の車両を胸に抱いて座る細身で髪の長い美少女)が実に印象的でした。そして終盤、東京の大学に進学するために上京する七竈(雪風は北大に合格)。その前に髪を切って短くすると、何と鏡の中に雪風がいた。

  まるで少年のような短い髪。青白い肌。
  切れ長の瞳、悲しげな薄ら寒いかんばせ。

このシーンと挿し絵も心に残りますね。

「赤朽葉家の伝説」 「私の男」でひっくりかえるほどの衝撃を受けた桜庭一樹作品。本作の点数はやや低めにしましたが、独特な空気が素晴らしかったです。


クローズドノート(雫井脩介)

2009-07-03 23:19:01 | 12:さ行の作家

クローズドノート(角川文庫)
★★★★:80(~85)点

Closednote1 妻が勤務先の友人からお借りした本を全く予備知識なしで読み、中盤以降はあまりの面白さにほぼ一気読みで読了した。物語終盤の展開は誰でもほぼ読めてしまう(想像がつく)ものの、ミステリー小説ではないと思うので、全く問題なし。それよりも、ああやっぱりそうだったんだなあという感慨の方が大きかった。良い本です。

***************** Amazonより *****************

自室のクローゼットで見つけたノート。それが開かれたとき、私の日常は大きく変わりはじめる――。『犯人に告ぐ』の俊英が贈る、切なく暖かい、運命的なラブ・ストーリー.

堀井香恵は、文具店でのアルバイトと音楽サークルの活動に勤しむ、ごく普通の大学生だ。友人との関係も良好、アルバイトにもやりがいを感じてはいるが、何か物足りない思いを抱えたまま日々を過ごしている。そんななか、自室のクローゼットで、前の住人が置き忘れたと思しきノートを見つける。興味本位でそのノートを手にする香恵。閉じられたノートが開かれたとき、彼女の平凡な日常は大きく変わりはじめるのだった―。

*********************************************

真野矢吹先生の、人として、教師としての素晴らしさ。多分に優等生的ではあるが、初めての担任となったクラスの生徒たちや親と真摯に向き合う。そこから家族のようなクラスが次第にでき、一丸となって色んなことに取り組んで、一緒に泣き笑いする。矢吹が書いたノートを読む香恵を通じて、矢吹と4年2組の生徒たちの活き活きした姿が目に浮かぶようであった。

こんな先生が本当にいるのかな?若干甘過ぎるし、理想論かもしれないなと思っていたのだが・・・あとがきを読んで、この小説にはモデルがあり、それが著者の亡くなったお姉さんだったという話にはビックリした。本書に出てくる色んな文章や言葉も、お姉さんの原文をそのまま用いたりしている部分があったりと知って、本当にこんなにひたむきで、生徒たちからも慕われた先生がいたのかという感慨持つと共に、矢吹先生に対して一気に親近感を感じてしまった。仕事や恋愛に悩む姿も良い。そんな矢吹に共感し、勇気づけられる香恵も微笑ましい。私は矢吹先生がノートをつけていた日々(過去)と、それを香恵が読む日々(現在)の間にはてっきり数年の差があるとばかり思いこんでいたのだが。

ラスト近くの香恵の言葉と共に、矢吹を慕っていた元4年2組の二人の少女(絵里と君代)との会話のシーンが最も感動的だった。特に、ひきこもりから抜けだし、何とか頑張って学校に通っている君代の言葉が胸をうつ。

序盤は本邦初の(?)万年筆小説といった趣があり、これもとても良かった。ここをくどいと感じる人もいるだろうが、私は断固支持!バーチャル全盛・効率化第一の今日であるが、リアルとしてのモノの凄さや素晴らしさ、すぐれたモノに対する憧れの気持ちや愛着・こだわり、手仕事に対する誇り・矜持と畏敬の念などが実によく書き表されていたと思う。本作品では万年筆売り場から始まる人のつながりも大事なポイントでしたしね。万年筆職人&文具店社長の娘で香恵の先輩社員でもある可奈子さんも、頼もしくサッパリした人柄などが魅力的だった。

クローズド・ノートの意味は、直訳が閉じられたノートだとすると、矢吹によって書かれ、いったんは他の人の目にふれることなく閉じられたノートが、香恵の手によって再び開かれ、読まれ、そこから新たな物語が始まったということか。香恵と隆作による新たな物語がどうなるのかは分からないが、矢吹のノートは決して閉じられてしまったのではないとも思える。

本作品は青春ラブストーリーであり、教育論でもあり、モノづくり論でもあったと言えるのではないか。

教育論に関して、先日読んだ齋藤隆氏の「教育力」(感想未アップ)という本には、あこがれの伝染としての教育、あこがれにあこがれる関係づくり、教師自身が学び続けること・・・などの記述があった。たったの1年ではあったが、矢吹先生と4年2組の生徒の関係はこれに近かったのかもしれない。

また、「教育力」には専門的力量と人間的魅力が教師にとって不可欠の能力ともあった。新任の矢吹先生は、当然のことながら専門的力量はまだこれからであっただろうが、それを補って余りある人間的魅力とか人(生徒だけでなくその親も)を思いやる心があったのだろう。

教育とは生徒たちの心の中に何かを残すこととも言えますね。絵里と君代の言葉がそれを物語っている。「教育」は大変なことだろうけれど、人の人生や生き方を変え得る素晴らしい職業であることも再認識した。他の人とはちょっと違った読み方をしたかもしれないけれど、実に素晴らしい小説だと思う。絶対のオススメです。

◎参考ブログ:

   エビノートさんの”まったり読書日記”
   そらさんの”ひだまりで読書”
   苗坊さんの”苗坊の徒然日記”

最近、トラックバック送信が全部失敗に終わっています。何でやろ。。。
   


警官の血(上・下)(佐々木譲)

2009-06-02 23:26:36 | 12:さ行の作家

Keikan2_2Keikan1警官の血(上・下)(新潮社)
★★★★:80点(上:75点、下:85点)

上巻で描かれた戦後のドサクサ~昭和30年あたりの日本。貧しいけれどもある種の歪んだ熱気があり、ノスタルジックなムードもあって興味深かった。
安城清二の駐在所時代良し。
ただ、所々すっと数年が経過するシーンがある。これは小説としては効果的な反面、やや描き込み不足のようにも感じられ、ズッシリとした小説好きの私としてはちょっと物足りなく思った。

例えば、清二の息子・民雄が過激派学生グループへの潜入捜査で精神的に次第に追いつめられ、破綻をきたす経緯が不明な点などである。このあたりの感想は直木賞選評での井上ひさし氏のものと似ていた。また、他の評者も大作・力作と認めつつも、ミステリー仕立てにしたこと、それが物語の深みに繋がったかどうかといった点などで若干の疑問を呈する人が多く、これが惜しくも直木賞受賞に至らなかった理由だったようだ。ちなみにこのときの受賞作が桜庭一樹の「私の男」(ブログでの感想はこちら)。

昔起こった2つの迷宮入り殺人事件と父(祖父)清二の不審な死の真相をめぐる下巻は、上巻を読み終えてから2ヶ月以上経って読了。結果的には上巻よりも面白く感じ、ラスト200ページくらいはほぼ一気読みだった。

祖父・清二、父・民雄に続いて三代目の警官になった和也。マル暴担当の四課で”独立愚連隊”とも呼ばれる敏腕だが”汚れた刑事”の加賀屋、和也の恋人になった美人の救急救命士・永見由香。下巻では、特命を帯びた和也から見た加賀屋の仕事ぶり、その汚れの実態・真相にしだいに迫っていく様子が臨場感たっぷりに描かれていたことが実に興味深かった。加賀屋と由香がある意味で生き生きとしていたことが本作にリアリティと深みを与えたと思われる。加賀屋がもっと無茶苦茶なことをやるシーンがあれば、なお一層盛り上がったか。私は和也を裏切り、結局は逆に罠にはめられた人物が”ハチの一刺し”のような行動に出るのではと予想したのであるが、これは外れました。

終盤、和也はとある人物との対決で衝撃的な真実を知ることになる。最後の真実については上巻で多少なりとも伏線が張られていたのか?これは唐突の感が否めず、惜しいと感じた。

警察内部の不正や服務規程違反を取り締まる警務部や警務課の存在。数年後、和也もその捜査方法などで警務から事情聴取を受けることになるが・・・。
「親父さんをこえてるな。ふてぶてしい警官になった」
映画「LAコンフィデンシャル」のラストを彷彿とさせるシーンにニヤリ。

本作が佐々木譲の渾身の力作であることは間違いない。しかし、三代にわたる警察官の物語としては更にもう少しずっしりとした重みや深み、時の流れのうつろいなどを感じたかったというのが本音である。

◎参考ブログ:

   そらさんの”日だまりで読書” (2009-6-4追加)
   ほっそさんの”Love Vegalta” (2009-6-8追加)

*********************************** Amazonより ***********************************
帝銀事件が世を騒がせた昭和23年。希望に満ちた安城清二の警察官人生が始まった。配属は上野警察署。戦災孤児、愚連隊、浮浪者、ヒロポン中毒。不可解な「男娼殺害事件」と「国鉄職員殺害事件」。ある夜、谷中の天王寺駐在所長だった清二は、跨線橋から転落死する。父の志を胸に、息子民雄も警察官の道を選ぶ。だが、命じられたのは北大過激派への潜入捜査だった。ブント、赤軍派、佐藤首相訪米阻止闘争、そして大菩薩峠事件―。騒然たる世相と警察官人生の陰影を描く、大河小説の力作。

過激派潜入の任務を果たした民雄は、念願の制服警官となる。勤務は、父と同じ谷中の天王寺駐在所。折にふれ、胸に浮かんでくる父の死の謎。迷宮入りになった二つの事件。遺されたのは、十冊の手帳と、錆びの浮いたホイッスル。真相を掴みかけた民雄に、銃口が向けられる…。殉職、二階級特進。そして、三代目警視庁警察官、和也もまた特命を受ける。疑惑の剛腕刑事加賀谷との緊迫した捜査、追込み、取引、裏切り、摘発。半世紀を経て、和也が辿りついた祖父と父の、死の真実とは―。


私の男(桜庭一樹)

2009-01-20 22:22:00 | 12:さ行の作家

Watashinootoko1 私の男(文藝春秋)
★★★★☆:85~90点

2008年最後の読了本は第138回直木賞受賞作。凄い小説だった。
以前に読んで度肝を抜かれた同じ著者の「赤朽葉家の伝説」とはまた全く異なった味わい・肌触りで、暗く寒い冬の海そのもののような荒涼とした衝撃の問題作。最初、淳悟の北の方から来たとの言葉に、てっきり朝鮮半島かロシアがらみの話かと思ってしまった。

ちょっと東野圭吾の衝撃作「白夜行」にも似た雰囲気があり、そこに、不条理・禁断・耽溺、歪んだ家族愛・父娘愛(?)、業(ごう)や性(さが)といったものが折り重なった小説といえるだろうか。

********************************** Amazonより **********************************

出版社 / 著者からの内容紹介
お父さんからは夜の匂いがした。
狂気にみちた愛のもとでは善と悪の境もない。暗い北の海から逃げてきた父と娘の過去を、美しく力強い筆致で抉りだす著者の真骨頂『私の男』。

内容(「BOOK」データベースより)
優雅だが、どこかうらぶれた男、一見、おとなしそうな若い女、アパートの押入れから漂う、罪の異臭。家族の愛とはなにか、超えてはならない、人と獣の境はどこにあるのか?この世の裂け目に堕ちた父娘の過去に遡る―。黒い冬の海と親子の禁忌を圧倒的な筆力で描ききった著者の真骨頂。

***************************************************************************************

【注:以下、ネタバレあり】

現在から過去に遡っていく描き方は、新しい手法ではないものの本作においては非常に効果的。昔は”一応”同僚や親戚との付き合いもあり、海上保安官として働き、まがりなりににも普通の生活を送っていた淳悟。彼が花と出会い(再会し)、一緒に暮らすようになり、関係を持つようになってからは次第に他の人とも疎遠になっていく。そして、大きな2つの事件を経て、淳悟が次第に精神的にも壊れて破綻していく様子がよりリアルに感じられ、ゾーッとした気分も強まった。淳悟が花を引き取り、公務員宿舎に引っ越して、これから二人だけの生活が始まろうとするラストシーン。そこには希望とか明るさも感じられるだけに、その後の(小説としては前の方の章であるが)物語の異常さ、切なさがかえって胸に迫る。

各章で語り手の異なる一人称の文体になっているが、その人物が変わっていく(淳悟であったり、花であったり、美郎であったり、小町であったり)のも面白かった。美郎や小町が語る部分は真相が明らかにされないため、読者は様々に推理・想像することになり、それがより不可解さ・不気味さを増すことにもなっていたように思う。ただ逆に、花が美郎と結婚するに至った(淳悟から離れようとした)経緯も明確には描かれず、これにはもどかしさが残った。

直木賞の選評で林真理子氏が書いておられたが、この小説を生理的に受け付けない人も多いかもしれない。世間での評価もかなり分かれているようだ。しかし、私は「赤朽葉家の伝説」同様に支持。ただ、読後のブッ飛び感では前作の方が大きかった気も。

また、同じく直木賞選評での井上ひさし氏の解釈には、うーーーんと唸ってしまった。淳悟がなぜあれほど母の愛に飢えていたのか、その出自に大いに関係あるのだろうが、著者はそれについてもハッキリ書いていない。井上ひさし氏の解釈が正しいのかもしれない。淳悟の実の母はいったい誰?

淳悟の行方、これからの花の人生など、読者に解釈を委ねてしまうような描き方。読後は不完全燃焼にも思えたのだが、筆者の術中にはまったということか。

また、とある人物の思いも寄らぬ形での帰還には、映画「太陽がいっぱい」のような恐怖を感じた。このゾーッと感が最大だったかもしれない。

◎参考ブログ

   エビノートさんの”まったり読書日記”
   苗坊さんの”苗坊の徒然日記”