Blog~続・トイレの雑記帳

鉄道画像メインの「ゆる鉄写真ブログ」のつもりでしたが、
政治社会の事共について記したくなり、現在に至ります。

追悼~酔いどれ電停

2006-08-15 09:19:00 | インポート
だいちさん、お早うございます。
今夏は近年でも屈指の猛暑となっています。お互い健康留意にて、何とか今月を乗り切りたいものです。今日8/15は終戦記念日ですね。昨年に続き、その事に少し触れさせて頂ければと思います。

速報ですが、先程小泉内閣総理大臣が、公約であった靖国神社をご参拝になりました。記帳は「内閣総理大臣」が明記された模様で、これまで5年間の任期中の大きな公約の1つが果された事となります。まずは同閣下のご意思を尊重したく思います。

先の大戦、大東亜戦争こと太平洋戦争の事共につきましては、これまでにも貴方と意見交換をさせて頂いて参りましたので、ここではなるべく概略に留めさせて頂こうと思います。

昨年も記させて頂いた記憶がありますが、戦争とは1枚のカードの表と裏の2つの面があると思います。

祖国の歴史と栄光を担い、又大きな貢献をも行なった「正」の面と、心ならずも進出駐屯した現地にて、多くの住民各位に少なからぬ犠牲を生じてしまった等の「負」の面とですね。これらを巨視的、公正的に見据えて評価し、本当に必要な場面には反省をも加えて総括して行く強い姿勢が必要なのでしょう。

これは貴方ともほぼ同じ見解であると信じますが、あの時代に祖国日本の取った行動は、決してその全てが侵略行為ではなかったものと信じます。例えば旧満州や台湾などにおける社会資本整備とかですね。

しかしながらそうした事実を中立公正に評価せず、戦勝国の一方的判断により戦争責任を裁いてしまったのが極東国際軍事裁判と言う事でしょう。インド最高の法学の権威、R・B・パール博士のご指摘にもある様に、国際法上大いに疑義があり、被告人全員無罪の可能性さえある同裁判をそのまま鵜呑みにする訳には断じて参りません。

不幸な点はこの一事に関し、周辺の中華人民共和国や大韓民国より、未だ正しい理解を得られていない事でしょう。
今春より作家の上坂冬子さんがTVや雑誌にて良くご発言になっている様に、我々は我国の戦没者表敬への姿勢につき、周辺を初めとする諸外国の深い理解を得られる様、これからも粘り強く、忍耐強い説明を繰り返し続けて参る必要があると、今は強く思います。

かつて戦争犯罪人のレッテルを貼られ、大戦を指導したとされる各位の問題をどうするか、などの難題が横たわってはいますが、お互いに理解する努力を怠らなければ、接点はいつの日か必ず見えて来る事と信じます。今は静かに、戦没及び戦災犠牲の各位のご冥福を祈る1日としたく思います。

原爆を投下された広島や長崎の街でもそうでしたが、あの日、豊橋の路面電車も戦火をくぐり抜け、黙々と走り続けていたはずです。そして終戦の日の今日は、あるいはその車内でも、追悼の祈りが捧げられているかも知れません。*(日本)*
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