梅雨に入って湿度が高くなったせいか、一時的におさまっていた薬の副作用による関節痛がぶり返してきました。でも、強い薬を飲むのはあと少しなのです。来月から薬が変わるので、期待しています。
昨日も今日も夕立ちがあって、雷が鳴るのでそのたびにPCを消しています。中断ばかりで落ち着きませんが、昨日は停電したのでPCを消していて正解でした。
昨日は年に一度の親子礼拝でした。0歳児から小学6年生までの子どもと父母が共に礼拝を守りました。
広い会堂はいっぱいで(300人ぐらいいたでしょうか?)椅子が足りなくて立っている父母もいました。
メッセージではK先生が本物のパンとぶどうジュースを持ってきたので、子どもたちは興味津津でした。
「イエス様は一緒に食事をしましょうと、あなたを招いてくださっています。一緒に食事をすると親しくなるし、楽しいですね。」
と言ってK先生はパンを手に取りました。
「パンの気持になって考えて下さい。」
と言ってパンをちぎりました。
「パンはどんな気持ちでしょう?」
「おいしそう」
と答えた子どもがいました。
「それは、きみの気持ちでしょ。パンはどう思う?」
「痛いよ」
「イエス様は『わたしはいのちのパンです』とおっしゃいました。それは、イエス様の体がこのパンのように十字架の上で裂かれたからです。」
今度は、ぶどうジュースを手にして、
「ここにぶどうジュースがあります。ぶどう酒はどうやって作られるか知っていますか?」
ぶどうを酒ぶねに入れて足でふんでいるVTRを見せて、
「ヨーロッパではこうやって作る国があります。ぶどうはどんな気持ちでしょう」
「踏んづけられて痛い」
「イエス様は、鞭打たれ、十字架で肉を裂かれ、血を流して下さいました。そのおかげで私たちの罪は赦されました。イエス様はぶどう酒を『これはわたしの血です』と言われました」
イエス様に食事に招かれたらあなたはどうしますか?
用事があるから、行きませんと断る人がいます。私は罪深い人間なので一緒に食事などできませんと断る人もいます。どちらも悪い例です。
そんなこと言わずに「はい、喜んで」とイエス様の招きにこたえましょう。あなたの罪はもう赦されているのですから。
幼子のように素直な心でイエス様の招きに応えたいと思いました。
マラ・ナタ、主よ来たりませ!
ハレルヤ!アーメン。
『マラ・ナタ』とは、Ⅰコリント16:22に書かれていますが、『主よ来て下さい』という意味なのですね。
アーメン。感謝です!