アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

United 93

2006-10-03 21:21:49 | 映画
『United 93』 Paul Greengrass監督   ☆☆☆☆☆

 DVDを購入して鑑賞。本当は是非とも映画館で観たかったが、やってた頃(米国では今年の5月くらいにやってたらしい)あまり話題になってなかったので、こんな映画があることを知らなかったのである。皆さんご存知とは思うが、例の同時多発テロの映画化だ。一機だけ目標に到達できずに落っこちた飛行機、あれがこの映画が描き出す題材、ユナイテッド93便なのだ。

 正直、結構観るのがしんどいんじゃないかと不安があったが、ノンフィクション・タッチであること、淡々とした描写の映画であること、意図的に無名の役者ばかり使っていること、詳細なリサーチをもとに精密に作られているらしいこと、などの噂から傑作である予感がしていたので、観ずにすます気にはなれなかった。実際に観てみると、予想していたより全然映画らしかった。色んなところで「これは果たして映画だろうか」なんていってる人がいたので、ほとんどノンフィクションと見分けがつかないようなシロモノかと思っていたからだ。実際はそんなことはなく、音楽も控えめながらかなり入っているし、映像も映画的だ。

 ストーリーは実にシンプル。2001年9月11日早朝、ユナイテッド93便が整備され、搭乗が行われ、少し遅れて出発する、その日常的な光景が淡々と描かれる。平行して、連邦航空局の日常業務が描かれる。映画はこの二つ、ユナイテッド93便の機内とアメリカ各地の航空局・管制搭の様子をじっくり、淡々と、クールに映していく。まず航空局で異変が起きる。応答しない機がある。ハイジャックじゃないか、という話になるが、みんなまだ半信半疑である。やがてその機影がレーダーから消える。少しして、ワールド・トレード・センターに「小さな飛行機が」突っ込んで炎上中、というニュースが入る。モニターに映ったニュース映像を見て、航空局の司令官は茫然と呟く。「あれが小さな飛行機だって? 馬鹿言うな」そして応答しない第二、第三の機が現れる。そして二機目がワールド・トレード・センターに突っ込む。もはや航空局の中はパニック状態。更にペンタゴン炎上。怒号渦巻く中で司令官は叫ぶ「これは戦争だ」一方、平和に飛行していたユナイテッド93便でついにテロリストが動き出す。便はハイジャックされ、パイロットは殺される。抵抗しなければいずれ解放されるだろうと思っていた乗客達は、機外と電話で話すことでこれが自爆テロであることを知る。「なんとかしないと、みんな死ぬぞ」乗客達は力を合わせて機を奪回する計画を立てる……。

 結果がどうだったかはみんな知っている通りだ。しかし、ものすごいテンションの映画である。心臓に悪い。日常的な光景から始まってどんどんテンションが上がっていく。最後の数分間なんかもう全身金縛り状態となって見入ってしまった。この淡々とした抑えたトーンがものすごい効果を上げている。更にこの事件の政治的な背景や解釈を完全に排除し、その日に実際起きたこと、それだけの描写に徹しているのも素晴らしいと思う。テロリストを一方的に悪として描いていないところもいい。まぎれもない傑作である。

 二機目がワールド・トレード・センターに突っ込むシーンの衝撃といったらない。もちろん事件そのものが衝撃なのだが、その瞬間だけ異様な緊張をはらんで静まり返る航空局のフロア、あのシーンが忘れられない。そしてユナイテッド93の機内から最期の電話をかける人々。彼はみな、恋人、妻、夫、母親、父親、わが子に対して言う、「I love you」と。自分が誰を愛しているか、それが私達の人生最後の瞬間の最重要事項なのである。映画全体がリアリズム・タッチで淡々と描かれているだけに、このシーンは涙なしには見れない。

 そして映画のラスト。テロリストと乗客達の戦い。映画前半では不安なムードの音楽が流れるが、ここでは喧騒のバックにストリングスによる沈痛な音楽が流れる。殺されるテロリストもまるで犠牲者のように見える。この争いの不条理と悲しさが、馬鹿馬鹿しさと荘厳さが、息をのむような緊張感で観るものを金縛りにする。

 ところでこの映画、あちこちで批判も受けている。「メッセージがない」「衝撃的だが感動がない」「作家性がない」「映画じゃない」「事実を並べただけ」などなどである。同意できない。ということで、それぞれの批判に対する私見を述べる。

 メッセージがない、という批判はもちろん「映画にはメッセージがなければならない」という前提に立っているのだが、そんなものはなくてもいいのである。映画は芸術品であり、芸術は宣伝用アジビラではない。芸術の命は多義性であり、一連のスローガンやメッセージに還元されうるようなものではない。エドガー・ポーは「彼の小説には教訓がない」という批判を揶揄する意図で『悪魔に首を賭けるな』を書いた。ピカソは「理解できない」という人の声に「どうして人は小鳥の声は理解しようとせず楽しむのに、絵画となると理解したがるのだろうか」と嘆いた。

 唯美主義的なポーや、アブストラクトのピカソと一緒にするな、と言う人がいるかも知れない。この映画はジャーナリスティックな映画だから、そういう審美的な芸術とは違うのだと。同じなのである。それが「映画」というものだ。どんなにジャーナリスティックな題材であっても、それが映画であるからにはポエジーこそがその核心なのであって、それはこの映画だって同じだ。これはノンフィクションでもドキュメンタリーでもないのだ。あなたはこの映画を観て衝撃を受ける、そしてそれをどう考えたらいいのか分からない。誰かに解説してほしい、これをどう受け止めたらいいのか教えてほしい。ところが映画はあなたを突き放してしまう、得体の知れない衝撃とともに。これが映画芸術なのである。

 この映画を観て「感動がない」と言ってる人にとって、果たして何が感動なのだろうか。ハリウッド映画式の、最後にさめざめと涙を流す式の例のヒューマニズムだろうか。それもまた感動だろうが、それだけが感動ではないのだ。あなたはこの映画を観て衝撃を受けなかっただろうか。それは落ち着きが悪く、消化に悪く、いわゆるヒューマニズム映画でさめざめと流される涙の甘美さ、陶酔感はかけらもない後味悪いものかも知れない。でも、それもまた感動なのである。

 「作家性がない」「映画じゃない」「事実を並べただけ」という批判はポイントがずれていると思う。十人の映像作家がこの題材を与えられて、「極力客観的に事実の羅列だけの映画を作りなさい」と言われても、十個の同じ作品ができるわけはない。この映画があまりに淡々として抑制されているために、作家の個性が出ていないと思う人がいるのだろうが、作家の個性とはメッセージ性や過剰な演出の中にだけあるのではない。編集、演出、事実の取捨選択、配列、フレーミング、カメラアングル、音楽、監督の作家性はこれらのすべてに反映される。そもそも、ユナイテッド93便の中の出来事は監督の想像力が紡ぎ出したフィクションなのである。だから「事実を並べただけ」という批判は的外れだ。むしろ監督のテクニックが「無技巧」と感じさせるまでに洗練され、抑制されているということである。

 というか、この映画に「作家性」や「映画」を感じられないと言う人が本当にいいたいことを私が推測すると、題材があまりに衝撃的であるが故に、素材を並べるだけで衝撃的な映画ができる、作家の表現力や資質とは無関係にすごい映画ができてしまう、これは反則技だ、ずるい、ということではないかと思う。確かに、題材の凄さが小手先のテクニックなど吹き飛ばしてしまうということはあるだろう。しかし、技巧なくしてすごい映画ができるはずはない。魚を切ってスメシに乗っけただけの寿司が旨いのは全部ネタのおかげだと思うのは浅墓なのであって、実は寿司職人の繊細な技巧がそれを支えているのである。駄目な監督が作ったらたとえ題材が911でも駄目な映画ができる、と私は思う。この凄い題材でどうやったらこんなつまらない映画ができるか、と首をかしげたくなる映画なんていくらでも存在する。それに、そもそも「ネタの良さも腕のうち」なのである。

 付け加えれば、私にはこうした批判を受けているということが、逆にこの映画のクオリティを証明しているように思える。つまり「メッセージがない」=単純なメッセージに還元できない多義性を持っている、「感動がない」=予定調和的ないわゆる感傷的感動と無縁である、「作家性がない」「事実を並べただけ」=作家の技巧や個人性が表面から消え去り、映画を事実そのものと思わせるほど迫真のものにしている。異様な衝撃のカタマリとしかいいようのない、これこそ見事な「映画」である。

 ところでこの映画、「United93が軍によって撃墜されたことを隠蔽するためのプロパガンダ映画だ」という、まったく別の類の批判も受けている。この批判に私はまったく興味がない。上記の通り、私はこの映画を完全なフィクション、映画芸術として観ている。そういう見方をする限り、そんなチャチなプロパガンダ性など問題にならない。たとえ実際はUnited93が撃墜されたのだとしても、911そのものがアメリカ政府の陰謀だったとしても、この映画の「芸術性」に変わりはないというのが私の考えだ。どれほど緻密な調査にもとづいていても、これはフィクションなのである。前述の通り、この映画を映画として観る限り、事件の解釈や政治性は注意深く排除されている。そこに観る側が勝手に政治を持ち込んでどうする。

 色々言いたい放題書いてしまったが、とにかく凄い映画だった。


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