生かされて

乳癌闘病記、エッセイ、詩、童話、小説を通して生かされている喜びを綴っていきます。 by土筆文香(つくしふみか)

似顔絵描きの一生(2)

2013-11-03 16:43:37 | 童話
(2)
ニコラが戦地に行った次の日、ジョエルの家に村の人たちがぞろぞろやってきました。ニコラのお母さんがジョエルの描いた絵を近所の人にみせたので、それが評判になっていたのです。

「ジョエル、わたしのことを描いてちょうだい」
「わたしの子どもを描いてほしいの」
「おばあさんの絵を描いて」
 次々注文がきて、ジョエルがとまどっていると、めずらしくお酒を飲んでいない父さんが、にこにこして番号の書かれた布きれを配りはじめました。

「お金を払える人が先だよ。並んで、並んで」
「前金だなんて、がめついわね」
「当たり前だ。金を持ってないやつは、帰った、帰った」
お金を持ってこなかった人たちは、プリプリしながら家にもどっていきました。

「父さん、ぼくの絵は、お金をもらえるようなものじゃないよ」
ジョエルが父さんのシャツを引っ張りました。
「うるさい。お前は黙って絵を描けばいいんだ!」
 ジョエルは仕方なくいちばんたくさんお金を出してくれた人から描きはじめた。
 父さんはもらったお金で酒を買ってきて飲みました。ジョエルがいくら止めてもききません。
「ぼくは父さんの酒代をかせぐために描いているんじゃないんだ!」
 ジョエルは裏通りに出ると、樽を蹴りながら叫びました。
 
父さんが出かけているとき、トントン戸をたたく音がしました。戸を開けると見知らぬ男の人が立っていました。
その人は、やせていてほおがげっそりとしていましたが、目は深い泉のようで、すいこまれそうな瞳をしていました。服は穴だらけで裾はぼろぼろでした。その服は何日も洗っていないように汚れやシミがついていました。
「何か用ですか?」
ジョエルがたずねると、男の後ろから小さな女の子が顔を出しました。

「うちにきて。母さんの絵を描いてほしいの……お金は持ってないんだけど」
女の子はすがるような目でジョエルをみつめました。
「母さんは、あと一週間の命だっていわれたの」
女の子の目から涙がほろりとこぼれ落ちました。

ジョエルは自分の母さんが死んだときのことを思い出して、胸がズキリと痛みました。
「いいよ。きみの家にいこう」

女の子の家は隣村でした。ベッドにはやせて顔色の悪い女の人が寝ていました。ジョエルは、女の人が元気だったときの顔を想像して描きました。

描き終えたとき、家の中には病気のお母さんと女の子しかいませんでした。
「父さんはどこへいったんだ?」
 女の子にたずねると、
「あの人はお父さんじゃない。知らないおじさん」
と答えました。

「わたしが、『お母さんそっくりの絵を描ける人がいたらいいのに……』っていったら、あのおじさんがきて『その人のところへ連れていってあげよう』っていってくれたの。あたしは、だれにも聞こえないような小さな声でいったのに不思議ね」
 女の子は出来上がった絵を満足そうにながめました。

「あのおじさんはね、真っ白な服を着て青いマントをはおっていたの。でも、ジョエルの家にいく途中で道路で寝ていた人と服を取りかえたの。だから、あんなボロボロな服を着ていたの。それから、その人にマントもあげちゃったのよ」
 女の子は大きな目をくりくり動かしました。

家に帰ると、いきなり父さんにほおをなぐられました。
「お前、お金も出せないようなところへいって似顔絵描きやったんだって!」
 女の子のお母さんの絵をただで描いたことが早くも父さんの耳に入っていました。
「悪いかい?」
「悪いに決まってるだろ!」
「どうして悪いんだよ」
「金も払えないやつのために絵を描くなんて……」
「金、金、金……何でも金だ。金が入れば全部酒代になってしまうのに」
 
ジョエルがいいおわらないうちに反対のほおをなぐられました。
「もう、がまんできない!」

つづく


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