アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

龍臥亭事件

2018-08-20 22:06:53 | 
『龍臥亭事件(上・下)』 島田荘司   ☆☆☆☆

 久しぶりに島田荘司のミステリを読んだが、上下二巻のかなりの大長編である。著者の代表作の一つと言われているらしい。この人は時々バカミスみたいなものを書くので警戒を要するが、本書は確かに読みごたえがあった。また、本書は御手洗潔シリーズのワトソン役である石岡が主人公で、しかしながら御手洗潔本人は登場せず(正確には石岡宛ての手紙のみの出演)、かつ、著者のもう一つの代表的シリーズである吉敷竹史シリーズとリンクする(ただし吉敷竹史本人は登場しない)という趣向があり、そこがファンの珍重するところらしいが、各シリーズの追っかけじゃない私にはどうでもいい。私はどっちかというと、こういう「ファンへの目くばせ」的な、シリーズ・キャラクターのもったいぶった使い方はうざく感じるクチである。「名探偵」は狂言回しに徹してもらった方がすがすがしい。

 それはさておき、あらすじをざっと紹介すると、上巻ではまず御手洗に去られて無気力になっている石岡のもとを霊感娘が訪れ、お祓いのため岡山に行くので同行して欲しいと奇妙な依頼をする。石岡は娘と一緒に行先も分からず電車に乗り、娘の霊感が導くままにある寒村を訪れ、もと旅館だったという「龍臥亭」に泊めてもらう。するとそこで不可解な殺人事件が起きる。

 オカルト的な導入部や寒村が舞台になっているところなど、妙に横溝正史っぽい。著者のあとがきを読むと、本書について「コード多用型の館ミステリーを自分でも書く必要があると感じた」「探偵小説愛好家たちに認知された各種の創作上のコードを用いて、ここから大きく踏み出すことをせず、一編の本格長編を組み上げてみたいという思いでこの作品を書いた」「そういうやり方でも十分面白い本格探偵小説が作れるという、自分自身に対する一種の確認作業を目論んだ」などとあって、なんのことやらよく分からないが、「コード」とは要するに「人里離れた寒村」とか「オカルト風味」とか「密室」とか「館もの」とか「見立て殺人」とか、ああいう昔からある本格ミステリの定石のことらしい。ようするに「お約束」で固めてみましたということであり、従って本書の横溝正史っぽさは意図されたものなのだった。

 さて、不可解な殺人とは何かというとガラス張りの密室で女性が射殺される。しかも、女性が撃たれて倒れるところを外から見ていた目撃者がいる。もちろん部屋には誰もいない。メッチャ不思議である。その後密室での射殺事件が連続して起き、その次は盗まれた死体が異常な毀損をされて発見される、亡霊が出現する、とますます魔訶不思議な事象が続く。もうさっぱりワケわからん、となったところで上巻終わり。

 下巻に入ると、昭和に実際に起きた猟奇事件の数々がテーマとして浮上してくる。石岡が図書館に行って記事を調べ、有名な阿部定事件含むいくつかの猟奇事件が詳しく紹介される。そして、本書のメインテーマである「津島の三十人殺し」へと繋がる。これは『八つ墓村』の題材となった事件で、あの映画の中で山崎努が頭に懐中電灯をつけて桜吹雪の中人を殺して回る、あの事件のことである。島田荘司はあとがきで、あの事件は誤解されて広まってしまったので実際はどうだったかをここで書いておきたかった、と言っているが、その言葉通り、犯人の幼少期から事件当夜まで、たっぷりページ数を割いてじっくり描いている。

 これがものすごい力の入れようで、それまでの事件そっちのけで異常なまで詳細に描かれるので、読者はまるでいつの間にか別の小説に入り込んでしまったような奇異な印象を受けるだろう。アマゾンのレビューではこの部分が長過ぎるとの批判が多いようだが、実は作者はこれをこそ描きたかったのであり、またそういうだけのことはあって凄い迫力である。犯人である都井睦雄の生い立ち、不運、そして当時の村の雰囲気、そういったものを日本人論まで交えて緻密に緻密に描いていく。そしてついに睦雄が暴発する事件当夜場面になると、もう本を置くことなどできなくなる。

 この部分こそが本書のいちばん熱く濃密な部分であり、そのため前半の密室殺人はすっかり影が薄くなってしまう。その後、この「津島の三十人殺し」物語が終わってから話は再び龍臥亭事件に舞い戻って、石岡と犯人との戦い、そして謎解きへとつながっていくが、正直気の抜けたビールみたいなやっつけ感満点である。クライマックスの、犯人が姿を現して(顔はお面をつけていて見えない)被害者を追いかけ回す部分などリアリティ皆無で幼稚だし(私は最初この部分は石岡の夢だろうと思った)、肝心の密室トリックはあまりにもいい加減だ。特に、一番不思議だった最初の事件の謎ときにはずっこけそうになった。例によって例のごとく、あまりにも都合の良い、こじつけ以外の何ものでもない説明である。そしてその根拠が「それ以外に説明がつかない」なんて、そんなことでいいのか!

 というわけで、密室殺人の謎解きの方は大いに不満だったが、津山事件の話があまりにも強力なせいで相当読みごたえがあった。そのせいで小説の構成がいびつになってしまっているのは否めないが、これはやはり、熱気のこもった力作と言っていいと思う。



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