アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

白い巨塔~教授選篇(その1)

2011-10-23 23:45:40 | テレビ番組
『白い巨塔~浪速大学医学部教授選篇』   ☆☆☆☆☆

 『白い巨塔』全5巻を再読し、映画も再見したらどうしてもまた田宮二郎版のテレビドラマを観たくなり、とうとうDVDをワンセット入手した。アマゾンではもはや品切れとなり、DVDボックスが中古で数万円の値段がついているようだが、うまいこと安く入手できたのである。以前観た時は田宮二郎をはじめとするキャストの素晴らしさが今ひとつ良く分かっていなかったので、今回こそ醍醐味を味わえるはずだと期待し、ワクワクして仕方がない。

 この『白い巨塔』はテレビドラマの金字塔と言われているが、その成り立ちというか制作背景を見てみるとそれも納得だ。まず、緻密な取材に基づいた山崎豊子の原作の存在。これがすでに大傑作。で、ひとまず田宮二郎主演で映画化された。その後この小説は大きな社会的反響を呼び、山崎豊子は更なる取材をへて続編を書き上げる。映画で主演した田宮二郎は「財前を演じられるのは自分しかいない」とこの役に入れ込み、続編まで含めた『白い巨塔』完全バージョンのドラマ化を熱望し、何度か計画するも実現しない。そして映画化から10年たち、田宮二郎自身が小説の財前五郎とほぼ同じ年齢になり、財前を演じるなら今しかない、というタイミングで再度の映像化がようやく実現。ここに初の完全バージョン、テレビドラマ『白い巨塔』が誕生する。

 素晴らしい原作、役者の思い入れと執念、歳月による熟成、そして運命的なめぐりあわせ。まさに満を持して、というにふさわしい。もちろんそれだけで名作が約束されるわけではないが、このドラマにかける田宮二郎の熱意は尋常ではなかった。当時躁鬱病だった彼は、誤診裁判篇あたりでは鬱状態のせいでセリフが覚えられず監督に泣きついたこともあったらしい。そして、なんとか撮影を終えた後、放映終了間際に衝撃的な自殺によりその人生に幕を下ろす。テレビドラマ『白い巨塔』はまさに、田宮二郎の人生を賭けた一大プロジェクトだったのである。そしてその熱意に呼応するかのように、他のキャストも素晴らしい演技を見せる。脚本も見事だ。これを名作といわずして何と言おうか。

 さて、とりあえず「浪速大学医学部教授選」篇の最後までを再見した。こうして小説、映画、ドラマと続けて観ると色んなことに気づくわけだが、映画『白い巨塔』も傑作だったけれども、やはりテレビドラマに比べるとかなり駆け足だったなあという印象をあらためて受ける。サクサク進んでスピード感はあるが、じっくりエピソードを積み重ねていくドラマの方がはるかに物語が豊穣だ。

 キャストについてはどうしても映画版との異同に目がいくが、まず同じ役者の再登場は主演の田宮二郎をはじめ鵜飼教授役の小沢栄太郎、大河内教授役の加藤嘉。もはや絶対に代替不能、どの一人が欠けても芝居が立ちいかなくなる神々しいまでの存在感を放っている。小沢栄太郎と加藤嘉はまったく対照的な二人の教授を堂々たる風格をもって演じ、このドラマのキーパーソンというにふさわしい。

 一方、映画版と異なるキャストで個人的に新鮮だと思うのはまず、東教授の中村伸郎 。映画では東野英治郎が重厚に演じていたが、中村伸郎の東教授は愛嬌と情けなさがあって良い。財前に嫉妬したり、奥さんに馬鹿にされたりするあたりはいかにも情けないし、どこか人のいいところがあって選挙工作の詰めが甘いのもしっくりくる。私はこっちの方が好きだ。

 それから財前の愛人、花森ケイ子。映画では小川真由美だったが、ドラマでは太地喜和子が演じている。これはただキャストが違うというだけでなく、キャラクターそのものが大きく膨らませてあり、映画よりはるかに存在感を増している。映画のケイ子は利己的な女で、ただ自分の利益のために財前の出世を願っていただけだったが、ドラマ版のケイ子はどこか世俗を超越し、清濁をあわせ呑んだ人間的に奥の深い女性として描かれている。財前をその野望や、ぎらついた性格ひっくるめて愛しているが、その生き方を必ずしも肯定するわけでもなく、時には批判者となり時には応援者となる。何か大きな叡智をもって財前を見守る超越者のようですらある。

 たとえばこの教授選篇において、最初ケイ子は財前の野心を冷やかし半分に見物しているだけだ。彼女自身の弁によると、どこか甘いところがある財前が苛烈な大学内政治を生き残っていけるかどうかに興味があるだけ、だった。しかし財前が田舎にいる母親の苦労に報いるため教授になろうとしていることを知ると、本気で財前を応援し始める。視聴者は花森ケイ子を、ひょっとしたら里見と同じくらい信頼するようになるし、またそれに値する人物として設定されている。テレビドラマ版が映画より豊かになった理由のひとつが、この花森ケイ子の性格変更というかアップグレードにあるのは間違いない。

 それからもちろん、財前と同期の第一内科助教授・里見脩二。演じるのは山本學。もう何もいうことはない。ドラマ版の素晴らしさの多くが、この山本學の名演に負っていることは誰も否定できないだろう。医師として誠実に自己に向き合い、理想を掲げ、苦しい状況にあっても自分の信じる道を貫き通そうとする里見医師を、山本學は説得力をもって、あまりにも感動的に演じきっている。私たち視聴者は、里見医師が確かにそこにいると感じるのである。映画版の田村高廣がその生真面目な人物設定からどこか硬直し、精彩を欠いていたのに対し、山本學の里見は非常に人間的だ。超然とした聖人君子としてではなく、感情豊かな一人の人間として生き生きと描き出されている。たとえば財前と里見が衝突する時、私たち視聴者にも里見の感情的な動揺が伝わってくる。

 他にも財前又一(曽我廼家明蝶)、東佐枝子(島田陽子)などが印象的だ。強烈なインパクトの財前又一は映画版の石山健二郎と甲乙つけがたく、どちらも個性があって素晴らしい。石山健二郎がどこか怪物じみた迫力だったとすれば、曽我廼家明蝶は如才なさとしたたかさ、欲深さ、俗物性が渾然一体となった厚みのある又一を作り上げている。東佐枝子は映画、ドラマともにひたすら里見を慕うという華を添える役柄で、あまり面白みはないけれども、島田陽子は清楚さにあふれ、とてもきれいだ。また、映画版ではあまり印象に残っていないが、テレビ版では医師会会長の岩田もずいぶんと強烈なインパクトがある。原作や映画では財前又一が自分のことを「海坊主」と自称する場面があったがテレビではないのは、どう見ても岩田の方が海坊主であるからに違いない。

(次回に続く)


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2 コメント

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初めまして。 (ガンガンガン速 )
2011-10-27 09:39:32
唐沢寿明さんが演じたものは見ました。
でも、田宮二郎さんのものも見たくなりますー。
山崎豊子さんの小説は大好きです。
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こんにちは (ego_dance)
2011-10-28 10:56:34
田宮二郎さんのものも観る価値ありますよー。
機会があればぜひ。
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