出口のない海(講談社文庫)
★★★★☆’:85点
8月だからというわけではないのだが、最近、戦争に関係する本を2冊続けて読んだ。そうちの1冊が近々映画も公開されるという横山秀夫氏の小説「出口のない海」。 警察ものなどで有名な横山秀夫が特攻兵器の人間魚雷「回天」を題材にした作品を書くのは意外だったが、優れた作品であり、一気に読了した。
【注意:以下、ネタバレ大あり】
学徒出陣の大学生・並木が主人公。戦争を描いた小説はともすれば暗くなりがちであるが、そこに野球(並木は甲子園の優勝投手)という題材を付け加えたことが、作品に明るさと爽やかさ、躍動感を与えて非常に良かった。
マネージャーの小畑が身の回りのものに加え、大切な眼鏡までも質に入れてお金に換え、郷里に帰ってちりぢりなった仲間に至急電報を打って開催にこぎつけた壮行試合。相手は近所のおやじさん達に赤い口紅のホステスさん!が加わった寄せ集めチームだったが、久しぶりの野球は明るくて楽しくて逆にそれが胸を打つ。 解説で山田洋次氏が書かれていた”野球の開放的な世界と回天の暗闇の空間の対比”が見事だった。
死を約束され、死を覚悟したのに、何度出陣しても故障などで戦果を挙げることなく帰投する北や沖田。そんな彼らに浴びせられる上官たちの非情な言葉。 「・・・出ていくからには戦果を挙げろ。スクリューが回らなかったら、手で回してでも突っ込んでみろ。わかったか!」
「スクリューを手で回せだとお?チクショウ!ふざけたこと言いやがって!・・・ああ、いいとも、死んでやる。・・・スクリューが回らなかったら、自爆したって死んでやらあ!」
敵艦に体当たりするのが使命の特攻隊員が味方の心ない言葉に傷つき、自棄になって死に急ごうとする虚しさ。
並木が沖田に語った言葉「俺は回天を伝えるために死ぬ。人間魚雷という特攻兵器がこの世に存在したという事実を伝えたいんだ」自分の死に何とか意味を見いだそうとする若者の苦悩がよく表れていたと思う。
軍隊生活を通じて一度も部下や目下のものに鉄拳をふるったことのなかった並木。「発進用意!」で心を決め、発動桿を押したのに、艇はクーンという妙な音がしただけで、燃料に点火しない「冷走」のトラブルに見舞われる。一度は死線を越えてしまった並木。回天のハッチから潜水艦に戻る彼の顔は蝋のように白く、髪が逆立ち、目は虚ろに宙を彷徨っていた。並木が出迎えた整備員・伊藤に「なぜ笑うかあ!」と怒鳴りつけ、頬を殴りつけたシーンに一瞬とはいえ人間が崩壊してしまった恐ろしさを感じた。
練習中に訓練艇に乗ったまま行方不明になった並木の驚愕の帰還。ボールに書かれた「魔球完成」の文字と沖田・美奈子に宛てられた手紙。感謝と詫びの言葉にこめられた喜びと悲しみが切ない。
本作ではラヴェルの「ボレロ」が重要な役割を担っていた。出征前の最後の日、喫茶「ボレロ」でマスターが並木と美奈子のためにかけてくれた秘蔵のレコード。国民学校の若い女性教師が拙いオルガンで必死に弾いてくれたボレロ。これからは「ボレロ」を聴くたびにこの小説のことを思い出しそうである。
文庫本カバーに「戦争青春小説」とあったが、この表現はちょっと軽く安易な気もした。戦時下という極限状態の中でも夢を追いかけ、精一杯考え、悩み、それでも明るくひたむきに生きようとした若者たちの物語とする方が良いのではないだろうか。 10代の頃に読んだ阿川弘之の名作「雲の墓標」にも深く感動した記憶がある。本作は主人公・並木の人柄もあり、より明るく軽みも持った作品になっていた。
ふと思ったのだが、ずっと戦火が続いているような国々では、このような小説が書かれることはないのだろうか。戦争の悲惨さ・虚しさを文学で伝えることはできないのだろうか。民族・宗教などバックにあるものが違うとは思うが。
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出版社 / 著者からの内容紹介人間魚雷「回天」。発射と同時に死を約束される極秘作戦が、第二次世界大戦の終戦前に展開されていた。ヒジの故障のために、期待された大学野球を棒に振った甲子園優勝投手・並木浩二は、なぜ、みずから回天への搭乗を決意したのか。命の重みとは、青春の哀しみとは--。ベストセラー作家が描く戦争青春小説。