HAPPY TABLE DIARY

健康と幸せはキッチンから
栃木県宇都宮市の
マクロビオティックサロン HAPPY TABLE 
杉村美樹のブログ

HAPPY TABLE 秘話 Vol.6

2019-02-28 11:32:46 | HAPPY TABLE秘話

今日は久司道夫先生からの「チョコと卵」に衝撃を受けてから。。。。
今のお教室の前身
マクロビオティッククッキング&スイーツサロン誕生までのお話をさせていただきますね♪

HAPPY TABLE秘話Vol.1
https://blog.goo.ne.jp/happytable2007/e/3af5c562cbedde3f1f28de66ddc2cb2a

HAPPY TABLE秘話Vol.2
https://blog.goo.ne.jp/happytable2007/e/15be4729ebad8d7989371dfceb87d75d

HAPPY TABLE 秘話Vol.3
https://blog.goo.ne.jp/happytable2007/e/0a4d71c88eaabb26ce35a220f518294b

HAPPY TABLE秘話Vol.4
https://blog.goo.ne.jp/happytable2007/e/f5bb46e6eabf566b65ed19b797b9d59d

HAPPY TABLE秘話Vol.5
https://blog.goo.ne.jp/happytable2007/e/97aefd02697759d35799a1208404f6a7

 

 

 

昨日はマクロビオティックのスクールで
久司道夫先生から「あなたはどれだけチョコと卵を食べてきたの?もうやめなさいね」と仰れらた話をいたしました。

 

 

もしかしたら、マクロビってやっぱり宗教みたい~と違和感や不快感を感じられた方もいらっしゃるかもしれません。(帰宅後主人以外の家族にはドン引きされましたもの。。。)

 

 

当の私は人生に明るい光を感じたのです。
だってずーっと体調不良を抱えて生きてきて
その原因がわかり、もっともっと元気になれるのかもしれないと!!!

 

 

 

久司先生は立ち去られてしまわれたので
愛弟子のパトリシオ先生に理由を伺います。
マクロビオティックのスクールでは望診という授業があり顔などにでている症状や色の状態からその方の健康状態を診るというのがありました。

だって参加者の皆様がかわるがわる私の顔を見に来て
「どこがチョコと卵なの~」と質問されるんですもの。皆興味津々なのです。

本当に恥をしのんでね。。。。




 

疑問が解明。
マクロビオティックの先生方は探偵のように思えました!!!!
パトリシオ先生は見事私の食歴を当てられました。
(書くと長くなりそうなのでいずれ番外編を設けようと思います)

 

 

 

恥を忍んだおかげで目標ができた私は、
帰宅後は完全動物性抜きの生活をスタートいたします。その後7年間はストイックに抜いておりました。)
苦行ではなく、楽行でした。
私は修行僧の気分で動物性を抜いていいたわけではなく、

すでに身体が欲さなくなっていたのです。それに健康になりたい一心だったのだと思います。
どんどん体調が良くなっていきましたし♪

 

 

 


困ったのはお菓子のお教室。
今考えても無理くりでしたが帰宅後は植物性のスイーツをご紹介することに。
ブーイングも出ましたが(当たり前ですよね💦)
生徒さんたちはとてもやさしくて私が動物性のものを取るのをやめたたとお話したら
私のお教室には月に1回通うのが楽しみなので
「自然派ランチを食べたい」ということになり、
マクロビオティックのランチ会のようなお料理のクラスがスタートいたしました。

 

 

 

その後インストラクター養成コースへも通い
インストラクターの資格をいただきます。

 

 

 

 

私のように体質改善をしたい方たちはいるはず!
早くお伝えしたい!!!と思ってうずうずしていたら
アロマの先生から「お弟子さんでマクロビを習いたいという方がいるの~」とご連絡をいただきます。やった~~~~!!!!!

 

マクロビオティックのスクールレベル2の時に
10年後の自分をイメージしてフューチャーシートというものを書きました。


 


1つはマクロビオティックのサロンをスタートさせる
お茶会などを定期的に開催する。

 

もう1つは
本の出版でした。

願いは叶うです!

 

 

 


先生はマクロビのお教室を始めるときに勇気はいらなかったのですか?迷いはなかったのですか?」と良くご質問をいただきます。
30代初めから細々と食に関わる講師業をしていたので
実は何の違和感もなくスタートさせていたのです(^-^;
むしろ天命だと思ってしまっていたくらい。
勇気がいったすればお料理ができなかった、知識が少ない私が御料理をお教えしてもよいのかどうかでした!!!!なのでその後も私なりに努力をし続けています。


 

 

マクロビオティッククッキング&スイーツサロン HAPPY TABLEの誕生です♪

コメント

HAPPY TABLE秘話 Vol.5

2019-02-27 11:25:25 | HAPPY TABLE秘話

 今日はマクロビオティックライフスタートのお話です♪

HAPPY TABLE秘話Vol.1
https://blog.goo.ne.jp/happytable2007/e/3af5c562cbedde3f1f28de66ddc2cb2a

HAPPY TABLE秘話Vol.2
https://blog.goo.ne.jp/happytable2007/e/15be4729ebad8d7989371dfceb87d75d

HAPPY TABLE 秘話Vol.3
https://blog.goo.ne.jp/happytable2007/e/0a4d71c88eaabb26ce35a220f518294b

HAPPY TABLE秘話Vol.4
https://blog.goo.ne.jp/happytable2007/e/f5bb46e6eabf566b65ed19b797b9d59d

 

2005年4月から恵比寿のマクロビオティックのスクールへ通いはじめました。
自由な校風で先生方もやさしく、ステキな方たちばかりで、受講生の方々ともすぐに打ち解け、
見るもの、聞くもの、食べるものすべて新鮮で毎回が待ち遠しくて通学が楽しかったです。
体調不良後しばらく宇都宮に引きこもっていたので久しぶりに電車での外出も嬉しい。

 

 



当時はスクールで習ったものを家で熱心に再現しました。
私の体調はどんどん良くなっていきます。

 

 


まず疲れにくくなりました
寝つきと目覚めが良くなり
便秘も改善されていき
腰痛も改善され
肩凝りなども改善されていきます。

 

 

寝込むことが少なくなり
自然と睡眠時間も短くなりました。

 

 

 

年1~2回季節の変わり目に起こしていた
慢性膵炎の夜中の七転八倒の苦しみからも解放されました。

 

 

 

家でのお食事ががらりと変わり
主人は物足りなさを感じることがあったようですが
(なんていうとスマートですが隣のスーパーから鶏のから揚げをかってこられてしまい大バトルなんてこともありましたね(^-^;)
玄米は抵抗なく食べてくれて
何よりも私の体調が良いので反対する理由がなかったようです。
(それまでは朝も弱く、しょっちゅう寝込んでいたので。。。)

 

 

とにかく玄米を良く噛んで食べました!!!

 

 

身体が軽く、体調が良いと思える日が続きます。

 

 

 

とはいっても
当時自宅で月1回友人たちのリクエストでいわゆる洋菓子のお教室を開催していました。



 

お食事は移行してもまだスイーツやアイスクリームなどは食卓に上っていました。

 


さらに学びを深めたく
2006年の11月後半から3週間の合宿スタイルで小淵沢で開催されたレベル2編にに参加します。
レベル2の授業を受けていて
私の体調不良は子供時代からの食事にあったということに気が付きます。。。。
厳密にいうと胎内にいた時の母の食事までさかのぼります。
(さらにその後体調不良の一つに薬の副作用があったことにも気が付きます。。)

 

私は左ききですが
それは母の胎内にいたときに母がエネルギ―の強いものを食べていたからみたいです。
身体が弱かった母は妊娠中はレバーなど常食していたようです。
(なるほどどと。。。)
マクロビオティック的言うと左ききの人は身体の中心は陽性が強いみたいです。

 

パズルが解けるようにいろいろな謎がどんどん解けていく時間でした。

 

レベル2は
講義と調理実習とボディーワークが
1:1:1の割合で進行していきました。
3週間どっぷりマクロビオティック漬け生活です。
からだも整っていきます。

 

 


スクールの代表でマクロビオティック界第1人者の
久司道夫先生の講義も受けられるが魅力の一つでした。
待ちに待った久司先生の講義中の出来事です。

 

 


 

質問タイムに手を上げると先生は私の顔をご覧になるなりに
「あなたはどれだけチョコと卵を食べてきたの?もうやめなさいね」
と仰られたのです。
私は質問の内容も忘れ冷や汗状態。。。。
講義後久司先生は立ち去れて、理由がうかがえず。。。SOS

 

さあどうする私。。。。

 

食べることは生きること!
あなたは食べたものからできている!
を身に染みて感じる時間でした。。。

 

続きは明日~♪

本日もお読みいただきありがとうございました。

 (この時代データが飛んでしまい写真が残っていないのが残念。。。)



 

コメント

HAPPY TABLE秘話 Vol.4

2019-02-26 12:02:08 | HAPPY TABLE秘話

今日は人生のどん底から無事に復活したお話です♪

HAPPY TABLE秘話Vol.1
https://blog.goo.ne.jp/happytable2007/e/3af5c562cbedde3f1f28de66ddc2cb2a

HAPPY TABLE秘話Vol.2
https://blog.goo.ne.jp/happytable2007/e/15be4729ebad8d7989371dfceb87d75d

HAPPY TABLE 秘話Vol.3
https://blog.goo.ne.jp/happytable2007/e/0a4d71c88eaabb26ce35a220f518294b



3回目の腰の不調で約2か月入院になりました。
椎間板ヘルニアの疑いがあるということで近医から総合病院へ転院に。
精密検査を兼ねての入院でしたが、思いがけず長期にわたることになりました。。。

 


歩行困難になるくらいの痛みなのに手術を受けるほど症状がひどくないと、
担当医の先生に放置された状態に。
段々毎週課長診察の前夜遅くに翌日の報告のために様子を見に来るだけなのです。
(なんだかね~と思っていました。。。)
検査待ちを繰り返し、なんだかんだで2か月の入院に及びます。。。。
病院では施しようがないというので退院することに。
(この担当医のおざなりの態度のお陰で私はすっかりと病院に嫌気がさし、彼のお陰で病院場離れもできた感じです(^_-)-☆)
この時代も食欲がないとご飯の代わりにケーキを食べていましたね。。。(^-^;

 

退院後は、あるくのもままならないほど筋力体力も落ちてしまい、日常生活に支障が。。。
友人の紹介でわらをもつかむ思いで整体へ通いをはじめました。
整体治療に行くと毎回先生から「薬はやめろ~!運動をして筋肉をつけろ~!!!仮死状態の身体だ~!!!」と。。。(腕は良いけど辛口な先生のお陰でひたすら前進できた感じです)

 

 


えっ。。。。薬って良くないの?!!!!←人生で初認識でした(^-^;

 


腰のリハビリも兼ねプール通いをはじめます
当時は陸上で過ごすよりもプールの中で過ごす方断然楽でした。

 

段々癒し系を求め
アロマの施術を受けてみることに。
そこでもお薬は良くないです!と。
えっ。。。。。今までの私の字引にはなかったのに。。。。




人生の充電期間と思い過ごしていた私は
おそらくここで薬離れをしないと生涯薬を飲み続けると思い
薬をやめることに。
(当時慢性膵炎の治療薬と便秘の薬と、鎮痛剤、安定剤などを飲んでいた記憶があります。)

 

 

それから整体やアロマの施術を受けながら
ヨガにも通いつつも(ヨガは先生が大好きで通っていましたが、当時の私の身体にはきつかったみたいです。。。)
プール通う日々です。
まあ体の辛さから逃れたい一心でしたね~。




数年間は明けても暮れてもプール通いのような状態。
当時は会員になっているフィットネスのプールに来れば私に会えましたよ~~~~!!!!(笑)
(すごい時は朝晩プールへ行き、一時期フィットネスのブラックリスト???に載っていたみたいです(苦笑)
そのくらい身体から出したいものがあったのだと思います。まああれだけお薬とお砂糖を取っていたので~!!!)

 

 


段々リハビリの域を超え
水泳が楽しくなり
水泳サークルで泳ぎ始めます。




筋肉をつけたくてトレーニングも始め
かなり体力が復活してきました。
ローカルの大会などへも参加するようになります。
(頑張っても、頑張ってもほめてもらえず、常に上を目指し、timeで評価をされるのが辛くなり競技は離れました(^-^;
何しろ褒められないとのびないタイプなので。。。)






プールと合わせ併設されているジャグジーや低温サウナ
大きなお風呂に入れるのも魅力の一つ♪
力も回復し、元気と明るさを取り戻し生活をしてきます。

 



が、運動をしているのにいつも身体が劇冷えなのです。。。。
腸も動きが悪い。。。。
う~~~~ん!!!!
運動だけでは体質改善ができない!!!と感じていたころ
当時良く買い物に行っていた自然食品店で
1週間のマクロビオティックセット(レトルトのお食事)を勧められました。

 


常に便秘を何とかしたいと思っていた私は

便秘解消にも玄米が良いと聞き
チャレンジしてみることに。

 

レトルトはレトルト!
折角ならば自分で作れるようになりたいとおもいました。
(当時はマクロビオティックのお料理本もほとんどなく、クックパッドもなく、スクール通いをしないと情報がない時代)





マクロビオティックに興味を持った私に

自然食品店のオーナーが東京のスクール情報を教えてくれました。

 

調べてたらすぐにでも行きたくなり電話をします。
ちょうどキャンセルが出たところですのでと!!!

予約が取れ、とんとん拍子にマクロビオティックのスクール通い始めることになりました。(当時人気のスクールでその後予約を取るのが大変でしたが1クール目は導かれるように通い始めました)

 

 
 

このようにして導かれるようにして
私のマクロビオティックライフがスタートいたします☆

 

スクールでは驚きの連続の日々。
続きはまた次回~♪


しみじみ
食べることは生きること!
あなたの身体は食べたものからできている!
を実感いたします。。。。

コメント

HAPPY TABLE秘話 Vol.3

2019-02-25 09:55:38 | HAPPY TABLE秘話

今日は私が24歳で食の世界に導かれたお話を♪

HAPPY TABLE秘話Vol.1
https://blog.goo.ne.jp/happytable2007/e/3af5c562cbedde3f1f28de66ddc2cb2a

HAPPY TABLE秘話Vol.2
https://blog.goo.ne.jp/happytable2007/e/15be4729ebad8d7989371dfceb87d75d



24歳の時にヨーロッパの伝統的なお菓子を伝えられる
洋菓子研究の第一人者の今田美奈子先生のお教室へ通い始めます。
先生はやさしくて魅力的な方で、お城に住んでいるお姫様のような方でした。

 

子どもの時から家庭でお菓子屋さんで売っているようなお菓子を作れることにあこがれでした。
さらにお姫様ごっこが好きだった私はワクワクしながら夢中でお教室に通いました♪
(思い出すと今でもワクワクしてきます)


 

お菓子人生のスタートです。
大学で西洋音楽史や美術史を学んでいた私は
お菓子のエピソードのお話もとても楽しみでした。


 

5年くらいかけ製菓のコース、シュガーデコレーション、テーブルセッティングのコースなどを修了!





その間ウィーンの製菓学校の研修ツアーへ行きヨーロッパのお菓子や美食や芸術文化に触れたり
先生がフランスにお城を所有され、フィニッシングスクールを開講され、
2週間のコースに参加する機会にも恵まれました。
お城ではお料理やプロトコール、ワイン、さらにはヨーロッパの建築様式のことなど胸をときめかせながらお授業を受けました。



30前の私。馬子にも衣装~(笑)

 

同時期に紅茶の勉強もし、ハードな英国アフタヌーンティーツアーにも参加したりも。
(このツアーは初日に体調を崩しました。。。。たぶん膵臓ですね。。。)

 


都内の実家でお菓子教室も開催しておりました。

 


30歳のころ今田教室のテーブルセッティング(サヴオアール・ヴィヴル)の非常勤スタッフとして
講師やデコレーターとしての仕事にも携わるようになります。

 

時代はバブル絶頂期。
沢山イベントが開催された時代で
各地で開催されたイベントにもテーブルデコレーターとして参加。
このころデパートの定休日がなくなり、夜なべで展示作業なんてしばしば。





帝国ホテルのロビーで半年間(月1回展示替えして)テーブルを飾らせていただいたことも良い思い出です。
私の人生で一番セレブリティーの時代。
パーティーも多く、着飾ったり、講師や先生のアシスタントのお仕事の時は
ブランド物のスーツかワンピースにパンプス。

 



豪華本もたくさん出版された時代で
本の撮影にも携わらせていただきました。

 
ご覧になりたい方はお声がけください~♪

 

 

毎日の仕事ではありませんでしたが
仕事に行く日は可愛い後輩ちゃんたちが
スイーツ好きの私のためにスイーツをとっておいてくれたりも。
(スイーツを食べたくてご飯を残していたり、量を控えていたりも。。。でも嬉しかった~!!)

 

 

イベントごとに
ヨーロッパの王朝の建築様式からモチーフを取り
テーブルの色や生地の材質を決め
小物を探しに行ったりテーブルプランなどをワクワクと考えテーブルをしつらえたりも。

 

一見かっこよく見える仕事ですが
立ち仕事
食器の梱包が多く
しかも高級の品が多かったので
細心の注意を払いながら扱いながらの重労働。

 

その間も
慢性膵炎(おそらく高校時代に発症していたのではないかと。高校時代から年に1~2回夜中にのたうち回るような苦しみが)にかかったり
消化器疾患にかかったり
腰痛に悩まされたり
アレルギーが再発したりなどなど
常に便秘に悩まされていました。。。





トラブルはあり
ストレスを感じることも多かったのですが
仕事自体は楽しくて楽しくてたまらなかったのです。
重病疾患があるわけではないし
何の疑問も感じることなく、薬の力を借りて乗り切っていました。

 

 

関西や九州などへの出張もあり遠出も楽しみでした。


 


スタッフになってからも海外ツアーへ。
イタリアでメディチ家の末裔の方からお料理を習ったり、貴族の館めぐりやミタ・バルベリーニ王女からマナーを習ったり
ベルギー・オランダ(スタッフなのにベルギーでダウン。。)などの贅の限りを尽くした
最高級のものを体験できる豪華研修ツアーにも出かけました。

 

 

当時頭の大半はヨーロッパの食文化のことで埋め尽くされていた感じがいたします。

 

家には常に
バターが2カートン、卵1ケース以上、極上の精製された小麦粉、極微粒のグラニュー糖が常備されていました(^-^;


そんな時代にもピリオッドを迎える時期がきていしまいます。。。。。





30代後半になり
心身のバランスが崩れ始め
ブルーが通り過ぎ、
生きているのが辛くなることが多々。
(どうしたら周りに迷惑かけずに死ねるのかな~なんて考えたことも。これには別の理由もありましたがそれについては後述しま~す)

 

 

膵臓が悲鳴を上げ
(動物性脂肪とお砂糖とアルコールが苦手な臓器)

 



1年に3回腰を痛め入院を。。。
(当時は職業病と思いましたが、当時の食べ方と生活習慣、極度のストレスが原因だったのではないかと。。。)
検査と安静のため約2か月の入院ですっかりと体力も筋力もなくなりました。。。。


 


ライフワークとして取り組んでいた仕事でしたが
3回目に腰を痛めたときにさすがに退職を決意。
前述もいたしましたが
私の中で努力しても3回うまくいかなかっことはあきらめるというルールがありました。

 

意外と弱々しく見える私ですが
芯は男!と自負しておりました。
頑張れば大丈夫!!!何とかなるという頑張りがきかなくなっていました。。。



今でこそ振り返るとワクワク感の方が大きくて本当に充実していて、楽しい時代。
(どういうわけだかと辛かったことが思いだせないの。。。。)
が、当時は人生のどん底でした。。。

心身共に冷え切っていました!!!!

なのにスイーツは食べ続けていました。。。。
食欲がなく、ごはんの代わりにケーキをたべていることもしばしば(^-^;
(たべれるものを食べなさいと家族からの差し入れも~)

どん底まで落ちたら上を向いて生きていくしかありません!!!!



人生は必要必然でいろいろいな体験をしていく感じだけれど
まさしく人生、大切にしているものを思いきって手放すとさらに良いものが舞い込んでくるのは本当ですね!!!!

 

 この時代があったからこそ今の私があるのです!!!


**********************************************************

今田先生は
食を通じ
地球の平和と生きる喜びを世界の人々に伝える活動を心がけていらっしゃいました。
お言葉で心にのこる2つ
「夢や希望は口出しましょう!」(口に出さないと叶わない)
「サヴォアール・ヴィヴル」(人生を謳歌する生き方)


私はこれが根底になり生き続けている感じです(*^^*)

********************************************************* 

 

 

それにしてもしみじみ
たべることは生きること!
あなたは食べたものからできている!
ですね。。。。



次回は腰と心身の絶不調からの復活したお話をお届けしたいと思います♪

コメント

HAPPY TABLE秘話 Vol.2

2019-02-24 12:14:18 | HAPPY TABLE秘話

昨日の続き。
HAPPY TABLE秘話Vol.1
https://blog.goo.ne.jp/happytable2007/e/3af5c562cbedde3f1f28de66ddc2cb2a

マクロビオティック以前の私の生活。
今日は子ども時代から食の世界へ入るまでのことをお話いたしと思います。



生まれつき重度のアレルギー持ち。
当時はアトピーという言葉がありませんでした。
20歳まで生きられないんじゃないかといわれていました。

 


常に皮膚症状か、呼吸器症状に苦しんでいました。
西洋医学を取り入れる家庭でしたので子供時代から薬漬け。
常に身体は冷え、便秘がちという。
子どもなのに肩こりもひどく、常に身体の痛みを感じているという。。。。



育った環境は洋風に傾倒し、朝はパン食。
洋風のお料理が多かったです。
名店のお菓子がいつも家になるような環境でお菓子好き。
お味噌汁よりもスープ好き。
朝お味噌汁を出されると吐き気がするという。。。。
ごはんを残しても良いからおかずを食べなさい。。。。
今考えるとはあ~~~~体が弱いわけだわと。

 

アレルギーが落ちついていきた小学校高学年のころ
腎臓を悪くしました。
今思うと薬の副作用だったのかもしれません。



健康になりたい一心で
中学時代はバレーボール部に。
中学時代から大学時代はあまりアレルギーで悩むことはなくなりました。
人なみに元気にはなりましたが体力がなく
練習後パタンキューで勉強を全くしないので
高校入学時は運動系は禁止され音楽系のクラブに入り、フルートを吹くように。

 


そのころは大分元気にはなっておりましたが季節の変わり目には風邪をひきやすく、
常に便秘に悩んでいました。
高校時代は健康診断で脊柱側弯症と診断されました。
(結構重症でした)
からだががちがちで身体の痛みを感じていた女子高生でした。
(元気なんだけれど半分お祖母ちゃんみたいな。。。)

 

高校まで落ちこぼれだった私。。。。
大学時代は勉強が楽しくなり、クラブ活動も楽しみ、学生生活を謳歌し、無事に大学も卒業しました。
朝弱く、季節の変わり目や遠出やイベント後に寝込んでいるのは当たり前生活でした(^-^;



23歳の時雷にさらわれるように結婚。
生まれ育った東京を離れ宇都宮での生活がスタートです。
(宇都宮は雷のメッカでしたね~)
結婚時、実は全くお料理ができなかったのですね。
主人が僕がお料理をするからと言ってくれていたような気もします(^_-)-☆
結婚時に私が出来たのは炊飯器でご飯を炊くことと青菜をゆでるくらい。。。
すでに結婚をされていらした、姉の友人から「美樹ちゃん、本が読めればお料理は心配しなくて大丈夫よ。レシピ本があるから~と!フムフムと楽勝な気分の私。


結婚直後にぎっくり腰で1か月位動けなく。。。
(辛かったけれど当時はあまり深刻には感じていなかったみたい(^-^;)



24歳の時に前述とは別の姉の友人から
お好きそうだからと、ヨーロッパの伝統的なお菓子を教えていらっしゃる先生の教室案内をいただきました。それを目にした私はビビビと衝撃が走り、いてもたってもいられなくなり、すぐに入門をすることに。



ここまでの歴史はかなり端折っています
さらに
ご興味がある方は直接お聞きくださいませね~(^_-)-☆



今の私の原点になっている食の世界の扉を開いたお話は
また次回に♪

 

生後数か月頃の私。
断捨離を繰り返しており、私の場合あまり写真が残っておりませんがお気に入りの1枚です♪

コメント