Blog~続・トイレの雑記帳

鉄道画像メインの「ゆる鉄写真ブログ」のつもりでしたが、
政治社会の事共について記したくなり、現在に至ります。

新幹線も「世代交代」

2008-03-16 23:43:40 | 日記・エッセイ・コラム

コナサン、ミンバンワ!拙Cafe表日記にて、かつての遠出の主役、夜行長距離列車の退潮を今年初に引続いて記したが、その夜行列車を食って勢力を広げて来た新幹線の車両にも世代交代の波が押し寄せて来ている様だ。今月初めにも触れたが、続きを少しやらせて頂く。

当地の新幹線東海道+山陽路線は新大阪を境に東はJR東海、西はJR西日本が仕切っているのは広く知られる所。車両は現在初代から6代目までが顔を揃え、特に東海道新幹線では3代目の300系、5代目の700系、そして最新の6代目N700系が主力となり、一部の便に俊足を誇る4代目の500系が顔を見せていると言う状況だ。

これも良く知られる様に6代目N700系は昨2007=平成19年夏に初登場以来爆発的増殖を続け、昨日の春恒例の全国時刻改正では、東京~博多間「のぞみ号」のほぼ1時間に1本を担うまでの勢力となった。今後3年間で更に増備され、寿命を迎える300系と徐々に入れ替わって行く見込み。既に1992=平成4年に登場した300系の量産編成が引退し始めている様だ。

その一方で元祖新幹線0系車両も山陽路線の「こだま号」にて最後の頑張りを見せている由。6月よりは1964=昭和39年登場当初の外装に戻る事も決まっているが、長くても今年中には退く見込みであり、1度最後の姿を捉えたい思いもしている所だ。

最後の0系の後釜は、「のぞみ号」の役務を降りる500系。既に9編成144車の内の一部が従来の16車両から8車両への編成変更に入っており、今年末より引退する初代車0系と入れ替わり、山陽路線の「こだま号」として再出発する見込み。当然一部の中間車両が引退廃車の運命と言う事だろう。

我国の新幹線初の300km/H走行を実現した功労車の東海道路線よりの退役は残念であるのは事実だが、今やっと1つの時代の区切りとしてこの現実を受け入れられる様になって来た所。悪友の1人も本業多忙な日程の合間を縫って、当地よりは間もなく見られなくなる同車を追って画像の記録を残している様だ。後半年余り、俺も可能な限り追いたいと思っている所。おまけ画像のJR名古屋駅の高層駅ビルとの組み合わせも、いつまでも見られないのは事実である。

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消えた夜空の「青い星」

2008-03-16 15:39:00 | インポート
昨日今日と、当地愛知は穏やかな日和に恵まれました。街中、そして行楽地への人出も多い様です。又、例年より遅れたものの梅の花が見頃となり、花見の方々も良く見かける所です。お出かけはお互いご安全に、と言う事で・・・。

さて昨日の朝、かつての遠出の主役だった元日本国有鉄道、現JR各社の夜行長距離列車、所謂ブルー・トレインの相当数が姿を消しました。大半が当地又はその近くに関係のある列車です。
一番身近なのが急行「銀河」。列車自体の誕生は先の大戦、大東亜戦争こと太平洋戦争終結直後の1945=昭和20年秋の事。走り始めた当初は列車名なしの「名無し君」だった様です。数年後の1949=同24年より命名を受けますが、思えば我国の二大都市東京~大阪間の長距離列車は遠く1889=明治22年の東海道線初開通以来ずっと運行され続けて来たのは事実であり、そこから「銀河」の歴史は東海道線の歴史そのものと申して良いのではないでしょうか。

「銀河」を先導した機関車、長途の旅客をもてなした客車共、愛好者にはこだわりのある名車が多かったのも事実です。一般の方にも一番馴染みが深かったのが、電気機関車のEF58型でしょう。遠目にもそれと分る2枚窓の正面と、長めの車体寸法から来る雄大な側面デザインが印象的だった車両で、きっと多くの方々の記憶に残っている事と思います。
初登場は1946=昭和21年で、やはり大戦の終結直後。初めは後に人気となる秀麗な車体ではなく、極度の物資不足の中で容量の低い電車の部品などを用いて急造されたせいか電気系統の不具合が多発、特に絶縁の不良から運転手を初め乗務各位の感電事故をしばしば生じ、組合よりは強い乗務拒否運動が起こりました。正に「我々を殺す気か!?」位の強い憤りであった事が察せられます。まさかこの屑鉄の親類の様な粗悪車両が、後に特急列車の主力にのし上がる事を想像した方は殆んどいらっしゃらなかったに違いありません。

この様な悲劇の出生秘話を持つ機関車EF58の転機は1952=昭和27年に訪れます。
この年度の新車より、前述の戦前式の古い車体より正面2枚窓の新型車体に変更され、併せて走行系や電気系も大きく改良、それまでの車両も車体を中心に改装を受け、信頼性は飛躍的に向上します。こうして悲運を乗り越えた同機は新幹線の誕生まで特急電車列車「こだま」などに伍して東海道線と山陽線の主力として長く君臨、急行「銀河」の先頭でも昭和末期の1980年まで頑張っていたのを覚えています。

客車の方は、永らく蒸気機関車の時代より続いた旧世代車が良く頑張り、東海道・山陽新幹線の博多初進出までは座席車も連結されて、利用し易い列車ではなかったかと思います。又この頃までは夜間2往復が運行されていた様です。
1976=昭和51年よりは所謂ブルー・トレインの元祖20型特急車が投入され近代化の第一歩が始まりますが、この事が図らずも後の退潮を暗示する出来事となったのは皮肉です。
この時まで用意されていた座席車が定期列車より姿を消し、やがて当初はあった臨時便も運転を取りやめる事となります。
元々この列車の強みは新幹線の終電後に東京又は大阪を発って翌朝初電前に各々の終点に着く事と、運賃の面も寝台料金を含めても新幹線よりは割安だった事ですが、退潮の主因は昭和末期のJR社化以降運賃の面が逆転してしまった事と、新幹線の高速化によって夜間に移動する利点が希薄になってしまった事でしょうか。又、時間を要しても安価に利用できる夜行長距離バスの隆盛も「銀河」にとっては痛手だった事でしょう。この事は「銀河」と共に退場を余儀なくされた九州夜行「なは」「あかつき」の両列車にも言える事ではないかと思います。

2年半程前、新潟磐越への往路にこの列車を利用した事がありますが、やはり寝台専用と言う事から来る割高な賃料は正直痛かったですね。「座席車があれば・・・」との思いは私1人ではなかったと今も思います。
競合交通機関が増える中、夜行長距離列車の今後は決して楽観できない情勢であるのは事実ですが、ここはほぼ60年の歴史に幕を下ろした「銀河」に心より拍手を贈ると共に、残された夜行列車の前途が少しでも明るいものである様に祈る事としましょう。*(三日月)*
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医療保障は大丈夫か?

2008-03-13 22:52:00 | インポート
コナサン、ミンバンワ!
前回申し上げた通り、拙サイトはお蔭様で無事6年目に入りました。折りしも宇宙船スペース・シャトルが国際宇宙ステーションの建設に向け予定地に滞在中。日本の宇宙飛行士土井隆雄さんが我国初の有人宇宙施設を設営すべく活動中。作業の成功とつつがないご帰還を祈りたいものです。

さて宇宙への遠出にも、地球上での活動にも健康である事が不可欠な訳ですが、どうも昨今の我国では、健康保持に少なからぬ不安が付き纏っているのが現状の様であります。

昨日と一昨日のTV番組にて健康医療の問題を取り上げており、興味深く拝見した訳ですが、特に昨日のそれは難病の1つ、胆石の実態に迫っており、私も軽視できないものを感じた次第。
胆嚢の消化液胆汁は、多くの脂肪分を検知すると多くが分泌され、少なければ分泌も減少する由。又、1日の食事回数が少ないと、胆嚢内の胆汁の濃度が増して成分が固まり易くなり、これが胆石の原因になり易いとの事。この事からやはり、朝食を抜いたり食事回数を減らすのは良くないなとの思いを新たにさせられました。

思えば食事回数を減らしたり、不規則になっている方々は多い様です。特に非正規雇用の低所得の各位は医療保険、国民健康保険の保険料納付もままならないばかりか日々の食事に事欠く場面もままある様で、病気に対する抵抗力の低下など健康面の懸念があるのは事実です。
又若い女性では、過度のダイエットなどの悪影響によりこれ又健康面に不安があるのも事実です。

報道によれば、欧米先進国ではほぼ根絶されたと言われる肺結核や麻疹(はしか)などの伝染病に罹患する方も少なくなく、こうした病気の克服へ向け、強い対策が望まれる所です。

勿論一番大事であるのは「自分の健康は自分で守る」自衛である事は承知していますが、国民的な健康保持の為にも公のレベルでもっと手が打たれて良いと強く思います。特に望まれるのが、医療費の国庫補助の積み増しでしょう。
医療保険の国庫補助は1980=昭和55年に以前の3割より2割5分に引き下げられたまま。このままでは若年層を中心に大量の難病予備軍が生み出され、この各位が高齢になった折には病人が続出して医療費が増大し、国や自治体の財政を大きく圧迫する事態になりかねません。

行政は公共土木事業一辺倒の姿勢を改め、もっと医療やその関連教育に関する財政支出をもっと充実させるべきでしょう。勿論その中には医師不足の解消とか病院の設備向上などの課題も含まれるでしょうし、財源としての消費税のある程度の引き上げは止むを得ないかも知れませんが、健康面の将来を不安に陥らせない為にも早い対応と姿勢の転換を強く望みたい所です。*(病院)*
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お蔭様で、5周年

2008-03-10 23:31:00 | インポート
コナサン、ミンバンワ!今夜は日頃ご来訪下さり、ご声援を下さる各位にお礼とご報告があります。拙サイトがお蔭様で、満5周年を迎える事ができました。

5周年。決して軽い月日ではないと思います。私も拙欄を運営管理して、決して自ら満足できるレベルに未だ達していないのも事実です。
ですが可能なら、少しでも今より前に出られる内容にしたいとの姿勢位は持ち続けられればと思っております。良ければ引き続き見守ってやって下さる様。

ここで拙欄の記載編集方針を簡単に申し上げたく思います。

①日記帳。原則週2回、月10回程度を目標に綴って参ろうと思います。勿論前述回数は一応の目安であり、多少の増減はあり得ます。内容的には政治社会や大衆文化、私の趣味である交通問題をも交えてなるべく多角的に取り上げたいと思っております。

②足跡欄。足跡ページにも記した通り、原則としてご来訪の各位の所へお返しに上がります。但し思考的立場が私と大きく異なる事が認められた方、及び答礼が適切でないと認めた方に対してはこの限りではない事が有り得る点はどうかご了解下さる様。

③HP「HAKASEの隠し部屋」。拙欄の写真帖は原則年3回、1月、5月、9月に新作をアップする予定です。又近日拙サイト5周年記念の臨時写真帖の掲載を予定しています。
「ジオログ」欄にて写真帖新作についてのコメントを致しますので、写真帖のご感想等は同コメント欄又はゲスト・ブックをご利用下さる様。

④友達紹介欄。私は友人登録につき、一定期間交流してある程度の相互理解を進めた上で申請及び承認を行う方針であります。
従いまして、こうした状況下にないと認めた方に対しては恐れながら、申請及び承認に至らない場合もある事をどうかご理解下さる様。

⑤ブログ「トイレの雑記帳」。原則毎週1回更新する予定です。こちらもなるべく幅広く、しかしながらCafe日記帳よりは身近な世俗の話題も拾って参りたく思います。

以上不足も多い拙サイトではありますが、続く6年目に向かって発進するつもりでありますので、どうか変わらぬご意見、ご指導等を賜れれば幸いであると存じます。
以上、5周年の節目を迎えての拙所信とさせて頂きます。*(日本)*
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「主役交代」か・・・

2008-03-09 22:12:01 | 日記・エッセイ・コラム

コナサン、ミンバンワ!

本日の当地は日中快晴、毎春恒例の「名古屋国際女子マラソン」が行われ、天候に恵まれた事もあって多くの観衆が訪れていた。今回は夏に迫った北京五輪の選考会も兼ねており、報道を初め各方面より唯一の五輪金メダル経験者、高橋尚子選手の勝敗が注目されていた。そして・・・

序盤好調だった同選手、競技距離の1/4に当たる10km前後より先頭集団から遅れ始め、以後挽回叶わず総合27位。タイムは自己最高位よりも20分以上遅く、北京五輪への出場は事実上不可能と言って良いだろう。

代わって首位をものにしたのは弱冠21歳の中村友梨香選手。序盤は体力を温存し、ラスト10kmとなった32km地点辺りより一気に加速して2位以下を引き離しにかかり、その速さを維持したまま優勝を決めた。これで同選手は土佐礼子、野口みずきの各選手と並び、北京五輪参戦へ向け、名乗りを上げる事となるだろう。他にも若手選手がベテラン勢を抑えて上位進出を果しており、女子マラソンの世界も「世代交代」の時を迎えた感がある。

おまけ画像は本日の大会の模様。先頭集団は大観衆と言う事もあって捉えられず、中団グループの闘いの様子を載せて参ります。

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