アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

絆回廊 新宿鮫Ⅹ

2016-04-14 20:25:14 | 
『絆回廊 新宿鮫Ⅹ』 大沢在昌   ☆☆☆★

 新宿鮫シリーズ第十作を再読。本書の特徴を一言でいうと、鮫島の大事な人々との訣別編である。もっとはっきりいうと第一作以来鮫島と強い絆で結ばれ、彼を支えてきた課長の桃井、そして恋人・晶との別れである。その他のストーリー、つまり鮫島が手掛ける事件そのものはわりと地味だし新味に欠けるけれども、その意味では確実にシリーズの一区切りとなる作品である。

 メインのストーリーはこんな感じだ。出所した伝説的アウトローが復讐のためにある警察官を殺そうとしている、との情報を鮫島は得る。その男を追う鮫島の前に、見えない武闘集団「金石」(ジンシ)が出現。「金石」は中国残留孤児二世で組織された過激な武闘集団で、メンバーは日本人にも中国人にも自在になりすますことができ、ヤクザでも警察官でも容赦なく殺しに走る。その「金石」と、鮫島が追う出所した男との間に摩擦が生じ、死人が出る。やがて男が狙っているのが他でもない桃井だと分かり、事態は緊迫する。鮫島にも東南アジアから呼び寄せられた刺客が放たれ、クライマックスへのカウントダウンが始まる…。

 というメイン・プロットと平行して、晶のバンド、フーズ・ハニイの覚醒剤疑惑も進行する。ある線から警察がフーズ・ハニイのメンバーに目をつけて内偵を始め、メディアも嗅ぎつけて動き、鮫島にも火の粉が降りかかってくる。しかし鮫島は刑事という立場から(捜査情報を漏らすことになるので)晶を思うように助けることが出来ない。晶のためなら刑事という職業を辞めてもいいとまで決意したまさにその時、桃井の身に危険が迫っていることを知る鮫島。今は刑事を辞めることはできない。鮫島は苦悩する。

 桃井と晶、この二人のキャラの鮫島にとっての重要性は言うに及ばず、二人とも一作目以来このシリーズの世界観を構成するために欠かせないパーツだったと言っても過言ではない。鮫島にとってもっとも大切なこの二つの絆をギリギリと追い詰めていく本書のストーリーには、苛烈という言葉が似つかわしい。出所した危険な男や、中国残留孤児二世らで構成される武闘集団という、悪くはないけれども大してぱっとしない道具立ての中で、その苛烈さだけがきわだっている。そしてその結果はというと、シリーズ始まって以来の喪失感と悲しみが鮫島を襲うことになる。

 他に印象に残った場面としては、出所した男・樫原と「金石」の二人組のバトル・シーンだろうか。ものすごいバイオレンス・シーンで、この場面だけ突出しているので妙に記憶に残る。たとえばたけしのバイオレンス映画や『ドライヴ』のバイオレンス・シーンを連想させる。それから、本書は部分的に樫原を慕うある人物の一人称で記述されているが、この語り手の素性にちょっとした仕掛けがあって読者を驚かせる。こうした語りの上での凝り方も、シリーズ一作目を思い出させて感慨深い。ついでに言うと、前作で警察を辞めた香田もちょっとだけ登場する。辞めても嫌みったらしいキャラは変わらない。

 傑作と言えるかどうかは意見が分かれるところだろうが、シリーズ中一つのマイルストンであることは間違いない。果たして、これから新宿鮫はどうなっていくのだろうか。



最新の画像もっと見る

コメントを投稿