生かされて

乳癌闘病記、エッセイ、詩、童話、小説を通して生かされている喜びを綴っていきます。 by土筆文香(つくしふみか)

共に生きる

2012-06-25 16:59:29 | 乳癌
先週の金曜日に乳がん術後の検査結果が出ました。術後8年半たっています。
前回から電話で結果を教えていただけることになったので、とても助かります。異常がなければ病院へ行かなくてもよいのです。

今回エコー検査を受けたとき、いつもより念入りに調べられました。とても長い時間に感じられました。集団検診のエコー検査で乳がんとわかったときも長い時間調べられ、ひとり2分ぐらいで終わるところをわたしだけ10分近くかかっていたことを思い出しました。
そんなことを思うと、恐ろしくて電話をかける手が震えました。コール音を聞いていると胃が痛くなってきます。

「貧血はありますが、エコー検査、腫瘍マーカーには異常ありません」という医師の言葉を聞いた時、ほっとして体の力が抜けました。貧血は鉄剤を処方されているので心配ありません。神様によって与えられているいのちを抱きしめるような思いで感謝しました。



土曜日は教会のティータイムでした。ティータイムとは、手作りのお菓子をいただいてお茶を飲みながら音楽に耳を傾けたり、お話しを聞く集会です。
お話しの一部を紹介させていただきます。


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心配ごとがなくなることが幸せと思う人が多いです。でも、問題がなくなることが幸せをもたらすのではなく、悩みがある中で絶望しない力が与えられることが大切です。

大野勝彦さんは、44歳まで元気に農業の仕事をしていました。ところが、事故で両腕をなくしてしまいました。トラクターを洗っているとき、誤って回っているシャフトに両腕が巻き込まれ、両腕が引きちぎられてしまったそうです。義手で絵画や書の創作活動を始め、その作品が多くの人たちに励ましを与えています。
大野さんは「自分は何の役にもたたない。人の世話になるしかない。だったら、せめて機嫌よくしていよう」と言ったそうです。

星野富弘さんは中学校の教師でしたが、クラブ活動の指導中、頸髄を損傷して首から下の自由を失ってしまいます。口に筆をくわえて詩画をかき、それが多くの人に生きる力を与えています

この人たちに共通していることは、自分に寄り添ってくれる人を発見できて、その人に感謝する思いを与えられ、それによって生きる力が与えられていることです。

旧約聖書出エジプト記3:7には、「わたしは、エジプトにいるわたしの民の悩みを確かに見、追い使う者の前の彼らの叫びを聞いた。わたしは彼らの痛みを知っている」と書かれています。

神様は、エジプトの地で奴隷として苦しめられていたイスラエル人の①悩みを見、②叫びを聞き③痛みを知っていました。イスラエル人は430年もの間苦しめられましたが、その間神は共にいて下さいました。そして、神はイスラエル人を救い出し、よい地を与えると言って下さるのですが、その地を得るためには困難があると言っています。

『①悩みを見、②叫びを聞き③痛みを知る』この3つが共に生きること、寄り添うことです。寄り添う生き方の反対は、問題解決することで必死になることです。

神は問題解決を目的に存在するのではありません。もし、そのために存在するなら、問題のない人には神は不必要です。

問題解決こそが大事だと思っていると、自分が解決できないことには無関心になります。

問題解決に目を奪われていると、ほんとうは解決していないのに解決した気になってしまいます。

本当に問題解決したいという者の姿勢は、悩みを見、叫びを聞き、痛みを知る姿勢になってきます。

人を通して神の愛を受けることができるので私は生きるのです。
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「悩む人に寄り添って共に生きる者とならせてください」と祈りました。



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