Blog~続・トイレの雑記帳

鉄道画像メインの「ゆる鉄写真ブログ」のつもりでしたが、
政治社会の事共について記したくなり、現在に至ります。

平成最後の年度末雑感

2019-03-24 20:56:43 | 社会・経済

この年度末が、平成最後のそれになる。特別な感情はないが、一つの区切りとして真摯に受け止めたく思う。今日まで行われていた 大相撲春場所は、横綱・白鵬関の全勝優勝で幕。一言、この偉業を称えたい。その一方 スポーツの世界にてもう一人、惜しまれながら一線を去る方がある。ご存知国際プロ野球の イチロー選手である。我国ではパ・リーグの在籍が長く、その後の米大リーグを通しての投打の活躍は もう多言に及ばないだろう。残念ではあるが、拙的には「いつかは来るものが来たか」の想いが強いのも事実。人知れぬ所での、並大抵ではなかったろう「努力と研鑽の軌跡」に、改めて敬意と一礼を表すものだ。

本当に年度末は「来るもの 去るもの」が交錯する時期だ。来る方は 拙趣味でもあり恐縮なのだが 2011=平成23年の東日本大震災以来、8年ぶりに全面復旧ほ果たした東北の第三セクター(国、自治体などの行政が、一定程度関与する鉄道事業体)・三陸鉄道が挙げられるだろう。こちらも大きな困難を乗り越えての全面再開。以下、今日の地元紙 C新聞記事を引用してみて参る事にしたい。

「三陸鉄道 163kmつながる。リアス線 希望乗せて」

岩手県の第三セクター・三陸鉄道「リアス線」が 3/23開通した。2011=平成23年3月の東日本大震災に伴う津波で不通となった JR山田線宮古~釜石間が移管され、岩手・久慈市の久慈~大船渡市の盛(さかり)の約 163kmを結ぶ。第三セクター鉄道では我国最長。同県の震災による不通区間は 8年ぶりに解消した。

釜石、宮古の各市内などで 列車の出発式や開通記念式典が行われ、開通初日は記念列車を 4往復運行。各駅や沿線には、地元住民や鉄道ファンなど大勢の人々が詰めかけた。開通を祝うメッセージを記した大漁旗を自宅前に掲げる住民の方もあった。釜石からの列車で宮古に到着した遠方からの若い旅行者は「復興はまだ途中だと感じた。沿線の皆さんが手を振って下さり 嬉しかった」と述べた。

岩手県では JR大船渡線の一部区間がバス高速輸送システム BRTで復旧。岩手、宮城、福島の三県で不通の鉄道は、東電福島第一原発事故の影響残る 福島県内の JR常磐線・浪江~富岡間のみとなった。来年 西暦2020年 3月末までの再開を目指している。三陸鉄道は JR山田線を挟み、北リアス線・久慈~宮古間と南リアス線・釜石~盛間を運行してきた。震災で全面運行不能となったが、被害が比較的少なかった北リアス線の一部区間で、震災 5日後に再開。復旧費用約92億円のほぼ全額を国が負担、2014=平成26年4月で、今回区間を除く全線で運行再開した。3/24から通常ダイヤとなる。(引用ここまで。一部略)

本当に、今回の再開劇を拝見すると「必ず、鉄道で復旧する」との、地元各位の強い意思と本気度を感じるものだ。東日本大震災は、我々の想像を絶する犠牲と大いなる試練をこの地方に強いたはずだが、そうした事共にも絶対に負けない 強い信念と執念が伝わる想いがしたものだ。不幸な原発事故に見舞われた 福島県浜通りを別とすれば、岩手・宮城の両県では曲がりなりにも復興が進むも、現地人口は確実に減っているとされ、そうした所を地盤とする三陸鉄道の運営も、決して容易ではないはずだ。

地元住民の利用増を図るは当然、外国を含む旅行者の誘致をいかに進めるかが今後の課題とされる。勿論、外国人旅行者はただ増やすだけでなく、地元との健全な整合性の追求もされるべきであり、例えば京都辺りで顕在化している来訪数の急増や、それに伴うマナー不良や安全面のリスクを増やさない努力も必要だろう。国、自治体による行政の支援も引き続き必要だろう。ただ、三陸鉄道を全面再開させた地元の強い姿勢は そうした問題とも真摯に向き合い、やがて望ましい方向へと繋げて行く力を持っていると信じたい思いもする所だ。今回画像は 3年前 甚大な水害から復旧を遂げた、三重県下の JR名勝(めいしょう)線の 先年訪れた桜花の時季の模様を。


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