アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

Op.ローズダスト

2009-05-25 11:52:45 | 
『Op.ローズダスト(上・中・下)』 福井晴敏   ☆☆☆★

 福井晴敏の新刊が文庫で出ていたので購入。文庫で全三巻、いつものことながら読み応えあり過ぎである。『亡国のイージス』は東京湾に浮かんだ護衛艦、『終戦のローレライ』は潜水艦が主な舞台と、いわば空間限定の密室劇だったが、本書はついに現代の東京を舞台にテロリストとの戦いが繰り広げられる。ハリウッド映画真っ青の一大スペクタクル、ド派手である。主に舞台となるのはお台場とかレインボーブリッジとか、いわゆる臨海副都心というあたりだが、なんせ東京を離れて長い私はあのあたりの事情が今ひとつよく分からない。東京在住のみなさんは臨場感が増してもっと楽しめるかも知れない。

 例によってダイスものだ。主人公は少年っぽいルックスの凄腕クールな工作員、そしてうらぶれていながらも熱血を秘めた中年の公安刑事、のコンビ。完全にいつものパターンである。福井晴敏はよほどこのパターンが好きらしい。いくらなんでももう少し違うキャラ設定にしたらとも思うし、各方面からワンパターンという指摘もされているようだが、それでもこのパターンに固執するのはよほどの理由があるのか。このパターンでなければ気分が乗らないのか。

 とはいえ、これまでのひたすらクールだった美少年キャラと違って、本作の丹原朋希にはもうちょっと人間的な弱さが感じられる。もう一人の主人公である中年男・並木との絡みにもちょっとコミカルな部分があって、緊迫感が持続する物語の中で息抜きになっている。並木の娘をめぐる二人のやりとりは笑える。

 ダイスの工作員の中でも天才的だった男・入江一功とその仲間達がある事件をきっかけに逃亡、数年後に最凶のテロリストとなって東京に戻ってくる。日本という国に「復讐」をするために。彼らは緻密に計算された行動でダイスと警察を手玉に取り、ついには核兵器に匹敵する新型爆弾TPexを手中にする。戦後日本が経験する、もっとも長い一日が始まった…。彼らのテロ計画が即ち、オペレーション・ローズダストである。それに立ち向かうのは入江と親友だったダイス工作員・丹原朋希、そして公安警察の並木。

 『亡国のイージス』もそうだったが、福井晴敏は組織の愚かしさを描くのがうまい。一人一人は優秀な人材のはずなのに、保身や組織防衛の論理が絡みあって唖然とするほど愚劣な指示が現場に下りてくる。本書では今まで以上にそれがクローズアップされていて、個人的にはアクションよりそっちの方が印象的だった。学生のみなさんには実感がないかも知れないが、組織の中で働いているとこれが実に良く分かるのである。またこの人の書き方もうまくて、単にバカバカしい命令を出させるのではなく、あー上層部っていかにもこんなこと言いそうだな、というあたりをついてくる。

 アクションだけでなく、全篇にわたって登場人物たちが国防やナショナリズム、平和とは、国の矜持とは、という思索と議論を熱く繰り広げるのもこれまでと同じ。ワンパターンだが、達者であることは間違いない。この人はこういう方面をよほど良く勉強しているのだろう。アクション・シーンや兵器描写も緻密だ。気合が入りまくっている。しかもハリウッド映画なら二時間で終わるところだが、本書はこれが延々三巻分続くのである。もうおなかいっぱい。

 『亡国のイージス』『終戦のローレライ』と比べると設定がストレートなだけにスペクタクルに徹した感があり、読後の印象という点ではかなり落ちる。仕掛けが鮮やかというより物量作戦である。TPexによる爆破、ヘリに乗ってのアクションから、最後は肉弾戦にいたるのもいかもにハリウッド・アクション映画の王道である。そういう意味で斬新さはないが、まあ娯楽アクション小説としては充分楽しめる。ただし、そろそろ違うキャラクターを開発した方がいいとは思う。


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