アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

不死の人

2008-09-14 02:32:07 | 
『不死の人』 ホルヘ・ルイス・ボルヘス   ☆☆☆☆☆

 ボルヘスといえば『伝奇集』が有名だが、この『不死の人』もそれに劣らず素晴らしい。『不死の人』で始まり『アレフ』に終わるという、強力な二傑作にサンドイッチされた体裁の短編集である。全体の印象としては『伝奇集』よりも物語性が強い。どの短篇にも何かしらのストーリーがある。

 篠田一士が『二十世紀の十大小説』の中でボルヘスの『伝奇集』を取り上げ、短編集全体の出来なら『伝奇集』だろうが短篇一つを選べといわれたら『不死の人』を選ぶ、と書いていたが、冒頭の『不死の人』は確かに見事だ。ボルヘス自身も短いエピローグで「もっとも入念に手をかけた」と書いている。不死の人々を探し、やがて自分も不死の運命となったローマの司令官の物語だが、主人公が不死の人々の住む都を求めて遍歴する過程などかなり緻密に、丁寧に描かれている。前半は物語風、後半は形而上学エッセー気味に収束していくが、「二人の異なった人物の事件がまじりあっている」とあとで告白されるなどメタフィクショナルな仕掛けもある。なんとなく曖昧なうちに終わっていく感じもいい。こういう話はかっちりした結末をつけられるとアイデアSFみたいになってしまうのである。

 末尾の『アレフ』もそうで、これはボルヘスも自分で書いているようにウェルズの『水晶の卵』に影響された短篇らしいが、SF短篇として考えると尻切れとんぼみたいな終わり方をしている。要するに「アレフ」という不思議な物体をぽんと放り出しただけで、その後は何だかだらだら書いて終わりになる。普通のSF作家がこのアイデアを思いついたら、この後に何か印象的な事件をでっちあげてドラマを作ろうとするだろう。おまけにプロットには直寄与しないベアトリスの記憶があちこちにちりばめられている。しかしだからこそこの短篇は常套に陥らない、独特の幻想譚としての輝きを持っている。

 他にも『エンマ・ツンツ』や『もうひとつの死』、『アベンハカーン・エル・ボハリー』など印象的な短篇が多い。『神学者たち』は以前読んだ時は退屈だと思ったが、今回読んだらとても面白かった。これは神学者たちが執念深く論争する有様を描いた、ちょっとポーの『Xだらけの社説』を思わせる短篇で、コミカルなところも似ている。実際かなり笑える。どの本の何章だのとやたら引用が多いのがまるでセルフ・パロディのようだ。

 ところで久し振りにボルヘスを読んだら、この文体にまたあらためて感銘を受けた。簡潔で、興味のあることだけにズバズバ切り込んでいくと同時に、妙な婉曲語法で常に多義性をかもし出すという高性能文体だ。短いくせにやたら奥行きのあるボルヘス短篇の魅力はこの文体に負うところも大きいと思う。基本的にアイデアと観念の作家であるボルヘスだが、この文体なくしてはその旗印である迷宮性と多義性は大幅に後退してしまうに違いない。


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2 コメント

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Unknown (ペーチャ)
2008-09-15 01:07:34
ぼくはこの本を大学一年生のときに初めて読みましたが、そのときは「アステリオーンの家」が一番印象に残りました。いま読んだら、別の作品が好きになるかもしれませんが。

ところで、「ホルへ・ルイス・ボルヘス」のことを、「ホルへ・ルイヘ・ボルヘス」だと、今の今まで思い込んでいました。恥かしい…
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ボルヘス (ego_dance)
2008-09-16 10:41:52
「アステリオーンの家」ですか。ミノタウロスの話ですね。私が最初に読んで印象的だったのは、「もうひとつの死」でしょうかね。いかにもボルヘス的で。
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