ひろの東本西走!?

読書、音楽、映画、建築、まち歩き、ランニング、山歩き、サッカー、グルメ? など好きなことがいっぱい!

影法師(百田尚樹)

2010-10-20 01:10:38 | 15:は行の作家

Kageboushi1 影法師(講談社)
★★★★☆:90

「ボックス!」にぶっ飛び、「永遠の0 ゼロ」に深く心うたれた百田尚樹さんが放った最新作は時代小説で、これまた素晴らしい作品だった。本年度のMyベスト1級といえる。「風の中のマリア」「モンスター」は未読なのだが、この多様な作品群と見事な出来映えに驚愕。

読み出したときから藤沢周平の不朽の名作「蝉しぐれ」と似た味わいがあると感じたのであるが、これは恐らく百田氏も十分に意識されていて、平成時代の「蝉しぐれ」を書かれたのではないだろうか。この本に関しては全く予備知識無し、他の人の感想なども読んでいないのであるが・・・幼い日の父の死(非業の死)、”ふく(後のおふく様 「蝉しぐれ」)”を思わせる隣家の”保津”や後に妻となる”みね”。竹馬の友との変わらぬ友情。出仕し、精力的に村を回り色んなことを学ぶ牧文四郎(「蝉しぐれ」)と戸田勘一。藩政と藩の黒幕、暗躍。剣術の試合と対決 などなど。と書いているうちに、「蝉しぐれ」だけでなく、藤沢周平の「隠し剣」シリーズなどの秘剣や剣術者もの、「風の果て」などの藩政ものなど様々な要素が含まれていると感じた。それらの要素をうまくまとめ、素晴らしい一編となっていると思う。

~帯および「BOOK」データベースより~

生涯の契りを誓った二人の少年 一人は異例の出世を果たし、一人は貧困の中で朽ち果てた

「永遠の0」「ボックス!」「風の中のマリア」「モンスター」一作ごとに読者を驚かせてきた百田尚樹の最新作 今度は、ついに時代小説内容

光があるから影ができるのか。影があるから光が生まれるのか。ここに、時代小説でなければ、書けない男たちがいる。父の遺骸を前にして泣く自分に「武士の子なら泣くなっ」と怒鳴った幼い少年の姿。作法も知らぬまま、ただ刀を合わせて刎頚の契りを交わした十四の秋。それから―竹馬の友・磯貝彦四郎の不遇の死を知った国家老・名倉彰蔵は、その死の真相を追う。おまえに何が起きた。おまえは何をした。おれに何ができたのか。

【注:以下、ネタバレあり】

落ちぶれて野垂れ死に近い形で死んでいった磯貝彦四郎。終盤、彼が陰でどれほど勘一の命を救っていてくれたのかが次第に明らかになっていく。ここは、ミステリーの謎解き的な味わいもあり、見事。ラストの彰蔵(勘一)の慟哭。このラストシーンは何となく映画「道」や「冒険者たち」を思い出させた。ザンパノとジェルソミーナ。ローランとマヌー、レティシア。本作は男同士ではあるが、本当にかけがえのない人を失ってしまった悲しみが痛切である。

武家の次男(部屋住み)の悲哀もよく描かれていたし、百姓たちの貧窮、特に百姓一揆の話が心に残る。万作をはじめとする一揆の首謀者たちの覚悟。幼い子供を含む家族の磔の刑。5つの息子・吉太が最後に見せた笑顔と「おっとう」の言葉が胸をうつ。門を開けさせ、争うことなく一揆の群衆を城下に入れたものの、その責をとって切腹した町奉行・成田庫之介。筆頭国家老・滝本主税の不正の証を入手し、江戸の藩主のもとに運ぶことを勘一に託し、自らは切腹して果てた大目付・斎藤勘解由(かつて滝本に恩義があった)。彼らの命を賭した生き方の鮮烈さ。

残りページが少なくなってきて、勘一(後の筆頭国家老・名倉彰蔵)の藩政への関わりの部分などをもっと描いても良いのでは?ちょっと短く、もう少し長くても良いのでは?とも思った。しかし、失意と貧困の中で朽ち果てたかと思われた彦四郎の知られざる凄まじい生き様が明らかになる、その部分が極めて印象的に描かれていて、短さは気にならなくなった。いや、かえって物語のふっと途切れたような感じに、彰蔵の悲しみと自分はこれから一体どう生きたら良いのかという思いが深く伝わってきたように思う。 

読み終わってみると、下士の家に生まれながら、愚直にしかし真摯に生きた勘一に感動すると共に、大坊潟の干拓と新田化という茅島藩にとって起死回生の大事業を考えた勘一の凄さに心の底から感嘆し、下士の彼がその事業を成し遂げられるよう、自らの人生と命を犠牲にした彦四郎の思いと生き様を考えて涙・涙・涙である。彦四郎の真の思いがあまり本人の口から語られなかったため、推測するしかなく、それだけに余計に心にしみるのかもしれない。おまえに何が起きた。おまえは何をした。おれに何ができたのか。 この言葉が重い。

(2010-10-20追加)
頭脳明晰で剣の腕も優れ、人柄は素晴らしく皆からの信望も厚かった彦四郎。嫡男でないとはいえ、少しずつ役について出世し始めた彼が、その後に何故あのような生き方をしたのか。誰しもここは疑問に感じるところだろう。下士の家に生まれた故に真に藩内の民のことを考えた勘一。その自分にはないような真っ直ぐな性格と豪気?への感嘆の思いと共に、やはり”みね”とのことが考えられる。みねへの想いを率直に打ち明けた勘一。磯貝家で下働きをしていて幼い頃からみねを知っている彦四郎にとって、彼女は妹のような存在だったかもしれないが、実際にはお互いにきちんと口にはしないものの、想い想われの感情があったと思われる。しかし、養子に行かない限り部屋住みとして結婚すらできない彦四郎は、勘一の想いの強さに驚くと共に、彼女は勘一と結婚した方が幸せになれると考えて自ら身を引いたのか。ただ、古くからの友として自分がしょっちゅう勘一とみねの側にいるのも忸怩たる思いがあり・・・と複雑な気持ちを抱いているうちに勘一が殿に命を賭して直訴すると聞き・・・。勘一を守るために、そしてみねに悲しい思いをさせないように、影法師となる気持ちを固めたのだろうか。これだけではちょっと甘く単純な解釈にも思われ、もっと深い理由があるようなな気もするが。

いや、彦四郎のその後の酒に溺れたような暮らしは、みねに自分のことを忘れさせるため、そして、自分もみねのことを忘れるため?ここまで考えると、何となく分かってきたような気もする。しかし、真相は百田氏の頭の中にしかないのだろう。また、この3人の微妙な関係は、夏目漱石の「こころ」や「それから」的な感じもあったように思う。

ラスト近くに現れた片足の居合いの達人・島貫玄庵がもの凄い存在感だった。彼が語った「奴が言った言葉-名倉勘一は茅島藩になくてはならぬ男、という意味がようやくわかった。・・・・しかし奴は儂と違い、人を生かした。磯貝彦四郎-あれほどの男はおらぬ」「磯貝彦四郎ほどの男が命を懸けて守った男を、この手にかけることはできぬ」
そして、彦四郎と思われる人物が稲穂の波をいつまでも眺めていたという言葉。

これらの言葉があって、読者は彦四郎の生き方と死が決して不遇なものだけではなかったと少し安堵するのであるが、友の本当の気持ちがわからないまま、そしてその命を救うことができなかった勘一(彰蔵)の悲しみがより一層胸にしみいる。

◎参考ブログ(2010.10.21)

   naruさんの”待ち合わせは本屋さんで”
   すずなさんの”Book worm”
   shortさんの”しょ~との ほそボソッ…日記…”
   BEEさんの”はちみつ書房”
   west32さんの”WESTさんに本を”
   ピカードパパさんの”子育てパパBookTrek(P-8823)”
   パスターかずさんの”パスターかずの「私的いきかた文庫」”
   春色さんの”読書の薦め”


ボックス!(映画)

2010-07-24 08:50:27 | 15:は行の作家

Box_3映画「ボックス!」
★★★★:75~80点

先日、夫婦で映画「ボックス!」を観てきました。

面白かったです。ただ、青春スポーツ小説のベスト1、2位とも評価している原作を読んだときのインパクト・感動度がもの凄かったので(そのときの感想はこちら)、どうしてもそれと比較せざるを得ず、75~80点となってしまいました。原作あっての物語なのでね。

”カブ”役の市原隼人はハマリ役というか、正にカブそのもので、これは特筆ものでした。ボクシングに関してもかなりトレーニングをつんだのでしょう。あまりガードしないトリッキーな動きもそれらしかったです。

また、ランニングのシーンのスピード感・躍動感、身体の軽さを感じさせる動きも見事。「風が強く吹いている」でも林遣都のランニング・フォームの素晴らしさにビックリしたのですが、この市原隼人も凄いです。

映画「風が強く吹いている」の感想でも同様なことを書いたのですが、あの分厚い原作を約2時間にまとめるのは至難の技で、印象深いエピソードの幾つか(恋のトライアングル関係、キャプテン・南野とカブの最後のスパーリング、部室の天井に貼られている写真 etc.)がカットされていたり、ちょっと変えられたりしていたのは残念でした。

高津先生・香椎由宇はちょっと美人すぎるかなと思っていたのですが、なかなか良かったです。ボクシング部監督の筧利夫は原作とちょっとイメージが違っていたでしょうか。原作ではボクシングを知らない高津先生に説明する形でアマチュアボクシングの特徴や奥深さを語るその静かな雰囲気がより印象深かったような気がします。木樽”ユウ”ちゃんが全くの初心者から4ケ月間ひたすらジャブの練習だけを続け、その後次第に才能を開花させていくと共にだんだん構えがさまになっていく過程は良かったです。このあたりを更にもうちょっと味わい深く描いてもらいたかったところではありますが。カブとユウちゃんのちょっと不思議な友情はよく描かれていましたね。強豪・稲村に惨敗し、その後、ユウちゃんとの対決にも敗れたカブは一大決心をし、彼のために仮想・稲村役をつとめる。それが最後の決戦で万事休すかと思われたピンチで見事に生きる。これは痛快!

一部アマチュア・ボクシングのルールとそぐわないシーンがありますとの注釈が出てきました。あの激しい打ち合いはアマチュアボクシングの試合ではあり得ないと思っていましたし、相手校の取り巻き(?)の雰囲気にちょっと違和感も覚えたこともあって、アマチュア・ボクシングの素晴らしさ、ピュアな感じを損なってしまっていたのでは?とも思いました。実際にアマチュア・ボクシングの試合を会場で見たことはないのですけれど。

マネージャーの”マルブタ”丸野智子(谷村美月)。ちょっと古風な感じもする彼女の顔が良かったですね。原作での彼女はもっともっとカブをはじめ、ボクシング部メンバーのことを思っている気はしましたし、原作対比で映画としてのアラは色々ありますが、全体的には百田直樹さんの原作の雰囲気がよく出ており、まずは快作&素晴らしいスポーツ青春映画といえます。ボクシングが題材だし、こういう映画は妻に合うかなと思っていたのですが、面白かったとのことで良かった、良かった。


サッカーボーイズ 14歳 蝉時雨のグラウンド(はらだみずき)

2009-09-12 10:30:29 | 15:は行の作家

Harada1_2サッカーボーイズ 14歳 蝉時雨のグラウンド
                    角川書店)
★★★★☆:85~90点
はらだみずきさんの青春サッカー小説「サッカーボーイズ」。第1弾の「再会のグラウンド」、第2弾の「13歳 雨上がりのグラウンド」に続く期待の第3弾「14歳 蝉時雨のグラウンド」を読みました。やはり試合のシーンが圧倒的に素晴らしく、あっという間の読了でした。
まさに”ボールも こころも 跳ねる、小説”です。

「再会のグラウンド」を読んだのが4月、「13歳 雨上がりのグラウンド」を読んだのが5月で、そのときは感想を書けずじまいでしたが、ここは感想をきちんと書いて感動の記録を残しておかねば!

えーっと・・・カラー画面での入力・編集がどうもうまくいかないので、ここからは通常画面に切り替えました(汗)。

**************** 単行本の帯より ***************

  「もう一度、あの場所に立ちたいんだ」
  キーパー経験者のオッサがサッカー部に加入した。が、つまらない
  ミスの連続で、チームメイトに不満が募る。14歳、中学2年生の
  少年たちは迷いの中にいる。
  心を揺さぶる、挫折からの再生の物語―。

**************************************************

オッサが植え付けられた恐怖感と彼が味わった挫折感は、中学2年生が抱える悩み・苦しみにしてはちょっと重すぎる、陰湿過ぎるかなとも思いました(最近の学校ではこんなことがよくあるのかもですが・・・)。しかし、県大会出場をかけて絶対に負けられない試合で先発GKの哲也がよもやのレッドカードで一発退場のピンチをむかえる。急きょ交替出場のオッサは果たして敵のエースストライカーが放つ強烈なフリーキックを防ぐことができるのか?苦悩が深かった分、オッサの復活シーンがより感動的になったと思います。

GKとして再びつかんだ自信。チームでただ一人違う色のユニフォームに身を包み、一番後ろでゴールを死守する、その孤独感。その一方で感じる仲間からの信頼感、仲間との一体感。仲間の背中を見て鼓舞し続け、祈りをこめてボールをフィードする、その喜び。

これらが実によく描かれていました。

感想を書けずじまいだった前2作ですが、手元ノートのメモから少し書き出してみると、

  「再会のグラウンド」 ★★★★☆:85~90点 

   (少年)サッカー小説には「龍時」を上回るものはない、出てこないと
   思っていたが、それに匹敵する作品が出てきた!
   何とみずみずしい青春スポーツ小説。

   として、小学生と大人(コーチや親)の両方が描かれていた。
   子供の読者にとって大人のシーン・会話はピンとこなかったりする
   かもしれないが、大人の読者にとっては両方があってより味わい
   深いものになったと思う。人によっては、その描き方・立ち位置が
   やや中途半端というかもしれないが、一生楽しめるスポーツとして
   のサッカーの魅力がよく描かれていてveryg ood !
   主人公の遼介と共にチームメートもきちんと描かれていた。

   強豪クラブチーム「キッカーズ」との試合が感動的。
   小2のときに夜逃げ同然のようにして転校した鮫島琢磨との再会。
   何と彼はサッカーを続けていたのだ!
   彼のチームと試合をするために打倒キッカーズを誓い、必死の
   プレーを続けるその心意気や良し!

  「13歳 雨上がりのグラウンド」 ★★★★’ :75点

   実はこの作品については、”前作の初々しさには及ばず”として、
   他に感想メモが残っていませんでした。
   これは感じ方だけの問題だと思うのですが、はらだみずきさん、
   スミマセン(汗)。

そして今回の「14歳 蝉時雨のグラウンド」です。第1作で感じたあの瑞々しさ、ゲームでの興奮が蘇ってきました。とくに私が好きだったのは以下のようなシーンです。

サッカー部の女子部員でもある蜂谷麻奈(1年生)が、青葉市の女子サッカークラブで練習しているところを見てみんなが応援するシーン。

   「麻奈、ナイスプレーだ!」
   「いいぞ、ハチヤ!」
   「ハチ、行け!」
   「エイトー、がんばれー!」

   ボールがラインを割ってスローインになると、麻奈は振り返り、
   男子サッカー部員が応援に来ているのに気がついた。
   顔がぱっと明るくなって、照れくさそうに笑った。

キッカーズとの再戦。0-3とリードされた後半、それまでの4-4-2から小暮の指示で初めて4-3-3の攻撃的フォーメーションを試す。そして、遼介が囮となって輝志(1年生)のシュートで1点を返したシーン。

   恐れを知らない一年生は、そのまま両手を開いて旋回した。
           :
   「何やってるんだ、おまえら!」(キッカーズの監督)
           :
   輝志は二年生にもみくちゃにされた。

蜂谷麻奈と小暮輝志の1年生コンビが物語に新しい風を吹き込んでいます。もの静かな活躍ぶりが微笑ましいです。もちろん、2年生たちも素晴らしいですよ。新人戦の準々決勝のシーン。

   オッサ→麻奈→土屋→巧→良→遼介 と流れるようなパス回し。
   ダブルリョウの頭脳的連携プレーに完全に振り回される敵ディフェンダー。
   そして感動的なゴールへ。

   完全に自由を手にした遼介が、右足首を固めて振り抜く。
   心地よい衝撃を三本指の付け根に感じた。
   振り足と共に軸足も自然に地面から跳んだ。
   得意のアウトにかかったシュートは、キーパーの左を抜いて
   ネットに深く突き刺さった。

   まるで起立を求められたように、桜ヶ丘中ベンチの全員が
   一斉に立ち上がった。
   鉄笛が秋空に長い尾を引いて響くと、季節外れの蝉時雨の
   ような大歓声がわいた。

遼介のシュート&ゴールシーンがスローモーションで目に浮かぶような気がしますね。
身体の浮遊感も素晴らしいです。

全員が自由自在に走り回ってパスを繰り出し、相手ディフェンス陣を翻弄しながら敵ゴールへ向かう姿は力強く美しく、選手たちも自分たちのサッカーを繰り広げる喜びにひたる。そう、1つの理想としてクライフを軸としたオランダチームが見せたトータルフットボールさながらです。

そして、遼介の使う魔法のかけ声。 

   「エンジョーーーイ!」
   「フットボーール!」

最高です。

物語のラスト、サッカーをやめた和樹もいずれ戻ってきそうな・・・。
「15歳編」が待ち遠しいですね。ダブルリョウはどうなるのか!
そうそう、美咲や葉子との胸キュン物語はもう少し展開があっても良かったような気がします(^_^)。

表紙&裏表紙も素晴らしかったです。
木洩れ日の桜坂。そこをリフティングをしながら校門に向かうサッカー部の少年(もち武井遼介ですね)の後ろ姿。構図が抜群で、光を感じさせる色も美しい。

さて、名作揃いの青春スポーツ小説。皆さんが選ぶベストワンはどれでしょうね?

   野球        「バッテリー」(あさのあつこ)
   サッカー       「サッカーボーイズ」(はらだみずき)
              「龍時」(野沢尚)
   飛び込み      「DIVE!」(森絵都)
   陸上(短距離)  「一瞬の風になれ」(佐藤多佳子)
   陸上(長距離)  「風が強く吹いている」(三浦しをん) 
   自転車       「セカンドウィンド」(川西蘭)
   ボクシング     「ボックス」(百田直樹)

なお、各ブログ記事での採点は、そのときの気分によったりもしますので、点数の差はあまり関係がないとも言えます。他の日にもういちど採点したら、ころっと変わったりしますしね。


世界は分けてもわからない (福岡伸一)

2009-08-06 23:29:16 | 15:は行の作家

Sekaiha1 世界は分けてもわからない(講談社現代新書)
★★★★☆:90点

サントリー学芸賞・新書大賞をダブル受賞した「生物と無生物のあいだ」の著者・福岡伸一氏の最新作。「生物と~」は感想が書けずじまいだったものの2007年度のノンフィクション作品ではダントツの1位にしたのだが、本作もあっと驚く一気読みの面白さで、今年も1位の予感がしている。

****************** Amazonより ******************

60万部のベストセラー『生物と無生物のあいだ』続編が登場! 生命は、ミクロな「部品」の集合体なのか? 私たちが無意識に陥る思考の罠に切り込み、新たな科学の見方を示す。美しい文章で、いま読書界がもっとも注目する福岡ハカセ、待望の新刊。

顕微鏡をのぞいても生命の本質は見えてこない!?科学者たちはなぜ見誤るのか?世界最小の島・ランゲルハンス島から、ヴェネツィアの水路、そして、ニューヨーク州イサカへ―「治すすべのない病」をたどる。

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科学者・専門家の間では福岡伸一氏(の著書)に関する評価は色々あるようだが、新書での出版≒一般読者向けの啓蒙書と考えられ、学術書・専門書ではないので私は気にならない。それよりも前作同様に、あるいはそれ以上に分子生物学の世界をこれほど分かりやすく、面白く書かれたことを高く評価したい。書かれていることのどれが(どこまでが)正しいのか等は分からないが、大いに知的好奇心をくすぐられた。こういう感想を持つ本はあまり読んでいないので、大収穫である。

また、理科系だから、技術系だから、あるいは学者だから分かりにくい文章でも構わないというものではないと思う。難しいことをわかりやすく書くことの素晴らしさ、福岡氏の一般読者を引き込むその筆力は素晴らしい。詩情にあふれた文章も味わい深く、特に文系の人(?)の評価が高いというのもよく分かる気がする。本作ではあまり多くはないが、図や写真、例えの使い方なども絶妙。あえて私が感じた小さな疑問点を挙げると、この書名が本書の内容にふさわしいのかどうかということと、論旨が果たして首尾一貫していたのかなということである。これは私の理解不足かもしれないし、大した問題ではないであろうが。

特に良かった章をあげると、

まずは第4章「ES細胞とガン細胞」。再生医療にも大いに関係のあるES細胞とガン細胞が何と紙一重の差だという。

「生物と~」でも出てきたジグソーパズルを例えに用い、マップ・ラバー(地図好き)とマップ・ヘイター(地図嫌い)の考え方が実に興味深かった。ジグソーパズルでマップ・ラバーチームとマップ・ヘイターチームが戦えばどちらに軍配が上がるのか?果たして全体の絵柄を知る必要があるのか否か。では細胞の場合は?DNAは身体全体の設計図ではないのか?いやはや面白い。

第6章「細胞の中の墓場」。”消化は何のために行われるのか?”
吸収しやすくするためという一般的な回答も正しいのであるが、”前の持ち主の情報を解体するため”という考え方にビックリ!食物タンパク質はもともといずれかの生物体の一部であったもので、そこには持ち主固有の情報がアミノ酸配列として満載されている。これが身体の内部に侵入すると、身体固有の情報系との衝突・干渉・混乱が生じる。タンパク質レベルの情報のせめぎあい。これを防ぐためだとは!

そして、第8章「ニューヨーク州イサカ 1980年1月」以降の凄さには感嘆した。途中、理解できないことも多数あったものの、ここからエピローグまでのたたみかけるような展開は圧巻である。第11章「高らかな勝利宣言」と第12章「鳴り響いた警告音」この暗転は見事だった。まるで上質の科学ミステリー・科学サスペンスの趣である。ラッカーとスペクターが短期間の間に築いてきた偉業。あまりの見事さに、その底には何かが起こりそうな不気味な通奏低音が流れているような感触もあったのだが・・・。神の子・スペクターがしたことは・・・。そして、

   ”もし彼らが、天空の城の大伽藍をその構想だけにとどめていたと
   すれば、あるいは、それをあくまでも作業仮説として、地道な実験を
   継続していれば?たとえ実際の酵素発見、酵素精製の研究競争に
   負けたとしても、スペクターとラッカーの名前は生化学史上の偉大な
   天才として残ったはずなのだ。なぜなら、彼らは正しかったから。
   彼らの描いた星座は、そのとき皆が見たいと渇望した星座そのもの
   だったという意味において”

という箇所に込められた真実を発見することの困難さと運命の皮肉に唸った。

また、高名なデザイナーであるイームズ夫妻が作った実験的なフィルム「パワーズ・オブ・テン」(10のn乗)の描写には、たとえ言葉だけであっても、めくるめくような感覚を味わった。銀河系と素粒子の世界の共通性。”マクロを形作るミクロな世界の中に、マクロな世界と同じ構成原理が、無限の入れ子構造として内包されている”ことの凄さ!

などなど、感想が書けないままに終わった「生物と無生物のあいだ」のことを反省して、読了後1週間が経つものの何とか感想をアップすることができた。とりあえず、ホッ。。。


永遠の0 ゼロ (百田尚樹)

2009-07-30 22:32:39 | 15:は行の作家

Eiennozero1Eiennozero2_2永遠の0 ゼロ (太田出版、講談社文庫)
★★★★☆’:85点

私にとって今年のベスト1候補である「ボックス!」 の著者がこんな小説を書いていたとは!いや、逆に、この小説を書いた著者が次に「ボックス!」 のような小説を書くとは!全く異なった題材と味わいの2作。これは嬉しい驚きである。

私が大感動した「ボックス!」に続いてこの本を単行本で読んだのは今年の2月である。このときは内容について全く予備知識なしで読み出し、まずは”0(ゼロ)”の意味に驚き、どんどん物語に引き込まれ、最後は宮部久蔵という人物の生き様に深く心を打たれた。

この夏、本書が文庫本化されて宣伝にもかなり力が入れられているようだ。 「ボックス!」で本屋大賞・第5位になったこと、8月15日が近づいていることなどからキャンペーンが張られているのだろうか。百田尚樹氏がより多くの読者に知られることは嬉しく思う半面、密かな愛読書(と言ってもまだ半年なのですが)が表舞台に出てくるのは、隠していた宝物を見つけられてしまったようなちょっと惜しい気もする。百田さんゴメンナサイ。

********************** Amazon(BOOKデータベース)より ********************** 

(単行本)
日本軍敗色濃厚ななか、生への執着を臆面もなく口にし、仲間から「卑怯者」とさげすまれたゼロ戦パイロットがいた…。人生の目標を失いかけていた青年・佐伯健太郎とフリーライターの姉・慶子は、太平洋戦争で戦死した祖父・宮部久蔵のことを調べ始める。祖父の話は特攻で死んだこと以外何も残されていなかった。元戦友たちの証言から浮かび上がってきた宮部久蔵の姿は健太郎たちの予想もしないものだった。凄腕を持ちながら、同時に異常なまでに死を恐れ、生に執着する戦闘機乗り―それが祖父だった。「生きて帰る」という妻との約束にこだわり続けた男は、なぜ特攻を志願したのか?健太郎と慶子はついに六十年の長きにわたって封印されていた驚愕の事実にたどりつく。はるかなる時を超えて結実した過酷にして清冽なる愛の物語。

(文庫本)
「娘に会うまでは死ねない、妻との約束を守るために」。そう言い続けた男は、なぜ自ら零戦に乗り命を落としたのか。終戦から60年目の夏、健太郎は死んだ祖父の生涯を調べていた。天才だが臆病者。想像と違う人物像に戸惑いつつも、一つの謎が浮かんでくる―。記憶の断片が揃う時、明らかになる真実とは。涙を流さずにはいられない、男の絆、家族の絆。

************************************************************************************

感動本ほど感想を書けないという悪いクセが出て(?)、この本も感想を書けないまま約半年が過ぎてしまった。細部については忘れてしまっている部分も多く、以下はノートに残していたメモをもとに書いたものである。

【注:ネタバレあり】

戦争に疑問を感じる主人公といった観点では、横山秀夫の「出口のない海」とも共通点があり、家族への強烈な愛情といった点では、淺田次郎の「壬生義士伝」との共通点があった(但し、これも感想を書けていません)。特に「壬生~」の、凄い腕を持ちながらも給金をせっせと仕送りし、死の直前になっても家族のことを考え続けていた主人公の吉村と本作品の凄腕パイロット・宮部。この本を読んでいる間、終始二人の姿と生き方が重なり合う気がすると共に、色々考えさせられた。果たしてここまで家族を愛せるだろうか・・・。

あれほど生きて家族のもとへ帰ることを切望していた宮部は、いざ出撃という最後の最後で幸運を掴んだことを知る・・・。しかし、悩んだ末に彼が下した決断は・・・。そして、ラストで明らかになった真実に驚嘆。

  最後に宮部と会った時-
  あの人は別れ際に言いました。必ず生きて帰ってくる。たとえ腕がなくなっても、
  足がなくなっても、戻ってくる-と

  そして、宮部はこう言いました。たとえ死んでも、それでもぼくは戻ってくる。
  生まれ変わってでも、必ず君の元に戻ってくると。

この夫人の言葉に全ての真実が込められていた。
そして、宮部から外套をもらった人物は・・・。
ここは涙、涙、涙ですね。
他にも良いシーンがいっぱいありました。

第十章:阿修羅、第十一章:最期、第十二章:真相。そしてエピローグと、終盤のたたみかけるような展開が凄かった。宮部の死を描き、誇りと意地、畏敬の念と愛情に満ちあふれたエピローグも秀逸。

宮部久蔵。人から何と思われようが、何と言われようが自分の信念を曲げることなく家族のために生き抜こうとした男。本書はそんな人物を見事に描ききったといえよう。

◎参考ブログ:

   藍色さんの”粋な提案”
   naruさんの”待ち合わせは本屋さんで”
   ほっそさんの”Love Vegalta”(2010-7-27)
   かわさんの”国内航空券【チケットカフェ】社長のあれこれ”(2010-10-18)