童話を書くときは、読者の対象年齢を考えて書きます。小学校低学年向け、高学年向け、中学生向けなど……。
でも、この作品は対象年齢を考えずに書きました。あえて言うなら高学年から大人向けです。
童話や小説を20年以上書き続けていましたが、何度か転機が訪れました。この作品は、今回大きな節目を越えて書いたものです。
このような作品を募集しているところがないため投稿できませんので、ブログで公開させていただくことにしました。連載は8回くらいになりそうです。最後まで読んでいただけたら嬉しいです。
似顔絵描きの一生 土筆文香
(1)
むかしフランスの田舎にジョエルという名の十歳の少年がいました。ジョエルは絵を描くのが好きで、今日も木炭で板切れに一心に絵を描いていました。
「お前、また遊んでるのか!」
父さんがふらついた足取りで近づいてきました。またお酒を飲んでいるようです。
「遊んでるわけじゃない。父さんこそ昼間から飲んで……」
「なんだとぉ、口答えする気か」
父さんがこぶしを振り上げたので、裏口から素早く外へ逃げました。
ジョエルは裏通りの樽の上にすわりました。樽の上で昼寝をしていた野良猫が、うらめしそうな顔をしてジョエルをにらむと、塀にとび移りました。
ジョエルは絵の続きを描きました。輪郭だけ描いたのですが、母さんの顔がうまく書けません。頭の中でははっきりと母さんの顔がみえるのに、いざ描こうとすると真っ白になってしまいます。
(どうして思い出せないのかな……。母さんが天国へいったのは、先月のことだったのに……)
髪は目に浮かびます。自分と同じ栗色です。腰まで長くてひとつにしばっていたのですが、半年ほど前に突然ばっさりと切ってしまいました。
母さんは、小麦粉とバターを買ってきて、たくさんパンを焼いてくれました。久しぶりに食べる白いパンに感激してジョエルは五つも食べました。あのとき、母さんはパンを食べたのでしょうか。自分が食べるのに夢中で気づきませんでしたが、ひとつも食べなかったような気がします。
夜、スカーフを取った母さんの頭をみたとき、心臓が止まるほど驚きました。髪を売ったお金でパンの材料を買ってきたのでした。
父さんが働きさえすれば、こんな貧しい暮らしをすることがないのに……。母さんは働き過ぎて病気になったのです。母さんが死んだのは父さんのせいだと思うと、怒りがこみ上げてきました。
ジョエルは母さんの後ろ姿を描くことにしました。腰まである栗色の毛を描いていると、隣の家のニコラがやってきました。年はジョエルより十歳年上で、兄さんのようにやさしい青年です。
「やあ、細かいところまでよく描けてるじゃないか」
ニコラは絵をのぞきこんでほほえみました。
「でも、顔が描けないんだ……」
ジョエルが悲しそうな目でニコラをみつめました。
「後ろ姿の方がいいぞ。顔は想像できるからな。母さんは、笑っているときも泣いてるときもあっただろ。いま、どんな顔してるんだろうって想像するのは楽しいじゃないか」
ニコラの言葉を聞いてジョエルの暗い心にぽっと灯がともりました。
「ジョエル、お願いがあるんだ……」
ニコラが少し改まった顔でいいました。
「何?」
「おれの……似顔絵描いてくれないか」
ニコラは顔を赤らめてポリポリ頭をかきました。
「えっ、ニコラの?」
「おれ、来月戦地へいくんだ。だから、おれの似顔絵を母さんに渡したいんだ。絵があれば、少しは寂しさもまぎれると思って」
「うん。わかった」
ジョエルはニコラの少しとんがった口、口のまわりに生えているポシャポシャしたひげ、太い眉毛、大きな目、そして高くてカッコイイ鼻を一生懸命観察して描きました。
次の日、できあがった絵をニコラに渡すと、
「ありがとう、ジョエル。お前、天才だな」
ニコラは喜び、一週間後に戦地へ向けていってしまいました。
つづく
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でも、この作品は対象年齢を考えずに書きました。あえて言うなら高学年から大人向けです。
童話や小説を20年以上書き続けていましたが、何度か転機が訪れました。この作品は、今回大きな節目を越えて書いたものです。
このような作品を募集しているところがないため投稿できませんので、ブログで公開させていただくことにしました。連載は8回くらいになりそうです。最後まで読んでいただけたら嬉しいです。
似顔絵描きの一生 土筆文香
(1)
むかしフランスの田舎にジョエルという名の十歳の少年がいました。ジョエルは絵を描くのが好きで、今日も木炭で板切れに一心に絵を描いていました。
「お前、また遊んでるのか!」
父さんがふらついた足取りで近づいてきました。またお酒を飲んでいるようです。
「遊んでるわけじゃない。父さんこそ昼間から飲んで……」
「なんだとぉ、口答えする気か」
父さんがこぶしを振り上げたので、裏口から素早く外へ逃げました。
ジョエルは裏通りの樽の上にすわりました。樽の上で昼寝をしていた野良猫が、うらめしそうな顔をしてジョエルをにらむと、塀にとび移りました。
ジョエルは絵の続きを描きました。輪郭だけ描いたのですが、母さんの顔がうまく書けません。頭の中でははっきりと母さんの顔がみえるのに、いざ描こうとすると真っ白になってしまいます。
(どうして思い出せないのかな……。母さんが天国へいったのは、先月のことだったのに……)
髪は目に浮かびます。自分と同じ栗色です。腰まで長くてひとつにしばっていたのですが、半年ほど前に突然ばっさりと切ってしまいました。
母さんは、小麦粉とバターを買ってきて、たくさんパンを焼いてくれました。久しぶりに食べる白いパンに感激してジョエルは五つも食べました。あのとき、母さんはパンを食べたのでしょうか。自分が食べるのに夢中で気づきませんでしたが、ひとつも食べなかったような気がします。
夜、スカーフを取った母さんの頭をみたとき、心臓が止まるほど驚きました。髪を売ったお金でパンの材料を買ってきたのでした。
父さんが働きさえすれば、こんな貧しい暮らしをすることがないのに……。母さんは働き過ぎて病気になったのです。母さんが死んだのは父さんのせいだと思うと、怒りがこみ上げてきました。
ジョエルは母さんの後ろ姿を描くことにしました。腰まである栗色の毛を描いていると、隣の家のニコラがやってきました。年はジョエルより十歳年上で、兄さんのようにやさしい青年です。
「やあ、細かいところまでよく描けてるじゃないか」
ニコラは絵をのぞきこんでほほえみました。
「でも、顔が描けないんだ……」
ジョエルが悲しそうな目でニコラをみつめました。
「後ろ姿の方がいいぞ。顔は想像できるからな。母さんは、笑っているときも泣いてるときもあっただろ。いま、どんな顔してるんだろうって想像するのは楽しいじゃないか」
ニコラの言葉を聞いてジョエルの暗い心にぽっと灯がともりました。
「ジョエル、お願いがあるんだ……」
ニコラが少し改まった顔でいいました。
「何?」
「おれの……似顔絵描いてくれないか」
ニコラは顔を赤らめてポリポリ頭をかきました。
「えっ、ニコラの?」
「おれ、来月戦地へいくんだ。だから、おれの似顔絵を母さんに渡したいんだ。絵があれば、少しは寂しさもまぎれると思って」
「うん。わかった」
ジョエルはニコラの少しとんがった口、口のまわりに生えているポシャポシャしたひげ、太い眉毛、大きな目、そして高くてカッコイイ鼻を一生懸命観察して描きました。
次の日、できあがった絵をニコラに渡すと、
「ありがとう、ジョエル。お前、天才だな」
ニコラは喜び、一週間後に戦地へ向けていってしまいました。
つづく
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