一瞬の風になれ 第3部(講談社)
★★★★☆:90~95点
第2部を読んでから半年以上が経ち、ようやく第3部が図書館から回ってきて一気読みで読了しました。素晴らしかったです。
青春スポーツ小説には”野球”の「バッテリー」、”飛び込み”の「DIVE!」、”長距離”の「風が強く吹いている」、”サッカー”の「龍時」など、名作が多いのですが、”短距離”を題材にした本書もその仲間入りをしました。
あまりにストレートな青春スポーツ小説であるため、クセ玉好きの私としては色々と注文をつけて第1部:80~85点、第2部:85点としていましたが、第3部はレースのシーンが多かったこともあって特にスリリングかつ感動的で、1~3の総合感銘度としても90(~95)点をつけても良いかもしれません。大絶賛です。私自身、クラブなどで陸上を正式にやったことはないのですが、小さい頃から走るの大好きでしたし、現在もサボってばかりですが、マラソンランナーの端くれではありますので。
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◎第2部の感想はこちら
短距離の素晴らしさ・もの凄さをこれだけ臨場感たっぷりに描いてくれれば、文句の付けようがありません。また、練習メニューの内容などもかなり本格的だったと思います。直木賞は獲れませんでしたが、それで結構。この本の素晴らしさが分かる人にだけ愛されたらそれで十分かな?
新二や連が”本職”である100m走の描写も素晴らしいのですが、やはり4×100mリレーのレースが最高です。
4人でつなぐバトン。40秒ちょっとのレースの間に行う計3回のバトンパスが勝負の明暗を分ける。レースに勝つためにはギリギリのバトンパスを狙い、しかもそれが全部うまくいく必要がある。特に2走・3走の二人は前の走者から受けて次の走者に渡すという二つの仕事をこなさなければならず、スピードと度胸、一方で判断力と繊細さも要求される。果たしてスピードを落とさずにバトンは渡るのか?ちょっとのタイミングのズレがリレーゾーン・オーバーや逆に詰まりすぎを招いてしまう。もちろん、バトンを落とす可能性も充分にある。
いやー、もう、このドキドキ感が最高ですね。世界陸上大阪大会での男子400mリレー決勝を思い出しました。
これまで天賦の才だけで走ってきたような連がしっかりと練習し、きちんと食べ、筋力とスタミナをつけてその才能を更に高いレベルまで引き上げる。連をその気にさせたのは、超ライバル・仙波はもちろんのことだが、新二の存在が大きかった。新二は良いキャプテンになりました。不器用だけれど、それが魅力です。連が他の部員と次第にコミュニケーションをとれるようになったのも微笑ましい。
勝利と敗北、成功と失敗、喜びと悔い、歓喜の涙・うれし涙と悔し涙、才能と努力、個人とチーム、先輩と後輩、友とライバル、教師と生徒。
レース前の気持ちの高まりと不安・緊張。一瞬の静寂と号砲。レースが始まれば興奮と沈着冷静さが不思議に同居する。
地区予選、県大会、南関東大会と進むに連れて、選ばれし者だけが知ることのできる世界に入っていく。おおーっ!なんという緊張感と高揚感。
短距離を取り巻くありとあらゆる世界が描かれています。この本については、あまり細かい感想を書くのは無意味かなという気がします。空気や熱気、想いなどを”感じるべき小説”でしょうね。
◎気に入ったシーン(一部、省略り 【注)超ネタバレあり】)
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ユニのままの谷口と目が合った。
「神谷くん!」
谷口は俺を呼ぶと駆け寄ってきた。いや、飛びついてきた。
「神谷くん!」
「県、行ける!」
谷口は言った。
谷口は泣いていて、泣いている谷口を俺は支えていて・・・。
谷口さんと新二の恋の行方、これだけはもうちょっと描いて欲しかったような
気もしますが、まあ、このシーンだけでも十分かな?**************************************************************************
「あと一カ月あったら・・・・・・」
三輪先生は半分泣いていた。
「もうちょっと・・・・・・腰がなあ・・・・・・」
「言わんでください、先生」
溝井のほうが落ちついていた。
「ベスト出せて届かなかったんですから、実力です」
「7位かあ・・・・・・。俺は7位ってのがでえっきれえだよ」
みっちゃんはダダをこねている。
「好きな人いないって」
溝井は仕方ないという顔で半分笑い、タメ口になった。
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「・・・・・・すごいよ。いい試合だった。でも、入賞おめでとうなんて
言わねえからな」
「言ってくださいよ」
それでも、溝井は、しょっぱい顔でそう言う。
「言わねえよ」
先生は頑固に首を振った。
「明日の砲丸で、絶対、関東行け。そしたら、千回でも一万回でも言ってやる」
「・・・・・・ハイ」
そばかすだらけの溝井の笑顔が、大きく崩れて泣き顔に見えた。
このシーン、強い絆で結ばれている師弟関係がよく表れていて素晴らしいです。
負けたときにかける言葉の難しさ。しかし、”みっちゃん”こと三輪先生の
言葉は心がこもっていて、こちらも泣けます。**************************************************************************
4×400mリレーでは、それまでのレースでヘトヘトになっていた
アンカー・神谷が最後の最後で大失速し、関東行きを逃す。
「俺は誇りに思う。おまえらとおまえらの走りを誇りに思う。このマイルは
一生忘れん」
「俺も一生忘れません。人生最高のマイルでした」
「速かったなあ、根岸。・・・おまえを400でもマイルでも関東に連れていけな
かったのが・・・・・・」
三輪先生は言葉を詰まらせて唇を噛んだ。
「新二、ありがとうな。・・・・・・限界まで思いきり走る、おまえのレースが
俺は好きだよ。ショートの二人がこれだけ走ってくれたら、思い残すことは
何もないよ」
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:
「落ち込むのはもちろんだが、反省することも禁じる。いいな?」
「小細工はするな。一つひとつ思いきり走れ。どんな結果も恐がるな」
先生の言葉を聞いていて、急に涙がこぼれた。泣くつもりはなかった。
勝手に目にあふれてこぼれ落ちた。
「でも、俺は、本当に、マイルで関東に行きたかったんです・・・・・・」
俺はうめくようにいった。
「んなこたァ、わかってるよ」
根岸が言った。
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4×100mリレー決勝。
一走:鍵山-二走:連-三走:桃内 の会話が良い。
「一ノ瀬さん、思い切って1足延ばさせてください。必ず追いつきます」(鍵山)
:
:
「後輩にいたわられたくねえや。思い切り出やがれ」(連)
「ほんまに思いきり出まっせ」(桃内)
「そんだけ言っといて詰まったら、あとで殴る」
連は拳を固めてファイティングポーズを取った。
みんな、笑った。それで、みんなで、三輪先生の顔を見ると、先生は
うなずいた。
「いいだろう。思いきり行こう。攻めよう。その気持ちが一番大事だ」
「ハイッ」
みんな、がっちりとうなずいた。
この前向きな気持ち、最高です。
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決勝の直前、先輩の守谷・浦木・小松が神谷たちに託した手作りの
春高の鉢巻き。
補欠(根岸・後藤)の分も含む6人分というのが良い。
「・・・っていうのは、補欠が多かった俺の気持ちね」
そして号砲が轟く。
神谷は鍵山を、連を、桃内を、自分のチームの走りだけを見ている。他校の走りは一切見ない。
彼ら3人は最高の走りをして、最高のバトンパスをして自分につないでくれた。
桃内がチェックマークを越えた。思いきり出た。
文句無しです。
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こんな仲間や先生と出会えたらなあ。
また、負けて学ぶことも大きいですね。高校時代、結局クラブ活動をしなかったのが悔やまれます。やっぱり運動クラブがええなあ。
4月から中学生になる長男にも、運動部で頑張ってほしいなあ。
別にサッカー部でなくても構わないから・・・。
◎参考ブログ:
エビノートさんの”まったり読書日記”
苗坊さんの”苗坊の読書日記”
ざれこさんの”本を読む女。改訂版”