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生かされて

乳癌闘病記、エッセイ、詩、童話、小説を通して生かされている喜びを綴っていきます。 by土筆文香(つくしふみか)

風の種(その3)

2007-01-12 13:23:53 | 童話
洋治は、どうせ存在がなくなるのなら、風の姿で家に帰ってみようと思った。海を離れると、あっという間に都内の家に着いた。家には誰もいない。
父親の勤める病院の屋上へいくと、絵里が泣いていた。

(絵里……。何でこんなところにいるんだろう……。そうだ、お母さんが病気とかいっていたな)
洋治は絵里の長い髪をゆらしたが、絵里は気づかない。絵里は涙をふくと、洗濯物をとりこんで階段をおりていった。
洋治は窓のすきまから病室に入った。ベッドにはやせて髪の毛のぬけた女の人が、体にたくさんの管をつけて横たわっていた。その傍らには白衣を着た洋治の父が立っている。

「お母さん。死なないで……。お母さんが死んだら、わたしも死ぬ!」
絵里はベッドに寄り添って号泣している。
(絵里のお母さん、そんなに悪かったのか……。昨日学校で何も言わなかったのは、お母さんのことを心配していたからだったんだな。そういえば、絵里にはお父さんも兄弟もいない。お母さんが死んだら、ひとりぼっちになってしまう)

「絵里、死んではいけない。自殺したら天国へはいけないのよ。わたしは、もうすぐ天国にいく。いつか天国で必ず会えるから……」
息も絶え絶えに母親がいった。
「いやだ、いやだ、お母さん」
「神さまが決めたことだから……。どんなに生きたいと願っても、生きられないの……。だけど、お前は生きるのよ」
絵里の母親の言葉が自分に向けていわれたように思えて、胸がずきんとした。なんとか絵里を励ましてやりたいと思ったが、風である洋治の声は絵里には届かない。

父親が病室を出ていった。あとをついていくと、誰もいない廊下で泣いていた。
「なんとか治してあげたかった‥‥。なんと無力なんだ……」
父は壁をたたいてうめくようにいった。
冷たいとばかり思っていた父親の意外な一面をみて、自分が死んだら父は悲しむのだろうと思い直した。
洋治はいたたまれなくなって病院から出ると、うんと高いところまで飛んでいった。

「いこうよ、いこうよ、どこまでも」
風の歌声が聞こえる。いつの間にか風のベルトの中に入っていた。
(しまった。ここに入ると他の風と混ざってしまうとタオがいっていた。そうなると自分の存在がなくなってしまうんだ)洋治が抜け出そうとすると、ぐいと手をつかまれた。
「僕たちと一緒にいこうよ」
「きみは僕で、僕はきみさ」
「いやだよ、僕は人間なんだよ!」
洋治が叫んだが、がっちりつかまれた手はなかなか離れない。みると、体の色が緑から黄緑に変わってきている。
「誰か助けて、ベルトからおろして!」
洋治が叫んだとき、大きな温かい手に抱きしめられていた。青い風タオが、風のベルトから救い出してくれたのだ。
「ありがとう、タオ」
「お前は、人間にもどりたいのか?」
「うん」
洋治が答えると、タオはにこっと笑った。
「そういってくれるのを待っていたんだ」

その声が聞こえたとたん、洋治は意識を失ってしまった。気がつくと、深い森の中の石の上にすわっていた。手足をさすってみた。もとの姿にもどっている。
「ああ、僕はここにいる。生きてる。生きてるんだ!」

恐ろしい獣の鳴き声が聞こえた。森はすっかり暗くなっていて、どちらの方角からここへきたのか全くわからない。戻れなくなっていることに気づき、ぞっと寒気が襲った。

ふと見上げると、青白く光る雲のようなものが洋治の頭の上に浮かんでいた。
「タオ?」
 それは返事をしなかったが、木の葉を揺らしながらゆっくりと移動していく。洋治は急いであとをつけた。しばらくすると、木々の間から街の明かりがぽつぽつと見えてきた。
森を出たとたん、青白いものは見えなくなった。
「ありがとう、タオ!」
洋治が叫ぶと、風がほおをなでて吹き抜けていった。
おわり

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14 コメント(10/1 コメント投稿終了予定)

コメント日が  古い順  |   新しい順
風の行方 (J.J)
2007-01-12 15:03:41
絵里ちゃんのところへ行ったのですね。
人々の知らなかった哀しみや姿を知ったのですね。
絵里ちゃんのおかあさんの言葉、もう少し自然なほうがよりよいと思いました。

ありがとうございました。
また楽しみに励みます。
私は論文の作成中です。
ご自愛ください。
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おねがい (J.J)
2007-01-12 18:10:42
恐ろしい獣の鳴き声ってどんなものですか。
どんな生き物のことですか。
私は街で生まれ育ったので教えてください。
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J.Jさんへ (文香)
2007-01-12 22:22:44
たしかに絵里のお母さんのセリフは不自然ですね。自分でもそう思っていました。

恐ろしい獣とは野犬です。遠吠えはオオカミの鳴き声のようにも聞こえます。

わたしが昔住んでいた神戸の裏山には、野生のイノシシがいましたが……。
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Unknown (サムサム)
2007-01-12 23:08:26
絵里のお母さんのこと、あのまま死んでしまうのではちょっと可哀そうで…。
洋治が風であった時はしかたがないのですが、後ででも、何とか助けてあげることはできないのでしょうか。
それによって作品がどうなるのかは分かりませんが、ふと、そんなことを思いました。
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Unknown (まこ)
2007-01-13 08:30:25
全くの私見ですが・・・私はお母様が死んでいく不条理こそがこのお話のミソだと感じました。行きたくてもいきられない・・・声明こそ人間には、どうすることの出来ない神様の手の中にあるものだということを気付かされました。余韻のある、幻想的な作品で、無理なく「人間を超えた方の存在、人を導く方の愛と力」を提示している素晴らしい童話だと、1ヶ月前に読んだ時から思っていました。伝える機会はなかったけどね。。。
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Unknown (まこ)
2007-01-13 08:32:55
すみません。誤字。
  行き→生き    声明→生命
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サムサムさんへ (文香)
2007-01-13 09:28:02
率直な感想有り難うございました。

作品の中で簡単に人を死なせることのできる作者は罪人ですねえ。別の作品ですが、ある方に「人の命をなんだと思っているのだ!」としかられたことがあります。

この童話の場合はどうなのでしょう?ゆっくり考えてみます。
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まこさんへ (文香)
2007-01-13 09:34:01
感想有り難うございます。
これを書いたのは、父が召される前でした。

まこさんの言われるように
『命は神様のみ手の中にある』ということを洋治(読者にも)に伝えたい気持ちで絵里の母親を死なせましたが、それでよかったのかどうかわかりません。
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Unknown (美雨)
2007-01-13 16:08:56
以前にある作家から聞きました。主人公を死なせてしまうと続きが書けなくなるから、死なせてはいけないと編集者から言われた。と。
でも、クリスチャンにとって、死は終わりではないのですから、余韻を持って物語は続けられますね。
文香さんの作品は、幻想的で、ご自分の思念もはっきりと入っていて、とてもよいと思います。
そして、恐ろしい獣の声を、ペンで書き表せたら言うことなしだと思います。
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Unknown (まこ)
2007-01-13 18:38:02
 すみません、もう一回だけ・・・。私は、現実はもっと過酷で無常だと思います。いい人程早く亡くなったりするのです。で、自分の命を軽々しく絶ってしまう子どもたちが多い中、ストレートに「自殺したら天国にはいけないよ」と伝え、「でも、神様の与えてくださった生を全うしたら、神様とともに歩んだら、神様のところ(天国)にいけるのよ!」という単純なメッセージを伝えたかったであろう文香さんの意図は確実に果たされていると思うのですが。
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