アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

フロスト日和

2011-08-29 22:13:03 | 
『フロスト日和』 R・D・ウィングフィールド   ☆☆☆☆☆

 名前だけは前から知っていた「フロスト」ものをようやく読んでみた。ユーモア・ミステリだと思っていたので今ひとつ触手が伸びなかったのだが、実際読んでみると、単にユーモア・ミステリというだけではない魅力に溢れている。非常に満足度が高い、全方位的なエンターテインメントの傑作だった。

 まずは、確かに笑える。笑えるが、おかしなキャラ頼みではない。フロストの言動以上に、小説が持つアイロニーがおかしいのである。フロストのキャラは下ネタ好きやいい加減な言動などおかしさに溢れているが、同時に意外とリアリズムがある。軽いユーモア・ミステリにありがちな、コミカルを狙い過ぎて軽くなってしまう欠点はない。

 ミステリなのでもちろん事件が起き、フロスト警部が捜査するのだが、次々と別の事件が起きて未解決の事件がどんどん積み上がっていくというプロットだ。浮浪者の殺人、女学生の失踪、連続レイプ事件、老人のひき逃げ、ストリップ劇場の強盗、ソヴリン金貨の窃盗、警官殺し、などが起きる。前の事件が解決しないうちに次の事件の捜査が始まり、同時並行的に仕事を進めていかなければならない。こういうのをモジュラー型警察小説というらしい。当然ながら、どんどん収拾つかない感じになってくる。フロスト警部とその部下は地獄のような長時間労働をこなさねばならない。どうなるんだこりゃ、と思って読んでいると、やがて事件同士が微妙にリンクして意外な真相が判明したりする。ジグソーパズルが組みあがっていくような快感があり、巧みな構成が光る。

 フロストはずうずうしく下品なセクハラ中年男キャラだが、こういうのにありがちな一見ダメ男実は名探偵、というわけでは必ずしもない。フロストの捜査はある程度、本当に行き当たりばったりだ。忘れっぽいし、秩序立っていないし、勘に頼ったり、無謀な試みをしたりする。真剣に考えた結果大きく外すこともある。部下のウェブスターがうんざりして、フロストを無能と評するのもまあ分かる。ところが、肝心なところでは決める。なかなか鋭いところも見せたりする。無能に見えて実は切れ者、というより、無能な部分と切れ者の部分がランダムに混在している。そういう複雑なところが人間の深みやリアリティを感じさせる理由だと思う。

 ちなみに必殺ファンである私としては、どうしてもフロストから中村主水を連想してしまう。キャラの全体像が似ているというわけではないが、ちゃらんぽらんに見えて意外と硬骨漢、表には出さないけれども心の奥底に熱いものを秘めている、というところが似ている。本書では、たとえば下院議員のバカ息子に対する態度などにフロスト警部の硬骨漢ぶりを見ることができる。

 そしてフロストに限らず、登場人物がみんな生き生きしている。警官たちをはじめ、署長、ギャングのボスなど誰をとっても印象的である。いつまでも読んでいたいと思わせる本書のコクのある愉しさは、かなりの部分そこから来ているように思う。

 もちろん人物描写だけでなく、ストーリーテリングも充実している。本書にはクライマックスが二つある。連続レイプ事件の解決と、警官殺しの解決である。最初の解決では、フロストの推理が大外れと思わせておいて鮮やかなうっちゃりを食わせるところがニクイ。笑ったあとであっと驚かされる。そして最後の警官殺しでは最高にかっこよく決める。読者はここで全員、フロストに惚れることになる。それまでずっとフロストを馬鹿にしていたウェブスターとの渋いやりとりがいい。

 本書を読んで私はフロストにはまってしまった。これでシリーズを全部読むことになるだろう。


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