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生かされて

乳癌闘病記、エッセイ、詩、童話、小説を通して生かされている喜びを綴っていきます。 by土筆文香(つくしふみか)

心開かれるとき

2012-09-14 18:15:57 | 教会
わたしのいちばんの望みは、主人がイエス・キリストを信じて救われることです。
でも、主人はキリスト教に対して心を固く閉ざしています。
もし、主人が求めているのなら、いつか信じるようになるという希望があります。でも、求めてないのですから、信じることは不可能ではないかと、最近は諦めの心境になっていました。

でも、9日の礼拝メッセージを聞いて、希望が持てるようになりました。

わたしがどんなに熱心にキリストを主人に伝えたとしても、その努力だけでは実は実りません。
人の力でどうにもならないことでも、神さまが働いて下されば、主人のような頑なな人の心をも変化させることは可能です。人の心を開いて下さるのは神さまだからです。


今週の日曜礼拝メッセージの題は、「心開かれて」でした。

パウロが第2回伝道旅行のとき、ピリピの町で語っていると、紫布の商人ルデヤがキリストを信じました。聖書には「主は彼女の心を開いて、パウロの語る事に心を留めるようにされた。(使徒16:14)」と書かれています。

ルデヤはパウロの説教を聴いて突然クリスチャンになったのではありません。地元の宗教はありましたが、それでは満足できず、真実の宗教を求めて、高い倫理観をもつユダヤ教を信じるようになっていたようです。そのようなときにパウロの話を聞いてキリストを信じ、バプテスマを受けました。

主人の話にもどりますが、主人は何も言わないので、求めているかどうか本当のところはわかりません。今求めてなかったとしても、何かのきっかけがあって、この先いつ求めるようになるかもしれません。

わたしの父は、6年前癌で召されましたが、癌になる2年ぐらい前に腹部大動脈瘤の緊急手術を受けました。もう少し病院へ行くのが遅かったら破裂して命が危なかったと聞きました。  

父は、死と隣り合わせになったことによって求めはじめたようです。そうとは知らなかったのですが、入院中に三浦綾子の本「永遠のことば」を持って行くと、心打たれたようでした。退院した時、本に書いている文章をワープロで書き写していたことが召されたあとでわかりました。
その後末期癌になってホスピスに入ってから、イエス・キリストを信じました。まさに主が父の心を開いてくださったのです。

母も今、少しずつ心が開かれているように思います。


メッセージでは、いま求めている人に対しても語られました。

ルデヤのように、あなたにとってのパウロを通し、神さまが語りかけるかもしれません。
辛い出来事が心を開いてくれるかもしれません。
自分の力ではどうしようもない時に、『神さまのささやき』が聞こえるかもしれません。
疑問が解け、ストンと落ちるときがくるでしょう。神さまが心を開いて真理が見えるようにしてくださいます。

求道中のみなさん、あわてないで、焦らないで、そしてあきらめないで「神さま、この心を開いて、あなたの真理を見せてください」と祈り続けてください。
信じて飛び込んで行ったとき、神の存在を確信し、御言葉が真実であったことを体験でき、さらに信じるようになります。

信徒に対しては次のように語られました。 

ルデヤがパウロに「『どうか、私の家に来てお泊まり下さい。』と言って頼み、強いてそうさせた。(使徒16:15)」とあるように信じた故に感謝にあふれて自分にできることをさせて下さいと言います。

教会は、信じたことによって感謝が溢れ、神様のために自分にできることをしたいという人たちの群れです。
でも、「みんなと同じように熱心に奉仕しなければ」とは思わないでください。神さまは、各々に何かができるように素晴らしい賜物をくださっています。

「できることを、できるときに、できるときまでさせてください」と祈りつつ歩んでいけばいいのです。



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