ひろの東本西走!?

読書、音楽、映画、建築、まち歩き、ランニング、山歩き、サッカー、グルメ? など好きなことがいっぱい!

照柿(高村薫)

2010-04-07 22:38:23 | 13:た行の作家

照柿(講談社文庫)
★★★★’:75点

Terigaki1

Terigaki2

これまで数々の名作群(マークスの山、リヴィエラを撃て李歐神の火・・・)を生み出し、私も高く評価した作品が多い高村薫。しかし、本作は内容的にちょっとピンとこないというか、肌に合わないような感じがして、これまでの名作群と比較すると自分の中ではやや低めの評価となった。ただ、同じ刑事・合田雄一郎が出てくる「レディ・ジョーカー」が生理的に全く合わなかったことを考えると、それよりは上の評価である。

********************************** Amazonより **********************************

ホステス殺害事件を追う合田雄一郎は、電車飛び込み事故に遭遇、轢死(れきし)した女とホームで掴み合っていた男の妻・佐野美保子に一目惚れする。だが美保子は、幼なじみの野田達夫と逢引きを続ける関係だった。葡萄のような女の瞳は、合田を嫉妬に狂わせ、野田を猜疑に悩ませる。

難航するホステス殺害事件で、合田雄一郎は一線を越えた捜査を進める。平凡な人生を17年送ってきた野田達夫だったが、容疑者として警察に追われる美保子を匿いつつ、不眠のまま熱処理工場で働き続ける。そして殺人は起こった。暑すぎた夏に、2人の男が辿り着く場所とは――。現代の「罪と罰」を全面改稿。

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【注意:以下、ネタバレあり】

それにしても、本当に合田雄一郎はあの遭遇で佐野美保子に一目惚れしてしまったのか?私はまずここが理解できなかったのである。彼女のどこにどう惹かれて?葡萄のような瞳?それがハッキリしないから一目惚れなのかもしれないが・・・。彼女がかつての友・野田達夫と接点があったのは単なる偶然?何らかの運命的なもの?小説なのだから疑問に感じず、運命的なものと考えれば良いのだろうが、どうもこれらの設定がピンとこなかった。

8月の東京と大阪のうだるような暑さ。熱処理工場の異常なまでの暑さ、いや、熱さ。オンボロ設備をだましだまし使う達夫の回りでしょっちゅう起こる様々なトラブル(機械の故障、思い通りに動かない人々)。始終いらついている人々。いくら頼んでも修理されないイライラ。熱さと疲れと不眠とイライラ感が渦巻くこのあたりの描写は凄い。さすが、高村薫らしい凄い書き込みである。

熱処理工場に代表される身体が焼き尽くされそうな熱。これでは何かが起こらない方が不思議というものである。悪ガキだった達夫が曲がりなりにもこのような職場で長年勤めが続いてきたのは奇跡か。この熱気に読者も巻き込まれ、また、この熱気が新たな事件を引き起こしてしまったのかもしれない。

終盤、大阪の街を雨にうたれながらさまよい歩く野田達夫と警察内部の事情聴取を受けながら達夫からの電話を待つ雄一郎。幼い頃に達夫にぶつけた言葉が痛切。「絶交だ。二度とぼくに声をかけるな。君みたいな人間は未来の人殺しだ」小学校4年のときのテスト用紙の裏に書かれた言葉。それをずっと24年間持ち続けていた(?)達夫。二人は再会する運命にあったのか?これが雄一郎の罪と罰なのか。この終盤のシーンは映画的でもあり、哀切にして秀逸の幕切れである。

ただ、元々のホステス殺害事件は比較的地味で小さな事件だったし、飛び込み事故の背景もそう奥深いものではなかったので(? 実は美保子はかなりのことをやっていたのだが・・・)、達夫がなぜ人を殺し、更には美保子を深く傷つけるところまで堕ちていかねばならなかったのかが理解できなかったというか、納得できなかった。狂ってしまいそうなほどの熱さのせい?幼い日の雄一郎のせい?色んなことを考えさせるという点では凄いのかもしれない。

照柿の色(≒炎)の”赤”と達夫の父が描く抽象画の”青”、この二色の対比が心に残る。また、かつての親友にして義兄・加納祐介との不思議な関係、転出希望を出していた部下の森も印象的。捜査のため、あるいは有用な情報を入手するため、賭場に通うなかば堕ちているような刑事たち。神経をすり減らすような日々。プロ以上の博才を示す刑事の存在も面白い。

文庫本解説にあった高村薫とロシア文学のつながりについては、その原作を全く知
らないのが痛恨!

◎参考ブログ:

   そらさんの”日だまりで読書”

      合田雄一郎、野田達夫、私が書かなかった秦野耕三。
      この3人の見つめ方や分析が見事です。
      そらさんが書かれているように、”堕ちていく”というよりも
      ”壊れていく”という方がふさわしいかもしれません。


ブラバン(津原泰水)

2010-01-19 23:57:16 | 13:た行の作家

Buraban1_2ブラバン(新潮文庫)
★★★☆:70点

書名から吹奏楽部を舞台にした青春時代まっただ中を描いた作品と予想していたら、違いました。参考にさせて頂いたエビノートさんも同様なことを書いておられましたね。

楽しさや懐かしさと共に切なさとほろ苦さのある青春小説と言えるでしょうか。

******* 内容(「BOOK」データベースより) *******

<単行本>
大麻を隠し持って来日したポール・マッカートニーが一曲も演奏することなく母国に送還され、ビル・エヴァンスがジョン・ボーナムがジョン・レノンまでも死んでしまった、1980年(昭和55年)。醒めた熱狂の季節に、音楽にイカれバンドに入れあげるボーイズ&ガールズが織り成す、青春グラフィティ。クラシックの、ジャズの、ロックの名曲にのせ、総勢三十四名のメンバーたちが繰り広げる、大群像劇。四半世紀の時を経て僕らは再結成に向かう。吹奏楽部を舞台にしたほろ苦い「青春」小説。

<文庫本>
一九八〇年、吹奏楽部に入った僕は、管楽器の群れの中でコントラバスを弾きはじめた。ともに曲をつくり上げる喜びを味わった。忘れられない男女がそこにいた。高校を卒業し、それぞれの道を歩んでゆくうち、いつしか四半世紀が経過していた―。ある日、再結成の話が持ち上がる。かつての仲間たちから、何人が集まってくれるのだろうか。ほろ苦く温かく奏でられる、永遠の青春組曲。

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約30名の登場人物には高校時代に様々な出来事や思い出があり、その後の人生でも各人それぞれに浮き沈みのある波乱に満ちた物語がある。まさに人生いろいろ~♪ 男もいろいろ~♪ 女だっていろいろ~♪です。高校時代から25年経ったアラフォー世代の回想といったスタイルがなかなか効果的でした。

のだめの映画版をクラシック音楽ファンがより楽しめるように、吹奏楽をやっていた人や洋楽(クラシック、ポップス、ロック、ジャズなど)に興味のある人/あった人は蘊蓄なども含めて細部まで楽しめたのでしょうね。私はクラシック音楽については多少分かりましたが、それ以外の当時のポップス、ロック、ジャズなどについては曲名や人名を殆ど知らず、楽器も全く弾けないので、それがちょっと残念でした。また、高校時代にクラブ活動をしたかどうかで思い出の数やエピソードの多さは全然違うのでしょうね。私自身は高校生活は楽しかったものの、クラブ活動をしなかったので、この小説のような思い出はあまりないなあなどとも感じました。体育大会や文化祭は学校中でかなり盛り上がりましたけどね。ただ、大学時代は山歩きのサークルで合宿やキャンプに何度も参加しましたし、みんなで何かをやろうとする吹奏楽部の雰囲気なども理解できたと思います。それにしても音楽っていいなあ。

主たる登場人物は語り手である他片等(弦バス担当)を中心として10名くらいかと思いますが、約30名を描き分けるのさすがに難しく、登場人物一覧があったものの、読み手にとっては誰が誰やら分からなくなるのがちょっと惜しかったと思います。青春群像ではあっても、もう少し整理してというか、人物を絞り込んで描いて欲しかったという気もします。広島弁は印象的でした。ただ、上級生の男子がしゃべると、往年の東映任侠映画を思わせる雰囲気があって笑えました。

トラック運転手をしていて右腕を失った辻(テナーサックス)。金銭トラブル続きだった元・彼女の三浦加奈子(バリトンサックス)。25年後に互いに相手のことを気にかけながらも、現在の自分の状況と考え合わせて、間を取り持つような形になった他片も含めて言いたいことを言えない、聞きたいことを聞けないもどかしさが最も印象的。

飲んだくれになった元顧問の安野先生、老年の現顧問・岸岡先生も味わい深く、ギター購入のために借金を申し込んだ他片に両親が高価なギターを買ってくれる(もちろん買い与えるのではないが)シーンも良かったです。

◎参考ブログ

   エビノートさんの”まったり読書日記”


デッドライン(建倉圭介)

2007-10-25 23:30:00 | 13:た行の作家

Deadline1 デッドライン(角川書店)
★★★★:80点

上下2段組・482ページの大作ですが、通勤時間などを利用して3日で読了。読書中、大作の割にはもうひとつ(70点レベルかなあ・・・)とも思いましたが、終盤が非常に面白く見事でした。

サンタフェ→シアトル→アンカレジ→アリューシャン列島→千島列島→樺太という大脱出行が1ケ月足らずのものだったのは何となく意外でした。北の海は、こういった脱出行に雰囲気がぴったりなのですが、夏(7月)ということもあってか、荒れ狂う波、休息することすらままならない暴風雨や猛吹雪・・・といった厳しい自然描写が無かったor少な目だったのが物足りなかったです。全体的に物語・題材のスケールに比べて描き込み不足という気がしました。惜しいなあ。。。

また、もう少し文体に味わいというか香りがあれば良かったとも思います。例えば、J・ヒギンス、D・バグリィ、志水辰夫とか・・・。いやいや、そういった巨人と比べるのは酷ですね。他のブログなどでも書かれていたのですが、ミノルとエリイの情愛なども割と淡泊でした。もう少し濃厚(?)でも良かったなあ。いやこれは独り言。

と、色々と注文をつけましたが、コンピューターや原爆の開発史・開発秘話などの歴史的な側面は非常に興味深かったです。

コンピューターの開発(真空管方式、プログラム配線方式:ENIAC → プログラム内蔵方式:EDVAC)、エッカート&モークリー、フォン・ノイマン。原爆の開発(米:オッペンハイマー、フェルミ。一方、日本でも京大と理化学研究所で)と投下へ至る経緯(アメリカは戦争が終わる前に何とか原爆を実戦で試したかった。それには日本に降伏されては困る・・・)など、一部推定は混じっているのかもしれませんが、これらのことがよく分かり抜群の面白さでした。ジャンルとしては冒険小説に属するのだとは思いますが、私は技術史・戦争史的な側面を高く評価します。

また、白人vs日本人をはじめとする黄色人種・インディアン・エスキモー。一方で日本人vs混血児・アイヌ。これらの人種(民族)差別、マイノリティ差別も丁寧に描かれていましたね。

【 注)以下、かなりのネタバレあり】

ミノルを敵対視し、米国側の刺客として彼を追っていたやはり日系二世のホソカワ。彼は(ミノルに命を救われ)日本にたどり着いて一般の人々の優しさに触れ、焦土と化した東京を見て原爆がもたらすであろう大被害と恐ろしさを実感してからは協力に転じる。まあ予想できる展開でしたが、一般の人々とその生活との対比で戦争の愚かさ・おぞましさを表現したこの描き方は良かったです。

歴然としていた日米の国力の差。米内海軍大臣は十分にそれを認識していたが、一人では陸軍を中心とする他の閣僚たちの愚論をくつがえすことはできなかった。ミノルの話を聞き、彼はある決意をした。凄い人物ですね。阿川弘之の「米内光政」も読まなくっちゃ!

エリイ、トオル(エリイの息子)、ケイ(ミノルのいもうと)を広島から脱出させたミノルだが、広島市民に放送で避難を促そうとの最後の仕事に取り組み、それが功を奏しそうに思われた寸前・・・。これもある程度予想はしていましたが、あれほど必死になって奔走したミノルの命がほんのちょっとの差で失われた悲しみは大きいです。途中、いくつもの小さな幸せが一瞬にして失われてしまった長崎原爆を描いた秀作映画「TOMORROW 明日」(黒木和雄)のことを思い出しました。

戦後、電子工学の道に進んだ息子たちの作った日本製のコンピュータがIBMなどのアメリカ製コンピュータの前に大きな壁として立ちはだかったというエピローグは痛快でした。

******************************** Amazonより ********************************

出版社/著者からの内容紹介
原爆投下を阻止せよ!科学者とダンサーの決死行。
日系二世部隊に所属し欧州を転戦後、米国に帰国していたミノルは、ノイマンとのやりとりから日本への投下を目的とした原爆開発計画が進行中であることを察知する。ミノルはアラスカ経由で日本への入国を試みるが

内容(「BOOK」データベースより)
日系人部隊で欧州戦線に参加し、負傷して米本国に帰還したミノル・タガワは、ペンシルベニア大学に復学し、世界初のコンピューター開発計画に加わる。このプロジェクトの顧問、フォン・ノイマンとの交流をきっかけにして、ミノルは、日本への原爆投下が間近であることを突きとめる。もはや日本に残された道は「降伏」の二文字のみ。一刻も早く政府高官を説得し、日本政府を動かさなければならない。ミノルは、幼い息子を義父母によって日本に連れ去られたナイトクラブの踊り子、エリイと共に日本への密航を決意する。北米大陸を横断し、アラスカを経由して千島列島へ―。冒険小説の新たな傑作、誕生。


神の火(高村薫)

2007-03-12 23:58:00 | 13:た行の作家

Kaminohi1 神の火 上・下(新潮文庫)
★★★★☆’:80~85点

上巻を読み始めてから途中忙しくなって中断したりして、読了までにずいぶん日数が経ってしまった。しかし、胸に何かぼんやりとしたものが残っている。感動といったものともちょっと違うし、何だろう。

読んでいる最中は全編にずっと不思議なムードが漂っていると感じていた。やはり独特のムードが漂っていた「リヴィエラを撃て」「李歐」ともまた少し違う。
無常感、寂寥感、荒涼とした感じ、厭世観、そして疲労感・・・。

かつてロシアのスパイであった人間が、いったんは普通の生活に戻ったものの、日本・アメリカ・ロシア・北朝鮮のそれぞれの思惑に翻弄され、結局その策謀の渦に巻き込まれざるを得なかったことを描いた作品か。あるいは、スパイ小説風を装いながら、島田浩二・江口彰彦・日野草介・高塚良の4人の生き様とそれぞれの不思議な交流を描いたとも言える。”交流”という表現は適切ではないのだが。
その中で、”自分”を知るために、自分の生きた証を残すために、自分の中で何か欠けていたピースを埋めるために、彼らは様々な葛藤と闘いながら、苦悩しながらも行動する。

終盤、島田と日野の原発襲撃計画の緻密さ・周到さが最大の見所の1つである。全編を通じて、長すぎる、描写が細かすぎるといった感想を持つ人がいるかもしれないが、私はさほど抵抗感なし。このような書き込みこそが高村薫らしいとも言える。
ミナミ、新今宮、新世界、御堂筋、三角公園、十三といった大阪の街の狭苦しく、息苦しく、少し暗く湿った寂しげ・はかなげな描写が素晴らしい。そんな大阪の街を島田が日野や良の姿を求めて、あるいは江口からの指示を受けて彷徨い歩く。そぼ降る雨の中、背中を丸めながら・・・。中華料理店「王府(ワンフー)」での人間模様も絶品。

江口もアメリカ・CIAのハロルドもロシア・KGBのボリスも皆疲れており、精神的にぎりぎりの生活をしている。精神の破綻をかろうじて酒でごまかす日々。そんな彼らの苦悩や焦りもよく描かれていた。

そして、川端さん母娘。島田同様、川端さんの存在によって本作品の息苦しさからしばし解放される感じがした。しかし、彼女も若いのに夫と死別して苦労し、生活にも疲れている。「王府」でビールの入った一杯のコップを前に頭を垂れている・・・その生活感もよく表れていた。
島田が2年間勤めた会社(理工学関係の輸入専門書の販売会社)の業務の様子(島田は語学力や専門知識を生かしてかなり頑張っていた)や社長の木村の剛胆な人柄も興味深かった。そして、最初で最後の慰安旅行。夜遅い温泉での島田と川端さんの混浴、そこでの会話に味わいあり。

私が一番気を惹かれたのは日野草介。この作品の中で彼が一番凄い人物だったかもしれない。いわゆる教養はないのだが、頭の回転が良く、どんな状況に追い込まれても生き抜く逞しさや男気、豪快さがある。しかし、結婚生活の破綻後、それらを使って安定した生活を求めたり、のし上がることは考えなかった。ひたすら破滅型の人生を歩んできたように思える。

昔から悪さばかりして喧嘩っ早いところはあるがやくざではないし、暴れん坊?人に慕われるところのある不良がそのまま大きくなった感じ?
愛すべきアンチヒーローか。

この小説で不満だったのは、トロイ計画が結局いったい何であったのか、各国がそれをどのように利用しようとしたのか、各国にとってのメリット・デメリット、かけひきの内容などがちょっと分かりにくかったことである。また、私は最後まで、島田をロシアのスパイに仕立て上げた江口の人物像がよく掴めなかった。

そして、もっと良のことを知りたかった。彼の口から色んなことを聞きたかった。彼が最後あのような姿で現れるとは・・・。
島田と良の関係は「李歐」での一彰と李歐に似ている面はあったが、お互いが惹かれあった理由にもう一つ説得力がほしかった気もする。これは、単に私が読みとれなかっただけかもしれないが。

ところで、文庫化にあたっての加筆部分はどこだったのだろうか。400枚の加筆ということは、オリジナルとはテイストもかなり変わってしまっているのだろうか。

とにもかくにも、今回も高村ワールドを十分に堪能させてもらって大満足である。

◎参考ブログ:

  そらさんの”日だまりで読書”

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◎Amzonのレビューで、yuishiさんが書かれていたものが一番しっくりきたので、以下に転記させて頂きました。 見事なレビューだと思います。

日本を舞台にした元スパイの物語, 2005/10/7
レビュアー: yuishi (千葉県)

優秀な原子力技術者にして東側のスパイだった過去を持つ男、島田。
ジョン・ル・カレのスパイ小説でもなく船戸与一のエキゾティックな冒険小説でもない・・。日本、あまりにも日本的、泥臭い関西を舞台にした元スパイたちを描いた小説。
高村薫がよく描く暗い情念、虚無を抱えた男たち・・・。本作の主人公たちも例外ではない。
幼い頃から島田に薫陶を施し後にスパイとして導いた老紳士江口、島田の幼馴染の日野、その妻は過去に北朝鮮のスパイとして洗脳され、いまは精神を病む。アメリカ、ロシアの情報員・・。厭世的なのも共通。
圧巻は下巻後半を占める原発襲撃の計画から実行までの展開。ひたすら緻密な描写は、圧倒される。
印象的なのは、逃避行に携える数冊の書物として何がよいかと、江口と議論するシーン。自分の運命が長くはない、かなうことがない夢だという思いを抱きながら、楽観的な将来の話に興じるふたりのシーン。
あまりにも孤高の人物造形に、主人公たちへの感情移入は難しいとも言えるが、主人公が口にする食事までみっちりと描かれる濃密な描写の元での、緊張感に満ちた世界は息苦しさを通り越して独特の快感がある。
それだけに虚無的、破滅的な彼らが見てきた風景、最期に見ていた心象風景はどのようなものだったのだろうと思わずにはいられなかった。

*********************** Amazonより ***********************

内容(「BOOK」データベースより)
原発技術者だったかつて、極秘情報をソヴィエトに流していた島田。謀略の日々に
訣別し、全てを捨て平穏な日々を選んだ彼は、己れをスパイに仕立てた男と再会し
た時から、幼馴染みの日野と共に、謎に包まれた原発襲撃プラン〈トロイ計画〉を
巡る、苛烈な諜報戦に巻き込まれることになった…。国際政治の激流に翻弄される男
達の熱いドラマ。全面改稿、加筆400枚による文庫化。

内容(「BOOK」データベースより)
〈トロイ計画〉の鍵を握るマイクロフィルムを島田は入手した。CIA・KGB・北朝鮮
情報部・日本公安警察…4国の諜報機関の駆け引きが苛烈さを増す中、彼は追い詰め
られてゆく。最後の頼みの取引も失敗した今、彼と日野は、プランなき「原発襲
撃」へ動きだした―。完璧な防御網を突破して、現代の神殿の奥深く、静かに燃える
プロメテウスの火を、彼らは解き放つことができるか。


李歐(高村薫)

2007-01-26 23:58:00 | 13:た行の作家

Riou1 李歐(講談社文庫)
★★★★☆:85~90点

何という小説、何という人物(李歐)!
読んでいる間、ずーっと微熱を感じるような不思議な味わい・雰囲気の小説だった。

ちょっと自分では理解しきれない部分があったり、細かい描写をやや飛ばし気味に読んだ箇所があったりで、採点は85~90点という微妙なものとなりました。”そらさん”、ゴメンm(_ _)m
男性と女性ではこの小説のとらえ方・感じ方がやや異なるかもしれない。特に、李歐と一彰、原口と一彰の関係をどうとらえるかといった点で。ただし、男性だから分かるといったことではないのですが。

しかし・・・、二人の人物の15年にわたる友情というか心のつながりをこんな形で描くとは!こういう描き方があるのか!高村薫恐るべし。この驚きを評価すると90点とすべきかも。

【注意:以下、めちゃ長!&ネタバレあり】

モチーフとしての桜が非常に印象的。守山工場に咲く桜。守山耕三が作業の手を止めて始終眺めていた桜は、毎年、近所の人が花見に集うそれは見事な老木だった。耕三の死後は一彰が同じように眺めて様々なことを考え、感じる。そして、中国の大地に咲く5千本の桜。李歐が想いをこめた桜が一彰を中国へといざなう。
読んでいるときに、ふと”狂気の桜”? いや、違うな・・・などと考えていたが、文中に出てきた”桜の妖気”あるいは”そらさん”が書かれていた”桜の精気”がまさしくピッタリだった。私がこの作品に感じた微熱も、桜の妖気のせいかもしれない。

この本も感想を書くのが非常に難しいので、思いつくままに書かざるを得ない。

守山工場とそこを舞台とする生活描写(技術はあるけれど商売下手な町工場・・・)や人物描写(耕三、娘・咲子、一彰、一彰の母 etc.)は見事のひとこと。従業員や近所の人々とのつながりも丁寧かつリアリティを持って描かれていたと思う。何となく最後はみんな言葉少なくなってしまう花見のシーンが素晴らしい。李歐・耕三・一彰の”最後の晩餐”も妙に明るく、それ故に味わいがあった。これらの描写は一見簡単そうに見えるが、高村薫の観察力・筆力の賜物だろう。

また、一彰の機械や油の匂いに対する親しみ、名人芸の仕事で作られた作品(拳銃もそうなのだが)に対する憧れ・思い。原口と一彰の刑務所時代からの銃を共通項とした不思議な付き合いも面白かった。

さて、李歐なのであるが、小説でもこんな人物に出会ったことがない。

華麗に舞うかと思えば、あっという間に5人を射殺する非常な殺し屋。いい加減で無謀で大雑把なのに、呆れるほど悠々として拳銃大量横取りという大仕事をこなしてしまう剛胆さ。共産ゲリラとして密林に潜みながら、ケインズやサミュエルソン、国際経済や債権先物取引市場などの本を読み、ファイナンシャル・タイムズにも目を通す知識人。一彰に見せる屈託のない笑顔(アイルランド人の司祭に託した写真と言葉が胸をうつ)などなど。
一体全体、どのようにして李歐という人物が形成されたか、作品中にある程度の説明はあるのだが、やっぱり理解できない・・・。しかし、惹かれてしまうんですよね。
かつては李歐を使って(?)人を殺させた笹倉が、自分の手首を切り落とされても李歐の夢の実現のために配下になったのも印象的だった。

一彰はこれからもゆっくりと李歐の話を聞くことができるのだが、読者は李歐その人については依然分からないことだらけ。一彰のことは事細かに書き込まれているだけに対比が鮮やかで、後は読者の想像に委ねられているともいえるのであるが、若干もどかしさがある。

これまで読んだ高村薫の作品では、「マークスの山」「リヴィエラを撃て」は高く評価しますが、「黄金を抱いて翔べ」「レディ・ジョーカー」は気に入りませんでした。いずれも色んな賞を受賞しているのですけれど。

一彰の息子・耕太の姿に「リヴィエラを撃て」のリトル・ジャックのことを思い出しました。
少年よ(青年よ)、大志を抱け!

P.S.一彰が通っていた大学と学部、非常に親近感を覚えました(^_^)

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出版社/著者からの内容紹介
李歐よ君は大陸の覇者になれぼくは君の夢を見るから――

惚れたって言えよ――。美貌の殺し屋は言った。その名は李歐。平凡なアルバイト学生だった吉田一彰は、その日、運命に出会った。ともに22歳。しかし、2人が見た大陸の夢は遠く厳しく、15年の月日が2つの魂をひきさいた。『わが手に拳銃を』を下敷にしてあらたに書き下ろす美しく壮大な青春の物語。

とめどなく広がっていく夢想のどこかに、その夜は壮大な気分と絶望の両方が根を下ろしているのを感じながら、一彰は普段は滅多にしないのに、久々に声に出して李歐の名を呼んでみた。それは、たっぷり震えてかすれ、まるで初めて恋人の名を呼んだみたいだと、自分でも可笑しかった。――本文より

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◎参考ブログ:

  そらさんの”日だまりで読書” ※4回に分けて感想を書いておられます。
  すかいらいたあさんの”無秩序と混沌の趣味がモロバレ書評集”
  さがみの日記さん(?)の”さがみの日記” 
  ざれこさんの”本を読む女。改訂版”(2008-9-10追加)