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アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

青い壺

2018-04-15 20:19:35 | 
『青い壺』 有吉佐和子   ☆☆☆☆★

 『悪女について』を読んで有吉佐和子にハマり、次々と読む羽目になってしまったている今日この頃だが、その中から『青い壺』をご紹介したい。これは連作短篇形式の長篇で、青磁の壺が人々の手から手へと渡り歩く中で、その一時的な所有者となった人々の物語を繋いでいく趣向だ。従って登場人物は次々と変わり、共通するのは同じ壺が登場するということだけ。この趣向がまず面白く、加えてそれぞれのエピソードがまた面白い。短篇の良さと長篇の良さの両方を兼ね備えた、まさに連作短篇のお手本のような小説だと思う。

 第一話から始まり、第十三話で終わる。第一話は壺の制作者、つまり陶芸家の話である。有名な陶芸家だった父の後を継いで、五十までは修行なので個展はしないと自分を厳しく律する面と、骨董屋の注文で新品に古色をつけて時代ものに化けさせたりする俗な面を持ち合わせていて、その彼が久々の会心の作である青い壺(「経管」という形らしい)に古色をつけてくれ、と馴染みの骨董屋から注文される話。もちろん、会心作をわざわざインチキで古ぼけさせるようなことはしたくないのだが、これまで他人の作には平気でそれをやってきたという負い目がある。ままならない陶芸家の葛藤が巧みに描写される。

 第二話は、定年退職してずっと家にいる夫を持て余す妻の物語。定年後の夫が生ゴミ扱いされるという、半ば冗談まじりのサラリーマン川柳みたいな話かと思っていたらどんどんきつくなっていき、最後には空恐ろしい結末に至る。まるで筒井康隆の狂気の世界である。とてもコワい。なかなか登場しない壺がどこでかかわってくるのかは読んでみてのお楽しみ。

 第三話は若い男女のお見合いをセッティングしようとする、会社重役の奥様の物語。奥様が簡単な話だと思って気楽に構えていると、男女それぞれの意外な事情が出てきてややこしくなる。

 第四話は同じ一家の話で、嫁に行った娘が母親に嫁入り先の遺産相続のもめごとの話を聞かせる。これがもう、家族でこんなに醜く争うかというぐらい醜い。

 第五話ではまた壺の持ち主が変わって、目の病気で失明した母を兄の家から引き取って東京のマンションで一緒に暮らす独身女性の話。元気な時の母は面倒で喧嘩も多かったけど、目が見えなくなってからは不憫に思えて自分が面倒を見る決心をし、一緒に暮らすことでさまざまな発見をする。これはなんとも言い難い、色んな複雑な感情を胸中に呼び起こす感動的な小品である。決してお涙頂戴ではなく、ちょっとコメディがかったテンポのいい話なのだが、ひたひたと押し寄せてくる母娘の心理の綾に、思わず涙がこぼれそうになった。

 ここまで読んで、私はあまりの余韻の深さに一旦本を閉じ、茫然としながら「これは神品じゃないだろうか」と思ったものである。このレベルの短篇がずっと続くとしたら、これはもう間違いなく神業である。一つ一つの短篇が抒情的なスケッチというだけでなく一個の物語として屹立し、見事に均整がとれていて、お話として実に面白く、といっても醸し出す情緒はストレートでなくニュアンスと多義性に富み、その上パターンがなく天衣無縫である。この有吉佐和子という作家はまったくお話作りの天才ではないか、と思った。

 が、さすがにこのレベルをずっと維持するのはきびしかったようで、その後は多少テンションが緩んだ短篇もあった。とはいえ、言うまでもなくこれは私の個人的見解であって、人によってはそっちの方が好きだというかも知れないし、そもそも最初の五篇がレベル高過ぎなのであり、決して後半が駄作というわけではない。天衣無縫でパターン化されていないお話づくりの匠の技は、最後まで冴えわたっている。

 後半で印象的だったのは第九話で、おばあちゃんたちが大勢で京都旅行する話。とにかく賑やかでうるさくてエネルギッシュで、パワーみなぎっている。ものすごい迫力である。他の短篇がどこか寓意がありそうな、目くらましの仕掛けがありそうな、クールに企んだところがあるのに比べて、これはひたすら楽しく明るい異色の短篇である。ページ数も他と比べて圧倒的に多い。しかも面白い。これはおばあちゃんたちの会話や行動などのディテールの面白さだ。

 それから、病院で働く掃除のおばさんの日常を描いた第十二話。「極楽だな」の最後の一言が素晴らしく効いている。全然ひねった話じゃないのに、最後まで読むと頭をガツンと殴られたような気分。それがまた爽快なのである。そして最後の第十三話。ここへきて第一話の陶芸家が再登場するが、この最終話はまたしても巧緻極まりない一篇である。クールで、辛辣で、おかしくて、居心地が悪くて、なんともいえない玄妙な境地へと読者を誘う。

 全体に老年期の人生が題材になっているものが多いが、必ずしも全部がそうというわけでもない。何はともあれ、有吉佐和子の小説巧者ぶりを思い知らされる一冊である。



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