アブソリュート・エゴ・レビュー

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インサイド・ジョブ/世界不況の知られざる真実

2016-04-12 22:42:00 | 映画
『インサイド・ジョブ/世界不況の知られざる真実』 チャールズ・ファーガソン監督   ☆☆☆☆☆

 2008年のリーマン・ショックがいかに起きたかを検証するドキュメンタリー映画。日本版DVDを購入して鑑賞したが、非常に面白かった。アカデミー賞のドキュメンタリー映画賞を受賞しているがそれも納得である。タイトルの「インサイド・ジョブ」とは、要するにこの破綻は金融業界が自らの利益のために引き起こした意図的な犯罪である、という意味だ。監督がインタビューで言ったこのセリフの方が分かりやすいかも知れない。「これは銀行強盗と同じなんです。ただし、犯人は外部の人間ではなく銀行の頭取でした」

 過激に聞こえるだろうか? しかし本作を観ればおそらく誰もが、この言葉が今回の金融恐慌の本質を突いていることを納得するだろう。私はサブプライムローンだのデリバティブだの言われてもよく意味が分からず、なんだか金融の世界で難しいことが起きたのだな程度の認識だったが、このドキュメンタリーを観てかなり良く理解できた。そして、腹の底からふつふつと怒りが沸き上がってきた。これほどまでにムカついた映画は『チェンジリング』以来かも知れない。

 といっても、私は単純にこの映画の「リーマンショックってこれこれこうだったのです、ひどいでしょう?」という主張を鵜呑みにしたわけではない。映画の大部分はさまざまな人々へのインタビューで構成されていて、その中にはこの危機を予測し警告を発していた学者達も、サブプライムローンを証券化した金融商品(CDOと呼ばれる)を安全だと主張し、がっぽり儲けた人々も含まれる。特に見ものは後者で、彼らはインタビュアーである監督の質問に対してそれぞれ誤魔化したり笑ったり激昂したりするのだが、我々はそれを見て、彼らが本当に善意の被害者であったか、それともインサイド・ジョブに加担した加害者であったかを自分で判断することができる。

 たとえばブッシュ政権財務次官のデビッド・マコーミック。インタビュアーがサブプライムローンの不健全性に言及すると、笑いながら「こういうものは複雑だからね。専門家じゃないと分からないんだよ」コロンビア大学ビジネススクール校長グレン・ハバードは破綻前に金融商品を賞賛し、企業の顧問をやって大金を稼いでいるが、学者が企業から報酬をもらうのは利害の衝突ではないかとの質問に怒り出す。「何のことか分からないな。大体君は失礼だ。約束の時間はあと3分だ、せいぜい頑張って質問してみるんだな」元FRB理事フレデリック・ミシュキンは、アイスランドの経済破綻前に問題なしとの報告書を(商工会議所から金をもらって)書いたことについて、「あれは間違いだったよ。しかしその時点の情報で判断したんだから、間違えてもしかたがないんだ」ちなみに、この報告書のタイトルは「アイスランドにおける金融の安定性」だが、現在の彼のプロファイルには「アイスランドにおける金融の不安定性」と記載されている。それを指摘されると、笑いながら「え? そうなってる? ああ、そりゃ印刷ミスだ」

 フレデリック・ミシュキン。大概にせえよ。

 しかし、この連中はまだインタビューを受けただけマシとも言える。国民に対しサブプラムローンの安全性を保証し続け、その結果大勢の人間を失業・破産に追いやって自分は何ミリオンものキャッシュを懐に入れたポールソンやグリーンスパンといった大立物たちは、当然の如くインタビューを拒否している。ただしこの映画は当時彼らがメディアで発言したあれこれもちゃんと収録してあり、それらがどれほどいい加減かつ無責任なものであったかがよーく分かるようになっている。公聴会の模様も収録されているが、たとえばある証券会社重役の発言は以下のようなものだ。

委員長「あなたの会社は顧客に利益をもたらすのが仕事ですよね? ところが、あなたの社員は仲間内では『クソ証券』と呼ばれていた商品を、顧客には薦めて売っている。これをどう思いますか?」
重役 「えーと、それは仮定の話でしょうか?」
委員長「いいえ違います。事実です。これは実際にあなたの会社で起きたことです」
重役 「…(無言)」
委員長「どうですか? 答えて下さい」
重役 「えーと、今、なんとか質問の意味を理解しようと努力しているところです…」 
 
 噴飯ものである。また、最後の最後までCDOにAAAの最高評価を与えていた格付け会社の上層部は口を揃えて「我々の評価は意見に過ぎない。それに依存すべきではなかった」
 これから金融商品に手を出してみようかと思っている人は、彼らの発言をよーく聞いておいた方がいいだろう。

 要するにサブプライムローンの金融商品化の仕組みとは、まずローンの支払いができるかどうか怪しい人々を相手にローンを組む。普通は回収できるか心配になるはずだが、住宅ローンの会社はこれを証券会社に売ってしまう。証券会社はこれを証券化して、投資家に売る。こうして回収リスクは投資家が一手に引き受けることになる。で、リスクヘッジをするために、AIGのようなセキュリティ会社が投資家に保険を売る。住宅ローン会社、証券会社、保険会社はこうして大儲け。一方、ローンの借り手の支払い能力は誰もチェックしない。するわけがない、だってローンを組めば組むほど証券化できて儲かるし、返済できなくなっても自分たちはまったく損しないのだから。ついでに、自分たちも保険を買っておく。つまり、自分たちが売った証券が紙クズになったら金が入るようにしておく。

 こうしてさまざまな人々が警告を発していたにもかかわらず、別の種類のさまざまな(上記に名前を書いたような)人々が金をもらって「大丈夫だ、大丈夫だ」と言い続け、その結果起きるべくして破綻は起きた。「大丈夫だ」を信じた数千万人が失業・破産し、ウォール街の一部の人間だけが数百万ドル、数千万ドル、あるいは数億ドルを懐に入れた。どう考えても詐欺であり、普通なら逮捕者が出るところだが、誰も逮捕されない。金を返す者もいない。なぜならば、今や合衆国政府は「ウォール・ストリート・ガバメント」だからだ。政府も、「インサイド・ジョブ」に加担しているのである。現在アメリカの富の99%は、上位1%の富裕層に集中しているという。

 この世紀の犯罪に加担した人々が実名で登場し、言ったことやったことが冷静に検証される。破綻が起きる前はすべてが不確実で、誰が正しくて誰が間違っているのか判断は難しかっただろう。が、いったん結果が出てしまえば霧が晴れ、すべては明瞭になる。いくらインタビューを拒否しても無駄である。この映画にはそんな都合の悪い「言動」、すなわちインサイド・ジョブの痕跡が赤裸々に詰まっている。これが面白くないわけがない。

 そしてまた、人間の欲そして愚かさというものを、これほど如実に示したドキュメンタリーも稀だろう。



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