(3)
ジョエルは画材と着替えをかばんにつめこむと、家をとび出しました。冷たい秋風がジョエルを追いかけてきました。ジョエルは町へ向かって息の続くかぎり走りました。
ジョエルは村はずれの家畜小屋で一晩過ごし、翌朝町へいきました。町にはいろいろな人が歩いていました。シルクハットをかぶりステッキを持って歩く紳士。羽飾りをつけた大きな帽子をかぶっている婦人。でっぷり太った商人風の男性。はだしでぼろぼろの身なりをした子どもたちもいました。
ジョエルは道端の石に腰を下ろして、ひとりの婦人を描きはじめました。婦人が気づいて近づいてきました。
「まあ、わたしのことを描いているの?」
「勝手に描いてすみません」
ジョエルは叱られるのかと思い、深く頭を下げました。
「買わせてもらうわ」
目の前に銀貨を出されて、ジョエルは驚きました。これなら立派にひとりで生きていけると思いました。
ジョエルは似顔絵描きとして生きることを決意しました。スタートはよかったのですが、その後はいいことばかりではありません。どんなに心をこめて描いても、「似てない!」と文句を言われ、お金をもらえなかったり、逆に簡単に描いただけで喜ばれたり。銀貨をくれる人はそれから現れず、収入はわずかです。その日の食べ物を買うのがやっとの生活でした。夜は道端に寝て、雨の日は教会に泊めてもらって暮らしていました。
家を出て二年目の冬、寒気がして震えが止まらなくなりました。道端で一枚きりの毛布にくるまってうずくまっていると、今度は火のように身体が熱くなりました。はやり病の熱病にかかったのだと気づきました。でも、ジョエルのことを気にかけたり、世話をしてくれる人はひとりもいません。
のどがかわいてたまらなくなりました。でも、体が弱っているので水を汲みに行く力がありません。そのとき、目の前に小さなコップが差し出されました。差し出したその人は、やせた男の人でした。どこかで会ったことがある気がしましたが思い出せません。
ジョエルはコップを受け取ると一気に飲み干しました。冷たい水がのどを通っていくとき、熱が下がり、病気が治ったことに気づきました。
家を出て四年目、小さな小屋に住むようになっていましたが、雨ばかり降って仕事がない日が続きました。何日も食べるものがありません。体を動かす気力もなく、床に横たわっていました。
「このまま、飢えて死ぬんだな」
ジョエルがひとりごとをいったとき、戸口が開いて、あの人が入ってきました。その人はひときれのパンをジョエルの手ににぎらせると、にっこりほほえんで何もいわずに出ていきました。
パンを食べたとき、体に力がよみがえってくるのを感じました。雨音はぴたりとおさまっていました。
ジョエルは助けてくれた人のことを忘れないため、その人の似顔絵を描きました。木炭しかないので、黒一色で描き、壁にはりつけておきました。
つづく
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