容疑者Xの献身(文藝春秋)
★★★★☆’:85点
ご存じ、直木賞受賞作。東野さん、おめでとう!
ですが・・・、驚き、ぞくぞく感・ざわざわ感、重量感、感銘度といった点では、TVドラマが始まって話題となっている「白夜行」の方が上だったような気がします。それにしても、ほんと「白夜行」の原作は凄かった(直木賞の選評では、意外に評価が低めでしたが)。本作品は非常に読みやすかったのですが、その分ちょっと迫力不足や物足りなさも感じました。ただし、読みやすいことは長所とも言え、単に好みの問題でしょうね。
実は最後の30ページほどを飲み会帰りのほろ酔い状態で読んでしまい、これは痛恨のミス。余韻が多少損なわれてしまいました。東野さん、スミマセン。また、TVドラマで白夜行が始まり、原作のことを色々と思い出していたこともあって、評価としては少し損をしたかもしれません。
東野さんの作品は超メジャー級しか読んでいないのですが、順位をつけるとしたら、
①白夜行 ②容疑者Xの献身 ③秘密
といったところでしょうか。東野さんの熱心なファンは別としても、この3作をベストスリーにあげる一般読者は多いような気もします(順位はともかく)。各々が異なった味わいなのは見事のひとことに尽きます。
***************** Amazonより *****************
数学だけが生きがいだった男の純愛ミステリ
天才数学者でありながらさえない高校教師に甘んじる石神は愛した女を守るため完全犯罪を目論む。湯川は果たして真実に迫れるか
************** ハードカバー帯より **************
運命の数式。命がけの純愛が生んだ世界。これほど深い愛情に、これまで出会ったことがなかった。いやそもそも、この世に存在することさえ知らなかった。男がどこまで深く女を愛せるのか。どれほど大きな犠牲を払えるのか・・・。
************** 【以下、ネタバレあり 注意】 **************
石神が放ったトリック(もうひとつの○○、盗まれた自転車が新品だった理由 etc.)には全然考えが及ばず、これは見事!警察が花岡母娘のアリバイを崩せないのは不思議な気がしていましたが、そういうことだったのか・・・。うまいよなあ。
石神は警察との知恵比べでは勝利をほぼ手中におさめていたものの、学生時代に実力を認め合った友人・湯川の鋭い洞察力にその鉄壁の論理を崩されていく。石神が自分に生きる希望を与えてくれた存在である花岡靖子へ抱いた純愛は、ちょっと単純かなというか、そんなタイミングがあり得るのかなとも思ったのですが、これは酷な感想でしょうか。靖子の娘・美里の方が母よりも石神の感情をよく理解していたようなのは好感が持てました。彼女がちょっと可哀想だったな。
私は本作品では、純愛の部分よりも石神と湯川のちょっと不思議な友情というか関係の方に大いに興味を持ちました。数学と物理学という専門分野の違いを超えてお互いの学問に対する実力を認め合った二人。そんな二人が結果的に対決せざるを得なくなった皮肉。驚きと苦悩。この事件がなければ、立場・環境は違っても永遠の友でいることができたかもしれないのに・・・。
石神が自首したとき、私は最初、次のような理由なのかなと考えていました。生活のためとはいえ、数学の素晴らしさ・大事さなどを全く理解していない高校生に教える虚しさ、絶望感。いっそ、働くことをやめて、刑務所の中で(一応、最低限の衣食住の環境が保障されている・・・)数学のことだけを考えて生きていくことを決断すると。でも、これでは全然別の物語になっちゃいますね。
留置場内でのシーンに少しこれらの描写がありましたが、(元)理数系の人間として個人的には数学の奥深さや美しさをもう少し深く書き込んでほしかったです。推理小説の本質には無関係なのでしょうが、それによってまた別の余韻が生まれたような気がします。私にとっては”傑作”一歩手前の作品でした。
参考ブログ: